第149話 踊る山崎
「気付いて貰えていたんですか!?」
西川さんの演技に食いついた山崎が、横に柚葉がいるというのに嬉々として反応した。
脈アリに見えて思わず喜んだといった感じで…とても嬉しそうだ
反対に柚葉はきょとんとしているが
「ええ、私は今まで男性とここまでお近づきになったことがないので、てっきり…でも恋人がいらっしゃるのですよね?」
山崎はまだ余裕を崩さないようで、それを聞き届けてから横の柚葉を見た。
まるで赤の他人を見るかのような目つきで…
「違います。こいつはただの友人ですよ。誤解です」
「え!? 誤解って何よ和馬くん! 私達は!」
ただの友人と言われて、能天気な様子だった柚葉に初めて驚きと焦りが見えた。
「どうやら誤解が生じているみたいですね? そちらの女性は山崎さんを恋人だと思っているようですが?」
西川さんにまで誤解と言われ、柚葉が怒りの表情を見せた
「違うって言ってるでしょ! 私は和馬くんの歴とした恋人だよ! あんたこそ誰よ!?」
怒りの矛先が西川さんに向く。
勿論この辺りの流れは予定通りだ。
「あら、私としたことが。初めまして、私は西川絵里と申します。西川グループ会長の娘として、山崎さんとはお付き合いがございます」
「に、西川グループ? …え、なんでそんな人が」
さすがに西川グループを知らないやつなどいないからな。
その令嬢ともなれば、自分との違いは嫌でもわかるだろう
「柚葉、友人として言わせて貰うが、絵里さんはお前とは違うんだ。口の利き方に気を付けろ」
山崎は完全に柚葉を友人としてアピールしている。
そしてこの時点で、もう柚葉が捨てられたのは間違いないな。
「何で、何でそんなこと言うの? だって私は本当に…」
「へぇ、そうなんだ。恋人と勘違いしちゃったんだぁ」
ここで、ずっと傍観していた立川さんが初めて絡んだ。
「あ、あんたは確か」
柚葉も、相手が誰なのか気付いたようだ。
敵を見るような目つきで立川さんを睨んだ
「思い込みの強い女は痛い」
「そうだね。あ、西川さん、遅れてごめんなさい!」
花子さんのツッコミに同意するように、藤堂さんが登場した。ということは準備ができたということだ。
「やぁお待たせ、盛り上がってるみたいだね?」
かなり白々しいことを言いながら速人も出てきた。どうやら人員配置も完了したらしい。
「速人くん!! ねぇこれはどういうこと!? なんか意味がわからないんだけど!!」
自分を連れてきた速人が登場したことで、柚葉が勢いよく速人に詰め寄る
「ん? 何を聞きたいのか知らないけど、もし聞きたいことがあるなら俺じゃないでしょ?」
速人は我関せずといった感じで、ぶっきらぼうに柚葉を突き放す
知らない人物が集まってきていることに、山崎も違和感を感じているようだ。
「絵里さん、これはいったい…」
「皆さん私の大切な友人ですが、どうかなさいましたか?」
「い、いえ…別に」
肝心の西川さんにそう言われてしまえば、山崎は異議を唱えることもできない。
想定外の柚葉の登場に加えて、直前の俺達との会話、更に色々と関係しているような見ず知らずの人間が増えてきたことで、何が起きるのか戦々恐々といったところか
「山崎、俺達のことよりお前のことだろ? 西川さんが困ってるから答えてやれよ」
「ぐっ…高梨…」
視線をさまよわせ、対応策か何かを必死に考えているような山崎に、俺はわざとらしく声をかける。
困っているのがありありとわかるな…
「山崎さん、その方はどういう方なのですか? まさか恋人がいるのに私にアプローチしていた訳ではありませんよね?」
遂に西川さんから聞かれたくない部分を直球で聞かれた山崎。
もうハッキリと答えるしか道は残っていないぞ?
