第20話

 おばあちゃんの店に連れ込まれて、気がついたら三日経っていた。


「ほれ、ミーシャ、裏の棚からモギナの束、取って来ておくれ」

「あ、はーい」


 モギナとは薬草の名前だそうだ。初級ポーションの材料の一つだそうで、おばあちゃんは薬師だった。

 私の『美佐江』という名前が呼びにくいらしく、柄にもなく、『ミーシャ』と呼ばれている。正直、日本人的には抵抗はあるけど、『さ』の音が発音できないと言われれば仕方がない。

 本当はすぐにでも王都から逃げ出して、リンドベル辺境伯の領地へ向かいたかった。

 私がいなくなったことは、王城の中では気付かれてるはずだ。いい加減、あのメイドさんだって起きてるはず。それなのに、そもそもの『聖女召喚』の噂話すら、聞こえてこないのだ。よっぽど極秘な話ってことなんだろう。


「どれ、ちょっと冒険者ギルドに行ってくるよ。店番頼むよ」

「あ、はい」


 おばあちゃんのところにいた手伝いの子が、私と入れ替えに辞めてしまったらしい(近所のおばさん情報)。確かに、おばあちゃん、酔ってる時と違って、普段は言葉が少ないし、怒るときは結構キツイ言い方になる。子供にはちょっと辛いかもしれない。

 まぁ、精神はおばちゃんの私だからこそ、聞き流せる部分があるんだろうけど。

 そのせいなのか、この短期間で、すっかり売り子状態になっちゃってる。

 おかげで、この国の金銭感覚や、調薬に絡んだ植物や魔物の話や食べ物の話などを教えてもらった。そのお陰なのか、スキルに調薬や料理なんてのも追加されていた。これもアルム様の加護の賜物なのかしら。


 今、私はちょっとくすんだ緑色のワンピースを着ている。おばあちゃんが近所に住む若い奥さんから子供服のお古をもらったものだ。足元はおばあちゃんの使い古した革の靴。ちょっとぶかぶか。

 アルム様がくれた服も持ってるけど、残念ながらこっちの世界じゃ、男の子が着るようなものだったみたい。だいたい、おばあちゃんと会った時にはアイテムボックスにしまっていたから、手ぶらだった私が、おばあちゃんが知るわけのない新しい服を出すわけにもいかなかったのだ。

 お客さんには、髪が短いせいか最初は男の子と間違われる。でもその後、ワンピース姿を見て哀れむような視線になるから、こっちのほうが申し訳ない気持ちになってしまう。 


 さて、おばあちゃんが冒険者ギルドに行ったのは、薬草採取のクエストを依頼していたから。おばあちゃんが欲しい薬草は、王都の北東にある魔の森の周辺に多く繁殖しているらしい。若い頃は自分で採りにいってたそうだ。最近では魔の森の周辺付近で魔物の目撃情報が多くなっているせいで、ギルドに依頼する形になったそう。


 私が行きたいリンドベル辺境伯の領地は、この魔の森を越えたところにある。真っ直ぐに森を突っ切れれば早いのだろうけど、地図情報を見る限り、そんな街道はない。ぐるりと隣国を経由しないと向かえないのだ。そのためには、乗合馬車に乗っていく方法しかないらしい。

 何気にアルム様が用意してくれていた財布には、十分なお金が入ってた。そう、おばあちゃんのことを気にしなければ、すぐにでも出発できるのだ。

 問題は、おばあちゃんにどう説明して、別れをきりだすか、というもの。

 おばあちゃんは、詳しい話を聞いてはこない。悪い人じゃない……はず。店じまいすると、毎回、近所の飲み屋に飲みに行っちゃうけど。


 店番を頼まれたわりに、今日はお客さんは誰も来ない。

 私はナビゲーションの画面を開くと、魔法や調薬のことを調べて時間を潰すことにした。

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