第173話

 ゆっくりと目を開ける。いつもの森の中の家だ。


「お煎餅……」


 思わず、ぽつりと呟く。夢だったのか、本当にアルム様と会っていたのか、今のぼんやりした頭では、判断がつかない。


 コケコッコー


 まさかのコカトリスの鳴き声(鶏じゃないのだ。鶏みたいだけど)で、すでに朝になってることに気付く。起き上がって、ぼーっとしていると、駄目押しのように、再び、コカトリスが鳴いた。


「わかりましたー。エサね、エサ」


 生成りのネグリジェ(本当は上下別になっているパジャマのほうがいいんだけど)に紺色のカーディガンを羽織りながら、家の外に出る。

 ひんやりした空気の中、家の裏手の鳥小屋に向かうと、コカトリスたちが大歓迎でコケコケ、鳴きまくっていた。

 

 美味しい卵を手に入れて、卵焼きにしようか、目玉焼きにしようか悩みながら、家の中に戻る。

 服を着替えてから、キッチンで一人分の朝食を準備していると、ふと、夫のことを思い出し、つられてアルム様の言葉を思い出す。


「もう、本当に恋人が出来たのかしら……」


 あれが夢だとは思えない。それぐらい鮮明だったから。

 できあがった食事を前にして、ため息が出る。どうやったって確認がとれないことは、わかっていても、気になってしまうのだ。

 食事を終えて食器を片付けて、地下に籠って調薬に勤しむ。集中している間は、夫のことは忘れられるから。やっているうちに、いくつかの素材が足りなくなってることに気付く。家の庭で採れるものもあるけれど、魔物の素材などは、無理なものもある。


「買いにいかなきゃ駄目かしら」


 一応、私も冒険者ギルドに登録はしてるけど、魔物の討伐はエドワルドお父様たちとしかやったことがない。そもそも、必要な魔物がどこに生息してるのかもわからないし……って、ナビゲーション使えばわかるのかも。

 しかし、よっぽどいい素材を求めない限り、素材を売っている店で買うことができるし、冒険者ギルドで買うこともできるのだ。


「でも、久しぶりにエドワルドお父様たちと出かけるのもいいかも?」


 ぐりぐりとすりこ木で薬草の一つ、モギナをすりつぶしながら考えていると、目の前に伝達の鳥が飛んできた。地下でどこも窓が開いてなくても届くことの不思議。


「どれどれ~」


 相手はイザーク兄様。名前を見て、ドキリとする。

 もう、アルム様が余計なことを言うから、変に意識しちゃうじゃないか。確か、イザーク兄様は二十四歳。私は見た目年齢十二歳(十歳とか、言わない)。イザーク兄様が今の私相手にしちゃったら、犯罪でしょ、犯罪。こっちじゃロリコンって言葉はないだろうから……幼女趣味か。うう、思わず、ぶるるっと身体が震える。

 そう思いながら、手紙を広げて中身を見て……固まった。


『急で悪いが、婚約者になってくれないか』


 ……昨日の今日で、なぜこうなる。

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