第303話
不機嫌な顔をしているのは、私だけではない。
「ニコラス、兄様のこと聞いてた?」
「いいや」
双子が手紙を覗き込みながら、互いに確認する。
エドワルドお父様からもヘリオルド兄様からも、そんな連絡はきていない。何度かリンドベルの屋敷に顔を出した時だって、そんな話は一言も出ていなかった。辞めたのは、時期的に私たちがエシトニアで船に乗った頃らしい。もう、二、三週間近く前のことだ。思い返してみれば、リンドベルの屋敷にまともに顔を出していなかったかもしれない。
「まさかと思うけど、私たちのこと、追いかけてるとかないよね」
「……ないとは言えない。イザーク兄さんだけに」
私の言葉に、双子がなぜだか、訳知り顔でうんうんと頷いている。念のためにと、地図情報を開き、イザーク兄様のマークを探してみる。前に旗つけといてよかった。
そして、目が点になる。
「なんじゃこりゃ」
私の第一声。抑えられなかったのは、ご愛敬。いや、声にも出るわ。
「すんごいスピードで動いてるんだけど……これ、馬じゃないわね。スレイプニルですらないでしょ、これ」
ぼそりと呟いた私の声に、双子がピシッと固まる。
だって街道じゃないところをマークが動いてるのだ。それも、地図情報、大陸地図のサイズなのに、動きが見えるって、かなりのスピードよ。
たぶん、今、これ、山の上だわ。場所で言うなら、横長に伸びた帝国の中で、真ん中あたりだろうか。このスピードであれば、下手すると今日中に帝都あたりには着くことが予想できる。
この移動スピードで考えられるのは。
「……ワイバーンか」
個人でワイバーンを利用するには、かなりの金額がかかるはず。シャトルワースからの逃亡の時には気にしなかったけれど、後々、金額を聞いて目が飛びでそうだったのを思い出す。イザーク兄様は近衛騎士勤めだったから、それなりに稼いでいただろう。しかし、辞めてしまったのだから、貯蓄を食いつぶすしかないんじゃないの? というか、辞めてしまって、あの人は、これから先どうするんだろうか。
そういえば、と思って、オズワルドさんとカークさん、この二人の位置も確認する。オズワルドさんは、オムダル王国の王都、カークさんはレヴィエスタ王国の王都とリンドベル領の間くらいにいる。
まさかの、イザーク兄様、完全に単独行動かい!
「イ、イザーク兄様、そんなに急いで、帝都に何の用かしらね」
顔をひきつらせながら、そうつぶやくと、ニコラス兄様は苦笑いしながら答える。
「帝都っていうか、完全に俺たちのこと、追いかけてるんじゃない?」
「私たちがコークシス行く話は知ってるだろうし、帝都経由で、コークシスかな」
「兄上だしね」
「ねぇ?」
「いやいや、それは、それは、ないよ……ねぇ?」
私が否定しようが、双子は苦笑いして、それ以上は何も言わない。私もため息をつくだけだ。一応、パメラ姉様がエドワルドお父様に伝達の魔法陣で手紙を送った。イザーク兄様の現状の確認だ。
「で、問題なのは、兄様だけではなく、このウルトガの話よね」
私の眉間に皺がふかーく刻まれたのは、言うまでもない。
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『おばちゃん(?)聖女 短編集』を公開しました。
不定期更新です。裏設定とか、外伝的なお話をぽろぽろと、書く予定です。
よろしければ、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです^^
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