第334話 俺と…
「さてと…それじゃ薩川さん、そろそろ始めますか?」
ミスコンが完全に中断されている状況なのに、何故か沙羅さんに進行を確認するみなみん。途中、意味深な発言が何度かあったが、どうやら最初から沙羅さんの計画に加担するつもりだったみたいだ。
「はい。ですがその前に…」
そこまで言うと、今度は客席ではなくステージ上…他の出場者の方へ向き合い、沙羅さんはペコリと丁寧に頭を下げる。
「皆さんが真剣に参加しているミスコンという場に於いて、私情を挟んだことを改めてお詫び致します。そして…今から私が行うことについても、ご迷惑をお掛けすると承知の上で、それでも敢えて実行させて頂きます。重ねまして、申し訳ございません」
「薩川さん…」
「あ、頭を上げて下さい!」
「そ、そうだよ! 少なくとも私は、薩川さんが優勝するって分かってて参加したんだし…」
「私も!! 最初から優勝できるなんて思ってなかったし、これも思い出作りかなって…」
「薩川さんが何をするつもりなのか、私達も興味があります。だから、遠慮なく見せて下さい」
「皆さん…ありがとうございます」
沙羅さんはもう一度丁寧にお辞儀をすると、今度は会長とタカピー女に視線を向ける。但し、あくまでも視線を向けただけで、特に何かを言う素振りは見せない。或いは、他の出場者からの同意を得たことで「文句はありませんよね?」と、無言の圧力をかけているようにも見えて…どちらにしても、あの二人は無言のまま固まっているのでは問題なさそうか。
俺的には、寧ろ真由美さんの方が気になるんだよね…
「えーと…会場の皆さん!! 実は予定より少し早いんだけど、薩川さんから重大発表があります!!!」
「深澤さ」
「みなみんっ!!!」
「みなみんさん、重大発表というのは流石に大袈裟なので…」
「え、そうなの? でも薩川さんのプライベート的な話って ウチらからすると結構重大な…あ!! ひょっとして、ホントは同棲のことを言うつもりだったとか!?」
「いえ、先程も言いました通り、同棲の件については最初から触れるつもりはありませんでした。そこまでプライベートを晒す必要もありませんし」
「だよねぇ…って、そうだよ!!! 改めて聞くけど、本当に高梨くんと同棲してるの!!??」
「ええ。この状況で嘘をつく意味はありませんから」
「うわっ!! マジなんだ!!?? あの薩川さんが男と同棲…信じられないぃ…」
沙羅さんの発言に驚きながら、みなみんの視線は俺と沙羅さんを行ったり来たり。
何か言いたいことはあるんだろうが、取り敢えず「何でこんなやつと?」的なリアクションでは無いと思いたい。
「…ぁぁぁぁ、夢だと思いたかったのにぃぃぃ!! アッサリと打ち砕いてくれやがってぇぇぇぇぇ!!!!」
「…同棲ってさ、つまりさ…それってさぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「…うぉぉぉぉぉぉ、それ以上言うなぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「…ぁぁぁぁぁ、やめろぉぉぉぉぉぉ!!! 考えたくないぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「…嘘だろ!? 嘘だよな!? 嘘だって言ってくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「…ま、同棲してるって聞いたら、普通はそう考えるよねぇ」
「…ですよね。でも、実際のところは…」
「…その話は嘘じゃない。仮に一成が嘘をついても、私なら直ぐに分かる」
