第216話

 周囲にいた侍従や護衛とかが、おお、だとか、なんと! とか、盛り上がってるけど、馬鹿なの? なんで、産まれたばっかの赤ん坊と私が婚約とかなるわけ?

 あまりの唐突さに、開いた口が塞がらない。


「あまりの喜びに、声もでないか」


 いや、全然、喜んでないし。


「当然でございましょう! ゆくゆくは皇帝となる方の伴侶となるのです! 喜ばない者などおりません!」

「フフフ、そうであろうな」

「王子のお相手が『聖女』ともなれば、教会側とて文句もないでしょう」


 おい、勝手に盛り上がるな。


「私に、皇太子妃がおらなんだらな……一応、アレも王子を産む役目は果たしたから、それもありか……さすがに聖女を側妃というわけにもいくまいしな」


 おいっ!

 あははは、とか笑ってるんじゃないっ! 冗談にしても、全然笑えないし。

 周りの連中も、おべっか使いみたいに、右へ倣えで笑ってる。ムカつく、ムカつく、ムカつく!


「お断りいたします」


 できるだけ張り上げた私の声は、周囲の騒めきに打ち消される。思わず、舌打ちをしたくなる。そして、もう一度、大きく息を吸って……叫んだ。


「お・こ・と・わ・り・し・ま・すっ!」


 一瞬でシーンと静まり返る室内。皇太子は笑みを貼り付けながら、冷たい目で私を見下ろす。


「……なんだと」

「だから、断るって言ってるの」


 言葉遣いなんか、気にしてられない。もう、おばちゃん、怒ってるんだからね。両手を腰にあて、ふんぞり返る私。


「だいたい、なんだって私があんたの言うこと聞かなきゃいけないのよ。たかが、皇太子ってだけで」

「貴様っ!」

「うるさいわよ、チビがっ」


 皇太子の後ろで偉そうに言ってた侍従に言い返す私。実際、他の騎士や侍従に比べて一番小さかったしね。


「……ずいぶんと言葉遣いがなってないな。レヴィエスタの教育も大したことがない」

「優秀な者は、皆、我が国に留学して参りますれば」


 不快そうな顔で言う皇太子に、もう一人、年かさの侍従が冷静に話しかける。

 確かに、兄様とか、こっちに留学してたけど。それはまったく関係ないからっ。私、レヴィエスタの学園に短期でしか通ってないけど、大本の教育はこっちの世界じゃないし。


「だいたいね、私だって来たくて来たわけじゃなし。頼まれたから仕方なく来たのに、なんで、私があんたらの言うこと聞かなきゃなんないのよ」


 確かに、リンドベル家には世話にはなっている。実際、家族のようにも思ってる。だから、リンドベル家のために、と思えばこそ、今回だってつきあったわけだし。レヴィエスタという国が、どうこう言う話になったら、それはまた別の話だ。

 たぶん、リンドベル家の人たちは、私が国のために、なんていうのは望んでもいないだろうし、むしろ、そんな羽目にあったら……とっとと逃げろ、と言うに違いない。


「……ふむ。では、レヴィエスタがどうなろうとも、構わないのか」


 威圧感のある眼差しと、低い声での脅しに、ビビるとでも思ってるんだろう。伊達におばちゃん、長く生きてませんよ。さすがにヤクザは相手したことはないけれど、これでも若かりし頃、競馬場で面倒そうなおっちゃん相手の販売員のバイトしてましたから!


「ええ、どうぞ、ご勝手に」


 フンッ、と鼻で笑って見返してやった。

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