閑話

魔術師の憧れは、地に落ちる

 魔術師、ヘンドリックス・ドーンは、薄暗がりの中、頭を抱えていた。


「なんだって、マートル様はあんなものを渡したんだ……くそっ!」


 髪を掻きむしりながら、ヘンドリックスは国を出る直前のことを思い出していた。


                * * *


 転移陣の間に行く少し前、マートルに呼び出されて向かったのは魔術師団の団長の執務室。最近、団長自身は研究室に籠り、ほとんど出てくることはなく、事実上、マートルの執務室と言っても過言ではなかった。


「忙しい所、申し訳ないな、ドーン」

「いえ、とんでもございません」


 国内でも力のあるマートル辺境伯、その次男ということもあり、高位貴族らしい上から目線で物をいうタイプかと思いきや、偉ぶることのない腰の低さから、部下たちから慕われることの多い人であった。ヘンドリックスもそんな憧れている者の一人だった。

 マートルは机の中から、紺色のベルベッドの箱を取り出す。


「これを渡しておこうと思ってな」

「これは、聖女様に、ですか」

「……ああ、そうだ」


 渡す時、一瞬、迷ったような顔をしたものの、諦めたような溜息をついて、ヘンドリックスに手渡すマートル。箱の中身は、アクセサリーだ、としか説明されなかった。

 ここで中身を見ること自体、不躾だということくらい、ヘンドリックスでもわかった。


「念の為、お渡しする前に聖女と言われる女性の鑑定をしろ。お前は魔術師団の鑑定持ちの中でも、高レベルの中に入る。確実に聖女だと判断した場合のみ、お渡しするんだ。渡し方やタイミングはお前に任せる……そうだな、聖女がご機嫌を損ねるようなことがあれば、差し上げてもいいかもしれん」

「はっ」

「……頼むぞ」


 厳しい顔をしたマートルに、ヘンドリックスも身が引き締まる思いだった。


                * * *


 マートルから出された聖女探索の任に応えられずに王都に返ってきた矢先、隣国で保護されたという話を聞かされた。あと少しというところで逃げられたのが、聖女であったはずだと、今でも思っている。あまりにも悔しくて壁にあたり、自分の手の甲をケガをしてしまったくらいだ。だからこそ、今度こそは、と思っていたのだ。

 男爵から謁見の間で行われた解呪を聞いて、彼女は聖女だと確信を持った。そして実際に目の前にした聖女は、自分の鑑定などまったく使い物にならなかった。

 何も見えなかったのだ。


「なぜ『隷属の腕輪』のような物を聖女様に……」


 マートルの言葉を鵜呑みにして、箱自体を自身で鑑定すらしなかった。そもそも、そんなことは必要ないと思ったのだ。シャトルワースの誇りある魔術師団の団長補佐からの贈り物なのだから、と。

 今、ヘンドリックスの首元には、黒く鈍く光る金属製の首輪が嵌められている。いわゆる『封魔の首輪』だ。魔力の高い魔術師の場合に、魔力を抑え込むための物だ。これがある限り、伝達の魔法陣すら立ち上げることも出来ない。


「マートル様……」


 ヘンドリックスは悲嘆に暮れながら、薄暗い部屋の天井を睨みつけるしかなかった。

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