第150話 礼
上映会という名の証拠映像公開が終わり、ざわつきの収まらない室内に照明が点灯する。
西川さんがマイクで再びアナウンスを開始した。
「皆様、お楽しみ頂けましたか? この中にも参加された方がかなり含まれていると思います。どこまで認識しているのかは知りませんが、これは売春斡旋ですね。しかも映像にあったように高校生が混じっていました。重大案件です。」
会場のざわめきが大きくなった。
自分は関係ないと騒ぐ者、映像に映っていた者を名指しして責め立てる者、騙されたと言い逃れする者、さりげなく外に逃げようとする者…ドアはもちろん開かない。
どいつもこいつも醜いやつらだ。
「皆様に質問しましょう。そこの人」
西川さんが一人の人物を指名した。
スタッフがマイクを持ってその人物に近寄る。
実はこの人は、西川さんの会社の社員と繋がっていたという人物で、この件で会社が終わると伝えたら簡単に買収できたらしい。
つまり仕込みだ。
「あなたは参加されましたか?」
「えっと、俺は…その」
思ったより普通に見える。
演技してるようには見えないし、これなら大丈夫だろう
「質問を変えましょう。参加や斡旋について、強制されましたか?」
「………」
「この件が公表されたとき、あなた方の会社がどうなるか…皆さんかどうなるか…世間に疎い私にはわかりませんが、皆さんはよくわかるのではないでしょうか? ですが、これは強制された、ある意味の被害者が大多数だと報告を受けています…違うのでしょうか? 強制されたんですよね?」
「強制です、強制されました!!」
あからさまな逃げ道に誘導するかのような西川さんの質問に、選択肢はないとばかりに乗った…ように見せかけた茶番。
だけど集団心理とは面白いもので、直ぐに同調者が増え始める。
「俺も強制された!」
「俺も、俺もだ」
「言うこと聞けって脅された!!」
そこかしこから一斉に声が上がる。
この場を仕切る西川さんの作った逃げ道に、必死になって逃げ込むバカ共。
会社がどうなるのか想像するのは簡単であり、山崎に思い入れがないのであれば保身に走るのは当然だろう。
まぁ…こいつらも結局は逃げられやしないんだけどな。
合コンの参加者リストの作成はできているそうだ。
つまり、後でどうなるのか…
「ふざけるな!! 俺は強制なんか一度もしてねーだろうが!!! 何を勝手に俺のせいにしてんだよ!! お前ら散々俺の世話になってただろうが」
山崎が必死の表情で騒ぐ。
このままでは全ての責任が自分にくるからだ。
しかし、こいつは今の自分の発言で、映像は真実であると認めていることに気付いているのだろうか?
「お前ら全員…」
「試しに聞きましょうか! 強制された方は挙手を」
西川さんが、山崎を言葉を遮り話を進めた。
見事に全員手が上がる、実にいい景色だ。
もっとも、山崎からはどう見えてるのかは知らないけど。
「おいおい山崎、お前自分が指示したくせに言い逃れはこの人たちが可哀想だろ」
「黙れ高梨!!」
もはや余裕のない山崎は、俺の挑発にも簡単にキレる
そして、自分達が被害者だと思い込みたい連中を一層煽るかのように、追加の逃げ道が投じられた
「俺は高校生がいるなんて知りませんでした。それに山崎さんが、必ず持ち帰るように強制したんです。だよなみんな、俺達は知らなかったよな!」
仕込みの人が、いいタイミングで大声を上げれば、当然それに乗ってくる
各々が強制された、知らなかったとお互いに確認し合う。
それはお互いに悪くないと認め合うことで、安心したいから。
「ふざけるなてめぇ、嘘をつくのもいい加減に」
「なぁ山崎、孤立する気分はどうだ?」
この展開で山崎が孤立するのも予定通りだ。
だから俺は、この状況になったら必ず聞こうと決めていた台詞を口にした。
俺の一言に反応したのは山崎だけではない。
まるで魂が抜けたかのように、事の成り行きを茫然と見ていた柚葉も、ピクリと身体を震わせた。
「俺と同じような状況になった気分はどうだ? あのとき俺はどうだった? 騒いでも誰も助けてくれない、誰も信用してくれない、俺の滑稽な姿を思い出せるだろう? お前も今、同じ姿なんだぜお山の大将? 楽しいだろ?」
「ぐ………」
拳を握り、口をつぐむ山崎。
よく覚えているからこそ、反論ができない。
それが悔しい…そんな顔だな
バタン!!
