第172話

 ソファに座り、煎餅をバリッと食べる。ポロポロと煎餅の食べかすが、綺麗なドレスに零れていく。だけど、それを気にする気力もない。


「そんなにショックだったのぉ?」

「……うん」

「もう、二度と会えない相手なのよぉ? そこまで縛り付けるのは、旦那が可哀相よぉ?」

「……頭ではわかってるんだけど」

「もうっ! 私は、過去を引きずっていないで、貴女に二度目の人生を楽しんで欲しいの。せっかく、若返って、こんなに美人さんなのに! 恋の一つや二つ、ないのかしら!」


 恋、ですかい? 

 思わず、首を傾げる。

 逃亡劇を終えて、お偉いさんの相手もして、ようやっと生活の基盤みたいなのが出来たのに、恋する余裕なんかなかったわ。そもそも、相手いないし。


「もう~、ぴちぴちの十代なのよ!」


 いや……中身おばちゃんには、十代はキツイわ。だって、息子みたいなもんよ? あ、下手すれば同級生に、孫とかなってる子もいるじゃない。

 私の考えが見えちゃうのか、アルム様が「チッチッチ」と右手の人差し指を振る。


「美佐江ってば、そんなに精神的に老けないでよ。ほら、貴女だって、あちらではアイドルやらイケメン俳優やらにときめいてたでしょうに」


 ぐっ。た、確かに、そういう時期もあるにはあった。しかし、あれは『恋』とは違うはず。それにしても、アルム様、よく知っているな、アイドルとかイケメン俳優とか。

 私が何も言わないからか、どんどん話が進んでいく。


「十代が無理なら、二十代とかぁ。周りにはイケメンたくさんいるじゃな~い?」

「……ヘリオルド兄様?」

「がぁっ。違うっ。だいたい既婚者でしょうがっ。それも、あんたの父親になるはずだった相手でしょっ」

「わかってるわよぉ……あとは、イザーク兄様かニコ」

「それよっ! それっ!」


 私が『ニコラス兄様』と言い切る前に、被せてきましたよ。アルム様。


「わかってるじゃない! 美佐江には、ああいう素敵な男性と恋に落ちて欲しいのよぉ」

「……オズワルドさんとかは?」

「……美佐江がいいなら、仕方がないけどぉ」


 そこまで、すんごいテンション下がって言うかな。ちょっと笑ってしまう。


「ん、そうやって笑ってて」

「……アルム様」

「まぁ、恋するのは美佐江だから、相手は誰でもいいけど、よーく相手を見て、選んでね」

「選ぶほど、相手なんかいませんよ」

「何言ってるの? 貴女、『聖女』よ? いくらでもお相手は送りつけられるんじゃないのぉ?」


 まさか、と思ったけれど、その手の話は、きっとエドワルドお父様が止めている気がする。苦笑いしながら、煎餅を食べる。また、食べかすが落ちたのに気付いて、払おうとしたら。


「じゃ、頑張ってね?」

「えっ!?」


 まだ、煎餅食べ終えてないんですけど!

 そう文句をいう前に、再び、私は白い靄の中に包まれてしまった。

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