第332話 孤高という偶像

「ふふふ…これはこれは失礼しました。あまりの衝撃に思わず…はしたない姿をお見せしまして、申し訳ございません」


「別に私は気にしていませんよ。どうでもいいことを、イチイチ気にしていたらキリがありませんから」


「そんな減らず口を叩く余裕も今の内です。生徒の模範とも言うべき生徒会長が、事もあろうに男子と同棲…これは停学どころか、下手をすれば退学すら検討される程の案件であると私は思いますが?」


「一般的に考えればそうかもしれませんね?」


「ええ。こんな暴挙とも言える程の不祥事を起こしておきながら、まさかこのままで済むとは思っていませんよね? あぁ、もちろん副会長である高…」


「黙りなさい。気安く一成さんのお名前を呼ぶことは許しませんよ」


「…は?」


 ここまで全く意に介した様子の無かった沙羅さんに、初めて明確な怒りの色が滲み出す。

 普段であれば、俺の名前を呼ばれたくらいで怒るような真似は絶対にしない筈なのに…


「以前も言った筈です。私の大切な一成さんに悪意を向ける者は、例え誰であろうと絶対に許さない…と」


「…っ!?」


「それを私の目の前で…いい度胸ですね?」


 突如、敵意を剥き出しにした沙羅さんの冷たい目線が、タカピー女を鋭く射抜く。その凄まじい迫力に圧されたように、タカピー女が少し後退る動きを見せた。

 そもそも沙羅さんとあいつでは役者が違うので、ぶつかればこうなってしまうのも当然の話。


「くっ…と、とにかく!! この不祥事については、私からも学校に厳正なる処罰を求めることに致します!! ですがそれよりも…ふふ、見てみなさい。どうやら他にも、貴女にお話のある人達がいるようですね?」


「人達?」


 気味の悪い笑みを浮かべながら、タカピー女がゆっくりと指し示したその先…またしてもステージ横には、いつの間にか男…いや、男達の姿。

 ざっと見て10人程が集まっており、一様に怒りや焦りといった様子を見せている。

 今度は何だ?


「さ、薩川さん!! かなり前から副会長と同棲してるって聞いたんだけど…本当に本当なのか!?」

「俺が告白したとき、恋人がいるなんて言わなかったよな!? だから俺は諦めないって…いつかもう一度告白するって言っただろ!?」

「俺もだよ!! 迷惑と思われるのは仕方ないけど、それでもまだ諦められないって!!」


 話から察するに、どうやらこいつらは、以前沙羅さんにフラれた連中の集まり。

 しかも随分と身勝手なことを言っているので、もう聞いてるだけで腹が立ってくる。


「あっちゃぁ…またあの手合いが出たかぁ」


「夏海先輩、何か知ってるんですか?」


「まぁねぇ。でもこれを説明すると、私が沙羅に怒られそうだからなぁ…うーん…」


「多分だけど、嫁が中途半端な断り方をしてきた"つけ"が回ってきた」


「花子さん?」


 中途半端な断り方?

 でも沙羅さんは、男からの告白に対して、迷惑であるとハッキリ伝えた上で断っていると言っていた筈。

 それに沙羅さんの性格を考えてみれば、それこそ取り付く島がないくらいキッパリ断る姿しか想像できないし、中途半端なことになるとはとても思えないんだけど。


「まず嫁は、一成以外の男はどうでもいい。これは不動の前提条件」


「ま、まぁ、そうかな」


「つまり、告白してきた相手のこともどうでもいい。話をすることすら面倒だと考えている。だから嫁は、単純に"迷惑"だとしか伝えない。そもそも相手をしたくないから」


「あ…」


「もし嫁が一成のことまで踏まえて説明して断れば、相手も素直に諦めた筈。普通は恋人がいる相手に言い寄るような真似はしないし、まして婚約までしてるなら諦めて当然」


「そっか! 薩川先輩は面倒臭いから"迷惑"で済ませてたけど、それじゃ納得出来なくて諦められない人達が残っちゃうってことなんだね?」


「多分」


 なるほど…確かにそういう可能性はあるのかもしれない。

 それに「諦めたくない」「諦められない」といった個人的な気持ちは、他人にどうこう出来るものじゃないとは思うし…

 そうなれば、単に「迷惑」というだけでは諦めきれず、別路線を狙って再チャレンジ…という前向き路線の人間がいても不思議はないのかも。

 

