第93話

 ギリギリ日が落ちる直前まで飛び続け、空地を見つけては野営をする。それを二日繰り返して、ようやく大きな街が見えてきたのは、空が赤くなり始める頃だった。

 正直、長時間飛び続けるのは、かなりしんどかった。こういう時に、身体強化と回復の魔法があることのありがたみを痛感する。

 移動距離として、思いっきりショートカットしていたのは、地図情報見ていたのでわかる。たぶん、街道を使って馬で移動していたら、三、四日どころじゃ到着しなかったかもしれない。


「見えてきた……あれが、リンドベルの領都、ハイノルトだ」


 耳元で囁くイザーク様の声には、悦びが溢れている。私もコクコクと頷く。街の中央部には立派な尖塔がいくつもある大きな城が見える。あそこに、リンドベル辺境伯たちがいるのかもしれない。


 ―――やっと……やっと、ここまでこれた。


 そう思うと、私自身も感動でじわりと目に涙が浮かんできた。

 先頭を飛んでいたエドワルド様たちの乗っているワイバーンが、斜めに滑空していき、その後を続々とワイバーンが続いていく。私たちの乗るワイバーンも、同じように滑空して、ハイノルトの街の中の大きな板塀に囲まれた広場に着陸した。


「エドワルド様! お疲れ様でした!」


 野太い声が広場に響く。現れたのは、まるで山賊みたいな格好の老人。その後ろには、似たような格好の若者たちが数人、少し興奮したように立っている。


「おう! じいさん、久しぶりだな」

「はい、ご無事で何より」


 エドワルド様はワイバーンから飛び降り、一緒に乗っていたアリス様に手を差し伸べる。アリス様もエドワルド様の手を取ると、軽々と飛び降りた。


「奥様もご無沙汰しております」

「フフフ、ケントさん、久しぶりね」

「相変わらず、お美しいですな。エドワルド様が羨ましい」

「まぁ。そんなことを言ってると、奥様に叱られますわよ」

「うちのカカアは、奥様大好きですから、褒められこそすれ、叱りはしますまい」


 よっぽど親しいのか、ケントと呼ばれた老人とエドワルド様たちは話が盛り上がってる。その間にも、私を含め、双子ちゃんたちもワイバーンから降りる。そのワイバーンの手綱を受け取っていくのは、老人の後ろにいた若者たち。その手際のよさに、彼らはワイバーンの専門の人なんだろうな、というのは予想がついた。


「さぁ、お城からお迎えの馬車が来ております。どうぞ、こちらへ」

「すまんな。じいさん、後で旨い酒を届けさせるからな」

「そりゃあ、ありがたい。楽しみにしておりますよ」


 元辺境伯と領民との距離の近さに驚きながら、私は皆の後を追いかける。

 広場の出口には、すでに大きな馬車が二台並び、美しい姿勢で立つ、まさに、ザ・執事って感じのおじさまが待ち構えていた。


「おう、セバスチャン、待たせたか」

「エドワルド様、お帰りなさいませ。それほどではございません。どうぞ、お早く」

「ああ、すまんな」


 言葉少なに、皆が乗り込んでいく。エドワルド様とアリス様、双子たちで一台目、私とイザーク様たちで二台目。アリス様とパメラ様は、私が同じ馬車に乗らなかったことを、ちょっと残念そうな顔をしてたけど、文句も言わずに乗り込んでいく。


「ここからは、そう時間はかからない。ミーシャ、もうすぐだ」

「……はい」


 イザーク様の言葉に、私は小さく頷く。

 いよいよ、辺境伯夫婦との対面だ。私は、彼らにどういう風に接したらいいのだろうか、と、期待と不安でどきどきしている。ここにいる人たちは、すっかり私を家族扱いしてくれるけど、実際に辺境伯夫婦がどう感じるかなんて、予想がつかない。

 そんな風に悩んでいる私の頭を、イザーク様は何も言わずに、優しく撫で続けた。

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