突然大きな音を立てて会場のドアが開き、誰かが急ぎ足で入ってくる。
焦った様子でそのまま山崎に駆け寄り、耳元でひそひそと話を始めた。
連絡がきたと判断した西川さんがスタッフに合図を送ると、参加者にDVDが配られる。
実名、住所、電話番号、顔写真、家族構成まで書かれた表紙になっている驚きのパッケージだ。
「本日はありがとうございました。それは先程の映像のDVDです。詳細な参加者名簿は既に用意されておりますので…みなさま幸運を。」
暗に逃がさないと言われた参加者は、DVDに書かれた個人情報を驚きの表情で確認しながら騒ぎだすが、半ばスタッフに押し出されるように会場を後にした…
そしてこちらも同じく、驚きの表情で報告を聞いていた山崎は茫然としていた
「………は? 嘘だろう? ……おい、冗談は止めろ」
「連絡が入りました…事実です…」
聞いた話を受け止めきれない様子で、何もない一点を見つめながら問い返す。
どうやら上も完全に話が終わったようだな。
そしてどのくらい呆けていただろう…
山崎が、次第にわなわなと震えだし、遂に西川さんを睨むという行動に出た。
「…全て予定通りということか?」
「余興は楽しんで頂けましたか?」
ここまできて、結末が既に確定していたのに遊ばれていたことを悟った山崎が、怒りの表情を見せる。
「ははははは、そうかよ! それで、結局俺が原因で会社が潰れるってエンディングな訳だ!! 俺は親父から教わったことをやっただけなのに! なんで俺だけが悪いんだよ!!!!」
自分だけが悪い訳ではないとばかりに騒ぐ山崎。ではクラスメイトを利用したのも同じように言い訳するのか?
「山崎、お前同級生も巻き込んだよな? クラスメイトまであの場に連れていったよな? それも自分だけが悪い訳じゃないと言うのか?」
「は?」
そう、映像では高校生が山崎のクラスメイトだと言及したシーンをカットしてあった為、その辺りはまだ知られていないと思っていたのだろう。
そこを指摘され、山崎がきょとんとした顔で俺を見た
そして、魂の抜けたような表情でどこかを見つめていた柚葉が、同じく俺の言葉を聞き、驚きで目を大きく開いた
「全てわかっていますよ。売春斡旋のパーティーに、笹川柚葉の友人を参加させましたね?」
「………」
山崎は沙羅さんの問いかけにも無言だった。言い逃れでも考えているのか、答えに焦っているのか
「…本当につまらない男ですね。今ここまで話をしてきた流れで、全部証拠が揃っている上で問い詰めていると、あなたの粗末な思考回路では理解できないですか?」
「ぐっ…………」
「か、和馬くん、どういうこと? ただの合コンの数合わせだって…」
俺達の言葉を聞き、何か思い当たることがあったのか、顔面蒼白になった柚葉が山崎に問いかけた
「あら、そう聞いていたんですね? あなたの友人達は、男性達のお持ち帰り要員にされていたんですよ。」
沙羅さんはオブラートに包む気も手加減するつもりもないようで、実にストレートに真実だけを口にした。
それを聞いた柚葉は、ヨロヨロと山崎に寄り縋るように近付き腕を掴んだ
「和馬くん! そんなことないよね!? そんな酷いことしてないよね!? みんな私の友達なんだよ!?」
「………」
「答えられませんか? まぁ証拠もあるし言い逃れもできなければ、後は黙るくらいしかないと。」
沙羅さんが止めの一言を告げた。
…本当は、この話は柚葉を更に追い込むことがわかっていたので、俺が自分でするつもりだった…
でも沙羅さんは、わかっていて引き受けてくれたのかもしれない
「ぐすっ…なんでよぉ…私、みんなに何て言えばいいのよぉ…酷い、何でそんなことできるのぉ?」
何も言わないことが答えだと判断した柚葉が、涙をポロポロとこぼし泣き始めた。
だが山崎は、その姿すらも苛つきを感じたようで、自分の腕を掴む柚葉の手を勢いよく振りほどいた。
「………煩せぇよ」
ぽつりと呟くように言い捨てると、まるで自棄になったように本音を語りだした
「お前は取り巻きが多いから、いつか利用してやろうと思って我慢して付き合ってきたんだよ。でなければ誰がお前みたいなバカ女と好き好んで一緒にいるか」
「!?」
もはや完全に自棄になったようで、次々と本音を吐き出す。
それを聞く柚葉は、もう何も言えない様子で、涙を浮かべながら山崎を見つめていた
「お前は面白いくらい上手く動いてくれたよ。中学のときだって、お前が表だって高梨を追い込んだお陰で、俺は裏で簡単に動けたからな。高梨は可哀想にな。お前をずっと気にかけて、お前の為に怒って俺を殴ったのに、肝心のお前からバカにされて犯罪者呼ばわりされたんだからよ。」
柚葉を一通り罵ると、山崎はゆっくりと俺の方を向く。
どうやら今度は俺に矛先を向けるつもりのようだ
「辛かっただろ高梨? お前はあれからずっと一人で過ごしてきたんだからな。今でも思い出すだろ? なぁ高梨?」
