第156話 もし一年早ければ

「さて、この後の予定ですけど…」


不貞腐れた西川さんを全員で宥めるのに少し時間を要したが、なんとか立ち直ってくれたようだ。


という訳で、気を取り直して話の続きをすることになった。


「まず、お父様への報告は既にスタッフが行っていますので、特に何かを急ぐ理由はないです。という訳で、打ち上げ…ではちょっと違いますかね? 慰労会? そう、慰労会を考えているのですが、予定の方はどうてしょうか?」


西川さんの提案に、みんながそれぞれを確認しているが、特に不参加の名乗りを上げる人はいなかった。


「皆さん大丈夫そうですね。では、私の方で予約しますけど、何かご希望はありますか?」


「えりりんはどこでやるつもりなの?」


「特に希望がないようでしたら、またレストランかホテルを考えていましたが」


いや、そもそも先に予算とか考えないとマズいのでは?

前回は西川さんが全て払ってくれたんだけど、さすがに今回も…という訳には


「ちなみに支払いは?」


「ご心配なく、私にお任せ下さい。」


「あの、西川さん、前回もそうだったし、今回も同じだとさすがに申し訳ないというか」


こんな言い方をしてしまうと、みんなにも払うように言っているような形になってしまうけど、前回に引き続き今回も「それじゃ全部お願いします」という訳には…


「高梨さんは律儀ですね。ご遠慮なく、今回は西川グループの癌となる要素の排除にご協力頂いたお礼だと思って下さいな。」


「やったね、それじゃ遠慮なく」


「全く…夏海は一成さんを少しは見習ったらどうですか?」


諸手を上げて喜ぶ夏海先輩を、沙羅さんが注意して、西川さんが苦笑を浮かべて二人を見ている。

何となくだけど、西川さんがいた頃の三人の日常風景はこんな感じだったのかな?

微笑ましいような気もするし…俺がもう一年生まれるのが早ければ、この日常に入ることもできたのだろうか?


「あら、高梨さんどうかしましたか? 上手く言えませんが、複雑な表情でしたよ?」


ちょうどこちら側を向いていた西川さんに見られてしまったらしい。

複雑な表情って…俺はどんな顔をしていたのだろうか?

西川さんの話を聞いて、沙羅さんが勢いよく振り返ると、少し焦ったような様子で近付いてきた。


そしてそのまま正面に立って顔を少し見ていたのだが、やがて俺の頬に手を添えて少し撫でるような動作をしてくる


「一成さん、何か思うことがあったのですか?」


「…いえ、大したことじゃないんですよ。俺がもう一年早く生まれていれば、沙羅さん達の楽しそうな風景を間近で見たり、混ぜてもらったりできたのかな〜って、単純に思っただけです。」


何となく思っただけで、そこまで深く考えたつもりはなかったのだが。

沙羅さんはどう感じたのか、少し切なそうな表情を浮かべると俺の胸に手を添えて距離を縮めてくる


「う〜ん、でも高梨くんが同い年だったら、出会いの形も違っただろうし、その場合は沙羅が高梨くんのことを他の男子と同じ扱いにしてた可能性が高そうだなぁ」


確かにその可能性はあるかもしれない。

そんなことになったら、俺はショックで立ち直れないかも…


「確かに、出会いの形が違えば関係も変わっていたかもしれませんね。ですがどういう形であれ、私は必ず一成さんとこうなると確信しておりますから。ひょっとしたら教室でも、こうして差し上げることがあったかもしれませんね」


沙羅さんが、首をコテンと少し横に倒して眩しい微笑みを見せてくれる。


「俺は、沙羅さんに話しかけることが出来なかったかもしれませんけどね」


俺から沙羅さんに声をかける姿が想像できない。多分好きになっても、見ているだけで告白できずに終わっていただろうな


「ふふ…大丈夫ですよ。私の方が先に恋をするでしょうから問題ありません」


「いや、俺が沙羅さんに一目惚れする方が早いと思いますよ。」


「ですが、現に今の関係も、私が恋だと気付いていなかっただけで最初から私は…」


「俺は多分…」


「だあああぁ、いい加減にしろぉ!!!」


!?

夏海先輩の絶叫が会場内に響き渡り、またしてもやらかしたことを理解する。

…みんなの視線が突き刺さって痛い。

でも沙羅さんはそうでもなさそうか…


「どっちでも結果は同じでしょ? 話が進まないからいい加減にして」


みんなを見渡すと、花子さんの言葉は総意だと言わんばかりに頷かれた。

何で張り合ってたんだろう…


「沙羅さん、花子さんの言う通りこの…」


ちゅ……


!?


沙羅さんの顔がいきなり迫ってきたと思うと、ちょっと口に近いくらいの頬に、唇の感触が触れて身体ごと言葉が止まる。


何秒くらい止まっていたであろうか…


沙羅さんがゆっくり離れると、少し恥ずかしそうにしながらも、いたずらっぽい笑みを浮かべて


「……私の方が、先ですよ?」


「…………はい」


これはずるい…

素直に負けを認めるしかない俺だった


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「「「「「「「…………」」」」」」」


はっ!?

思わず呆気に取られてしまった。

全く、あの二人は本当に…

一番耐性のありそうな花子さんまで目が点になってるわよ


「……もし高梨さんがクラスメイトだったら、こんなの毎日見せられるんですよね? 冗談やめてください、そんなことになったら私は死んでしまいます」


えりりんが、わりとガチなトーンで恐怖するようにボソボソと呟いている。


「まぁ…毎日死者は出るだろうね。女子は白けて、男子が妬みで高梨くんにちょっかいだして、沙羅から怒鳴られると…目に浮かぶわ」


まぁそれはそれで少し楽しいような気もするけど、毎日のように砂糖を吐かされるのは勘弁してほしいわね。


「でも、私は薩川先輩を尊敬してますよ。今日は本当に凄かったです。好きな人の為に、あんなに強くなれる女性って憧れます。」


立川さんが目をキラキラさせながら沙羅を賞賛する。確かに女目線だと、そういう見方もできるかな。

ただ、沙羅はもともと性格的には強い方だけど、高梨くんのことになるとね…


「もうあの二人は放置して、こっちで話を進めた方が早い」


「そうだね、一成と薩川先輩は二人一緒ならどこでもいいだろうし。」


それは間違いないわね。

もうえりりんのお勧めの店でいいかな。


「では、私の方で決めてしまいます………………あの二人には付き合いきれませんので」


それはえりりんだけじゃないんだけど…

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