リンドベル家の決意

 アリスは、目の前でミーシャたちが転移をしていった姿を見て、肩の力を抜いた。ジーナのことは不安に思いつつも、ミーシャが傍にいてくれるなら、と、あんな見かけは小さな娘なのに、大いに期待している自分に、アリスは苦笑いを浮かべてしまう。


「アリス、大丈夫だよ。ミーシャなら心配はいらない」

「……そうね。あの子は、思った以上に冷静なところがあるしね」

「さすが、母様と同い年」

「こら、パメラ」


 アリスが注意すると、ペロリと舌を出してお道化て見せる。こんなのでも一応は伯爵令嬢なのに、仕方ない、と思ってしまうのは、やはり冒険者を生業にしているせいかもしれない。


「そんなことよりも、セバスチャンからの話の確認はとれたのか」

「今朝、ひとっ走りしてきましたよ。魔の森まで」

「どうだった」


 転移陣のある部屋から、エドワルドたちは執務室のある本館の方へと移動しはじめる。


「ミーシャがいてくれたおかげなのか、森の浅い所には魔物の気配はまったくありません。むしろ、獣の姿の方が多いかも。奥から逃げてきたのかもしれませんね」

「うーむ」


 ヘリオルドにもすでに報告はなされていたが、最近、魔の森から溢れる魔物の数が増えているという話がセバスチャンから聞かされていた。リンドベル家の私兵団や、冒険者ギルドによる討伐頻度がかなり増えている、という話もあり、エドワルドたちはオムダル王国でのオークの集落を連想していた。


「オーク程度だったらいいんだがな」

「一応、最悪のことも想定しておかないと」

「うむ……それとエンロイド伯から、シャトルワースに繋がる可能性のある者が砦内にいたとかで、クビにしたとの知らせが来た」

「なんですって」

「クビにしただけ? そんな奴、魔の森にでも放置してしまえばいいのに」

「……一応、イザークの知り合いだったようだからな」

「……ああ、あの人ね」


 微妙な顔になったのはパメラ。ニコラスは、誰だっけ? という風で思い出せてもいない。


「あの砦から王都に戻るには、馬を使っても一カ月以上はかかるだろう。そもそも、文官のあれに馬を駆る力があるとは思えんがな。伝達の魔法陣を使えないよう、封魔の腕輪を付けさせたらしい。まぁ、自業自得だな」

「それとは別に、領内をうろつく不審な輩が増えてるとか」

「うむ……冒険者の増減は魔の森の状況によって変わるだろうが、今、うろついてるのは、それとも違うのだったな」


 エドワルドは、執務室のドアを開けて待っていたセバスチャンに問いかける。


「はっ。おそらく、最近オムダル王国で増えつつある新興宗教の信者たちの一部かと」

「え、そんなのあったの?」

「全然、気付かなかったんだけど」


 驚いてるのはパメラとニコラス。


「お前らは、クエストに集中しすぎだ。他所の国にいった時は、国の様子もよく見てこい。情報収集も大事な仕事だ」

「はーい」

「すみません」


 エドワルドに睨みつけられて、肩を落とす二人。


「ヘリオルド達がいない間に、我々で掃除できるものは掃除してしまわないとな」

「そうね。ミーシャが住める『森の家』も用意しないと」

「そうよ! ずっとうちにいてもらわなきゃ! 私の妹だし!」

「新たな末っ子の立場になってもらわないとね」

「……未来の義理の姉になるかもしれんがな」

「ああ、それもあったか!」


 エドワルドはニヤニヤ笑いながら、そう言った後、窓の外、リンドベル領の領都の先にある黒々とした魔の森を睨みつけながら、手を握りしめる。


「さぁ、『聖女』様を迎え入れる準備を始めようではないか」

「はいっ!」

「はいっ!」


 勝手に盛り上がっている家族達の姿に、アリスは嬉しそうな笑みを浮かべる。


「そうね、ミーシャの二度目の人生、一緒に楽しまないとね」


 そう呟くと、詳しい打ち合わせを始めた家族を置いて、執務室を出る。お世話になった恩師へ、家庭教師を依頼する手紙を用意するために。

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