「はぁ…相変わらず鋭いねぇ花子さんは。でもこれなら、私が沙羅に怒られることはないかな?」


「別にこんなの大したことじゃない」


「みたいだね…ご名答だよ。沙羅は以前も、同じような展開で詰め寄られたことがある」


「…やっぱり」


「うん。ウチのクラスの男子なんだけどね。前に一度断られたのに、やっぱり沙羅の断り方が悪くて再挑戦を狙ってたみたい。でもそれについては、沙羅が高梨くんの名前を出して完全に諦めさせたよ? まぁ他の男子もろともだけど」


「………」

 

 そうか…沙羅さんは、ちゃんと俺の名前を出してくれたんだな。

 以前、何かあったら俺の名前を出すよう伝えたことはあるが、その効果が少しでもあったのなら俺としても嬉しい。

 少なくとも、虫除けの代わりくらいにはなれたってことだから。


「ふふ…高梨くんが自分の名前を出すように言ってくれたって、沙羅はすごく嬉しそうに報告してきたからね?」


「そ、そうなんですか?」


「うん。あとこれは、あくまでも私の予想なんだけどね…きっと沙羅は、無意識にでも高梨くんの名前を出すことを避けていたんじゃないのかな? 心のどこかで迷惑を掛けてしまうことを怖がっていたというか、高梨くんに少しでも迷惑だと"思われてしまう"可能性が怖かったというか…だから高梨くんにそれを言って貰えて、沙羅も安心したんだと思うよ」


「…そうですね。沙羅さんなら」


 俺に迷惑をかけることを何よりも嫌う沙羅さんだからこそ、意図的でも無意識にでも、迷惑をかけたくないと考えてしまうのは当然の話かもしれない。

 それにもし俺が逆の立場なら、やっぱり同じように考えただろうから。


「まっ、単に面倒臭かっただけなのも事実だとは思うけどね! でも高梨くんの名前を出したお陰で、今度こそ止めを刺すことに成功したのは確かだから…」


「ええ。つまり俺が公開プロポーズをして、沙羅さんがそれを受ければ…そういう連中を纏めて終わらせることが出来るかもしれないってことですよね?」


「うん。よっぽど諦めが悪いやつじゃない限り、いけるんじゃないかな?」


「はい!」


 偶然とはいえ、決行前にこの話を聞けたことは正直ありがたい。

 今回の計画に、確実な効果があるという確信を持てたのだから。


 よし…


「大丈夫。一成にプロポーズされて、嫁がそのまま受けるだけなんて有り得ない」


「だね! きっと色々やらかしちゃうだろうし、寧ろそっちの方がトドメになったりして!?」


「洋子!!」


「…はは」


 さっきも雄二と速人に同じ事を言われたが、その辺りのことについては想定済みだから問題ない。俺は沙羅さんのすることであれば、喜んで丸ごと受け入れる所存です。


「それで、どうする一成?」


「もう行くのか?」


「そうだな、ここで割り込んで…」


「それは少し待って下さい」


「西川さん?」


「気持ちは分かるけど、これは沙羅が自分で撒いた種だからね。自力で何とかさせよう?」


「夏海先輩まで…」


「無用の遺恨を残さない為にも、これは嫁が一人でケリをつけるべき。一成の出番はその後」


「花子さん…」


 どうしよう…花子さん達の言っていることも理解できるし、冷静に考えてみれば他にも理由が思い当たらない訳じゃない。

 でも沙羅さんが詰め寄られている状況を目の当たりにして、ただ指をくわえてそれを見ているだけなんて…


 でも…


 俺は…


「…わかりました」


「一成、本当にいいのかい?」


「ここで飛び出したとしても、俺は間違いじゃないと思うぞ?」


「雄二、余計なことを言わない」


「いや、ですが…」


「はぁ…雄二が高梨くんのレベルに達するのは、まだ無理な話かぁ」


「は?」


 突然、夏海先輩が盛大な溜め息をつき、それに困惑の様子を見せる雄二。

 とは言え、俺も何を理由に比較対照とされたのかよく分からないんだが…


「あのねぇ…高梨くんは沙羅を全面的に信じてるんだよ?」


「いや、それは知ってますけど」


「そうじゃない。嫁が一人でもこの局面を乗り切れると、一成は信じてる」


「ここで勢いに任せて飛び出すのは簡単なことです。でもそれは相手を心配しているようで、その実、自分の不安な気持ちを走らせているだけですから…この場の対処は沙羅に任せるべきであり、それを冷静に判断出来たのは、高梨さんがそれだけ沙羅を信じているからこそです」