「…あ、花子さんが言うなら間違いないか。でも凄いよねぇ、高梨くんは…いや、これを凄いって言っていいのか分からないけどさ」
「…それだけ沙羅を大切にしてるってことでしょ。それよりこの話はもう止めよう。約二名、危険水域に入ってるから」
「…え? …うわっ、西川さん、その目でこっち見ないで下さいよ!!」
「…………」
「…あぅぅぅぅぅ」
「だ、大丈夫、満里奈さん?」
何やら客席の方が騒がしいような…って、そっちは置いとくとして。
とにかく、みなみんも内容の詳細までは把握していなかったらしい。とは言え、沙羅さんがこういう行動に出ること自体が珍しいので、何をするつもりなのか俺も全く読めてないんだが。
「うーん、そっちの話もすっごい興味があるけど、これ以上突っ込むのは色々と危険な気がするから止めとくか。でもそっかぁ…むふふぅ…"あの"薩川さんが、ねぇぇ?」
もの凄くニヤニヤしながら、今度はモロに俺の方へだけ視線を向けるみなみん。
あれはひょっとしなくても、色々誤解されているのは間違いなさそう…まぁ、同棲してるのに何もないなんて、そんな話を信じる人はそうそういないからな。
でも、誓って何もないんですけどねぇ…ええ。
「私がどうかしましたか?」
「いやいや、何でもないっすよ!! あ、それよりも、そろそろ本題に入った方がいいんじゃないですか?」
「そうですね。それでは改めまして…」
沙羅さんはそう言うと、ピシっと背筋まで姿勢を正してから、真っ直ぐに俺と向き合う。
「一成さん、私はこの場を借りて、あなたにお伝えしたいことがございます」
「俺に、ですか?」
「はい」
沙羅さんはじっと俺の目を見つめ、少しもそれを逸らすことなくコクリと小さく頷く。
それはつまり…沙羅さんがさっき言っていた「協力を必要とする」という言葉の意味は、この場で俺に話を聞いて欲しいということなのか?
てっきりそのままの意味で、「何かを手伝って欲しい」という意味だと思っていたんだが…まぁいいか。
「分かりました。でもそれが終わったら、俺からも伝えたいことがあります」
「一成さんも…ですか?」
「はい。でも俺は後でいいんで、先に沙羅さんから…」
「それでしたら、先に一成さんのお話をお聞かせ下さい。私の話は後回しでも構いません」
「いや、どちらかと言えば、俺の話を最後にして欲しいと言いますか…」
「いえ、話の内容的に、私の方を後にして頂けますと…」
しまった…この展開はちょっと予定外だ。
演出的なことに色気を出しすぎて、思わず余計なことを口走ってしまった。
沙羅さんの方の要件はまだわからないが、それでも俺を最後にした方がいいだろうし…
「沙羅さん、出来れば俺の…」
「一成さん、私があなたを差し置いて、自分を優先するなど出来る筈がないではありませんか…」
「うぐっ…そ、それは分かってますけど…でも今回は、そこを曲げて…むぐっ」
むにゅ
むにゅ?
おや…何だろう?
このとてつもなく柔らかい感触は?
しかも俺の視界は突然暗闇に覆われてしまい、周囲の状況も沙羅さん顔も見えない。それなのに…全く不安を感じないどころか、寧ろ安らぎと心地好さに満ち溢れた、実に馴染み深い天国の如き"何か"で包まれている…って!?
「さ、さ、さらふぁん!?」
「もう。一成さんったら…めっ、ですよ?」
「むぐぅ!?」
これはひょっとしなくても、沙羅さんの十八番、文字通り身体を使った俺専用の口封じ!?
決して息苦しい訳じゃないのに、何故か言葉を発することが出来なくなる絶妙な押し付け加減が何とも幸せ…もとい!! とにかく凄すぎて、やっぱり今回も言葉を発することが出来ない!?
