第335話 あなただけ…

 side 真由美


 まさか一成くんが、告白に続いて、プロポーズまで私の目の前でするなんて…


 しかもこれだけの観衆の前でプロポーズをするなんて、もう驚き以外の何物でもない。相変わらず度胸があると言うか、思いきりが良すぎると言うべきか…

 どちらにしても、大物であるということに変わりはないでしょうね。これは決してバカにしている訳でなく、私は素直に感心しているのよ?

 でも将来のことを考えたら、寧ろそれくらいの胆力があった方がいいのかもしれないけど…ふふ。

 

 そして沙羅ちゃんの方も、まさかここまでの成長を見せてくれるなんて思いもしなかったわ。長年拗らせた考え方や性格は、そう簡単に改善するものじゃないからね。だから今日は、少しでもいい、僅かでもいい、沙羅ちゃんがこの先、成長していけることの兆しを見せて貰えればそれだけでいい。


 そのくらいの感覚で思っていたのに…


 でも今日の沙羅ちゃんは、自分の中に燻っていた気持ちを他人にハッキリと示した。そして毛嫌いしている男性陣に対し、理由どうあれ気遣うような発言まで見せた。それはつまり、他人に対して「無関心」であることの改善を感じさせるものであり、社会生活に於ける「気遣い」を感じさせるもの。


 これがどれだけ凄いことなのか…きっと、他の人には分からないでしょうね。 


 だから、今日の沙羅ちゃんに一番驚いているのは間違いなく私達夫婦。もちろん一成くんも同じくらい驚いているとは思うけど、でも私達は親として、誰よりも長く沙羅ちゃんを見てきた「時間」があるの。そういう意味では、やっぱり一番驚いているのは私達なのよね。きっと政臣さんも、この会場のどこかでこれを見ながら、さぞ驚いているでしょう。

 ひょっとしたら、愛娘の成長が嬉しくて泣いちゃってたりして…ふふ。


 とにかく…今回の試験結果は合格です。

 流石に満点とまでは言えないけど、十分に納得する結果を見せて貰えたから大満足よ。約束通り、二人の生活はこのまま続けてもいいわ。

 但し…この先も色々な困難が待ち受けているからね。油断だけはしないように。

 私達も精一杯フォローするから、これから一緒に頑張って行きましょう。


 でも今は…


 沙羅ちゃん、良かったわね。


 それと…おめでとう。


 大好きな人と…幸せになってね。


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 ポツリ、ポツリ…と


 沙羅さんの瞳から、光り輝く宝石達が溢れ出し、足元に小さな水溜まりを作り出す。

 その姿は本当に愛しくて…今すぐにでも抱き締めたい、涙を止めてあげたい。そんな衝動に駆られてしまう。


 でも、今は…


「う…うぅ…ひっく…か、一成さんのばかぁ…何で、何でいつも急なんですかぁ…こんな、こんな…ひっく…」


「ごめんなさい、沙羅さん。でもやっぱり、俺は…こういうことは…」


「それだけではありません!! 今回は…今回こそは、私が…私の番だと…その為に、私はこんな茶番に参加したんですよ!!」


「えっ…と?」


 沙羅さんのリアクションが…いや、言い分が予想と違うことに、少しだけ困惑を覚えてしまう。確か今、「私の番」と言ったような気が…


「沙羅さん?」


「…一成さんのばかぁ…うぅ…大好き…ひっく…大好きです。私は、私はぁ…一成さんを…愛しておりますぅ…」


「はい…はい!! 俺も、俺も沙羅さんを愛しています!! だから…だから沙羅さん、左手を!!」


 声をつまらせ、溢れる涙が止まらない沙羅さんを見ていると、俺も自分の感情コントロールが出来なくなってくる。貰い泣きと言ってしまうと少し違うような気もするが、このままでは俺も涙腺が…だから急いで指輪を取り出し、沙羅さんの左手をそっと手に取る。後は指輪を嵌めるだけ…それだけなのに、何故か上手く嵌めることが出来ない。そこで初めて、自分も沙羅さんと同じように、手が小刻みに震えていることに気付く。


「あ、あれっ…え、えっと…」


「ぐすっ…一成さん…落ち着いて下さい。大丈夫です…私はどこにも行きません、いつでも、あなたのお側に…」


 俺の頬にそっと右手を添え、瞳にはキラキラと輝く宝石を湛えたまま…それでもふわりと、俺の心に安らぎをもたらす、温かい笑顔を見せてくれる沙羅さん。

 自身も感情が溢れすぎて、本当はそれどころじゃないだろうに…それでも俺の為に、こうして笑顔を見せてくれる。気丈に振る舞ってくれる。

 だから俺も…こんな肝心の場面で、いつまでも情けない姿を見せている訳にはいかないんだ!!


