第151話 追い込み

時間は少しだけ遡り、場所は西川本社内、 会長室


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「山崎さん…私は、個人的な付き合いもあるからあなたに便宜を図ってきましたが…これはやり過ぎですな。しかも高校生まで巻き込んだとあっては、こちらとしても看過できない。」


今告げられている内容が頭に入ってこない。

高校生? そんな報告は聞いていないぞ。


「企業としては、グレーゾーンに手を出すこともあるでしょう。ですがこれはやり過ぎ、犯罪行為だ」


目の前のモニターは、先程まで和馬が開いていた懇親会の映像が映されていた。

懇親会なのに、バカ騒ぎしかしていない。

見せかけでもいいから会議をしたり、打ち合わせをしたり…その程度もしていなかった。

しかも取引先の担当者を参加させて、あまりにも露骨でストレートな物言い。

……それにクラスメイトだと?


コンコン…


「入れ」


ガチャ


「失礼致します。佐波エレクトロニクスの薩川専務がお見えになりました。」


こんな状況で人を入れるということは、最初から予定にあった来客ということだ。

そして佐波エレクトロニクスの薩川専務といえば…直接の面識はないが私も知っている。

なんでこのタイミングで…


「これはこれは薩川さん、お久しぶりですな。」


「西川会長もお元気そうで。この度は娘がお世話になりまして…ご面倒をお掛けしました。」


親しげに話し合う二人を見るに、どうやら仕事とは別にプライベートの繋がりがあるようだった。

西川グループと佐波エレクトロニクス、分野は違えど大企業同士の繋がり


「いやいや、娘さんのお陰で絵里も私も助かりましたからな。寧ろお礼を言うのはこちらですよ」


にこやかに握手を交わしながら、会話を続ける二人。

絵里という名前が出たということは、子供同士に繋がりがあるということか?


「一応ご紹介しましよう。こちらは山崎産業の代表取締役、山崎さんです。」


「どうも初めまして。あぁ、名刺交換は結構ですよ。今日でお会いするのも最後でしょうからな。」


薩川専務の物言いは、ビジネスマナーで言えば失礼なことこの上ない。

だが、それはわかっていて、わざと言っているのだろう。

どうやら西川会長と同じ目的か…


「貴社と直接の取引はありませんが、今回の件は佐波エレクトロニクスの関係筋全てにお触れを出してありますので…ですから、今後も関わることも、お名前を伺うこともないでしょう。」


つまり、西川グループ及びその関係企業に加えて、佐波エレクトロニクスとその関係会社にまで睨まれる訳だ。


融資も貸付も仕事も全て打ち切られ、おまけにこの状況。

なんだ…本当に終わりじゃないか。


頭が回らない、何が起こっているのか理解できない。

終わり? 私の会社が?


我々が何をした?

私は今までやってきたことをそのまま続けただけだ。

どこで狂った?

どこで? そんなことはわかりきっている

和馬だ…あのバカが…


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山崎が突然わめき散らし始めた。


「お前ら頭がおかしいんじゃねーか!? この状況で何いきなりイチャついてんだよ!!!」


いつからそんな流れに……

あ、俺が沙羅さんを褒め出したら止まらなくなったのか

名残惜しいが離れようとしたが、沙羅さんはまだ俺を離そうとしなかった。


「本当に煩い男ですね。雰囲気が台無しではありませんか。せっかく一成さんが素直に甘えて下さっていたというのに」


沙羅さんの場違いとも言える反論は、恐らく本気で言っているのだろう

見えてないけど、みんなから白い目で見られているような気がする


「さ、沙羅さん、とりあえず離れますね!」


俺がそう言うと、今度は沙羅さんも離してくれた。その顔は少しだけ不満そうではあるが…

だが俺の目を見てこくりと頷くと、再び山崎と柚葉を視界に捉える


「…まさか、羨ましいのですか? ですがあなたのような屑には一生無理ですよ? せめて一成さんの十分の一…ああ、それも不可能な数字でしたね。あなたが私達のように幸せになるのは不可能です。」


沙羅さんが、とても可哀想な人を見るような憐憫に満ちた目で山崎を見た。

今の山崎からすれば、盛大にバカにされているとしか思えないだろう。

……まさか本気で言ってないよな?


西川さんを見ると、一瞬ジト目を俺に向けてきた。


「何の話をしてやがる!!!! 幸せだ何だと、それがどうした!?」


およそ考えられない斜め上からバカにされた山崎は、わめき散らすように吠えた


「いえ、憐れに思っだだけですよ。あなたは今まで幸せなど感じたことはないでしょう? 人を利用して陥れて、いつもロクでもないことばかり考えて…それが楽しかったのでしょう?」


「は? …は?」


山崎は何を言われているのか全く理解できていないようだ。

普通に考えて、こいつに幸せなんて感じる要素はなさそうだけどな。


「私は今とても幸せですよ。一成さんという愛しい方がいて、親しい友人もいて…いつも笑顔で楽しくて…そんな気持ちを感じたことはないのでしょう? 笹川さんもどうでしたか? こんな男の恋人で幸せでしたか? でしたらあなたは本当に奇特な方ですね」


柚葉は俺達の姿を見てから、ずっと寂しそうに山崎を見ていた。沙羅さんの問いかけを受けても答えることはなく、まだ山崎を見ている。


「……ねぇ、和馬くん。私は本当に遊びだったの? 利用するつもりだけだったの? あんなに楽しそうにしてくれてたじゃん? 私の相談にも乗ってくれて、いっぱい遊びに行って…私達だって…」