「「な、な、な、何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」
しかもこれをされてしまうと、視覚が塞がるせいなのか、その分触覚と聴覚が鋭くなるといいますか…つまり制服越しではあるのに、沙羅さんの温かさや諸々の柔らかさがダイレクトに伝わって来て、もっと言えば心臓の鼓動まで聞こえてくる程に。でも不思議なのは、それを聞いていると妙に安心するというか、気持ちが落ち着いてしまうのは何故に…
なでなで…
「一成さん、私がミスコンという茶番劇に自分を曲げて参加したのは、明確な目的があったからですよ? 一成さんや未央ちゃん、皆さんのお陰で、思っていたより楽しめたことは確かですが…それでもやはり、私はこのときの為に、ここまでやってきたのです」
なでなで…
沙羅さんにこうして抱き締められ、優しく頭を撫でられてしまうと、俺はもう何も言えなくなってしまう。幸せな気持ちが強くなりすぎて、骨抜きにされてしまうというか…沙羅さんも、俺がそうなってしまうことを分かっているから、こういう局面で"コレ"を繰り出してくるんだろうし…
「ですから、今回ばかりは私もお譲りすることが出来ません。でも一成さんの"お願い"をお断りすることが、私にとってどれ程辛いことか…それは十分にご存知の筈ですよ。それなのに…一成さんは、いじわるです」
「うぐ…」
確かに沙羅さんの言う通り、俺は自分が真面目にお願いをすれぱ、この場を何とか譲って貰えるかもしれないと思ってしまったことは事実だ。
もちろん本来であれば、そんなズルいことを考えるような真似は絶対にしないが…それでも今回ばかりは、内容が内容なだけに、俺も譲れない気持ちがあることは確かな訳で…
困ったな…どうしよう。
「一成さん。これは私の我が儘であり、一成さんにもお考えがあるであろうことは重々承知しております。ですが…そこを曲げて、今度ばかりは私に譲って頂けませんか? お願い致します…」
静かに俺へ語りかける沙羅さんの声音に、どこか決意の現れを感じさせるような、意気込みを思わせるような、そんな気がする。
そもそも俺に対して、こんな風に言ってくること自体が本当に珍しいことであり…だからこそ、今回のこれが沙羅さんにとって、どれだけ重要な意味があるのかを容易に想像できてしまう。
だから…沙羅さんがここまで言うのであれば、俺もこれ以上、自分の我を通すような真似は辞めるべきでは…これはもう仕方ない。
「…分かりました。じゃあ、俺の方から先に」
「はい、ありがとうごさいます!! 一成さん…大好き…んっ」
ちゅ…
沙羅さんの天国から少しだけ顔を離された瞬間、今度は頬に感じる吐息と柔らかい感触。それがキスだと実感するも束の間、直ぐに離れていく唇に名残惜しさを感じてしまうと…不意に目が合った沙羅さんは、そんな俺を見ながら嬉しそうにふわりと微笑む。
「ふふ…一成さんったら。この続きは、お家に帰ってからですよ?」
「は、はい」
「いい子ですね♪」
俺が素直に頷くと、沙羅さんはもう一度俺の頭を抱き寄せてから、ゆっくり丁寧に後頭部を撫で始める。
何度も何度も優しく、この心地好さにいつまでも身を任せていたい、ずっとこのままでいたい、そう思えてしまう程の幸福感が俺を包み込み…
「「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」
そんな実にいい雰囲気をぶち壊すのは、毎度お馴染み、野郎どもの大絶叫…って、よくよく考えてみたら、ここステージ上だった!!