俺を挑発するように、嫌らしくニヤつきながら話しかけてくる。
確かに、あのときを思い出せば辛い日々だったと思うが…
だが俺は、沙羅さんのお陰で既に考え方を変えている。
あれは全て、沙羅さんと出会う為の苦労だったと、今の俺は考えている。
つまり…今ならあれは、全くもって大したことはない話だ。
挑発を受けても表情を変えず、そのまま沙羅さんを見る。
俺が何を考えていたのか理解してくれていたようで、場に不釣り合いなほど優しく微笑んでくれた。
そして俺の手を握り、山崎の方を向いた
「そうそう、一つだけあなた達にお礼を言うのを忘れていましたよ。」
先程までの刺々しい口調が鳴りを潜め、堂々と、凛とした沙羅さんが声が響く
そして俺の腕に自分の腕を絡ませて、目の前にいる二人に笑顔を向ける
「底抜けに頭の悪いあなた方のお陰で、私は一成さんという運命の方と出会うことができました…ありがとうございます。山崎さんの慌てふためく姿は実に面白いコントでした。私達へのお祝いの余興だったのでしょうか? でしたらそろそろ飽きたので、終わって下さいな…社会的に。」
笑顔とは対照的な、沙羅さんの冷たい声色の言葉が静まり返った会場に響く。
この台詞は完全に予定されていなかったもので、俺も意表をつかれてしまった。
「一成さんもお礼を伝えては如何でしょうか?」
こちらを向いた沙羅さんが、まるで二人をバカにするかのように俺に話をふってくる。
そうだな、確かに礼を言うのも有りかもしれない
「そうですね。山崎、柚葉、俺もお前達にお礼を言うよ。実はさ、お前達にされたことがきっかけで沙羅さんに出会えたと思ったら、寧ろお礼を言いたいくらいでさ。今の学校に行く切っ掛けをくれたのはお前達の幼稚なイタズラだけど、その結果、こんな素敵な人と出会って恋人になれたんだ。いまだに信じられないときもあるくらいだよ。」
笑顔を浮かべてお礼を言い出した俺に、山崎も柚葉も、自分が何を言われているのかわからないという唖然とした表情だ。
「可愛くて、優しくて、家庭的なことは万能で、勉強も運動もできて、毎日俺に美味しい食事を作ってくれて、俺はつい甘えてしまうけど、そんな俺を抱き締めてくれて…」
褒め出したら口が止まらなくなってきた。
沙羅さんの顔を見つめながら話を続けると、頬がどんどん朱くなっていくのが見てとれる。
可愛い…
「も、もう、一成さん、恥ずかしいのでそのくらいにして下さい。それにそれを言うなら一成さんだってそうですよ。困っている人を放っておけなくて、子供にも優しくて…そして何よりも私を大切にして下さって…先日の笹川柚葉のお話もそうです。あんな優しさを見せられたら、惚れ直してしまうではないですか。」
恐らく、会議のときに俺が柚葉をどうしたいのかをみんなに伝えたときのことだろう。
あのときの俺は、甘いことを言うなと怒られることを想像していた。
でも沙羅さんは、それも俺の優しさだと好意的に受け止めてくれた。だからみんなも受け入れてくれたんだろう…
「俺があの話をしたあと、沙羅さんがしっかりと受け入れてくれて、抱きしめてくれたのは本当に嬉しかったです。俺は皆から怒られると思っていたから…沙羅さんの優しさが本当に嬉しかった」
正直な気持ちを口にすると、それを聞いた沙羅さんが優しい笑顔を浮かべて俺の頭に手を伸ばす。
そのままそっと胸に抱き寄せるように引き寄せてくるので、俺はそれに身を任せた。
「一成さん、私にとって最も大切なことは、あなたの意思を尊重して、それを支えるということです。もちろんあなたが道を間違えそうになれば、それを止めるのも私の役目ですが…そうでないなら、あなたの意思は私の意思。ですからあなたの思うように、望むように…私はいつでもどんなときでも、あなたを支えますから」
これまでも沙羅さんは、俺の希望を受け入れてくれて、考えを肯定してくれた。
どんなときも俺に寄り添い、いつも優先してくれていた。
過去の話も、今回のことも、文字通り俺を支えてくれた。
こんな女性に巡り会える確率など、ゼロに等しいと思う。
それでも俺は…俺達は巡り会えた
「沙羅さん…俺はあなたに出会えて本当によかった…一生分の運を使ったのだとしても足りないくらいの幸運だと思っています」
「…私は運命だと思っておりますよ? 例え学校が違っていても、一成さんの境遇が違っていたとしても、私は必ずあなたに出会って結ばれたと…」
沙羅さんが俺の頭を抱き寄せる力を少し強め、頭の上に何かが乗った。
恐らく沙羅さんの顔が当たっているのだろう。まるで俺を全身で包み込んでくれるかのように、優しく…
「………………ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねーぞてめぇら!!!!!!」
!?
あ、あれ、今どういう状況…
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