第119話

 服を脱がせてわかったことは、洋服を着ていた時には気づかなかった彼の痩せ細った身体。そして、赤く焼けただれた傷痕には、まだ禍々しい気配が残ってる。


「魔道師長!」


 国王様に呼ばれてすぐに現れたのは、枢機卿とはまた違う背の高い男性。鷲鼻に鋭い眼光、黒いローブを翻しながら現れた様子は、昔に見た魔法使いの映画に出てきそう。どっちかというと悪役にいそうなタイプ。

 イザーク様に押さえつけられている男の子の傍に跪いて、しげしげと魔法陣の跡を調べている。


「……これは、この者を媒介して行う呪いの一種ですな。ある程度の範囲内に対象者がいると発動するタイプのものです……これは、誰に彫られたものか」


 魔道師長に厳しい声で問われた少年は目を見開き、血の気のひいた真っ白な顔をブルブルと横に振る。怖くて声も出ないのか、もしくは、言えないのか。

 そんなことを考えているうちに、悪意感知で真っ赤になってる点が、チッカチッカとアラーム音までつけて教えてくれてるよ。諸悪の根源は、この公爵ってことになるんじゃないの?

 私がおっさん……もとい、公爵の方へジロリと目を向けた瞬間。


「ぐぁっ!?」


 突然、叫び声があがり、広間の中が騒然となった。

 押さえつけられていたはずの男の子が、まさかのイザーク兄様を弾き飛ばして立ち上がっていた。イザーク兄様もビックリだ。

 そしてブルブルと震えながら自分の身体を両手で抱きかかえている。見る見るうちに身体が徐々に黒ずんでいき、中空を見上げていた目が、恐怖に怯え、何かを訴えている。まるでホラー映画か何かで見たような姿を、目の前で見せられた私は、驚きすぎてすぐに動けなかった。


「ぎゃあ!」


 最後に男の子が再び大きく叫ぶと同時に、その場に崩れ落ちた。


「フィヨーレ!」


 第三王子が倒れた男の子の元へ駆け寄ろうとしたが、近くにいた近習たちに捕まって近寄れなかった。イザーク兄様と魔術師長はそばに近寄り、イザーク兄様は彼の首筋に手を当てていたが、残念そうな顔をしながら首を横に振った。


 ……何てことだ。あんな、まだ子供のような者を使い捨ての駒にした奴がいる。


 死人に口無し、ということか。どうやって彼を始末したのか、他に協力者がいたのかもしれない。だけど、私には悪意感知するくらいしかできない。

 再び、公爵に目を向ける。驚いた顔を作ってても、一瞬、口元が緩んだのに気付く。こいつ、真っ赤どころか、絶対に真っ黒だよ。視線で殺せるんだったら殺してるってくらい睨みつけるけど、肝心の公爵はこっちを見もしない。

 はっきりした証拠もなしに、公爵を糾弾するのは無理だっていうのは、私でもわかる。

 口惜しくてギリギリと歯を食いしばりながら、両手を握りしめた。

 私が怒りに震えている間に、魔術師長は部下たちを呼び寄せ、死体を抱えさせて、広間から出ていく。


「魔術師長……」

「国王陛下、おそらく、主犯格を裏切ると同時に発動する呪術がかけられていたのかと」

「優秀な者であったのだろうに」


 身分詐称がなければ、きっといい腹心になってたのかもしれない。第三王子は涙を流しながら男の子が消えて行ったドアを見つめている。

 国王様は、深いため息をついた後、広間にいる貴族たちに向かい、重々しく言葉を発した。


「……とにかく、聖女殿のお陰で、私への呪いは解けた、ということだな。この件については、誰も文句のいいようもあるまい」

「はっ。私どもでは、このように素早くは対応出来ませぬゆえ」


 枢機卿たちが、頭を下げながら答える。

 結局、他の貴族たちからも、この場ではそれ以上の反論はなかった。

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