第80話 体育祭 その5

「おっと高梨くんだけ立ち止まってしまいましたね。何か難しいお題を引いてしまったのでしょうか〜?」


これは普通であればボーナスだったろうが、俺には厳しい…


雄二はもちろんいない。

沙羅先輩や夏海先輩は同性ではない


「一成! 難しいのか!?」


横川?

あいつは…どうなんだ?


200m走のときと同じように、横川が近くの応援エリアに来てくれていた。

表情を見れば、本当に俺を気にかけてくれているのがわかる。


それに…

俺は応援に行かないのに、あいつは俺に合図を寄越したり応援に来てくれている。

今もこうして心配して声をかけてくれている。


確かに夏海先輩の件は思うところがある。

だが少なくとも、あいつはそれを隠さずに正直に教えてくれた。

あれ以降、一度もそれを言わずにこうして俺に関わろうとしてくれている。


お互い友人関係で苦労しているから気持ちもわかるし…


何より俺自身悪い気はしていない。

今の俺に、友達になろうなんて言ってくれたのはあいつが初めてなんだ…


俺は横川に近付く。


「一成? 俺が用意できそうな物なら…」

「一緒に来てくれ!」


俺は横川の腕を掴み走り出す。

ルールで、人を連れていくときは手を繋ぐなど接触した状態でなければいけないからだ。


「りょーかい!」


何も聞かずに一緒に走り出してくれた。


途中、何故かこちらに熱い視線を向ける女子が何人かいたのが気になったが、何事もなくゴールできた。


さすがに一着にはなれなかったが三着なら上位だ。

ゴールでお題確認をする係員が、俺のお題をマイクで読み上げる


「仲のいい同性の友達」


読み上げられるとさすがに恥ずかしいな。

横川は驚いたような表情をしている。

まぁいきなりだから当然だ。

気まずさもあり、先に声をかけることにした。


「まぁ改めて宜しくってことで…速人」


俺の一言を聞いた速人がニヤリと笑った。


「宜しく、一成!」


そして速人が勢いよく肩を組んできたので、それを見た係員がOKを出した。


こうして俺は、この学校で初めての男友達が出来たんだ。


「「「 キャーー!! 」」」


水を差す煩い女子は何なのか…嫌そうな悲鳴ではないようだが。


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高梨さんと肩を組んでいる彼は確か…


生徒会のような場合を除き、私は基本的に男性を覚えておりません。

よく知りもしないのに声をかけて来る男性が多かったので、いちいち覚えていたくないという理由があったからです。


ですが彼は覚えがあります。

最近高梨さんによく声をかけている姿を見かけていましたから。


正直に言いますと、高梨さんのお友達はもう少し真面目そうな方が…

いえ、これは高梨さんが決めることであり、私が口を出すようなことではありませんね。


それよりも、高梨さんにお友達が出来たことの方が重要なのです。


高梨さんはクラスメイトに恵まれておりませんでしたから、今まで学校で男性のお友達と一緒にいる姿を見たことがありませんでした。

ですから、今回のことはとても喜ばしいことなのです。


おめでとうございます…高梨さん。


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昼休憩の時間になり、俺は花壇へ来ていた。


速人を誘うことも考えはしたのたが、沙羅先輩が嫌がる可能性もあるし、あいつも俺を利用する形で夏海先輩に近付くことを良しとしなかった為に、結局今後もこういう場には参加しないということになった。


なので俺は一人でここへ来たのだが…


俺の目の前には女性がいる。

恐らく20歳代くらいだと思うが、正直に言ってかなりの美人だ。

最初は花壇を眺めていたのだが、俺の気配を感じたのか足音に気付いたか、こちらを向いた。

目が合うと笑顔を浮かべてペコリと頭を下げたので、俺もつられて頭を下げた。


恐らく身内の応援に来ているのだと思うが、ここに人がくるとは…

話しかけようにも何と言っていいのかわからず、まごまごしてしまった。


「ふふ…どうしたの?」


そんな俺の様子が面白かったのか、向こうから話しかけてきた。


「い、いえ、ここはあまり人のこない場所なので驚いただけです!」


余裕を感じるというか、どこかイタズラっぽい様子も感じさせる話し方に思わず緊張してしまい、つい焦って答えてしまった。


「そうね…ここは昔からそうなのよ。」


その言い回しだと、ここを以前から知っているということになる。

ひょっとして卒業生なのだろうか?


「今日は来てよかった。あの子があんな楽しそうにしていたのを初めて見たし、実況席から勝手にいなくなるとか今でも信じられないわ。そういうルール的なことを破るなんて、今までのあの子なら絶対に考えられなかったもの。」


あの子? 実況席?

その二つだけでも思い付く人物が限られてきて、ルールを破ることを考えられない真面目な人なんて沙羅先輩しか…


つまりこの人は…でも沙羅先輩にお姉さんはいないはず


「すみません、沙羅先輩のお姉さん…なのでしょうか? お姉さんがいるとは伺っていなかったのですが」


「あらあらあの子ったら。ごめんなさいね、妹がしっかりと説明してなかったのね。高梨さん、改めて沙羅がいつもお世話になっております。」


沙羅先輩のお姉さんが丁寧に挨拶をしてくれた。


「あ、すみません! 高梨一成です。沙羅先輩には本当にお世話になっていまして…」


「いいえ、こちらこそ沙羅が本当にお世話になっております。あの子は高梨さんと出会ってから本当に明るくなって、毎日学校へ行くことも楽しいと言えるようになったんですよ。」


ニコニコと笑顔を浮かべて俺の方に近付いてくると、俺のすぐ近くまで接近してきた。

そのまま俺の両手を自分の両手で包むようにして持ち上げてきた。


「高梨さん、本当にありがとうございます。あなたにはお礼の言葉しかありません。この先も沙羅のことをどうぞ宜しくお願い致します。」


そう言って俺の両手を包んだまま、自分の胸元に寄せるようにして微笑んだ。

恥ずかしいというか照れ臭くなって思わず固まってしまったが、お姉さんは俺の顔を更に覗き込んで、またイタズラっぽい表情を浮かべた。


これは、俺はからかわれているのでは?


だがそうだと思っても、どうにかなるものではなくて…


「高梨さん、すみませんお待たせ致し…まし…」


沙羅先輩が俺の姿を…

というよりこの状況を見て、久しぶりに「あの笑顔」を浮かべた。


「何をしているのですか…取りあえずその手を離して下さい、お母さん?」


お母さん?

…お母さん!?

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