「…ちょっと大袈裟ですけどね」


 なるほど、そういう意味か…もちろん俺が沙羅さんを信じているのは言うまでもないことだけど、でも今回の判断はそれだけが理由じゃない。

 もし俺がこのままステージへ乗り込んでしまえば、却って話を拗らてしまう可能性もあるんじゃないのかと思ったから…俺への反発が一気に噴出するだけなら大したことじゃないとしても、問題はその結果、沙羅さんが(多分、花子さんも)暴発する危険性がある。

 花子さん達もその点まで考えた上で、この場は沙羅さんに任せるべきだと言ったんだろうし。


「大丈夫だ。ここは沙羅さんに任せる」


「そうか…」


「こういうときこそ冷静に考えて、キメるときには迷わずキメる。分かった雄二?」


「はいはい、分かりましたよ…」


「いや、本当にそんな大袈裟な話じゃないんで」


 そもそもの話、沙羅さんならフォローなんかなくても、あんな奴等を捌くことくらいワケもない。俺はそれが分かっているからこそ、この場は沙羅さんに任せても大丈夫だと判断したんだ。

 だからこんなのは当たり前の話であって、信じているとかいないとか、そんな大袈裟なことじゃないんだよ。


「その話をする前に、一つだけ謝っておきます。私の適当な対応のせいで、中途半端な期待を持たせてしまったことは想定外でした。これについては私の反省すべき点であり、今はしっかりと理解していますよ」


「…今の話は、どこが謝った?」


「花子さん、しっ…」


「一応でも、あの沙羅に謝るという気持ちがあっただけで驚きだよ」


「あの…沙羅さんだって普通に謝りますけど」


 いくら沙羅さんが男嫌いだとはいえ、自分のミスであれば素直に謝るし、お礼だってちゃんと言う。

 でも今回の件は、沙羅さんが最も嫌う話であり、問答無用で排除しても不思議はないくらいのものだから…これは俺が思っていた以上に、沙羅さんの変化は大きいのかもしれない。


「ですが、興味が無いと言ったことも、迷惑であると言ったことも、決して間違ってはいませんよ? 私には一成さんという心に決めた方がおりますし、他の男性など知ったことではありません。だから告白されること自体、本当に迷惑なだけです」


「ぐっ…」

「これはキツい…キツすぎるぅ」

「いや、今回は男の名前まで出されてるから尚更キツいぞ…」

「一成さんって…下の名前で呼んでるのかよぉぉぉぉぉぉ」

「ちっくしょぉぉぉ、自分がダメでも他の男がダメならまだ救いはあったのにぃぃぃぃ!!!」

「…知ったことではないって…」

「…ちょ、そこまで言うか!?」


「これで納得できましたか? それならさっさと席へ…」


「あらあら、随分といい性格をしていますね? 私の聞いた話では、貴女が他人を寄せ付けない理由は、自分にも他人にも厳しいからということでしたが?」


「…何が言いたいのですか?」


 せっかく話が一段落したところへ、またしても割り込んでくるタカピー女。

 相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべ、いつも以上の尊大な喋り方がイチイチ勘に触る。

 しかも、あの勿体つけたような語り口…まだ何かあるのか?


「まさかとは思いますが…それが貴女の本性ですか?」


「本性?」


「ええ。孤高などと都合のいい建前を謳っておきながら、実は自分の好きな男以外と接したくないだけ。他人に厳しいのではなく、単に嫌いだから当たりが強いだけ。しかもそれは、男性だけでなく同性にまで…私が思うに、それは孤高ではなく単なるコミュ障ですよね?」


「…………」


「ふふん、全く反論しないということは、完全に図星だと解釈して宜しいのですね? なるほど、なるほど…貴女の孤高とは、その捻曲がった性格を隠す為の隠れ蓑だったということですか。何ともまぁ、上手くやったものですね?」


 何だよ、あいつ!!

 全くのデタラメ話を、さも事実とばかりに誇張表現で語りやがって!!

 そもそも「孤高」という二つ名自体、勝手に作られたものであって、沙羅さん自身はそれに関与していない。これは言い掛かりも甚だしいぞ!!


「な、な、何よ、あいつ!!!! めっちゃムカつく!!!」


「酷い…何であんなことを言えるの…」


「遂に本性剥き出しにしてきたか。性格が捻曲がってるとか、特大のブーメランだっつーの!!」


「そうですか…私の警告は完全に無視ですか? いい度胸ですね…」


 ここまで沙羅さんをバカにされて、俺も皆も怒りを抑えることなんか出来る訳がない。

 その中でも特に一番激しい怒りを見せているのは西川さんで、口調こそ静かではあるものの、明らかに剣呑な雰囲気を漂わせている。こんな様子を見るのは山崎の一件以来だ。

 

「聞こえの良い二つ名で本性を誤魔化し、同時に人気を集める腹黒さ。恋人の存在を隠していたのは、やはり人気が落ちることを嫌ったからでしょうかね? しかもそれが発覚したと見るや、今度は隠した理由を誤魔化して、評判だけは保とうと躍起になる変わり身の早さ…はぁ…本当に性格の悪い方ですねぇ。私もそれなりに立場ある者として、これまで様々な方と面識を持ってきましたが…貴女のような人間を見たのは初めてですよ。あぁ、そこの貴方達もどうですか? これが、孤高の女神様などと大袈裟に騒がれている女の本…」


「言いたいことはそれだけですか?」


「っ!?」


 まるで動じた様子の無い沙羅さんの冷たい声音に、タカピー女がまたしても口をつぐむ。そのままパクパクと、声にならない何かを必死で喚こうとして…悔しそうに顔を歪めた。

 それにしても危なかった。あそこで沙羅さんが声を出さなければ、我慢できずに飛び出していたかもしれないぞ…


「ちょうどいい機会です。今までは面倒と思い放置していましたが、その辺りについても纏めて話をしておきましょう」


「ふ、ふん!! 今更何を言おうと、事実は全く変わりませんよ? 貴女の本性もそうですし、そもそも男と同棲しているような女が、このミスコンに出ること自体…」


「何を勘違いしているのか知りませんが、私はミスコンに出たいなど、一度たりとも考えたことはありませんよ?」


「は? そんな予防線を張ったところで…」


「事実です。私がここにいる理由は生徒会長としての義務だけであり、ミスコンになど全く興味はありません。幼稚な妄想を垂れ流すのはそのくらいにしておきなさい」


「よ、幼稚な妄想!?」


「そもそもの話、なぜ私が何の関係も無い赤の他人から評価などされなければならないのですか? 学業成績ならまだしも、私個人の評価を決めていいのは一成さんだけ。その他大勢の評価など何の価値もありません。そんな私がミスコンに興味があると? あまりにも馬鹿らしくて、冗談にしても笑えませんね?」


「な…何を言って…」


「この程度の話も理解できませんか? まぁ貴女はミスコンに並々ならぬ意気込みがあるようですし、それを否定するつもりはありませんよ。ですからどうぞ、私のことなど構わずに、このまま頑張って優勝を目指して下さいね?」


「ふ、ふ、ふざけたことを…」


「別にふざけてなどいません。ただ、貴女の下さらない妄想に付き合うほど、私は暇でも物好きでもありませんからね。それよりもいい加減聞き飽きたので、その空気よりも軽い口をさっさと塞いで下さい。話の邪魔です」


