イザーク・リンドベルは神の御業に感謝する

 まだ日が昇らない時刻ではあるが、ミーシャを抱え上げて、共に馬で門のほうへと向かう。小柄なミーシャが、頑張ってバランスを取っている姿が微笑ましい。

 

 昨夜、初めて『変化のリスト』を使って、ミーシャの実年齢の姿を見た。

 この子がそのまま大人になったら、こんな女性になるんだろう、いい年の取り方をされている、と思った。それがまさか、オズワルドの好みとは思いもしなかったが。

 そして、ハーディング殿からもたらされた婚約話から、自分の恋人の話をミーシャが聞いてくるとは、予想もしなかった。確かに、今は特定の女性とは付き合ってはいない。過去に身体を重ねた女性たちが何人かはいた。その何人かの女性の顔が頭に浮かんだのは事実。

 しかし、ミーシャには話せない。たぶん、それがわかっているのだろう。オズワルドとカークがニヤニヤした顔で私の顔を見てたのを思い出すと、忌々しくて仕方がない。


 薄闇の中、人の流れの脇をゆっくりと馬を進める。

 前に乗るミーシャに聞こえるくらいの声で、話しかける。


「この砦を出ると荒れた平地が広がっている。その先にオムダル王国側の砦がある。その平地の中間地点が国境となる。門を出たら、一気に駆け抜ける。しっかりつかまってろ」

「……はい」


 私の言葉に、素直に返事をしながらも、ミーシャは少し身体を強張らせる。

 門が徐々に近づいてきた。


「門を抜けるぞ」


 確認するように呟くと同時に、後方から何頭かの騎馬の蹄の音が聞こえてきた。


「……リンドベル殿!」


 ハーディング殿とは違う、聞き覚えのない声に、瞬時に追手が来たのかもしれない、と判断する。


「はっ!」


 馬に鞭をいれると、一気に街道の脇を走らせる。

 あまりの勢いに、ミーシャもさすがに驚いたのか、「うわわわわ」と声を上げている。


「ミーシャ、しっかり口を閉じてろっ。舌を噛むぞ」

「んっ!」


 後方から聞こえる複数の蹄の音に、緊張が走る。

 追いつかれるわけにはいかない。必死に鞭を入れていると、目の前で身体を丸めて乗っていたミーシャの身体が光始めた。その光が徐々に私を、馬を包み込んでいく。

 すると、グインッと急に馬のスピードが上がった。まさに風を切るように、どんどんと前に進んでいく。オズワルドとカーク、二人はついてこれているか、チラッと振り向いてみると、私たちと同じように光に包まれて、私たちの後をついてこれている。反対に後方の追手の姿はどんどんと離れ、小さくなっていく。

 これは『聖女』の力なのだろうか。

 いや、ミーシャは『聖女』には浄化の能力しかないと言っていた。であるならば、これは神の御業としか思えない。




 普通ならあり得ない短時間で、我々は国境を越えていた。


「はっ、はっ、はっ、ミーシャッ、もう、大丈夫だ」


 目の前には、オムダル王国の砦の城壁が見えている。

 ミーシャだけではなく、我々をお救い下さったことに、私は心の中で、神に感謝した。

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