「も、勿論ですよ。先程も言いましたがこいつは間違いなくただの友人です。思い込みが激しいみたいで少々勘違いさせてしまったようです。」
「違うよ! 私は和馬くんのちゃんとした…」
「そういえば俺は中学の頃、山崎が柚葉をどう思っていたのか話を聞いたんだよな。遊びだって聞いて思わず殴っちまったけど」
俺は山崎の発言を裏付けるように、あのときの話を持ち出す
友達ではなく遊びだと強調する為だ
「ちょっと一成、あんた何を言ってる…」
「そうなのですか? 一成さん?」
ここで沙羅さんが会話に参加した。
沙羅さんは、見ている俺が辛くなるくらいずっと我慢している。
本当なら山崎と柚葉に色々とぶちかましたいんだろうな…
「ええ。でも俺が嫉妬で山崎を殴ったとか、よくわからない話に変わってましたが」
俺は沙羅さんに目で謝りながら、問いかけに答えた
「何それ! そんな話、私は聞いてな」
「ピーピー煩い女ですね。黙って話を聞きなさい!」
沙羅さんが柚葉を一喝した。
強い圧力を感じたようで、柚葉が口をつぐむ。
俺は沙羅さんの為にも早く終わらせたいと思いながら話を続けた
「山崎は確かに柚葉が遊びだと言いましたよ。だから俺は許せなくて山崎を殴ったんですから」
「何その話!? そんなの知らない…」
俺の話が初耳だと言わんばかりに、柚葉が反応したが、西川さんがそれを遮り話を始めた。
「そうでしたか…ですが我々の世界では遊びという話は少なからずあるんですよ。ですよね山崎さん?」
俺の発言を受けて、西川さんが「遊び」という部分を強調して、ありがちな話だと言わんばかりに山崎に話しかける
「は、はい。そうなんです。これはあくまで遊びの関係です」
予想通り、逃げ道を見つけたとばかりに安堵した様子で山崎が食いついた
「…嘘…嘘だよね? 嘘だよ! ねぇ和馬くん、冗談だよね、冗談だって言ってよ!! そんなの酷いよ!!」
明確に遊びだと言われた柚葉が、遂に耐えられなくなったのか叫び声を上げ始める。
嫌でも理解し始めたのだろう
「何度でも言うが、お前の勘違いだ。第一、俺はお前に一度でも好きだと言ったか?」
「………………え?」
「俺はお前に好きだと言ったこともないし、告白もしていない。」
山崎が淡々と事実を告げるように柚葉に話しかける。
その余裕すら感じられる様子は、恐らく本当のことを言っているのだろう。
しかしこれは流石に俺も驚いた。
用意周到といえば聞こえはいいけど、捨てるときのことまで考えてこれを意図していたならこいつは本当に屑だ
みんなも同じ感想を持ったようで、一様に驚いた様子を見せている。
ただ、沙羅さんはそれよりも目つきの鋭さが増して、立川さんは何かを思い出すように考え込んでいた
「え……え、嘘…だって」
「勘違いしていたようだが、俺達は付き合っていない。それは間違いない。お前は俺から告白された覚えはあるか?」
「…………無い?……あれ、無い…あれ? あれ? 無い、何で無いの!? 無いよ!!! 違う、違うよ!! 私達は本当に!! それに私は和馬くんが好きって何度も!!」
柚葉の反応を見るに、やはり山崎からは何も言っていないのだろう。
柚葉がますます焦りを募らせて狂乱したかのように騒ぎ立てる。
だがこの流れでは、柚葉が山崎に言ったであろう「好き」という言葉に対しては…
「友人として好きだと言われていると俺は思っていた。全部お前の勘違いだ。」
余りにも予想通りの回答に、思わず白けそうになる。
「嘘だよ、嘘だよ!!!!!……ひっく…私は本当に…ひっく」
柚葉は明確に反論する要素が見当たらなくなったようで、遂に泣き出してしまった。
可哀想だと思う自分もいるが、それでもこれは自業自得だ
「どうやら結論が出たようですね。告白もなかったというのであれば、その方の勘違いということで宜しいんですね?」
「はい、なので俺には恋人がいません。ですから俺はあなたに」
山崎は本物のアホだ。
本気でこのまま通ると思っているのか?
おめでた過ぎるだろう
「汚らわしいですね…あなたは。女をなんだと思っているのですか?」
西川さんの様子が一変した。
ここからだ…
柚葉には山崎の本音を認識させた。
次は山崎自身だ
「は? で、でも…そういうのはある話だと」
「あなたもその人と同じで勘違いしているようですね。ある話というだけで、私は認めているなどと一言も言っていませんよ? 女として許せないんですよね、そういうことは」
西川さんの豹変で、自分の立場が一気に悪くなったことに気付いた山崎が慌てふためく
「ちょ、ちょっと待って下さい! これは…そ、その、あ、誤解ですよ、誤解! これは言葉の綾です! 遊びというのは友達として遊ぶと」
「ぷっ…ははははっ」
「何だ高梨!!」
山崎の滑稽な姿に思わず笑ってしまった。
まだ混ざる予定ではなかったが、もういいや
「ごめんごめん、まさかここで小学生レベルの言い訳が飛び出すとは思わなくてさ。お前自分の言っていることが支離滅裂になってるってわかってないのか?」
「高梨くん、笑ったらダメ。彼はあれが本気だった。本気を出して小学生…ぷっ、くくく…」
