第253話 真由美さんとオカン
周囲が打ち合せのようなやり取りを始める中、話題の当事者だと思われる俺と沙羅さんは何故か蚊帳の外にされていた。
そのせいで、何となく居心地が悪いというか手持ち無沙汰というか、微妙な心境だった。
コンコン…
まるで会話の合間を縫うかのように、生徒会室のドアをノックする小さい音が室内に鳴り響いた。普段この部屋への来客は殆どないので、ノック自体が珍しい。そのせいなのか別の理由があるのか、今まで何かを話し合っていた皆が妙な緊張感を滲ませ始める。
ドアに集まっていた視線がそのまま沙羅さんに向かったのは、そもそも来客予定があるのかどうかを確認する意味合いなんだろう。そんな視線に対して沙羅さんがふるふると顔を横に振ったことで、予定が無いことがわかった。つまりこの来客はイレギュラーということであり、皆の緊張感が更に増してしまったようだ。
まさか…あの件で早速何か…?
俺も何となく警戒心は持ったものの、だからと言って来客を放置しておく訳にはいかない。俺に対する用件の可能性も考えて、ここは自分で対応しようと思ったのだが…上坂さんに手で制されてしまった。
どうやら任せておけということらしい。
「はい、どちら様で…」
「あ、薩川です~。一成くんと沙羅ちゃんをお迎えに来ました~。」
これまで生徒会室に漂っていた緊張感を全て打ち消してしまうような、そんな癒しのほんわかボイス。ドアの向こうから聞こえてきたのは真由美さんの声だった。懇親会が終わったら連絡をくれる予定になっていたのだが、どうやら直接ここへ来てしまったらしい。よく考えてみれば真由美さんはこの学校のOGなので、ここを知っていても当然だろう。
ガチャ…
上坂さんがドアを開けると、ご機嫌な笑顔で真由美さんが室内に入ってきた。直ぐにキョロキョロと室内を眺め始め、何かを確かめるように見回している。
「お母さん、連絡をするように言いましたよね?」
「ふわぁ…懐かしいわ。あ、これまだ残ってるのね。」
沙羅さんの苦言が聞こえているのかいないのか、真由美さんはそれに答えることなく感慨深い様子で感想を漏らしていた。この生徒会室の場所が昔と同じであるのなら、室内があまり変わっていなくても不思議はないのかもしれない。結構年季の入った備品も多いのだ。
「…えっと…」
「…あれが、薩川さんのお母さん?」
「…ちょ…お姉さんじゃないの!?」
「…うぉぉ、スゲェ…」
「失礼しま~す。」
!?
呑気そうな挨拶をしながら、真由美さんに続いて入ってきたのはまさかのオカンだった。どうやら母親同士で先に合流して、その足でここへ一緒に来たらしい。
「へぇ…生徒会室ってこんな感じなのねぇ。」
オカンも真由美さんと同じようにキョロキョロしているが、こちらは単に物珍しさというた感じだった。そして申し訳ないことに、他人の親がいきなり二人も入ってきてしまったせいで、皆も反応に困っているようだ。
「オカン、せめて連絡くらいしてくれよ。」
「ん~? 真由美さんと合流したら、直接生徒会室へ迎えに行こうって話になったからさ。あぁ、ちなみに私は、あんたじゃなくて沙羅ちゃんを迎えに来ただけだから。」
「はいはい、そうでしょうよ。」
「あの…お義母様、お気持ちは大変嬉しいのですが、一成さんのことも…」
俺はもう面倒なので、オカンの軽口にイチイチ突っ込むようなことはしない。でも優しい沙羅さんは違うので、オカンが相手でも俺の為に苦言を呈してくれている。
「 私は一成くんのお迎えに来たんですよ。ですから、これで丁度いいですね。」
何が丁度いいのかよくわからないが、真由美さんは俺に視線を移すと直ぐに手を伸ばしてきた。距離が近い上に油断していたこともあり、そのまま無抵抗で抱きしめられてしまう…よりも早く一気に引き剥がされた。そしてそのまま移動した先は、俺にとって天国に等しい場所、沙羅さんの腕の中だった。
「全く! いつもいつも、いい加減にして下さい!」
「沙羅ちゃんは嫉妬深いわねぇ。こんなの、お義母さんと可愛い息子のスキンシップじゃないの。」
「そういうことは、お父さんとして下さい!」
普段は大人っぽい沙羅さんも、真由美さんを相手にするときはこうして年相応に見える部分が出てしまう。もともと身内に対してはそういう感じが見て取れたのだが、俺が絡んでしまうと余計にムキになってしまうようだ。そして真由美さんも当然それを分かっているので、敢えて沙羅さんの目の前で俺にちょっかいを出して、反応を楽しんでいる部分があるのではないだろうか?
