第322話

 目が覚めた時、私の目の前には、赤毛の犬のような耳を持った子供二人が覗き込んでてビックリした。驚きすぎて、声もでない、とはこのことだ。


「ターニャー、おきたー」

「おきたー」


 一人はワンピース、もう一人はズボンを穿いている。年のころは幼稚園児くらい。似たような顔立ちから、双子なのだろう。同じような声で、ターニャなる人を呼んでいる。しかし、その場から動かない。おかげで私も動けない。

 枕元にしゃがんで覗き込んでるなんて、あちらに残してきたうちの子(猫)たちを思い出す。あの子たちも、朝、起きるまで上から覗き込んで、待ってたなぁ……。


「聖女様……ご気分はいかがでしょうか」


 双子の隙間から声をかけてきたのは、茶色い丸い耳をした年配のメイドさん。あれは、タヌキ系? それとも熊系? なんかおっとりした雰囲気に、こちらまで気が抜ける感じになる。


「聖女様?」


 ぼけーっと彼女を見つめていたら、ターニャさんの方が心配そうに声をかけてきた。


「あ、はい、えと、大丈夫です……えーと、ここは」

「はい、こちらは王宮内の客室の一つでございます」


 なるほど。あの場で倒れて、ここに連れてこられたということか。私はゆっくりと身体を起こすと、ターニャさんがコップを差し出した。中身は、暖かいお茶のようだ。私はありがたく受け取ると、口に含む。なんと、甘い。蜂蜜でも入っているのだろうか。

 私は周囲を見渡すが、この部屋にいるのは、このお子様たちとターニャさんだけのようだ。私とターニャさんが話をしている間、双子はジッとしていないで、部屋の中を走り回っている。子供は元気だな。

 飲み終えたコップをターニャさんに渡して、気になったことを確認する。


「うちの者たちは?」

「はい、今はお隣のお部屋で、王太子殿下たちとお話し中です」


 サンドラ様たちがどうなったのか聞こうとしたところで、ノックもなく部屋のドアが勢いよく開いて飛び込んできたのは。


「ミーシャ!」


 安定のイザーク兄様である。

 必死な顔でベッドに駆け寄ると、私の頬を、肩を、腕を撫でまわし、ジッと目を見つめて、大丈夫か、どこも痛くないか、と確認しまくる。うむ、どう見たって大丈夫だと思うのだが、突然倒れたのだから、彼なりに心配してくれているのだろう。

 ――ちょっと、ウザいけど。


「もう、イザーク兄様、大丈夫ですって」

『そうよ、イザーク、ほどほどにしないと、嫌われるわよ?』

「はっ!?」


 眉間に皺をよせながら文句を言ってたら、ミニチュアサイズの土の精霊王様が現れた。精霊王様の言葉に、とたんに固まるイザーク兄様。


「そうね、ちょっと落ち着こうね」

「う、うむ」


 私がペシペシ兄様の手を叩いて、ようやく放してくれた。まったく。


「それに、いきなりドアを開けるのも、マナーとしてどうなの?」

「ぐっ!? す、すまん、土の精霊王様が、ミーシャが目覚めたとおっしゃったものだから、つい……」


 私は気付かなかったけれど、下位の土の精霊が様子を見ててくれたらしい。それですぐに知らせにいったのを、その場にいた土の精霊王様がポロッと漏らしたら、イザーク兄様は部屋から飛び出してしまっていたと。

 ……うん、心配させたのは事実……とはいえ、もうちょっと、落ち着こうよ、と思う。


「せいじょさまに、おこられてるの?」

「おこられてるの?」


 イザーク兄様の足元の両サイドに、いつの間に戻って来たのか、先程の赤毛の犬耳を持った獣人の子供たちが現れた。基本、猫派の私だけど、子犬も嫌いじゃない。


「フフ、怒ってないよ……私はミーシャ、あなたたち、お名前は?」

「わたし、まいら」

「ぼく、いるみ」

「かあさまたすけてくれて、ありがとう!」

「ありがとう!」


 子供たちの満面の笑みのかわいさに、思わず身悶えしそうになる。

 私は、頭に犬……いや正確には狼の耳がついてたから、二人が、まさかサンドラ様のお子様たちだとは思わなかった。獣人との間に生まれる子供は獣人として生まれるというのを、ここで初めて知って驚くのであった。

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