…まぁいいや。
俺達が人前でやらかすことも今更だし、今日に至っては特に…
「あの~お二人さん。仲がいいのは十分に理解したから、そろそろ話を先に進めて貰えませんかねぇぇぇぇ? これ以上イチャイチャされると、客席が死屍累々と言うか、色々とヤバいんですけどぉぉぉ…」
「そうですね。私も早くお話をお伺いしたいですし、一成さんを抱っこして差し上げるのは、お家に帰ってからゆっくりと…」
とか言いながら、沙羅さんは密かに俺を抱き締める力を強める。そんな風にされてしまいますと、俺も離れる決心が鈍ると言いますか…
でもここまで喜んで貰えるのなら、俺の選択は間違ってなかったと素直に思える訳で。
「…な、な、何であんなやつをぉぉぉ…薩川さぁぁぁん!!」
「…あれは薩川さんじゃない!!! 俺の知ってる薩川さんは、人前で男にキスをするような…キスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」
「…家に帰って何するのぉぉぉ!? ねえ、二人で何しちゃうのぉぉぉ!!??」
「…やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」
「…ぁぁぁぁぁぁぁ!!! 想像したくないぃぃぃぃぃ!!!!」
「はぁ…体育祭のときも気になったけど、薩川さんキャラ変わりすぎでしょ」
「そうでしょうか? 私は特に意識したことはありませんよ?」
「てことは、これが薩川さんの素なんだねぇぇぇ…見事に騙されたわ」
「何か?」
「いえいえ、何でもないっす!! それよりも、どっちが先に話をするのか結論は出ましたか?」
「はい。一成さんがお先に…」
「俺が先に話をします」
「りょーかぁぁい!! んじゃ、スタッフさん、マイク宜しくぅ~」
みなみんの呼び掛けを受け、ステージ袖からバタバタと足音をたてながら、マイク諸々を片手にスタッフさん達(女性)がやってくる。そのまま俺の真横にデカいスタンドマイクを設置して、何故か謎のサムズアップを残して去って行く。
と言うか、何もこんな位置に置かなくても…これじゃ小声で話しても全部筒抜けになってしまうぞ。
「さぁぁぁぁ、準備完了です!! それでは高梨くん、張り切ってどうぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「「ブーーーーーーーーーーーーーブーーーーーーーーーーーー!!!!!」」
どこぞの試合会場を彷彿とさせるような、凄まじいブーイングに迎えられ…俺は沙羅さんから完全に身体を離す。
改めて正面から見つめあうと、沙羅さんは多少緊張した面持ちで、俺の言葉を待…
「静かにしなさい!!!! これ以上、一成さんのお話を邪魔するのであれば、私が許しませんよ!!!!!」
ピタッ
先程までの甘々な雰囲気はどこへやら。
突如放たれた雷鳴の如き沙羅さんの怒声に、客席は水を打ったように静まり返る。
沙羅さんはそのまま客席全体を睨むように一瞥して、納得したのか再び俺の方へ視線を戻した。
沙羅さん…強烈です…
「これで静かになりましたね。さぁ一成さん、お話をどうぞ?」
「は、はい!!」
「ふふ…どうなさったのですか? あ、もしまだ緊張なさっているようでしたら、落ち着くまで抱っこを…」
「えっ!? い、いや、もう大丈夫です!! このまま聞いて下さい!!」
「畏まりました。ですが、もし必要であれば必ず仰って下さいね? 遠慮をなさるのは…めっ、ですよ?」
「は、はい!」
沙羅さんのペースに飲まれっぱなしなのは自分でもよく分かっているんだが…悲しいかな、俺はこのやり取りが嫌じゃない。と言うか、ぶっちゃけ嬉しかったりする。
でも今は、目的を達成することの方が先決なので、ここら辺で意識を切り替えなければ…
よし!!