俺の参加に便乗して、花子さんまで混じってきた。とにかく煽ることを考えているようだ。
「ぐっ…お前ら…」
「では山崎さん、私を遊びだと言ったのも友達として遊ぶということだったんですね。そう言えば、私もあなたから好きだと言われた覚えがありません。」
ここぞとばかりに立川さんも参加する。
どうやら立川さんも柚葉と同じようだ。
であれば、間違いなく意図していたのだろう
「面白い男ですね。こういうときの為に逃げ道を用意しているなど、少しは頭が回るのかと思えば、言動は幼稚で判断力もない。この状況でまだ言い逃れができると思っているとは認識力まで幼稚ですね。外面だけ無駄にキッチリ作り上げているだけに、実に見事なハリボテですよあなた?」
「…………は? な、何?」
俺が参加したことで大丈夫だと判断したのか、遂に沙羅さんも話に入り始めた。
柚葉の件は通り過ぎたから大丈夫だろう。
いきなり女性から侮辱されて、受け入れきれていないのかリアクションに困った様子の山崎だ。
ちなみに柚葉は、立川さんから「あなたも私と同じでしたね? 人前で遊びだと言われた感想はどうですか?」などと追い打ちをかけられていた。
……今は自分がしたことを思い知れ柚葉
「あら、沙羅から見ても外面がいいと見えたの?」
西川さんが面白そうに沙羅さんに問いかける。外面がキッチリしていると言ったので、興味本意で聞いてみたといったところか
「笑わせないで下さい。私から見れば、彼とひょっとこのお面に違いが見当たらないですね。あぁ、伝統あるひょっとこのお面と幼稚なハリボテを比較するのは失礼でしたね。」
「何だとこのア」
「私の親友に今何を言おうとしたのかしら?」
「ぐっ……」
沙羅さんから侮辱され続けていることをやっと飲み込んだ山崎が、沙羅さんに怒鳴りかけたところで西川さんが山崎を威圧した。
…俺は握っていた拳を一旦戻す。
もし沙羅さんに近付くようなら殴り飛ばすつもりだった…
周囲には、西川さんが連れてきた参加者に見せかけたガードマン(私設らしい…)が配置されているのだが、それはそれだ
「さて、他の方々も待ちくたびれているようですし、本日のメインイベントを開催しましょうか。山崎さん、私はとても面白いものを用意したんですよ? 用意しなさい!!」
西川さんが大声で指示を出した。
それを合図に会場のドアがあき、人がわらわらと入ってくる。
ロビーで開場を待っていた山崎が集めた連中だ。
そして中央にプロジェクターが用意され、ステージには巨大なスクリーンが広げられた。
「な、何をするつもりですか!?」
暫く呆然と様子を眺めていた山崎が、嫌な予感を感じたらしく、西川さんに問いかける。
西川さんはそんな山崎を無視して、スタッフから渡されたマイクの電源を入れ、スピーチを始めた。
「皆さんようこそ。ご挨拶はあとで改めて致しますので、まずは只今から始まる余興の上映会をどうぞお楽しみ下さい。」
西川さんの宣言に合わせて室内の明かりが消える。
俺はいまだに座り込んでいる柚葉に声をかけることにした。
「柚葉…よく見ておけ」
「…一成?」
まさか俺が話しかけてくるとは思わなかっただろう。戸惑った様子で俺の名前を呼んだ
「山崎がどういう男なのか、お前の目で見ろ」
「嫌、嫌だよ! 私はもう…ひっく」
また泣き出した柚葉を、それでも強引にスクリーンに向けさせようとしたところで、沙羅さんが、柚葉を引っ張り上げ強引に立たせた。
「これでよく見えるでしょう? あなたの軽い頭でも理解できる内容ですから、最後までしっかりと見なさい!」
「ひっ…」
沙羅さんの気迫に圧されて恐怖を感じたのか、柚葉は黙ってしまった
「こんな茶番に付き合うなど冗談ではありませんよ、私はこれで」
山崎は自身の身にかかる何かを危険だと判断したようで、西川さんのことよりも離脱を考えたようだ。
勿論逃がすつもりはない
俺が右腕を捕まえると、速人が素早く左腕を捕まえた。
「ほら、俺達が付き合って一緒に見てやるぜ。」
「遠慮なく楽しんでくれ」
俺に合わせて速人が煽ると、山崎は当然暴れようとする
「離せよお前ら! 警察を呼ぶ…」
ここで俺は、煩いこいつを黙らせるカードを一枚切ることにした。
「なぁ、お前らの合コンは売春斡旋になるんだけどさ、今からそれを上映するんだけど、お前は警察を呼んで一緒に見たいのか?」
「!!??」
これは流石に効いたようだ。
暴れようとしていた身体がピタッと止まり、俺の顔を驚愕の表情で見つめている
既にスクリーンには映像が流れ始めており、合コンのバカ騒ぎが映し出されている
会場内には動揺した声を含め、どよめきが起こっていた
山崎もこれがどういう事態なのかそろそろ認識できてきているだろう。
「いいから黙って見てろよ。俺達が何を掴んでるのかお前も気になるだろ?」
諦めたのか、対策を考えているのか…
映像が終わるまで、山崎はそれ以上一言も発することはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます