第215話

 兄様からの返事は、まだ来ない。今後の動き方を決められないけれど、相手は待ってはくれない。私は諦めて、シワになってたドレスをささっと撫でつけると、部屋を出た。

 ドアの前には、侍女頭とでも言うんだろうか、実年齢の私と同じくらいの女性が、無表情に立って待っていた。その彼女の背後には、今にも戦いに行きそうな格好の騎士様たちが、ずらりと並んでいる。逃がさない、って感じかしら。溜息が出そうになるのを飲み込み、侍女頭の後をついていく。

 長い廊下をあちこちと歩かされた。これ、意図的にやってるのかしら? なんて穿った見方をしてしまう。単に宮殿自体が広く、作りが複雑なだけなんだろう。


 ようやく案内されて到着したのは、宮殿の中でも奥の方だと思われる一室。さりげに、ナビゲーションで地図を開いて確認した。宮殿、デカすぎて、ビックリだ。

 地図を開いたまま、室内に入って見ると、一段高いところに置かれた大きな椅子に、皇太子が一人座って待っていた。

 レヴィエスタで使われた謁見の間よりも、少し小さい感じだろうか。背後には若い侍従が二人。また壁際には皇太子の護衛の騎士たち、他にも、影の護衛みたいのもいるようだ。ずいぶんと、物々しい感じ。

 皇太子は長い脚を組んでて、偉そうに座ってる。皇太子だから、偉いか。


「やっと来たか」


 言い方も偉そう。

 仕方がないから部屋の中央まで進み、皇太子の前まで行ってカーテシーでご挨拶。皇太子は何も言わないで、ジロジロと見ている。

 ムカつくからお返しに、こっちもジロジロと見返してやる。一児の父と言うには、まだ若く見える。。十代後半、いっても二十代半、と言っても通るかもしれない。でも、実は三十代近いって、兄様から聞いてたりする。詐欺だな、詐欺。

 美男美女の血のなせる業で、この皇太子も美男子の類なんだろうけれど、なんか、よろしくないわぁ。いけ好かない。こう、悪いことしてます、っていう品のなさ、とでも言うんだろうか。そういうのが滲み出てる気がする。

 私の好みの系列ではない。よっぽどもイザーク兄様のほうがイケメンだわ。


「ご用件は」


 上から見下ろしてくる皇太子の態度にイラっとしちゃったから、つい聞いてしまった。

 たぶん、その言いようが気に入らなかったのだろう。皇太子は眉をピクリと動かすし、護衛の騎士とか、侍女らしき人たちもザワッと反応して、ナビゲーションの地図に徐々に赤い点々が浮かびだした。


「ふん、ずいぶんと態度のデカい子供だな」


 それでも鼻で笑う皇太子。誕生祭の際の第一印象は、そう悪くはなかっただけに、残念だわ。

 私は見かけは子供でも、中身はおばちゃんだからね。こっちも鼻で笑ってやる。


「子供でも、一応私、『聖女』なので」

「治癒ができる程度であろうが。そんな者は、教会であればいくらでもおる」


 私に反論してきたのは、皇太子の背後に立っていた若い侍従の一人。見下した眼差しに、躾がなってないなぁ、と眉間に皺がよってしまう。だいたい、なんで治癒しか出来ないとか思ってるんだろう? 確かに、この国に入って使ってみせたのは治癒だけだけど。

 教会の認める『聖女』に意味はないってことなのかしら?

 そんな私に、皇太子はニヤリと笑う。


「まぁ、いいではないか。所詮、子供だ。勘弁してやれ」

「……はっ」


 だから、子供じゃないっての。言わないけど。


「……用件だったな」


 厭らしい感じにニヤリと笑い、私を見下ろす皇太子。


「聖女よ、お前を我が息子の婚約者にしてやる。名誉に思え」


 ……は?

 この人、何言っちゃってるの?

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