第339話

 人の多さに辟易しながら、私はイザーク兄様のマントの裾を掴んでいる。最初は手を握って並んでいたんだけど、どんどん後ろに回り込む羽目になって……今に至る。


「ミーシャ、見えるか?」


 いや、見えないし。

 イザーク兄様は、正面に張られている時刻表的な板に目を向けている。とりあえず、大きな板が四枚で、板の上部には、王都と三つの国名が書いてあるっぽい。その間に通過する様々な地名と出発時間が書かれているらしいんだけど、見えません!


「抱えようか?」

「いや、結構」


 さすがに、そこまで子供みたいにされるのは抵抗がある。


「うーん、参ったな」

「イザーク兄様、一度、出よう?」

「ああ、時間をずらそう」


 たぶん、この時間は出発時間がいくつも重なっているのかもしれない。

 私たちは、ずるずると抜け出して、建物の影へと移動する。


「す、すごかったわね」

「ああ……昨日は全然気が付かなかったよ」


 確かに。私たちはすぐに宿屋を探しに行ってしまったせいもあって、このあたりのチェックはしていなかった。予想外である。


「さてと、ミーシャは、どこに行きたい?」

「そうねぇ……とりあえず、この国の王都はナシね」

「ああ……エルフがいそうだけど、当然、王族もいるだろうしね」


 この国の王都のエルフも、王族とかに関係なく、人の貴族のようなのがいないとも限らない。そういうのに絡まれたら、面倒なこと、この上ないもの。

 むしろ、田舎な町とかで、野生なエルフに遭遇したい(野生ってなんだ)。


「観光旅行みたいに、のんびり色んな町を見て歩くのはどう?」

「う~ん、そうだね……長距離の乗合馬車はしっかりした作りの物が多いし、護衛の冒険者も多いようだね」


 目の前には、いくつもの馬車が展示会場みたいに並べられていた。

 確かに、かなり立派なのには、強面の冒険者たちがたむろってる。乗り込んでいく乗客の姿にも目が行く。かなりの数になっているようだ。 

 あれだけの人と長時間一緒、というのは……すごく疲れそうだ。


「……ねぇ、イザーク兄様」

「なんだい」

「乗合馬車じゃないと移動できないかなぁ」

「は?」

「うーん、だって、あんなにいっぱいの人とか……疲れそうじゃない?」


 私が指さした光景に、イザーク兄様も口をつぐむ。


「よくよく考えたらさ、別に、他の人と一緒に行動しなくてもいいよね」


 だって、私には精霊王様たちがついているし。

 それこそ、最悪は転移しちゃえばいいんだもの。


「……旅行気分を味わいたいんじゃなかったのか?」

「あー」


 いや、確かに、観光バスでの旅行とか、あちらの世界並みの安全とか、快適性とかがあるならいいけど、こっちじゃ、無理な話なのは十分わかっている。


「でも、気疲れしそうでしょ?」


 ……今更である。

 しかし、目の前の光景を見てたら。


「馬車、買っちゃう?」


 ……はい。贅沢です。

 贅沢ですけど。

 もう、我慢するのは、いいかな? って思っちゃいました。

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