第350話
一瞬だけ考えた。うん、一瞬ね。
この行商の旅の間、火おこしを手伝ったり、水を出したりと生活魔法はいくらでも使って見せた。一応、ヤコフたちも、それなりに生活魔法は使えるようだったけど、私はイザーク兄様のように、目に見えて護衛ができるわけでもないので(動く魔物よけではあるけど)、せめて、食事の準備の手伝いくらいは、と思って行動してたわけだ。
それがゲインさんの目に止まった、ということなのかもしれない。
だいたい対人戦なんて、前に盗賊相手に『スリープ』や『ストーンバレット』を使ったことくらいしかない(人型の魔物は除く)。訓練って言われれば、やってみてもいいか、とも思ったけど。
チラリと彼の様子を見る。今までの道中では、ほとんど会話らしい会話なんてしてこなかったのに。彼の目つきが、なんか私を見下してるようで、嫌な感じがする。
確かに、見かけはお子様だし、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど。
「……やめときます」
「なんだ、恐くなったか」
「あー、はいはい。コワイコワイ~」
棒読みでそう言いながら両手を上げて、イザーク兄様の元へと歩いて行こうとしたんだけど。
「何、せっかくだ、訓練してみりゃいいじゃん」
猫野郎が、私の目の前に立ちふさがった。
「そうだぞ、兄貴に守られてばっかりじゃ、いざという時に困るのはお前だぞ?」
マックスさんの言葉にうんうんと頷くシリウスさん。
「タダで魔法を見てやるんだ、ありがたいくらいだろ。なぁ、ゲイン」
ニヤニヤしながら猫野郎が見下ろしてくる。
――余計なお世話だっつーの。
彼らはよっぽど退屈だった、ということなんだろうか。
私をおちょくって、暇つぶしでもしようとでもいうのか。
ヤコフたちノドルドン商会の人達から見れば、ライラさん経由で私たちはお客として話が通っているはず。それに、彼らとの最初に挨拶をした時にも、ヤコフからお客として紹介されていた。
しかし護衛の彼らからしてみると、2週間も一緒に行動しているイザーク兄様がいるからか、護衛仲間とでも勘違いするようになったのだろうか。
思わず、大きなため息をつく。
「自分の身くらいは(精霊王様たちが)守れるんで結構です」
そう言って、するっと猫野郎の脇をすり抜けようとした時。
「『ウォーターアロー』」
背後にいたゲインさんが詠唱する小さな声が聞こえた。
――普通、子供に、それも背後からとか、そんな魔法を放つ!?
イラっとした私は、たぶん、酷く強張った顔をしていたに違いない。
「ミーシャ!」
少し離れたところにいたイザーク兄様の焦った顔が、目に入ったけど、私はそのままイザーク兄様の方へと進む。
パシャンッ!
背後で水が弾ける音がした。
今日の護衛当番の水の精霊王様が、しっかり、結界を張ってくれた模様。そして彼女の冷ややかな声が聞こえた。
『『アイスアロー』』
「ガッ!?」
ゲインさんの太ももに、氷の矢が刺さる。
「ゲイン!?」
「な、おいっ、大丈夫かっ」
随分と容赦のない魔法だったみたいで、マックスさんとシリウスさんが青ざめた顔で走ってきた。
「てめぇ、何しやがっ!? ウギャッ!」
私のコートのフードに掴みかかろうとした猫野郎のお腹を、イザーク兄様が鞘に入ったままの剣で振りぬいた。見事に、跳ね飛ばされた猫野郎。板壁にぶち当たり、ノックダウン。
……彼らは、明日の護衛の仕事、できるんだろうか。
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