「じゃ、じゃ、邪魔ぁぁぁぁぁぁ!?」


 そこまで言うと、もう用は無いとばかりにタカピー女から視線を外し、沙羅さんは客席へ真っ直ぐに向き合う。

 生徒会長として演説を行うときと同じように背筋をピシッと伸ばし、その表情と雰囲気は、あの凛とした…実に格好いい沙羅さんの姿。


 でも話をするって、一体何の話をするつもり…


「どこから説明するべきなのか、少し悩みましたが…先に指摘された件の話をしておきましょう。まず孤高という呼び名についてですが…と言っても、私は自分でそれを使ったことなどありませんが…それは嘗て、私が副会長になり始めの頃、周囲でいつの間にか使われ始めたものです。これは当時を知っている人物がいる筈なので、探せば発端も分かるかもしれません。ですが彼女の言う通り、それを利用したことだけは事実なのです。私は孤高でも何でもない、単に他人と接したく無かっただけですから…」


 「他人と接したくない」という発言直後に、客席からは驚きと戸惑いの声が上がる。でも驚きなのは俺も同じで…もちろん意味は違うけど…沙羅さんがこんな話を始めるとは思ってもみなかったから。

 別にそれ自体は悪いことではないと思うが、沙羅さんは一体何を考えて、突然この話を…?


「詳細は省きますが…私は昔から、この容姿のせいで様々な苦労をしてきました。同性からは妬みとやっかみ、その他諸々。男性からも常に好奇の視線に晒され、ともすれば好意の押し付け、身勝手な自己主張…数え上げたらきりがありません。男女共に色々とありましたから…そのお陰で、すっかり人間不信になってしまいました」


 少し自嘲気味に笑いながら、沙羅さんは淡々と過去の体験を口にしていく。でもこの苦労は、きっと実際に体験した人間にしか分からない。特に女性からすれば、美人でモテることに対して、羨ましいと思う人の方が圧倒的に多いだろうから。


「そんな経験を続けてきた私は、いつしか人と接することに煩わしさを感じるようになりました。でもおかしなもので、私が他人の干渉を拒絶しようとすれば、今度はそれを批判して余計な干渉をしてくる輩が現れるのです。それは主に同性からでしたが…だから私は、そんな輩を黙らせる意味も含めて、自分の力を周囲に認めさせるという手段を取ることにしました。あの人なら仕方ない、あの人なら一人でも大丈夫…そう思わせることが出来れば、私が一人で動いても余計な干渉を受けずに済みますからね。そんな矢先に生徒会からお声が掛かかり、私は打算的な意味も含めてそれを引き受けることにした訳です。後に副会長の任を引き受けたことも、正直に言えばそれが大きな理由ですね」


 まさか沙羅さんが、ここまでの話をするなんて…

 他人に全く興味を示さないのであれば、自分の本心を語る必要も全くない。それなのに、何故そこまで沙羅さんが自分の話をするつもりになったのか本当に分からない。

 しかもこの流れでは、俺の飛び出すタイミングも全く掴めないし…取り敢えずこのまま様子を見守るしかないのか。


「ですから、先程彼女が語った話を肯定するとすれば、それは自分の本音を隠す為に"孤高"という二つ名を利用したこと…ですかね? 周囲が勝手に作った私の偶像だとしても、それが他人の干渉を拒絶する名分になったことは事実ですから。最も…女神だ何だと余計な尾ひれを付けられて、アイドル扱いされるとは思ってもみませんでしたが。それだけは完全に想定外でした」


 自嘲気味に話す沙羅さんを見ていると、俺も切なくなってしまう。「利用した」などと言ってしまうと聞こえは悪いが、その背景に沙羅さんがどれだけの孤独を抱えていたのか…

 俺とは原因も状況も違うけど、それでも俺には雄二が居てくれた。信頼できる親友が一人いるというだけで、最後の最後を踏み留まることができた。例え意地だとしても、逃げ出さずに踏み留まることができた。

 でも沙羅さんは、誰も信用することが出来ず、長い間ずっと独りで…


「分かりましたか? これが本当の私です。孤高などと大仰なことを言われていますが、その本音は極力他人と接したく無かっただけ。社交性の欠如した人間です。そして何故こんな話をしたのかと言うと、理由は二つあります。先ず一つ目は…これは今更なことであり、私も後悔している部分ではありますが…私に勝手な理想を押し付けることを止めて下さい。都合のいい理想を重ねないで下さい。私に妄想と言う名の夢を持たれるのは非常に迷惑です」