「…薩川さんのお母さん、若っ!?」
「…まさか、親子で高梨くん取り合ってるの…?」
「…マ、マジかよ…どんだけ羨ましい…」
「…世の中不公平だぁぁ…」
「うわぁ…薩川先輩のお母さんって、お姉さんみたいですね!」
藤堂さんにしては珍しく、興味津々とばかりに真由美さんへ飛び付いた。前に沙羅さんのお母さんに興味があるようなことを言っていたので、そのせいもあるのかもしれない。
「んふふ~、ありがとう。」
「あ、すみません、私は藤堂満里奈と言います。薩川先輩には大変お世話になってます!」
まだ挨拶をしていなかったことに気付いた藤堂さんは、慌てたようにぺこぺことお辞儀をしながら真由美さんに挨拶を始めた。そしてそのまま挨拶をする向きを変えると、今度はオカンの方にもぺこぺこと頭を下げて挨拶を始める。真面目な藤堂さんらしい一幕だった。
「ところであんた…いつまでそうしてるつもり? しかも人前で。沙羅ちゃんに迷惑でしょ?」
「あ…」
オカンから指摘されて、今の自分が沙羅さんに抱き寄せられたままだったことに気が付いた。「何をしているんだこいつ」と言わんばかりの目で見られているのだが、何気にそういう目で見られるのは久し振りのような気がする。
「あの、お義母様、私は迷惑だなんて全く思っておりませんので。と言いますか、一成さんが求めて下さるのなら、私は別に…」
このくらい普通のことなんですよ? と、言わんばかりに軽く言って退けた沙羅さんに、さすがのオカンも驚きを隠せないようだ。そのまま周囲を見回しても、特に驚いた様子のない反応を見て何かを判断したらしい。何故かガックリと項垂れた。
「あんた…いつからそんなキャラになったの?」
そんなキャラというのがどれを指しているのか分からないが、この姿を見た上でのことであれば、大方甘えん坊とかその辺りを差しているのではないかと思う。正直言って、俺も自分がこんな風になるとは全く思っていなかった。特に沙羅さんと出会った頃は、やさぐれている自分を抑えるのに必死で、誰かに甘えるなど微塵も頭になかった筈だ。だからあの頃を考えれば、俺が今の俺自身を信じられないくらいだと思う。
「多分…嫁に甘やかされすぎた…」
花子さんの鋭い(?)一言に、皆は完全同意とばかりに頷いている。とは言うものの、俺も自覚が無い訳でもない。沙羅さんが甘えさせてくれるのが嬉しくて、気が付けばこうなってしまったのだと自分でも思うからだ。但し、微塵も後悔などしていない。
「ふふ…私は別に構いませんよ。一成さんが甘えて下さるなら、寧ろ望むところです♪」
ぎゅ…
そして沙羅さんは、周囲の反応をものともせず嬉しそうに俺を抱きしめる力を強くしてくれる。俺としても開き直りの境地というか、沙羅さんが嬉しいというのであればこれでいいと思っているし、俺自身も幸せであるから全く問題はない。
「一成さんは、私にこうされるとご迷惑ですか?」
「全然。寧ろ嬉しいです。」
「はい♪ という訳で、私達はこれでいいんですよ?」
「「「………………」」」
完全に白けた視線に晒されながら、それでも俺を離そうとしない沙羅さん。
それを尻目にオカンが上坂さんと何かを話始めると、「いつものことですから」という上坂さんの一言だけが妙に耳に残っていた…
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生徒会室を出た俺達は、当初の予定通り学校近くにあるカフェに移動した。店内には俺達と同じように、父母参観帰りらしい親子連れグループや、普通に友人同士のグループもチラホラと見受けられた。中にはこちらを見て目を丸くしてる連中もいるようだが…
「…お、おい、薩川さんだぜ!?」
「…え…と…どういう…?」
「…会長と副会長だから…だよな?」
「…でも、あれ両方の親だろ?」
四人席の空きを見つけて席を確保すると、何故か俺の隣に平然と真由美さんが座ってしまった。
今回は挨拶をするという目的がある筈なので、沙羅さんも気を利かせて俺の隣でなく反対側に座ったのだ。だから真由美さんも当然沙羅さんの横だと思ったのだが…
「あら? それじゃ私は、沙羅ちゃんの横に座っちゃう」
真由美さんの行動に疑問を持たなかったのか、オカンもそれに合わせるように沙羅さ んの横へちゃっかり座ってしまった。つまりこの状況に困惑しているのは俺達だけということになる。沙羅さんは文句を言いたそうに真由美さんをずっと睨んでいるが、自分の隣にオカンが座ってしまったので、何も言えずに少し悔しそうな様子だ。
「さて…それじゃあ挨拶だけでもしてしまいましょうか。」
「そうですね。とは言っても、主には私と真由美さんだけでしょうけど。」
店員へのオーダーを済ませると、真由美さんが早速話を切り出してきた。
そしてオカンの言う通り、今日初めて顔を会わせたのは真由美さんとオカンの組み合わせだけだ。他の組み合わせはもう大丈夫なので、俺は暫く二人の会話を見守ることにした。沙羅さんも俺と同じで暫く静観するつもりらしい。
