第70話

 まだ冒険者たちがクエストを終えて報告しに来る時間には早いのか、ギルドの中は落ち着いている。数人がギルド内に併設されてる酒場っぽいところで、すでに呑み始めているくらい。

 イザーク様は迷いなく、まっすぐにカウンターのある方へと進んで行く。


「いらっしゃ……」

「ギルドマスターはいるか」

「……はい」


 受付のカウンターの中で、真ん中に座ってたお姉ちゃんがにこやかに話そうとしたところに、イザーク様は被せるように言うもんだから、ちょっとだけ不機嫌そうに変わっちゃう。うん、でもね、ちょっと緊急事態なのよね。


「どちら様でしょうか。ギルマスも忙しい身ですので……」

「急いでる。イザーク・リンドベルが来ていると伝えれば、わかるはずだ」

「……リンドベル?」


 イザーク様が重ねて被せるように言っちゃうから、お姉ちゃん、ムカついてるの、顔に出ちゃってるよ。うーん、受付でそんな反応じゃ、まだまだだねぇ。

 一方で、名前だけで通じるもんなの? って不思議に思う。私はイザーク様を見上げ、そしてお姉ちゃんの顔を見る。見るからに、ご機嫌斜めですよ。あれ。これ、ダメなんじゃない?


「そういうの、多いんですよね。マジで忙しい方なんだから、やめて……って、痛いっ!」


 ポカッ、とかなりいい音を立てて書類か何かでお姉ちゃんの頭を叩いて、彼女の背後から現れたのは、お姉ちゃんの上司だろう、もう少し年上の女性。若干、顔が引きつってる?


「リ、リンドベル様でいらっしゃいますかっ! 申し訳ございませんっ! すぐ、すぐに呼んでまいりますので、しばし、こちらでお待ちくださいっ」


 すんごい勢いでカウンターから離れたかと思ったら、奥にある階段を駆け上がっていく音が聞こえる。その姿に唖然としてるのは、お姉ちゃんの方。イザーク様は、完全に彼女の存在は無視で、奥の方に目を向けている。

 それにしても、リンドベルって家名は、よほど有名なんだろうか? 前に盗賊を捕まえた時も、ギルド職員がやたらとヘコヘコしてたけど。


「おい、リンドベルって」

「ああ、たぶん」


 酒場の方にいた中堅っぽい冒険者たちが、こっちを見ながらコソコソと話しているのが聞こえてくる。なになになに、なんかやらかしてたりするの? リンドベル家って。

 てなことを考えているうちに、ドドドドッと音をたてて階段を降りてきたのは、私の実年齢と同世代っぽい筋肉ムキムキのおっちゃん。顔を真っ赤にして駆け寄ってくる。


「お、お待たせしましたっ。リ、リンドベル様ですかっ!」

「ああ」


 イザーク様に迫る勢いの圧に、私はついついイザーク様の後ろに隠れてしまう。イザーク様は慣れたものなのか、表情も変えずに頷く。


「おお! お父上とお母上は、お元気ですかっ! 私、若かりし頃、お二人に大変お世話になりまして」

「そうか、それよりも、大事な用件があるんだが」

「はっ、どういった」

「……悪いが、ここではちょっと」

「ああっ! 気が利かず、申し訳ございませんっ! エイミー! 応接室にご案内しろっ!」

「は、はいっ!」


 ……なんか、怒涛の勢いなんだけど。

 ギルドマスター、ちゃんと身分の確認とかしないでいいの? と、思いながら、イザーク様の後を大人しくついていく私なのであった。

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