好奇心は猫をも殺す(3)

 ヤコフの言葉に、ゲインはぽかんとした顔になる。


「精霊? 何を言って」

「あの方は、精霊の愛し子です」


 ヤコフの真剣な言葉に一番に反応したのは、マックスだった。


「愛し子? え? あのチビが? いや、そもそも、ヤコフ様には精霊が見えるんですか?」

「普段なら、私には見えません。しかし、最初に同行する話を頂いたときに、一度だけ精霊様とお話をさせていただきました」

「……ハハハ、まさか」


 エイスは乾いた笑い声をあげた。当然、ヤコフの言葉が信じられないのだ。

 実際、精霊と会話ができるなどという話は、精霊魔法の使い手か、あるいは精霊の加護の強いウルトガ王家や、その血筋の者に稀に現れるくらい。

 一般的な獣人の中では、おとぎ話レベルなのだ。


「笑い話だったらよかったんですがね」


 疲れたような声でそう言うヤコフに、人族のシリウスとゲインはいぶかし気に目を向けるが、獣人のマックスとエイスは完全に固まる。

 大陸は違えど、獣人たちは精霊信仰が盛んだ。それぞれの種族ごとに信仰する精霊は異なる。現在のウルトガの王族の系譜に近い、狼の獣人たちが主に信仰しているのは、火の精霊。一方の猫の獣人たちが信仰しているのは……水の精霊であった。


「たぶん、ゲイン、あなたを攻撃したのはミーシャ様を守っていた精霊様でしょう」

「ま、まさか」

「あの方と一緒に煮炊きを用意していた時に、仰ってました。あの方自身、魔物には躊躇なく魔法で攻撃できても、対人の攻撃の魔法は得意ではないそうです。だいたいが、精霊様たちやイザーク様が守ってくださるので、自分で行動することは少ないのだとか」

「いや、しかし」

「ご本人が得意なのは、『スリープ』だそうですよ。昔、盗賊を眠らせたとかという話を聞かせて頂きました。そんな方が躊躇もなく氷の矢を、ゲイン、あなたに向けますかね?」

「……そんな」


 ゲインの顔色はどんどんと白くなっていく。


「その氷の矢を放ったのが、水の精霊だったとしたら? ……猫の獣人の加護は、水の精霊だと聞いていますが、エイス、あなたの加護は、今、どうなっているんでしょうね?」

「えっ」

「まぁ、あくまで信仰ですし、信じていなければ、なんの影響もないのかもしれませんが……私は見た目は人族と変わりませんが、狼の獣人の血を引いてます。その私が火の精霊様に見放されたら、と考えただけでも恐ろしい」


 ヤコフの眼差しは、哀れみに変わる。


「……あなた、獣人として、どうかと思いますよ」


 エイスの目は、もうヤコフを見ていない。

 自分の行いが、まさか精霊の怒りに触れるなんて、考えもしなかった。カタカタと身体が震えだす。


「とにかく、これから先の旅を続けていくのに、あなたたちの力は必要です……例え、どんな目にあおうとも、仕事は完遂してもらいますから……いいですね、シリウス」


 パーティのリーダーであるシリウスへと、確認の声をかけるが、シリウスは頷くしかない。呆然としているゲインや身体の震えが止まらないエイスは、マックスとシリウスによって強引に部屋から連れ出されていった。

 彼らがいなくなってから、部屋に残った者、全員が大きなため息をついた。


「坊ちゃん……大丈夫でしょうか」

「何が」

「これからの行商で、あやつらが使い物になるかどうか」

「……なってもらわなければ困る。やつらに払った金は、けして安くないんだぞ」

「念のため、ライラ様には一報を入れておきます」

「頼む……まったく。どう考えたらお客様にあんなことが出来るんだ」

「……イザーク様たちも、かなり気安くされてましたから……」

「それでも、お客様はお客様だろ。はぁ……帰ったら、母さんにどやされるんだろうなぁ」

「……それで済めばいいんですが」

「怖いこと言わないでくれ!」


 行商の旅が始まって、たかだか二週間でこれだ。

 ヤコフは、これから先に起こるかもしれないトラブルを想像して、背筋が寒くなった。


***


※猫獣人のエイスの裏設定なのですが、『伯爵令嬢はケダモノよりもケモミミがお好き』に登場する冒険者パティの従兄だったりします。なので、猫獣人が軒並みあんなダメダメな訳ではなく、パティたちの一族に、ダメなヤツが多い、ということです。


※今後の彼らについては、今のところ書く予定はありませんが、『ハルの異世界出戻り冒険譚 ~ちびっ子エルフ、獣人仲間と逃亡中~』にもヤコフがチラリと登場することからも、なんとか無事に戻れる予定です。


※水の精霊王はミーシャには言わなかったのですが、エイスからは猫獣人の一族にあった精霊の加護から外し、ゲインは火・水・風・土の属性魔法の威力が激減することになります。

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