「では改めまして、薩川真由美と申します。娘の沙羅が大変お世話になっております。」
「高梨冬美です。一成が本当にお世話になっております。もう本当にお世話になりすぎというくらいお世話になっていて、申し訳ないですよ。」
オカンが「お世話になっている」ということを敢えて強調した意味は、俺も痛いほどよくわかっている。沙羅さんだけに留まらず、薩川家全員からお世話になりっぱなしの俺としては、自覚がありすぎてもう何も言うことができない。
「いいえ~、一成くんには沙羅ちゃんが本当にお世話になってま…」
「すみません真由美さん、挨拶なのはわかってますけど、沙羅さんから散々お世話なってるのは俺なんで、それは流石に…」
だからこそ、単なる挨拶だということは勿論分かっているのにそれでも突っ込まずにはいられなかった。沙羅さんが俺のお世話に…などとは口が裂けても言えないからだ。口を挟むつもりはなかったが、申し訳なくてこれだけはどうしてもスルーできなかった。
「一成くん、それは違うわ。仮に表面的なお世話は沙羅ちゃんだとしても、それは全て一成くんが受け入れてくれるからこそ関係が成り立っているのよ。二人の居場所も、お互いがいるからこそ生まれるの。だから、どちらか一方がお世話になっている訳じゃなくて、お互いがお世話をされて、お世話をしているのよ。」
「一成さん、お母さんの言う通りですよ。私は一成さんのお世話をすることが生き甲斐ですが、これは私の個人的な我が儘でもあるんです。そんな私を丸ごと受け入れて下さったのは一成さんですから、つまり私もお世話になっているんですよ。」
俺が余計な口を挟んでしまったせいで、却って二人に気を使わせてしまったようだ。
正直に言って、俺が一方的にお世話になってしまっているという考え方はまったく消えていないが、二人の言っていることも理解できない訳ではない。だからここは、素直に甘えておこうと思った。
「わかりました…ありがとうございます。」
「んふふ、一成くんは本当にいい子ね。そんな真面目なところも…」
真由美さんがスッと俺の頭に手を伸ばしてきたのだが、それが触れる前に沙羅さんの強烈なプレッシャーで一瞬動きが止まってしまう。
「お母さん…許しませんからね?」
「そ、そんな本気にならなくても…」
場所が悪くて物理的に妨害ができないからなのか、いつもより真由美さんにぶつけるプレッシャーが大きい気がする。或いは真由美さんの言う通り、本気になっているのかもしれない。
「あははは、沙羅ちゃんはお母さんと本当に仲がいいんだねぇ。真由美さんの人となりも何となくわかってきたし。」
ここまでのやり取りを興味深そうに眺めていたオカンだったが、突然笑いながら二人の間に割って入った。それは計算なのか偶然なのかは分からないが、結果として沙羅さんの毒気を抜くことになり、少しピリついた空気も緩んでくれたようだ。
「でも…沙羅ちゃんみたいな非の打ち所のない子、私は初めて見ましたよ。本当にこんな素敵な子が…」
「冬美さんったら、それは私の台詞ですよ。一成くんは本当にいい子ですね。真面目で一途で優しくて、男の子として譲れない部分をしっかり持っていて、それを頑張ろうとする姿は本当に可愛いですよ。沙羅ちゃんが、男の子にお弁当を作りたいって言い出したときは、本当に驚きましたけど…。でも一成くんに会ってみたら、沙羅ちゃんが好きになっちゃうのも当然だなって…」
ガシャン!!
ガシャン!!
後ろの席で何かあったのか、グラスを連続でひっくり返したような音が聞こえてきた。チラリと様子を見てみたが、座っていたのは俺達と同じ学校のグループだったらしい。店員が数人慌ててやってきたので、どうやらかなり派手にやってしまったようだ。
「いやいや、それを言うなら沙羅ちゃんは…」
「いえいえ、一成くんこそ…」
一方、真由美さんとオカンはそんな雑音を物ともせずに会話を続けていた。
その内容はどれもこれも、俺と沙羅さんを褒めているだけの内容であり、それを聞いている俺達は正直居たたまれない…本当に居たたまれない。沙羅さんもオカンに褒められて嬉しそうにはしているものの、手放しで褒められ続けてどうリアクションをすればいいのか困っているのは一目瞭然だった。
そしてそれは俺も同じであり、真由美さんからベタ褒めされて、何と言っていいのか分からず本当に困ってしまう。勿論嬉しいとは思っているのだが…
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集中的に忙しかったのですが、何とか山場は越えました。
執筆活動再開します。
一応週明けにもう一度ありますが…
現在、シーン的に砂糖を精製しにくい場面なので、糖分不足気味ですがもう暫くお待ちください
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