「沙羅さん…俺と沙羅さんが出会ってから、かれこれ半年が経ちました。まだ半年と言うべきなのか、もう半年と言うべきなのか分かりませんが、少なくとも俺のこれまでの人生に於いて、間違いなく断トツで濃密な半年だったことは言うまでもありません。思い出したくない忌わしい記憶のあるあの街を捨て、この街へ来て…一人で生活を始めて、誰も知り合いのいないこの学校に通い…結局ここでも独りから抜け出すことが出来ないままだと絶望していました。だから沙羅さんとの出会いが、俺にとってどれだけ大切で、救いだったか…」
「…それは私も同じです。一成さんとの出会いが、それまでの私の生活を一変させました。煩わしさと嫌悪感しかない男性から、毎日のように言い寄られ、辟易としていた私にとって、一成さんという存在は本当に驚きの連続でした。まさか自分から仲良くなりたい、親しくなりたいと思えるような男性が、私に現れるなんて…」
「ありがとうざいます。沙羅さんからそう思って貰えたことが、俺にとっては何よりも嬉しくて、幸せなことでした。だから俺は、沙羅さんが本当に大切で…大切すぎて、自分よりも大切で。あの頃の俺は、男女の"それ"を超越して、ただただ沙羅さんの為に何かをしたい、沙羅さんが求めている存在で在ろう、俺はそれだけでいい。心からそう思っていました」
「はい。それは重々存じ上げております。一成さんは、無知な私をずっと側で支えて下さいました。全てを受け入れて下さいました。それなのに、私は自身の嬉しさと楽しさに溺れ、自分の行動の本質を全く見ずに…それでも一成さんは、ただ黙って、私を支えて…」
「いや、それは俺にとっての幸せでもありましたから、お互いにwin-winだったと思います。それに、この辺りのことは今まで何度も話をしましたからね」
あの当時のことや、お互いの想いや気持ちについては、これまでも散々二人で話し合ってきた。だから今これを語っているのは、どちらかと言えば、改めて俺の気持ちを伝える上での準備段階というか…
後は、俺達がどれだけ強い結び付きなのか、それを会場にいる連中に思い知らせてやるという意味も、密かにあったりする。
「話が少し逸れちゃいましたけど、沙羅さんと出会ってからこの半年、本当に色々なことがありました。どれもこれも掛け替えのない思い出であり、今でも全部、鮮明に思い出すことが出来ます。その中でも、特に沙羅さんへ告白をしたあの日のことは、自分の中にある最大の気持ちを伝えるという、とても大切で重要な経験でした。だからこそ、それは色褪せることなく、ひと際記憶に残るんだと思うんです」
「そうですね。私も一成さんから告白して頂いたあの日のことは、これまでの人生で一番の宝物です。それに、生まれて初めて私の中に芽生えた大切な気持ちを、一成さんに伝えることが出来た記念日でもありますから…やはり感慨深いものはありますね」
「はい。だからこそ…俺には一つだけ心残りがあるんです」
「心残り…ですか?」
ぶっつけ本番で自分の気持ちを上手く伝えられるのか、それだけが心配ではあったものの…何とか話の流れを掴むことには成功した。後はこのまま、自分の気持ちを言葉に込めて、沙羅さんに伝えるだけだ。
油断するなよ、俺!!
「あの日の告白が、俺の人生で最初の大舞台だったとするのなら、次の告白は人生で最重要の大舞台。俺にとって…男にとって最大の見せ場だと思うんです。でも俺は、それを半分行き当たりばったりな感じで、何の準備もムードもなく、すんなりと終らせてしまいました。初めて沙羅さんに告白したときのような、重要で大切な"何か"が足りてない。しかもその内容を考えてみたら、これは自惚れかもしれませんが、沙羅さんにとっても俺と同じくらい最重要なことだと思うんです」
まだプロポーズという単語を使いたくなかったので、若干遠回しな言い方になってしまったが…沙羅さんは俺の言葉の意味をしっかりと理解してくれているようで、口を挟まず、何度もコクリと頷いてくれる。
さぁ、いよいよだ。
これ程の緊張感は、沙羅さんに告白をしたあの日の夜以来で、少しだけ身体に震えが来てしまうけど…それでもこれは大切なことだから。
もう一度、気合を入れろ!
「思えば、俺は最初の告白も二回でしたね。今回もそうだし、男なら一度でキメろと言いたいところですが…」
「一成さん、あれは私のせいなのですから、そんな風に仰らないで下さい。他の誰が何と言おうと、私にとって一成さんは、誰よりも頼もしくて、誰よりも男らしい素敵な男性ですよ?」
「ありがとうございます。とにかく、俺はその心残りを解消したいと思いました。他にも細かい理由はありますが、でも一番は、やっぱり沙羅さんに伝えたい気持ちがあるからです。だから…俺はこうやって、この場に乗り込みました」
少し震える右手を、ブレザーのポケットに突っ込み、手に当たる感触を確かめる。その硬さは、狭いポケットの中で一際の存在感を示していて…早くここから出せと、俺にアピールしているような気がしないでもない。
でもこれを表に出した瞬間、沙羅さんは俺のやろうとしていることの正体を、ハッキリと認識するだろうから。そう思うと、やはり緊張感が一気に溢れてきて…
落ち着け…大丈夫だ。
よし…いくぞ!!
