第331話 質問コーナー その2

「まゆさんは、どんな男子が好きですか!?」


「んふふ~…お姉さんにはお気に入りの男の子がいるんだけど、その子がタイプかなぁ? もう本当に可愛いくて可愛くて、目一杯可愛がってあげ…」


「今の発言は聞き捨てなりませんね。それは私の役目であって、お母さんには関係ない話でしょう?」


「もぅ沙羅ちゃんったら…私にだって少しくらい…」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!!! お願いだから話を危険な横道に逸らさないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!


 現在ステージ上で繰り広げられているのは、実に見慣れたいつもの光景。

 まさかステージ上で、あれを目の当たりにする日が来ようとは…

 とは言え、政臣さんからあの話を聞いた今となっては、真由美さんをもう少しくらい受け入れてあげたい気持ちもある訳で…


「ぐぉぉぉぉぉぉ!! あの二人から可愛がられるなんて、例え子供だとしても羨ましすぎるうぅぅ!!!」

「はぁ…本当に子供が好きなんだなぁ…いい!!」

「家庭的で家事も得意で子供好きだなんて…正に理想の嫁だな!!!」

「結婚したい!!!!!」


「ねぇ高梨くん…まさかとは思うけど、真由美さんまで沙羅と同じとか言わないよね?」


「薩川先輩だけじゃなくて、花子さんにも甘やかされてるのに…まさか恋人のお母さんまでとか言わないよね?」


「ノ、ノーコメントで…」


 言えない…隙あらば抱きしめられたり、豊かすぎる某所に沈められたり(謎)、恋人のお母さんからいつも狙われているなんて、そんなことを言える訳が…


「へー…」


「そうなんだぁ…」


「あの真由美さんが…」


「嫁の母親に許されるのであれば、つまり姉である私にも許される筈」


「あ、あはは…」


 おかしい、俺はまだ何も言ってないのに、何で夏海先輩と立川さんから白い目で見られているんだろう? 

 それと花子さんは、お願いだから不穏なことを言うの止めて下さい。只でさえ、最近二人の対立が激しさ増しているというのに…これ以上妙な真似をされると、相対的に沙羅さんのスキンシップが激しくなって、主に男として嬉しいけど困ることになるですよ…


「はい、次はそこの人!!」


「タカです!! 薩川さんの将来の夢は何ですか? それに向かって努力していることは?」


「そうですね…これを夢と言っていいのかどうか分かりませんが、大切な方と暖かい家庭を築き、いつまでも仲睦まじく…でしょうか?」


「結婚が夢ってことですか?」


「それだけという訳ではありませんが、平たく言えばそうなるのかもしれませんね」


「なるほど。あ、ちなみに努力については?」


「私にとって、日々の日常こそ将来に向けた努力だと言えます。私は将来、妻として夫を支え、家事を含めた身の回りのお世話をさせて頂く。その日に向けて…」


「うおおぉぉぉぉ、も、もうダメだ!! 話を聞いてるだけでも、薩川さんが理想的すぎて辛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「正に現代の大和撫子!!!!! ど、どうにかしてお近づきに…」

「どうする…この学校に転校するしかないのか!?」

「古典的でもラブレターから!? いや…いきなりの告白がダメとなれば、やはり友人からの手段を見つけて…」


「な、なぁ…今の話って、何か気になる部分なかったか?」

「俺も何か気になったような…何だろ?」


「はぁ…相変わらず薩川先輩は凄いですねぇ」


「まぁね。でも私的には、沙羅がアレを本気で考えてるってことの方が驚きなんだよ」


「そうなんですか?」


「だってさ、半年くらい前までは、目障りだから男は視界から消えろとか、必要最低限以外話しかけるなとか、そんなことを本当に考えてた女なんだよ? それとアレが同一人物なんて、私はいまだに信じられないときがあるんだよねぇ」


「まぁ、あの頃の沙羅と比べたら完全に別人ですからね。私もいまだに目を疑うときがありますし」


「なるほどぉ。私は高梨くんに激甘な薩川先輩しか見たことないですけど…あ、でも他の男子に無愛想だってのはよく分かりましたから、確かにあれが元々の姿だったら驚くかもしれませんね」


「いやいや、沙羅のアレは無愛想なんて生易しいもんじゃないから」


「嫁にとっては、それだけ一成が特別だということ」


「それは花子さんもだよね?」


「当然。一成は私自身よりも大切」


「あの…もうそのくらいでお願いします…」


 俺だって、二人から特別に想われているという自覚はあるが(花子さんは姉弟)、改めてそこを指摘されるのは照れ臭いんですよ…


「さぁぁぁ時間が勿体ないんで、どんどん行きましょう!!!! 次は…と、あ、女性がいますね!!!!! では、そこのあなたですよ!!!!」


「サクラです。薩川さんにお聞きします。去年の自分にメッセージを伝えられるとしたら、何を伝えますか?」


「そうですね…チープな言い方になりますが、あなたには運命の出会いが待っているから諦めないように…と」


「少し抽象的な感じですけど、それでいいんですか?」


「ええ。去年の私なら、きっと何を言われても信じないでしょうから。そのくらいで丁度いいんですよ」


「なるほどぉ。ありがとうございました!!」


「な、なぁ…今のって、どういう意味だ?」

「つまり…もう運命の出会いがあったってことなのか!!??」

「お、おい!!! それってつまり…」

「ま、待て待て待て!!! その出会いが男だなんて一言も言ってねーだろ!!??」

「そうだぞ!! 親友とか恩師とか、そんなの他にいくらでもあるだろ!?」

「だ、だよな!? 驚かすなよ…」


「お目出度いバカ共」


「花子さん、言い方。気持ちは分かるけど」


「運命の出会い…か」


「夏海さん?」


「…はっ!? わ、私は何も考えてないわよ!!??」


「いやぁ、俺はまだ何も言ってませんが?」


「くぅぅぅぅ、そのしたり顔がムカつくぅぅぅ」


 相変わらずというか何と言うか、この二人は見ていて本当に面白い。

 しかも夏海先輩の乙女チックな部分は分かり易すぎるし…これ、人(俺)のこと言えないだろ?

 なんて、本人に言ったら怒られるから絶対に言わないけどさ。


「次は……そちらの方!!!」


「Ashishです。サラはヤンデレになる可能性がありますか?」


「おっと、海外の方ですかね? それでは薩川さん、答えをどうぞ!!」


「その前に、ヤンデレというものがよく分かりませんが?」


「あ、それはですね…ゴニョゴニョ」


「なるほど。ですが私は、自分の大切な方に、無用の負担や迷惑を掛ける真似はしたくありません。ましてただ依存するだけなど、そんな情けない真似は二度としません。依存するのではなく、支えあいながら共に歩んでいく…それが正しい姿ですから。今後、もしそれを自分で歪めてしまうようなことがあれば、私は自身を罰することを辞さない覚悟です。これでいいでしょうか?」


「…はい。ありがとうございます」


 依存か…確かにあのときの沙羅さんは、俺に対する依存心が最も強く出ていた時期かもしれない。

 でもあの一件以降、沙羅さんは内面的に何かが変わったようにも思う。具体的に説明するのは難しいが、俺との関係に揺るぎ無い自信を持ったというか、心の強さを取り戻したというか…

 だから今の沙羅さんであれば、もう二度と同じ事にはならないと自信を持って言える。俺との関係に絶対的な自信を持った沙羅さんなら、絶対に大丈夫だから。

 

「はい、次はそこの方です、どうぞ!!」


「親戚のおばちゃんです。薩川さんは赤ちゃんが出来た時、心配する旦那さんを押し退けて、気持ちを無碍にしてもお世話しますか? それとも甘える覚悟はありますか?」


「子育てとは夫婦で行うものであり、なぜ夫を押し退ける必要があるのか私には理解できません。二人でお互いをフォローしあい、協力して子供を育てて行く…そこに"甘える"などという言葉は存在しないのではありませんか?」


「分かりました、ありがとうございます!!」


「次はそこの人!!!」


「紙野木偶です。薩川さんは子供ができたときに、旦那と子供のどちらをかまいますか? それと、結婚式は和式と洋式どちらが良いですか?」


「どちらかではなく、私ならそれを両立させますね。現に私の母は両立させていましたし、であれば、私に同じことが出来ない訳がありません。まして、私にとって夫を愛することは生き甲斐ですから、それは絶対に揺るがないと断言出来ますよ」


「なるほど…」


「それと結婚式の形式については、まだ考えたことはありません。ですが私も女ですから…ウェディングドレスに憧れはありますね」


「ありがとうございました!!!」


 沙羅さんのウェディングドレス…想像すると、何と言うか…実にいいです。

 確かにまだまだ先の話ではあるが、沙羅さんが喜んでくれるというのであれば、それだけで俄然張り切る気持ちが湧いてくる訳で。

 これでまた一つ、俺の将来に向けた新しい目標が出来たな。


「ほわぁ…まだ高校生なのに、ここまでしっかりと自分を持ってるなんてな」

「結婚した後のことなんてまだ分からないだろうに、あそこまで自信満々に答えられるってスゲーよ」

「俺は結婚するなら年上だと思ってたけど、あの子なら年下でも結婚したいわ。そもそもあんな美人見たことねーし」

「俺はマジで惚れた!! いきなり告白されたくないって言ってたけど、これは何としても機会を狙って…」


「何かさ、ますます観客の思い込みが激しくなってない?」


「これで一成がプロポーズしたら、会場はどうなるんだろうな?」


「多分、薩川先輩は我慢できずに振り切っちゃうだろうね。ステージ上でもお構い無しになりそうかな?」


「つまり、いつも以上のアレが始まるってことか?」


「いや、あのな…」


 俺の顔を見ながら、ニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべる雄二と速人。

 勿論その状況は想定しているので、仮にステージ上で何かあったとしても全て受け入れる覚悟は出来ていている。

 だから問題ないぞ。


 …問題ないよね?


「次の人、どぞぉぉ!!」


「じんもぐです!! 薩川さんは、気になる異性に対して"私の此処をもっと見て欲しい"と思う自身の推しポイントがありますか?」


「見て欲しいと言うのは、外見的な意味ですか?」


「特に限定しません!!」


「そもそも私は、自分の外見的な部分に関して、特別ここを見て欲しいと思ったことはありません。寧ろご要望があれば、遠慮なく仰って頂きたいくらいですよ。ですがそれ以外については…いえ、やはり何でもありません。私は文字通り、全身全霊をもって愛して差し上げるだけですから…ふふ」


「あ、ありがとうございました!?」


 な、何故だろう…いかにも沙羅さんらしい愛情表現だったと思うのに、妙に意味深のような、そうでもないような?

 しかも一瞬、真由美さんの姿が見えたような気もするし。


 うーん…?


「次はそこの人~」


「だいすけです!! 薩川さんは、好きな人にどんな事をしてあげたいですか?」


「どんなこと? 私は自分に出来ることであれば、どんなことでもして差し上げたいと思っていますよ?」


「どんなことでも、ですか?」


「ええ。大切な方に喜んで頂きたい、心から愛して差し上げたい…それが私にとっての喜びでもありますから。なので遠慮などなさらず、もっともっと私に甘えて欲しいです。私も…」


「ちょっ!? さ、薩川さん!!! そこまで、そこまでぇぇぇ!!!!」


 本日何度目か分からない強制介入を受け、あからさまに不満げな表情を見せる沙羅さん。

 とは言え、俺も客席のバカ共が、沙羅さんの発言を都合良く誤解して盛り上がる展開は非常に面白くないので…アピールは程々でお願いしたいと思う気持ちもあったり。


「はい、それでは時間が来てしまったので、次の質問で最後にさせて貰いますね!!!」


 ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!


「いやいやいや、もう時間オーバーしてるから無理だって!!! んじゃ、最後の質問は…っと、そこの人!!! スタッフさん、よろ!!」


「弥夜です。宜しくお願いします!」


 男が圧倒的に大多数を占める中、質問コーナーのトリに指名されたのは意外にも女性。

 でも沙羅さん的な意味で言えば、男より遥かに安全なことは間違いないので、そういう意味でもありがたい…


「薩川さんが、副会長と付き合ってるって噂を聞いたんですけど、本当ですか!? 本当なら2人の1番の思い出を教えてください!!」


 …と思ったんですけどねぇ。


 この手合いの質問は想定していたから別に困る訳じゃないが、まさか最後の最後でこの質問が出ますか…しかも女性から。


「お、遂に来ましたね!!」


「昨日今日と散々やらかしているのに、ここまでそういう話題が出なかったことの方が驚き」


「確かにそうかもしれませんね。ですが質問コーナーに関して言えば、単純に運の要素もありますから」


「最後の最後で当たりを引いたってことか。さぁて、沙羅がこれにどう答えるのか…」


 俺も意図的にアピールしていた部分があるし、沙羅さんはそもそも隠すつもりがない。だからこの話題が出るのは当然くらいのつもりでいた。

 でもここまで一般客が多いとなれば、全く知らない連中の方が圧倒的多数を占めていることも事実な訳で。


つまり…


「……はぁ? なに言ってんだ、あの女?」

「副会長って、さっきスクリーンに映ってたあいつのことだよな?」

「ああ、あの冴えない感じの…いやいや、いくらなんでもそれはねーだろ?」

「だよなぁ。あんなボンクラっぽい平凡男、薩川さんみたいな人が選ぶなんて有り得ねーわ」

「言えてる。つか、釣り合い取れなさすぎ」


 とまぁ、こんな反応になることも突然のこと。驚くどころか失笑的な笑い声まで飛び交い、ともすれば話そのものをバカにするような声まで聞こえてくる始末。

 これまでも散々見てきた光景だから、今更と言えば今更なんだが…やっぱり話だけじゃ誰も信じな…


「ちょ、花子さん、抑えてぇぇぇ!!」


「ダ、ダメだってば!!! 普段の冷静さは何処に行ったのよ!!??」


「◯す…一成をバカにするやつは、私が全員…」


「は、花子さん、ストップ!! ストップ!!!」


 普段の冷静さはどこへやら、今にもどこかへ飛び出して行きそうな勢いの花子さん。

 いつもの無表情さに加え、完全に目が座っているので…雰囲気がますますヤバいことになってます。


 早く抑えないと、これはちょっと危険かも!!


「お、お姉ちゃん、俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、それはダメだ!! 大丈夫!! 俺が後で絶対に見返してやるから!!!」


「そうだよ!! 大切な弟の見せ場を、まさか姉が潰すつもり!?」


「うっ…!?」


 夏海先輩の一言に大きな反応を見せた花子さんが、少し慌てたように俺の顔を見る。

 そのまま目をじっと見つめながら、何かを堪えるように大きく深呼吸をすると…ふっと力を抜く仕種を見せた。

 どうやら落ち着いてくれたみたいだ…


 花子さんが、俺(弟)のことをそこまで大切に思ってくれるのは本当に嬉しいけど、だからと言って危ないことをさせる訳にはいかないんだよ。


「え、えーと…さ、薩川さん?」


 スピーカーから聞こえてくるのは、戸惑いを感じさせるみなみんの声。慌ててステージに視線を向ければ、そこには無言で客席を見つめる沙羅さんの姿。

 そして客席の騒ぎは、沙羅さんが無反応なこともあるのか、確実に大きくなり始めている。


「予定よりタイミングがずれましたが、ちょうどいい機会ですね」


 不意に呟いた沙羅さんの一言が、スピーカーから漏れ出すように耳へ届く。


 ちょうどいい機会って…どういう?


「一成、どうする?」


「いよいよ乗り込むのか?」


「いや、そうしたいのは山々なんだけど…沙羅さんの様子が」


 俺の聞き間違えでなければ、沙羅さんは「ちょうどいい機会」と言った筈。

 それってつまり、この状況下でも、沙羅さん的に何か都合のいいことがあるって意味じゃないのか?

 だとすれば、俺のプロポーズは状況的にもまだ待てるだろうし、先に沙羅さんの動き見てからでも遅くは…


「はぁぁぁぁぁぁい!!!!!」


 突然、ステージ横の空きスペースへ走り込んでくる一人の観客。

 子供のように大声をあげ、時折ジャンプを織り混ぜながら、必死のアピールを繰り返している。

 しかもステージに接近しているので、余計に目立っているのがまた…


「えーと…そこの人、席に戻ってくださいね!? あと質問はもう終わり…」


「あら、別にいいではありませんか? このタイミングで声をあげるなんて、何か特別な話でもあるのではありませんか?」


 ここまで完全に空気だったタカピー女が、いきなり会話に混ざり始める。

 しかもあいつには全く関係ない話なのに…何で突然絡んできた?


「…あの女、何をニヤけてる?」


「何かちょっとイヤらしい感じがするね」


「あいつがあんな顔をしているときは、ロクでもないこと考えてるって相場が決まってるんだよ」


 確かにそう言われてみれば…俺が今まで見てきたあいつの笑顔は、イヤミったらしいものか、気取ったような作り笑いか、そのどちらかだったような気がする。

 でも今のあいつは本当に…それこそ、気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべていて…何だこの違和感は?


「そこの人、何か言いたいことがあるなら言ってしまいなさい。そこまで必死にアピールするということは、さぞ重要な話があるのでしょう?」


「ありがとうございます!! 宜しくお願いします!!!!」


「ちょ、何を勝手に!!!」


 タカピー女の勝手な行動に、流石のみなみんも憤りの表情を見せる。

 だが都合の悪いことに、あの男はステージ真横まで来てしまっているので…据え置きマイクが声を完全に拾ってしまい、否が応にも会話が成立してしまう。

 もっと遠くであれば、マイクを渡さずに無視するという手段が取れたのにな…


「別に構いませんよ。このタイミングで声をあげたということは、どうせ質問の内容も似たようなものでしょう?」


「薩川さん!?」


「ふふん…本人がいいと言ったのですから、これで問題ありませんね? ではそこの人、質問を聞かせて下さいな?」


 この気持ち悪い笑顔もそうだが、妙に親切な態度なのも少し気になる。

 話し方から察するに初対面だとして、そんな相手にあそこまで親切にするようなキャラじゃないと思うんだよ…あいつは。


「はい!! 薩川さんと副会長さんは同棲しているんですか!? 一緒の家に帰るところを何度も見ちゃったんですけど!!」


 は?

 今、何て…


 嬉々として、楽しそうに言い放った男の言葉は…想定外の一言。

 俺も本腰を入れて警戒していた訳じゃないが、それでも一応は、家の出入り時に気を付けていたのに…

 しかも何度も見たって、俺達は定時で動いてる訳じゃないのに、偶然で起こるようなことなのか?

 

「何言ってんだ、あいつ?」

「…同棲って言ったか?」

「バカすぎるだろ。薩川さんみたいなタイプの人が、男と同棲って…」

「有り得なさすぎるわ。現実感無さすぎだろ」

「寝惚けてんのか、あいつ?」

「いやぁ、案外、誰かの回し者じゃね?」

 

 あまりに唐突すぎる話なだけに、客席からも先程以上の失笑やブーイングが溢れ出す。

 「有り得ない、信じられない」そういった声がそこかしこから聞こえ始め、ともすれば「消えろ」「邪魔だ」という暴言すら増えていく始末。


 でも、そんなことより俺は…いや、肝心の沙羅さんの動きは…


「朝も一緒ですよね!? 同じ部屋から出てくる姿を何度も…」


「それがどうかしましたか?」


「…へ?」


 あっけらかんとした、沙羅さんらしい淡々とした返答。

 表情を微塵も変えず、言葉の通り「だからどうした?」と言わんばかりの堂々とした態度。その様子に、質問をした男の方が間の抜けた声を漏らす。


「それがどうかしたのか…と聞いているんですよ?」


「いや…その…」


 子供のように嬉々としていた姿はどこへやら。言葉に詰まり、気まずそうに、落ち着かない様子でオロオロし始める男。

 そんな中でも、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべているタカピー女が、どうにも気になってしまい…

 いや、今はあいつのことより沙羅さんを。


「確かに私達は同棲しています。それがどうかしましたか?」


「え、いや、その……」


「この答えで満足ですか?」


「えっと…は、はい。ありがとうございました…」


 小動物が逃げ出すように、コソコソと速足でその場を後にする質問者。

 結局あいつは何がしたかったのか…単に同棲を暴露して、その様子を楽しんでいただけなのか?