 遂に語られた沙羅さんの本音に、客席からは今度こそ大きなざわめきが起きる。

 その発生源は主にこの学校の生徒達だろうが…恐らくこの場にいる大多数の人間も、沙羅さんに何らかの理想像を重ねていただろうから、果たしてこの本音を聞いてどう思ったのか。

 

「そして二つ目の理由は、先程と似たようなものです。今までの私は、男性からの告白に対して"迷惑"とだけ答えていましたが、それだけでは納得されない可能性があることにやっと気付きました。これについては私側の問題もあったと思うので、その点についてはこの場を借りて謝罪したいと思います。私からすれば、軽薄な戯れ言にしか思えないことだとしても、当人からすれば本気であったのかもしれませんし…特にここ半年くらいは、告白を断る理由が変化したことも事実ですからね」


 またしても「謝罪」という言葉を口にする沙羅さん。それも嫌悪の対象とすら感じている連中に対して、例え形だけだとしても、心中を慮るような発言までするなんて…今まで問答無用で突っぱね「知りませんよ」を地で行っていたことを考えてみれば、これは本当に凄いことだ。


「沙羅…」


「これは…流石に驚いたわね」


 だから当然、俺よりも沙羅さんと付き合いの長い二人は、この変化に驚きを隠せないようで…


 でも、それはつまり…


「真由美さん…」


 付き合いが長いほど驚くと言うのであれば、間違いなくこの場で誰よりも驚いているであろう人物…今まで見たことのない表情を浮かべ、呆然と沙羅さんを眺めている真由美さんの姿。

 目を大きく見開き、口も半開きの状態で、身動ぎもせずに沙羅さんをじっと眺めている。

 俺達以上に驚いているのだろうから、この反応も当然と言えば当然なんだが。

 

「な、なぁ、薩川さん?」


「はい」


「い、言いたいことは分かったよ。確かに俺…俺達は、薩川さんに理想を押し付けていたかもしれないし、まさかそこまで嫌がれているとは思ってもみなかった」

「ちなみに理由が変化したのって、それってやっぱ…」


「そうです。以前は単に迷惑だっただけですが、今の私には心に決めた大切な方がおりますので」


 ステージ上からこちらを真っ直ぐに見つめ、柔らかい笑みを浮かべる沙羅さん。見ているこちらまで幸せな気持ちになれてしまうような、そんな優しい笑顔に、俺も思わず目を奪われてしまい…


「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!! それが副会長だってのかよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「てことは、さっきの質問で言ってた好みの話も、実は副会長のことだってのか!!??」


「ええ、その通りですよ」


「そんなの分からねーだろ!!?? あいつだって男なんだから、絶対に薩川さんの見た目が好みで近付いただけなんだろうしさ!!!!」

「だよな!!?? あんな話、絶対無理に決まってるぜ!!!!」

「そうだ!!! あいつだって、所詮は俺達と同じ…」


「笑わせないで下さい。一成さんが貴方達と一緒だなんて、例え冗談でも許せませんよ」


「いやいや、男が女に近付くのに好意や下心が無いなんて、それこそ有り得…」


「私は一成さんから近寄られた訳ではありません。寧ろ近寄ったのは私の方です。もっと言えば、私は一成さんから拒絶された経験もありますが…それでも下心ですか?」


「「「…へ?」」」


「これを思い出すと、今でも自分に対する怒りを禁じ得ないのですが…あの当時の私は、人を思いやる気持ちが稀薄で、無意識とはいえ一成さんの心を傷付けてしまいました。その結果、私は一成さんから拒絶…有り体に言えば嫌われてしまい、避けられてしまった経験があります」


「「えっ!?」」


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」


 沙羅さんの発言に、一際大きな驚き声をあげたのは俺の周囲…つまり親友の皆さん。

 俺も今までこの話をしたことがないので、当時を知る雄二と夏海先輩以外は初耳の筈だから当然と言えば当然なんだが…でも花子さんだけは驚いていないみたいなんだけど、まさか既に知ってたりするのか?


