第105話
翌日、ジーナ様とアリス様、パメラ様、そして私で、ハンカチに刺繍をしながらおしゃべりをしていた。基本は、シャトルワースからレヴィエスタまでの冒険譚。アリス様もパメラ様も、旅の間にお話して知っているはずなのに、一緒に楽しそうに聞いてくださる。
窓からの柔らかい日差しに、時折聞こえる鳥の鳴き声。部屋の中は、のほほんとした空気が漂う。
なんでも、出来上がったハンカチは教会に寄付をして、そこで販売するらしい。その売り上げはそのまま教会の収入になるのだとか。孤児院の子供たちが作ったものと一緒に販売されるとのことなので、少しだけ緊張する。
刺繍なんて、学生時代の家庭科の時以来じゃないかしら。本屋で立ち読みして、できたらいいなぁ、と思ってたのが懐かしい。
この世界での女性の嗜みってやつなんだろうなぁ、と思いながら、一針、一針縫っていく。手先はそれほど器用ではないから、予想よりも、なんか歪な形になる。
「うーん、やっぱり下手ですね」
「あら、そうでもないわよ」
「あっ!?」
そう言ってアリス様はパメラ様のハンカチを取り上げて、私に見せてくれたのは……。
「クマ?」
「犬! 犬よ!」
「おう……い、犬でしたか」
「ところで、ミーシャのは……?」
さすがに、動物縫う自信はなかったから、桜の花びらを縫ってみた。単純な形ではあるから、花びらごとにサイズを変えたらデザイン的にもいいかな、と思ったのだ。
「私の世界では有名な花を縫ってみました」
「まぁ。綺麗なピンク色なのね」
「ええ。春に咲く花で、木が花でいっぱいになるんです」
「それは凄そうね」
「場所によっては満開になると並木道がピンク一色になって凄いんですよ」
ふと、若い頃に友人たちと旦那と行った花見を思い出す。あの頃は楽しかったな。
「ミーシャ」
「あ、ごめんなさい」
ちょっと思い出してただけなんだけど、心配そうにアリス様が声をかけてきた。そんなに気にされるほどな表情でもしてただろうか。いかん、いかん。
「いいえ。それよりも、そのハンカチ、刺繍が終わったら、私に下さる?」
アリス様はニコリと笑いながらそう言うと、私の手元のハンカチに目を向けた。
「え、これですか」
けして上手い出来ではない。むしろ、練習用と言ってもいいくらいの出来で、教会には出せないな、と思っていた。だからといって、アリス様に差し上げるのも、いかがなものか。
「もう少し綺麗に出来たのでもいいですか?」
「いえ、それがいいの。ミーシャが初めて縫った物がね」
「はぁ……じゃぁ、ちょっと待ってください」
そう言われたら、恥ずかしながらお渡ししないといけなくなる。もう、お上手なんだから。それでも、求められるって、ちょっとだけ嬉しい。
白地にピンクだけじゃちょっと締まらない気がして、緑色の葉っぱも加える。満開の時には葉っぱはないけどね。
「よしっ!」
出来上がったことだけで満足した声をあげた時、部屋のドアを強くノックする音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます