第333話 ステージへ…

 side 楠原 豊


 突然だが…私は自分でも、それなりに順風満帆の人生を送ってきたと思っている。


 強いて言えば、会社の行方が分からなくなったあのときが一番厳しかったかもしれないが…それでも結果的に、我が社は超巨大企業のグループ会社として、更なる立場を手に入れることに成功した。

 しかも私達の役職は維持されたまま、今にして思えば、正に結果オーライとも言える程のものだった訳だ。


 そして今現在、私は図らずも、佐波グループ次期会長(兼社長)と言われている"あの"薩川専務に、個人的な接点を持つ機会を得た。今日はこのまま付き従っていれば、後で奥様…佐波グループの創業家直系である、薩川真由美さんに個人的なご挨拶をする予定になっている。それが終われば、もちろん次はお嬢様…薩川沙羅さんにご挨拶をすることも出来る筈だが、その際には玲奈が、お嬢様の親しい友人として、私を上手く紹介してくれることだろう。

 これで万事が上手く行き、私の覚えも目出度くなること請け合い。

 今日は実に素晴らしい、最高の一日だ。


 ……と、そうなることを信じて疑わなかった…


 実際、途中までは本当に上手く行っていた。例え僅かとはいえ、薩川専務からの覚えが良くなったと実感させる手応えもあった。このまま行けば全てが上手く回る、そう思わせるには十分すぎる程の順調な流れだった。 


 それなのに…一体どこで間違えた?


 私は今、自分の目の前で起きていることが理解できない。いや、理解が追い付かないと言うべきか?


 本当にこれが現実だと言うのか?

 だとすれば…玲奈は一体、何をしている?


「聞こえの良い二つ名で本性を誤魔化し、同時に人気を集める腹黒さ。恋人の存在を隠していたのは、やはり人気が落ちることを嫌ったからでしょうかね? しかもそれが発覚したと見るや、今度は隠した理由を誤魔化して、評判だけは保とうと躍起になる変わり身の早さ…はぁ…本当に性格の悪い方ですねぇ」


 私の苦悩など気付く筈もなく、玲奈はこれ以上ない程に、お嬢様へ悪態をついている。暴言を吐き続けている。

 何がそこまであいつを駆り立てるのか…いや、今はそんなことを考えている場合ではない。私も自分がどうすればいいのか分からない、この状況を少しでも打開する手段が全く分からないのだ。


 ただ一つだけ分かっていることは…これまで順調満帆だった私の人生に於いて、初めて訪れた最大の危機であるということだけだ。


「…ふむ」


 薩川専務は、先程から何一つ喋っていない。スクリーンに映し出された玲奈の暴挙を静かに眺めながら、特にこれといった反応を示さないままだ。

 だが…それが却って、私の不安を煽る結果になっている。


 とは言え、こんな状況で私は何を言えばいい? 


 何を言ってもフォローにならない、寧ろ自ら墓穴を掘る結果になるのではないか? そう思わずにはいられない。それに、これは私の気のせいかもしれないが、薩川専務の無言から強い圧力を感じるような気がして、だからこそ身動きが取れない。迂闊なことを言えない。


 そんな考えが、堂々巡りしている。


「く、楠原さん…」


「…わかっている」


 もちろん、現状の不味さを認識しているのは私だけじゃない。今この場にいる、今日私に付き合ってくれた部下達も、気まずそうに顔を見合わせている。

 巻き添えを食わせてしまったことは申し訳なく思うが…だが、私もそれを気にしている余裕などはない。この状況をどうすれば乗り切れるのか、どうすればフォロー出来るのか…その対応策が全く見つからないのだ。


「楠原くん?」


「は、はい!?」


「私も親として、子供のいさかいに口を出すような真似をするつもりはないんだよ。子供同士の喧嘩に親がでしゃばるべきではないし、それは十分に理解しているつもりだ。もしそんなことをすれば、私は真由美と沙羅から、余計な真似をするなと怒られてしまうだろうからね」


「は、はい! 確かにそういう話は良く耳に致します!」


「うん。でもね…これは流石に、事情の説明を求めたいと思ってしまうかな? 私の娘は確かに人当たりがいいとは言えないが、その分、自分から誰かに関わることもしないんだよ。例外は一成くんと…後は絵里さんや夏海さんといった友人達にしか干渉しない。つまりね…玲奈さんに自分から干渉することは有り得ないんだ」


「な、成る程。お嬢様はそうでいらっしゃるのですね? ですが、それはつまり…」


 頭の中がパニックになっているせいなのか、薩川専務の言っていることの意味がイマイチ分からない。確かにパーティーでの光景を思い出してみれば、お嬢様の話は理解できるとしても…って、あの男!?


 そうだ、玲奈の件に隠れてしまっていたが、衝撃の話はもう一つあった!!


 あの一成という男…何なんだあいつは!?

 お嬢様の恋人で、しかも既に同棲までしているだと!?


 しかもその話が出た際に、薩川専務は全く動揺しなかった。それはつまり、専務が…恐らくは奥様も…二人の同棲を公認、もしくは黙認しているということのなか!?


 それが一体どういう意味なのか…いやいや、いくらなんでも、それは流石に考えすぎか。


「つまり…こんな言い方をしたくはないんだが、相手の方から不必要に絡まれない限り、沙羅はこういう状況にならないんだよ」


「っ!?」


 そ、そうか…お嬢様が特定の人物以外に干渉しないのであれば、トラブルが起きた場合、それは相手側から絡んだ結果である可能性が高いということになる。

 つまり今回の場合…トラブルの原因を作ったのも、玲奈ということになるのか!?

 しかも最悪なことに、玲奈は今もお嬢様への暴言を繰り返している最中!!


 本当にあいつは…何をしている!!!!


「沙羅の何が気に入らなくて、あそこまで暴言を吐くのか分からないけど…妙な悪意を感じてしまうのも、私の気のせいかな?」


「いえっ!!! そ、それは、その…」


「ちなみに…同棲の件は、両家も公認してのことだよ。正式な理由もあるし、それらも含めて学校にはキッチリ話を通してある。だから彼女の言う、停学や退学といったことにはならないんだけどね?」


「……は、はい」


 正式な理由…

 その意味深な一言が何を指すのか…


 いや、今はそれを考えても仕方がない。


 今はとにかく、この状況を何としても乗り越えなくては…それが先決だ。


 私の…延いては、私達の会社の為に。


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 side 政臣


 正直…玲奈さんの件については、大人げないと思いつつも、見逃すことが出来ないという気持ちがある。あれはどう見ても、悪意を持って沙羅と接しているとしか思えないし、言っていることも度を越えている。しかも退学がどうのと、嬉々として話をするその姿は、この事態を喜んで…いや、何かを狙っているように見えてしまい、その本心に何らかの疑いを持たざるを得ない。


 だが、今はそんなことより…


「これについては私側の問題もあったと思うので、その点についてはこの場を借りて謝罪したいと思います。私からすれば、軽薄な戯れ言にしか思えないことだとしても、当人からすれば本気であったのかもしれませんし…特にここ半年くらいは、告白を断る理由が変化したことも事実ですからね」


 このミスコンに参加すること自体、既に驚きではあったが…

 まさかあの沙羅が、人前でこんな話をするなんて…


 嘗ては男嫌い、人間嫌いとも言える程に、他人と接点を持つことを嫌った沙羅が、ここまで自分の本心を口にする日が来るとは夢にも思わなかった。

 それはつまり、自分の気持ちを伝えたい、皆に分かって欲しい、少なからずそう思ったからこそであり…他人に全くの無関心であれば、一切必要のない行動でもある。

 だが沙羅は、例えその理由が何であれ、自分の思いを口にした。そして毛嫌いしていた男子達にも、ごく僅かとはいえ思いやる気持ちを見せた。


 これが私…いや、私達夫婦にとって、どれ程凄いことか…スクリーンに映る真由美の表情が、その全てを物語っていると言ってもいい。


「一成さんはずっと黙って私を支えて下さるおつもりだったのですよ。そんな心優しい一成さんだからこそ、私は生まれて初めて恋という気持ちを知ったのです」


 そして、沙羅をここまで変えてくれたのは他でもない、一成くんのお陰だ。


 今まで二人の馴れ初めを聞いたことは無かったが…この短い説明だけでも、一成くんが沙羅の心に寄り添い、しっかりと支えてくれていたことがよく分かる。

 まさか交際を始める前から、そこまで沙羅のことを大切に想ってくれていたなんてね…

 私も今では、彼のことを実の息子のように感じている。将来に期待していることも確かだ。でも今日のこれを聞いて、沙羅が心を許した唯一の男性であることに、改めて納得の二文字しかない。そんな彼が沙羅の恋人として…将来の夫として、愛娘の隣に居てくれることを心から幸せに思う。


 沙羅は佐波グループ創業家の直系…それも唯一の直系であり、申し訳ないが、本人の望む望まないは別として会社に関わらなくてはならない定めがある。

 仮に今の真由美と同じスタンスだとしても、やはり重要な部分には顔を見せなければならない。これは沙羅が、嫁として家から出ず、一成くんを支えると決めた以上避けて通れない道だ。であれば、やはり沙羅は成長するしかない。


 だが…今日の姿は…


 例え小さな一歩だとしても、確かに成長を感じさせるものだった。


 一成くんと共にあることで、沙羅は確実に成長できる。これまでずっと停滞していた沙羅の内面が、やっと歩き出す切っ掛けを手に入れた…それを実感させる、そんな一幕が今、目の前で行われているんだ。

 これを親として、嬉しく思わない訳がない。本当に、一成くんには感謝の言葉しかない。


 だから…


 お前はこの光景を、どう思って見ているんだろうな…真由美?


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「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!!! さっきから何を!!!」


 ステージ袖から勢いよく駆け込んでくるのは、そもそもこの状況を作り出した諸悪の根元。言わずと知れた、ミスコン準備会の会長。

 途中、みなみんが煩そうにインカムを外している姿が見えたので、恐らくは裏でずっと騒いでいたんだろうが…この状況に耐えきれなくなって、遂に飛び出して来たといったところか?


「深澤さんも、いったい何をやってるんですか!?」


「いやいや、あの状況で話に割り込むなんて、そんなの無理に決まってるっしょ!?」


「うぐっ…と、とにかく、これ以上は」


「そ、そうです!! いつまで彼女の好きにさせておくつもりですか!? 恋人と同棲するなど、高校生にあるまじき行為をしているんですよ!! そんな人間をいつまで…」


「あぁ、その件についても問題はありませんよ?」


「ふふん、笑わせますね…何を根拠にそんなことを? 例え恋人であろうと、まだ高校生の男女が…」


「それなら、単なる恋人じゃなければどうなんだ!?」


「っ!?」


 俺がここで乱入するとは思ってもみなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まるタカピー女。

 いい加減、あいつにベラベラと喋らせておくのは不快感しかないので、先ずは一旦、黙らせてやる!!


「行け、一成!!」


「一成、頑張れよ!!」


「高梨くん、頑張ってね!!」


「ファイト!! 高梨くん!!」


「沙羅のこと、宜しくね!」


「高梨さん、ご武運を!」


「一成、お姉ちゃんがついてる」


「皆、ありがとう。行ってくる!!」


 皆の力強い声援を背に受け、俺はステージ上の「そこ」を目指して歩き出す。

 同棲まで暴露されたことは完全に想定外だったが、もう今更それを言っても仕方ない。今後の生活にどう響いてしまうのか、不安がない訳じゃないが…でも案外何とかなるんじゃないかと思ったり。

 安易な考え方かもしれないけど、今はとにかく、俺のやるべきことを!!


「一成さん…」


「すみません、沙羅さん…我慢できなくて、出てきちゃいました」


 マイクとスピーカーを頼りに沙羅さんと会話をしつつ、中央部にある階段を一気に登る。そのままステージ上の中央、沙羅さんとタカピー女の中間に位置取ると、意を決して客席に振り返ってみる。するとそこに待っていたのは…あの生徒総会を遥かに上回る程の視線の群れ、群れ、群れ、ひたすらに群れ。

 しかもその視線は、お世辞にも歓迎されているとは言い難く…まるで孤立無援になってしまった"あの日"を彷彿とさせるような、そんな過去の状況と目の前の状況が頭の中で重なってしまう。

 そのせいか、思わず少しだけ怯みそうになってしまうが…それを気合いで押し込める!!


 まだまだ、これからだ!!


「ふふ…ありがとうございます。ちょうどこの後、お呼びさせて頂こうと考えておりました」


「そうなんですか?」


「はい。私がこの茶番に参加した大きな理由の一つは、一成さんのご協力が必要となりますので」


 先程までの険しい表情は見る影もなく、いつも俺と一緒にいるときの優しい笑顔を浮かべる沙羅さん。

 そのままこちらに歩み寄り、俺の右腕に自分の手を添えながら、ピタリと寄り添うような姿勢を見せる。


「「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


「正直、沙羅さんがあそこまでの話をするとは思いませんでした」


「…申し訳ございません、何の相談もなく勝手な行動を」


「いや、そこは全然問題ないですよ。でも、何で急に?」


「そうですね…上手く言えませんが、もう孤高という偶像は邪魔でしかないから…でしょうか?」


「邪魔、ですか?」


「はい。もうとっくに必要の無いものではありましたが…どうせなら、この場を利用して全部清算してしまおうと思いまして」


 俺も薄々予感はしていたが、やはり沙羅さんも、この場を利用して何かしてやろうと企んでいたらしい。

 それが何なのかはまだ分からないけど…自分の意思を明確に示したということが、この後に待つ本命への布石ということなのか?

 

「まさか直前で乱入されるとは思いませんでしたが…でも結果的に、一成さんが如何に素敵な男性であるかを公言するいい機会になりました。だからその点についてだけは、良かったと思っておりますよ?」


「いや…その」


「本当はまだまだ言い足りないのですが、それを言ったところで他人が理解できるとも思いませんし…要は、私が一成さんを愛しているという事実だけハッキリすれば、後は問題ありませんからね」


「さ、沙羅さん…」


「ふふ…一成さん、お顔が朱くなっておりますよ?」


「…それは気付いていても、触れないで欲しいと言いますか」


「可愛いです♪」


 ちょんちょん…と、沙羅さんの指が、俺の頬に軽く触れる。慌てて視線を向けてみれば、そこには少しイタズラっぽい表情を浮かべ、俺の顔をじっと見つめている沙羅さんの姿。

 でも先程までの自虐的な笑みは、見ているだけでも本当に辛かったから…そんな笑顔が見れたことに、思わずホッとしてしまう自分もい…


「「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」


 っ!?

 

「うぉぉぉぉ!!! イチャイチャしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「何だよあれぇぇぇぇぇぇ!? 何だよあの薩川さんの態度ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「さっきまでと全然違うじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぉぉぉぉぉ、俺はこんなシーンを見る為に来た訳じゃないのにぃぃぃぃぃ!!!!」

「羨ましくなんて無い!!! 無いったら無いんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「何だよあの表情ぉぉ…ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 客席から一気に溢れ出す、怒声とも悲鳴とも言える男達の叫び声。それが俺に向けられていた視線と混ざりあい、ある種、激しい敵意のようなものまで感じさせるというか…

 どちらにしても、大半の男子から明確な敵認定されたことは間違いはなさそうだ。

 でも俺には沙羅さんがいるから…全く怖くない。


「…うわぁ…心で血涙でも流してそう」

「…それはまだ早い。あいつらの絶望は始まったばかり」

「…だねぇ。あんなの、まだ序ノ口にもなってないし」

「…もう、二人とも…」


「ふ、ふふふ…まさか、貴方までノコノコ出てくるとは思いませんでしたよ。随分と余裕そうですが、果たしていつまでその態度でいられますかね?」


 間抜け面で固まっていた癖に、突然尊大な態度を見せ始めるタカピー女。まだ自分の方が優位に立っているとでも思っているのか、口調の方は殊更に仰々しい。

 まぁ単なる虚勢ではあるんだろうけど。


 さて…どう攻めていこうか。


「それは心外だな。俺がこの状況で、沙羅さんだけを矢面に立たせる訳がないだろ?」


「そうですね。そこは一応、男らしいとでも言っておきましょうか。でも貴方が出てきたところで、状況は何一つ変わる訳では…あぁ、生徒会のツートップが揃って謝罪でもするつもりなら…」


「何で謝る必要があるんだ? 俺達は別に悪いことなんかしてないし、疚しいことだって何一つないぞ?」


「あらあら、まだ高校生の身空で同棲など、そんなことが許される訳…」


「それを決めるのは学校であって、あんたじゃない。それとも校則に、同棲禁止とでも書いてあるのか?」


「屁理屈を…私は一般的な常識と倫理に基づいて…」


「なぁ…何がそんなに嬉しいんだ?」


「…は?」


「自分で気付いてないのか? さっき俺達の同棲が暴露されてから、あんたはずっと気持ち悪い笑顔で嬉しそうに笑ってるんだけどさ…それと、いきなり饒舌になったよな?」


「っ!?」


 俺の指摘を聞くや否や、タカピー女は慌てたように自分の顔へ手を当てて、表情を取り繕うような仕草を見せる。そんな分かりやすい動きをすれば、後ろめたいことがありますと宣言しているようなものなんだが…相変わらず分かりやすいやつ。


「倫理だ何だとそれっぽいことを言いたいなら、せめて表面だけでも真面目に怒るか注意するかにすべきだったな。自分の周りを見てみろよ? この場で嬉しそうに笑ってるのはあんただけだぞ?」


「…何が言いたいんですか?」


「別に? あ、でも客席で面白い声を聞いたんだっけ。あの男は誰かの回し者なんじゃないかってさ。実際はどうなのか知らないけど、あんたはどう思う?」


「…………」


 今度は特に反応を示さなかったが、それはそれであからさま過ぎる。あれじゃ、俺の予想が事実だと白状しているようなものだ。

 つまり…ここまで俺が感じていた違和感や、不自然に思えた諸々から予想した通り、こいつが黒幕なのは間違い無い。

 そもそも帰り時間がバラバラの俺達を何度も目撃するなんて、それこそストーカーでも無ければ無理。とは言え、ストーカーというには、あの男から沙羅さん個人への興味を感じなかったし、あの暴露が単なる興味本位の可能性も一応あった。でもタカピー女の不自然な対応を踏まえてみれば、あいつが黒幕だと考えた方が色々しっくりくる。

 まぁ…明確な証拠もないし、この件をこれ以上問い詰めることは出来ないんだけど。


「…た、高梨くんの言ってることって本当なんですかね?」

「…それはまだ分かりませんが、私もその可能性は考えましたよ。なので…あの男をコッソリ追いかけさせています」

「…相変わらず、こういうことの対処は早いねぇ、えりりんは」

「…一応、慣れてるからね。でも、高梨さんがその可能性に気付いたのは少し驚きました」

「…一成は過去のことで、そういう悪意には鋭くなってるのかもしれない。でも理想を言えば、こういうことは正面から言わずに裏で追い詰めたい」

「…計略としてはそれが正しいと思いますが、高梨さんは純粋に沙羅の為だけを考えていますからね。私は好ましいと思いますよ?」

「…そんなことは分かってる。一成が素直な分、私が裏で動けばいいだけ」

「…この二人、よくよく聞くと、とんでもない話してるよね」


「あ、俺からも一応言っとくけどさ、沙羅さんは本気でミスコンなんかどうでもいいって思ってるからな? 真由美さんとの対決を考えているだけで、あんたのことなんかこれっぽっちも気にしちゃいないよ。だから沙羅さんのことは気にしないで、遠慮なく優勝を目指してくれ。まだ本気を出してないんだろ?」


「くっ…くぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」


 悔しそうに唸り声をあげながら、それでもタカピー女は俺を睨むだけで、何も喋ろうとしない。

 或いはこれ以上迂闊なことを言って、更なる墓穴を掘ることを警戒しているのかもしれないが…でもまぁ、取り敢えずこいつを黙らせる目的は達成したから良しとするか。

 どちらにしても証拠がない以上、問い詰めても言い掛かりの範疇を出ないし。


「ふふ…」


「沙羅さん?」


 タカピー女の方が一段落すると、俺の顔を見ながら笑い声を漏らす沙羅さん。どこか楽しそうな、嬉しそうな…いきなりどうしたんだろう?