「沙羅さん…俺は、これを…」
意を決してポケットから取り出したそれは、飾り気のない質素な赤い小箱。でもその形は明らかに特有の形状をしており、一目見ただけでも、その中身が何であるのか容易に想像がついてしまう。
だから…沙羅さんは俺の手のひらで存在感を示すそれを見た瞬間、大きく目を見開き、確かな驚きの表情と共に、重ねた両手を口許に当て…
「俺は沙羅さんと出会ってから、本当に毎日が楽しくて、幸せで、言葉では上手く言い表せないくらいに幸せで。沙羅さんが心から愛しくて…だからこそ、これからも、この先も、将来も、ずっと沙羅さんと一緒に居たい。沙羅さんと二人、この先の人生を歩いていきたい、そう思っているんです」
困ったな…自分の言葉に感動しているという訳じゃないが、沙羅さんへの想いが溢れすぎて、言葉に纏まりがなくなってきた、
しかもそれだけじゃない、少しだけ…ほんの少しだけだけど、涙腺が…いや、それじゃせっかくの見せ場に水を差すことになってしまう!!
だから最後まで堪えろ…お前は男だろ!!!
「俺はいつまでも沙羅さんと一緒に居たい。これからもずっと、ずっと、沙羅さんと一緒に…だから…」
沙羅さんに少しだけ近付くと、手のひらに乗せたままの小箱をゆっくりと開ける。その中には勿論、俺が選んだ小さな指輪…ハーフエタニティのプロポーズリングが、確かな存在感と輝きを放ち静かに佇んでいる。
それを見た沙羅さんが…小さく、短く、息を呑んだ。
「これはまだまだ先の話で、具体的にいつのになるのかまだ分かりません。でも、その日は絶対に、確実に来ます。間違いありません。だから俺は、まだ早いと言われようが、沙羅さんにこれを受け取って欲しい!!」
沙羅さんの瞳を見つめながら、俺の中にある想いの丈を全てぶつける。既に一度、婚約を申し込んでいるのだから、微妙に滑稽なような気もしないでもないけど…
それでも、あの日、突然のことで伝えきれなかった俺の確かな気持ちを、拙いながらも何とか伝える。
そして…
両手で口許を覆いながら、俺の話をじっと黙って聞いてる沙羅さんの目端に…少しずつ、少しずつ…俺の手元で光を放つハーフエタニティよりも、どんな宝石よりも煌めく綺麗な涙が。
それは本当に…綺麗で、眩しくて…
「沙羅さん、これを受け取って下さい。そして…俺と…」
今にも溢れ落ちそうな沙羅さんの涙に、俺も感極まるものがあり…油断すると、それが一気に溢れ出しそうになる。
だから…せめて…
「将来、俺と…結婚して…下さい…」
「っ!?」
全身全霊の想いを振り絞り、その一言一言を噛み締めるように…自分の声に、精一杯の想いを込める。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大変お待たせしております。
今回は自分でもそれなりに書けたのではないかな…と。
調子の良し悪しで、結構左右されているのが自分でもモロにわかりますね。
またこんなところで止めて、お叱りを受けそうですが(ぉ
沙羅さんにフィナーレを譲った結果、一成は何とか見せ場を作ることに成功したようです。よかったですねw
次回は…沙羅さんの答えは如何に(わかりきった答えw)
あとは、果たして沙羅さんは何をするつもりだったのか…その辺りまで書ければいいなと思ってます。それと伝統芸もw
ではまた次回
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