第28話
人通りの多い大きな通りから横道に入る。
案内してもらったのは、こぢんまりとした感じの宿屋さんだった。
「よぉ」
「あれ、お帰り。珍しいね、こんな時間に」
勢いよくドアを開いたお兄さんの挨拶に、おばさんの元気な声が帰ってきた。
「ああ、お客さん連れてきた。すぐに、また戻るんだ」
「おやおや、可愛らしいお客さんだこと。いらっしゃいませ」
にこにこと笑いながら受けつけてくれた恰幅のいいおばさんに、少しホッとする。なにせ、前回がアレだったからね。
お兄さんは私を預けると、すぐに宿屋から出て行った。
「すみません、私一人ですが、大丈夫ですか」
「お一人ですね、宿泊代は朝夕二食ついて一泊銀貨一枚、先払いですが、よろしいですか」
「!? はいっ! 大丈夫です!」
子供扱いされずに普通に接客されて、ちょっと感動。
その上、宿泊代もちゃんと食事もついてて銀貨一枚。びっくりして、一瞬返事が遅れてしまった。それでもすぐに銀貨一枚を支払う。
「台帳にお名前をお願いしたいんですが、書けますか?」
「はい、大丈夫です」
薬師のおばあさんに呼ばれた『ミーシャ』と書いた。
「あら、女の子だったの?」
おばさんの驚いたような言葉に、失敗したことに気が付いた。
自分、男の子の格好してたんじゃないか。
「あ、えと、その」
慌ててしまって、いい言い訳が浮かばない。
「ん~、訳アリってわけね」
オロオロしている私をよそに、おばさんは意味深にうんうんと頷きながら台帳を静かに閉じた。
勝手に勘違いされてるようで、少しだけ、どう勘違いされたのか聞いてみたい気がしたが、日本人特有の曖昧に微笑んで誤魔化すだけにした。
その後、部屋に案内されたけど、けして広くはないけど居心地がよさそう。カントリー風でほんわかした感じは、おばさんの趣味なのだろうか。建物自体が大きな通りから離れたせいか、それほど煩くない。ベッドもフカフカしてて、横になったら一発で寝てしまいそう。
「それでは、夕飯はどうします?」
「はい、お願いします。えと、これから冒険者ギルドに行ってこようと思うので、戻ってきたらでいいですか?」
「はい、わかりました。では、出かける時はお声掛けくださいね。一応、鍵を預かりますので」
にっこり笑顔を浮かべたおばさんが、静かにドアを閉めて出ていく。
ようやく一人になって、肩の力が抜け、ベッドに腰かける。
おばさんの普通の対応のありがたさを痛感して、目に涙が浮かびそうになった。我慢したけど。
「さて、荷物を整理したら、冒険者ギルド、行きますかね」
夕飯前には帰ってこなくちゃ、と思いつつ、私は鼻歌交じりに、バッグの中身を取り出し始めたのだった。
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