柚葉が悲しみを堪えるように手をぎゅっと握りながら、山崎に問いかける。

柚葉は確かに幼稚な部分があるだろうが、それでも本当に山崎を好きだったのだろう。

もう答えはわかっているだろうに、それでも聞かずにはいられない…そんな感じだった。


「…あぁそうだ。俺はずっとお前のことを面倒臭い、ウザい、バカ女だと思っていた。一度だって好きだと思ったことはない。」


不貞腐れている上に、失うものがない山崎は自棄になっており、もはやまともな会話が成立する様子もない。


わかっていた答えを聞き、項垂れる柚葉


「はぁ…救い様のないバカは今までも散々見てきましたが…こんな無価値な人間がいるとは世界は広いものですね?」


沙羅さんが話を再開すると、山崎が再び怒りの表情を見せた


「このクソアマがぁ…黙ってりゃバカを見るような目で俺を…」

「ようなではなく、正真正銘本物のバカですよ、あなた」


沙羅さんが怒りを滲ませた表情を浮かべて、山崎を睨む


「なんだとこ…」

「黙りなさい屑男。裏でこそこそゴキブリのように這いずり回って、ありもしない知恵で身の程を弁えないことをするからこんな結果を招くのですよ。全てを失った感想は如何ですか? 笑いなさい、あなたの望んだ結果でしょう?」


「な、な…」


「幸せを知らず、物事は全て金と損得、楽しみは他人の不幸と…実に薄っぺらい人間ですね。正しくあなたらしいではないですか? そのハリボテの外面も、薄くて内側の汚らしい本性が透けていますよ」


反論も許さず、山崎をひたすら貶す沙羅さん。よほどストレスが溜まっていたのか、口が止まらなくなっている。


……そして、口で敵わなくなったバカのとる行動は一つしかない。俺は警戒を強める


「私は一成さんに辛い思いをさせるような人間は絶対に許しません。その知性を感じない頭でもハッキリわかるように、既にあなたの全てを終わらせてありますよ。だから文字通り破滅しな…」


沙羅さんが言い終わらない内に山崎が勢いよく動いた。

沙羅さんもわかっていたようで身構えたが、俺はその目の前に飛び出す。

ここで山崎の腕を上手く止められれば格好いいんだが、残念ながらそんなことはできないだろう…


案の定、俺の出した手を簡単にすり抜けるように山崎の拳が迫ってくる。そしてそのまま吸い込まれるように俺の右頬に衝撃が走った。

だけど、そのまま衝撃を逃がすようなことはしない。

後ろに沙羅さんがいるのだから、踏ん張って堪える


そして衝撃が止まったところで、山崎の右腕を捕まえた。山崎が振りほどこうとするが、どうやら俺の方が力が強いようだ…というより山崎が弱いのか


俺はこのまま殴り返す前に、最後の嫌味を返すことにした


「…ありがとうな、お前らのお陰で俺は世界一の女性に出会えた。この幸運を考えたら、昔のことなんか山崎って名前の小石に躓いた程度だろ?」


「小石だと!?」


「ああ、小石だよ。おま…」


ドンッ…


パァァァンッ!!!


俺は最後まで喋ることができなかった…

なぜって?


俺に手を取られた状態の山崎は、いきなり接近した沙羅さんに対応できずに、そのまま突き飛ばされた。

たたらを踏んだように後ずさると、一応立ち止まったもののバランスを崩しており、そこに凄まじい勢いで右頬を叩かれて崩れるように倒れ込んでしまったからだ


「この屑男…一成さんに…絶対に許しませんよ!!!!!」


今まで見たことがないくらい怒り心頭な様子の沙羅さんが山崎を怒鳴る。


いきなりの衝撃で倒れた山崎が、焦ったように起き上がると、まるでそれを待っていたかのように沙羅さんが凄い勢いで接近した


パァァァァン!!!


まるで楽器か何かを打ち鳴らしたように、綺麗で甲高い音が会場に響く


今度は更に強烈だったらしく、上半身を起こしていた山崎が右頬を思いきり叩かれて勢いよく床に倒れ込んだ


あれぇ…俺が殴り返す予定だったのに…


「屑の分際で一成さんを苦しませたばかりか、不安にさせたり心労をかけたり、あなたは存在自体が邪魔なんですよ!!! 全て失ったのなら、目障りだからさっさと消えなさい!!!」


倒れている山崎に怒鳴る沙羅さんは、もはや完全にキレていて、周りも全く見えていないようだった


「ひぃぃぃぃ…」

「ヤバ…あの人ヤバいよ…」

「す、凄いです…」


花子さんと藤堂さんが手を繋いで震えている横で、立川さんは沙羅さんをキラキラした目で見つめている

西川さんと速人は目を点にしていた…


「ここまでの行動も、一成さんを殴ったことも全て映像に残っています。」


山崎と、山崎に話を伝えに来た人物にそれを告げる。この人は状況がわからなかったらしく、ずっとあたふたしていた。


「それらも後で全て纏めて、犯罪の証拠に追加してさしあげます。覚悟しておきなさい…」


もはや立ち上がる気力も反論する力もないのか、山崎は倒れたまま全く反応を見せなかった。

沙羅さんはもう山崎に興味はないとばかりに一瞥すると、俺の傍に戻ってくる。


それを確認した西川さんが、ガードマンと男性に指示を出した


「さぁ、この男を呼びに来たんでしょう? このまま引っ張らせますから、連れていきなさい!!」


山崎はガードマンに強引に起こされて立ち上がるものの、もはや自立する気力すらないとばかりにぐったりとしていた。


女性に叩きのめされた事がショックだったのか…

全て失ったことを改めて認識したのか…

これからのことを考えているのか…


一言も発することもなく、俺達も、柚葉も、誰も見ずに半分引きずられながら会場を後にした。

これからあいつに待っているのはロクなものではない。

それだけは確かだった…

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