「いや…その…」

「う、嘘だろ…薩川さんを嫌って避けるとか…」

「と言うか、薩川さんとそこまでのコミュニケーションを取れてる時点で羨ましすぎる!!」


「ですが、そんな状況であるにも関わらず…一成さんは私の為に駆けつけて下さいました。そして男女関係というものに全く無知であった私の為に、一成さんは友人、親友としての立場を願って下さったのです。誰よりも私に近しい男性であったにも関わらず、一成さんは私の気持ちを優先して…私の求めていた存在であることだけを純粋に願って下さいました。本当に…馬鹿な私はそうとも知らず、嬉しさのあまり、ただ一成さんの優しさに寄りかかっていただけで…これは後日、図らずも一成さんのお気持ちを陰で聞いてしまい、そのときに初めて知ったことですが…それがなければ、一成さんはずっと黙って私を支えて下さるおつもりだったのですよ。そんな心優しい一成さんだからこそ、私は生まれて初めて恋という気持ちを知ったのです」


 あのときの俺は、沙羅さんの望む存在であればそれだけでいいと本心で考えていた。

 沙羅さんが親友を望むのであれば、俺はいつまでもそれで構わない。恩人でもあり、大切な沙羅さんの為なら、どんな形であっても望まれた存在であり続けよう…俺は本気でそう思っていた。

 今にしてみれば、あの時の俺は、男女の"それ"を超越した気持ちを沙羅さんに持っていたような…そんな風にも思える。

 俺にとって沙羅さんは、本当の意味で「何よりも大切な人」だったから。


「分かりますか? 一成さんは私を容姿で選んだのではありません。私という"一人の人間"を見て選んで下さったのです。そして貴方達のように、自分の気持ちを一方的に押し付けるようなことも絶対にしません。私の気持ちをしっかりと考えて下さる優しい方です。私という人間を丸ごと受け入れ、心から愛して下さる、誰よりも素敵な男性なんです。そんな一成さんを…私の大切な、誰よりも愛しい一成さんを……貴方達のような軽薄人間と一緒しないで下さい!!!!!!」


「「っ!?」」


 沙羅さんの怒りが…痛いくらいに伝わってくる。

 自分の大切な人が、嫌悪すら感じている連中の同類に思われた、扱われた。それがどれ程の侮辱か、どれ程に許せないことか。

 でもそれとは別に、俺は沙羅さんの気持ちが嬉しくて…沙羅さんは俺の本心をしっかりと理解してくれている。分かってくれている。

 それが何よりも嬉しいから…


「貴方達には理解できないでしょうね? 自分がそうであるから他人も同じだと勝手に決めつけ、その思い込みを一方的に押し付ける幼稚さ。口では分かったと言いながら、結局のところ何一つ分かっていない、何一つ理解していない、そもそも理解しようとしない。だから私は、貴方達のような人間を相手にするのは面倒であり、時間の無駄だと言っているのです!!」


「あ…う…」

「そ、それはっ…」

「っ…」


「いくら理解力が無くとも、ここまで言われれば流石に理解できましたか!? 私は貴方達"そのもの"を迷惑だと言っているのですよ!?」


 沙羅さんからこうも言われてしまえば、あいつらにこれ以上の反論など出来る筈もない。しかもここで意味もなく粘れば、自分達の立場をますます悪化させる結果になることくらいは理解しているだろうから…

 

「これ以上、無駄な時間を使わせないで下さい。私の言っていることの意味は分かりますね?」


 半ば項垂れるように全員がコクリと頷き…そのまま客席に戻ることなく全員がどこかへ去っていく。

 曲がりなりにも想いを寄せた人からここまで厳しく言われ、ショックを受けない訳がないだろうから…

 でも、それこれも全て自業自得。自分の招いた結果であり、同情の余地は無い。


「どうやら終わったみたいね」


「ですね。でも終わったのはあいつらだけじゃないみたいですけど」


「この先のトドメは、一成の役目」


「高梨さん、後は…」


「はい、ここからは俺が」


 沙羅さんが、ここまでハッキリと俺への気持ちを宣言してくれた。

 だから次は俺の番だ。同棲のことを暴露されたのは想定外だったけど、俺達には何一つ疚しいことなんて無い。


 だから胸を張って…俺は。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


皆様、明けましておめでとうございます。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

今年はスランプが落ち着いてくれることを切に願います・・・

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