「あ、あの、薩川さん…」


「はい?」


「みなみんも初耳なんですけど…同棲って、何の話ですか?」


「申し訳ありません、予定よりも順番が狂ってしまいました。まぁ一応は想定内のことなので、特に問題はありませんが」


「いや、問題ないって…え? え? えええ!? じゃ、じゃあ、まさか、ほ、本当に?」


「ええ。私達は同棲してますよ。別に隠すつもりはありません」


 ……………


 にこやかな笑顔で投下された、過去最大級の爆弾。

 その声に、客席も…ステージ上も…ピタリと動きを止める。それはまるで、いつぞや発動した沙羅さんの時間停止能力(?)が、再び発動したのかと思える程に。


 あれだけ騒がしかった客席は完全に静まり返り、聞こえてくるのは子供達の声だ…


「うひゃひゃひゃひゃ、これはオモシレー!!」

「悠里ぃ、お願いだから大声出さないで」

「空気を読め、空気を…」


 …子供達の騒ぐ声しか聞こえない!!


 と、とにかく、俺の目に見えている範囲だけでも、観客連中は呆然とステージ上の沙羅さんを眺めている。

 自分達が何を言われたのか分からない、理解できない、そんな様子がありありと浮かんでいて。


「う……」


 誰が発したのか分からない、うめき声のようなものが聞こえたと思ったその瞬間…周囲からも同じように「う…」という声が溢れ出し、それは波紋のように広がりを見せ始める。これは激しくデジャヴな現象…


 それってつまり、この先に起きるであろう展開も簡単に予想がつくということに…


「「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」」


 やっぱりこうなるよね!!


 爆弾が過去最大級であったのだから、やはり伝統芸(?)も過去最大級。

 俺が今まで例えてきた、地鳴り、津波、雪崩など、それすら小さく思えてしまう程に凄まじく、正に超弩級と呼ぶに相応しい雄たけび、絶叫。


 と言うか、どっから声を出してるんだよこいつら!?


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ちょっ、嘘だろぉぉぉ!? マジで同棲してるのかよぉぉぉぉぉぉ!?」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、好きだったのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! 本気だったのにぃぃぃぃぃぃ!!!!!」」

「同棲って…同棲って、それはつまり、つまりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」

「うおおおおおおお、信じたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「マジかよ!? それは絶対に有り得ねーと思ったのに!!!!!」

「イメージと全然結び付かないわ…」


 絶叫が一段落すれば、次に待っているのは毎度お馴染み阿鼻叫喚の図。

 激しくわめき散らし、頭を振り回し、その場にしゃがみ込んで叫び声をあげるバカ共。もはや狂気すら感じるその姿は…流石に引くぞ、これ。


 でも俺だって好き勝手なことを散々言われている訳で、ちょっとくらい「ざまぁ」と考えても許される筈…許されるよな?


「なぜ嘘と言われるのか本当に理解できませんね。私は何の興味もない赤の他人に嘘をつくほど物好きではありませんが?」


「「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


「とにかく、私達のことで他人からとやかく言われる筋合いはありません。同棲についても外野から口を出される謂れはありませんし、私達のことに干渉するのは誰であろうと許しませんよ」


「「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」


「あ~あ…遂にやっちゃいましたね」


「まぁ…沙羅だから」


「沙羅ですからね」


「お二人とも、その言葉だけで片付けようとしてません?」


「だって事実だし。ねぇ、えりりん?」


「ええ。事実ですから仕方ありませんね」


「はぁ…」


「さて…どうする一成?」


「そうだな…まだ沙羅さんが何か考えてるみたいだけど…」


「ふふ…ふふふふ…あははははははははははははははははは」


 っ!?


 大惨事に包まれた会場内に、狂気すら感じさせる程の異質な笑い声が響き渡る。

 その声の主は…笑い声だけでなく、もはや表情にまで狂気を孕ませているような、そんな気がする程の歪な笑みを浮かべていて。


 本当に、次から次へと…何なんだよ、あいつ…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここまで書けない日が続くとは思ってもみませんでした・・・

 それについてはノートの方で。


 年内の更新はこれで最後となります。

 今年一年お世話になりました。

 ここまで大失速するとは思いもしませんでしたが、それでもやっぱり書きたい気持ちだけは消えずにいますので、何とか続けていきたいと思っています。

 最近弱音ばかり吐いていますが、来年も何卒宜しくお願い致します。

 それではよいお年を・・・


 P.S 今回登場しなかった質問については、この先にまだ出てきます。ご安心ください

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