「いえ、深い意味はないのです。ただ…普段と違い、強気な一成さんも素敵だなと思いまして」


「そ、そういう意味ですか…」


「はい。いつも私に甘えて下さる可愛い一成さんも大好きですが、先程のように、強気で頼もしい一成さんも素敵ですよ♪」


「いや、その…」


 あれは気持ちで負けないように自分を奮い立たせているだけで、強気はともかく頼もしいと言って貰える程のものではないと思う。

 それに、俺は普段、沙羅さんに甘えっぱなしだから…こういうときこそ前に出なければ、立つ瀬がないと言いますか。


「あまり深く考えないで下さいね? 私は、ありのままの一成さんが大好きなんですから」


「はい、ありがとうございます」


 このフォローは、きっと俺の考えを見抜いた上での一言なんだろうな。

 本当に…俺は一生、沙羅さんの前で隠し事は出来そうにない。特に問題は無いから、別にいいんだけどね。


「…いつも甘えるって何だよ!? 薩川さんから何をして貰ってるんだよ!?」

「…大好きって…大好きって…大好きぃぃぃぃ!?」

「…隙あらばイチャイチャ、イチャイチャ…くそぉぉぉ!!」

「…神様ぁぁぁぁ、これはあんまりですぅぅ!!」

「…俺も可愛いって言われたいぃぃ」


「さ、薩川さん、それと高梨くん!! これは一体どういう…」


 タカピー女とのやり取りが終わったと思えば、今度は置物だった会長が絡んでくる。そういえば、こっちはこっちで処理しとかないといけないのか…面倒だな。


「どうもこうもありませんよ。出場さえ引き受ければ、後は自由にして構わないと言ったのはそちらではありませんか?」


「いや、そうは言っても、これは流石に!!」


「それは認識の相違ですね。そもそも、これは私が自分から動いた訳ではありませんよ。もし文句があるのでしたら、わざわざこの場に話を持ち込んだ諸氏と、退学だ何だと得意気に騒ぎ始めたそこの方に言ったらどうですか?」


「「なぁっ!?」」


 今度はこの状況を作った責任まで押し付けられて、タカピー女が愕然とした表情を浮かべる。諸々があってもなくても最初からやらかす予定だったのに…沙羅さんも上手く切り返したな。


 これで後は…俺達の目的を達成するだけか。

 先に沙羅さんの話を聞いた方がいいかな…俺のプロポーズは最後の締めにしたいから。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 泣き言はツイッターやノートで散々言っているので、この場には持ち込まないようにしたい・・・と思ってます。

 本当にいっぱいいっぱいで・・・


 前回盛り上がったところで申し訳ありませんが、今回は政臣さんサイドの話を入れさせていただきました。特に政臣さん視点は、ここでどうしても入れておきたかったので・・・その分、一成サイドが少し短くなってしまいましたが、ご了承ください・・・


 それと、少し指摘を頂いたこともあるので、この場で少し補足させていただきます。


 まず親友達やモブの会話についてですが


「…○○」

「…〇〇」

「…〇〇」


 といった感じで、最初に「…」が入っているセリフが密集して続いている箇所については、一成が聞いていない、もしくは聞こえていない外野同士の会話になります。

 何となくそういうニュアンスで読んでいただけているような気はしていましたが、特に説明をしていなかったので、今更ながらの補足になってしまいました。


 次に楠原玲奈こと「タカピー女」ですが「タカピー」であって「タカビー」ではありません。これは意図的にそうしています。「タカビー」よりもう一段上のバカっぽさといいますか、一成が意図的にそういうニュアンスを込めて呼び始めた・・・ということです。


 以上、今更ではありますが、宜しくお願いいたします。

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