「…ふぅ」


 大きく深呼吸をして、気持ちを少しでも落ち着けてから…改めて指輪を沙羅さんの薬指へ。

 まだお互いに震えは残っているものの、沙羅さんの笑顔で俺の心には少し余裕が生まれている。だから今度は、すんなりと指輪を通すことが出来た。

 でもすんなりしすぎて…これは指輪のサイズが少しだけ大きいのかもしれない。後日、調整して貰う必要がありそうだ。


「ぐすっ…」


 すすり泣きを漏らしながら、沙羅さんは左手を目の高さまで掲げる。自身の薬指で輝きを放つハーフエタニティを、何度も何度も角度を変えて…嬉しそうに、眩しそうに、笑顔を浮かべながら眺めて…


「…ぐすっ…ううぅぅ…ぅぅぅ」


 そして感極まったように、大粒の涙を溢し始めてしまう。今にも泣き崩れそうな沙羅さんを、このまま見ているだけなんて…そんなこと、俺に出来る訳がない。


「沙羅さん、泣かないで…泣かないで下さい」


 俺がそっと肩を抱き寄せると、沙羅さんは我慢の限界とばかりに胸へ飛び込んでくる。その細い身体を深く包み込むように、大きく背中へ腕を回すと…沙羅さんも自分から俺に身体を押し付けるように、ぎゅっと…


「…そんなこと、無理に決まっているではありませんかぁ!! うぅ…嬉しい…ひっく…一成さん、一成さぁぁん…」


「沙羅さん…」


「あ、愛しておりますぅ…ぐすっ…私は、私は、心から…あなたを愛しております…お慕いしております!! 私にはあなたが…私は、私は…あなただけ…」


「は、はい…はい!! お、俺も…俺だって!!」


 もう…もう無理だ。

 俺の腕の中で、感極まって泣きじゃくる沙羅さんが愛くて…愛しくて…ただ愛しくて。

 でもせめて、沙羅さんにだけは…俺の情けない顔を見られないように、抱き締める力を強めて…


「沙羅さん…沙羅さん…」


 精一杯の気持ちを込め、沙羅さんの頭を優しく撫でる。俺の想いと愛しさを込め、何度も何度も優しく、丁寧に撫でる。

 それを暫く繰り返していると…徐々に泣き声を潜め始めた沙羅さんが、俺の胸で甘えるように…


「ぐすっ…一成さん…もう少し、もう少しこのままで…」


「はい…」


 まだ少し涙声ではあるものの、沙羅さんの声音に明らかな甘えが混じり始める。

 これは以前もそうだったが、先程の癇癪といい、沙羅さんは気持ちがオーバーフローしてしまうと、年相応か少し幼いくらいの情緒になってしまう傾向があるから…


「…ありがとうございます、一成さん」


「もう、大丈夫ですか?」


「…はい。申し訳ございません、みっともない姿をお見せしました」


「いや、そんなことは絶対にないです」


 俺の胸に顔を埋めたまま、やっと少し落ち着いた様子を見せる沙羅さん。

 それでもまだ離れたくないようで、俺の背中に腕を回し、この体勢を維持するようにアピールをしてくる。

 もちろん俺だって、まだ沙羅さんを離したくない…だから、もう少しだけ力を強めて…


「心臓が…ドキドキしてます」


「…それは自分でもわかってますよ。でも…」


「ふふ…一成さんのことだけを言っている訳ではありませんよ。それは私も同じですから。こうして一成さんに抱き締められて、ドキドキして、ときめいて…あなたが眩しくて、素敵すぎて…今日もまた、私はあなたに恋を…」


「…沙羅さん」


「嫌です…こんなときくらい、沙羅と呼んで下さい…」


 普段と違う、甘え全開モードの沙羅さんに、心臓のドキドキが激しさを増していく。そんな俺の鼓動が伝わってしまったのか、沙羅さんが不意に胸から顔を離し、まだ少しだけ涙を湛える瞳で俺をじっと見つめ…


 「…一成さん」


 やがて、そっと瞳を…


 …閉じかけた、その瞬間。


「あのぉ~…盛り上がってるところ大っ変申し訳ないんですけど、それ以上は流石に勘弁して貰えませんかね? 後、ここがどこだか分かってますか、お二人さん??」


「あ…」


 気まずさと呆れが混同したような、実に聞き馴染みのあるアニメ声に割り込まれ…俺は瞬時に現状を思い出す。もはやパターンと化している自覚もあるので、周囲の状況がどうなっているのか、その予想も何となくついていたり。


 だから覚悟を決めて、ゆっくり辺りを見回して見れば…


 まず視界に入ってくるのは、少し頬を赤らめ、人によってはご褒美だと言いそうなジト目でこちらを睨んでいるみなみんの姿。そしてその向こう側には、ワクワク? ドキドキ? 隣同士でお互い手を取り合い、同じく頬を赤らめながら、食い入るようにこちらをガン見しているミスコン参加者の皆様が。

 後はオマケで、ただ呆然とこちらを眺めているタカピー女と会長。


 そして、最後に…


「んふふぅ…もうっ、一成くんったらぁ!!! お義母さん、またいいものを見せて貰っちゃったぁ!!」


 既に一度、俺の告白シーンをアリーナで見物した経験のある真由美さんに至っては…もう大興奮と言わんばかりに、何故か身体をくねくねしながら身悶え(?)ている。

 もちろん、真由美さん(お義母さん)がこの場に居ることを承知の上で行動した訳だから、何ら後悔はしていないが…でも恋人のお母さんの目の前で、告白に続きプロポーズまでするような男、世界広しと言えども俺くらいのものだろうな…多分。


 まぁ、この場に政臣さんが居ないことだけがせめてもの救いか…って、そういや客席は!?


「…終わったぁぁぁ、俺はもう終わりだぁぁぁぁぁ!!!!!」

「…もう帰る、お家帰るぅぅぅぅ!!!!!」

「…何だよこれぇぇぇ…これが現実かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…」

「…薩川さんがぁぁぁ…俺の薩川さんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「…うぉぉぉ、理想だったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「…アンマリダー…こんなのってねーよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…」

「…愛してる…愛してる…ちくしょぉぉぉぉ…」


「…高梨くん、やるぅぅ!!!」

「…うっそ!? マジでプロポーズだったの、これ!?」

「…結婚してって言ったじゃん!!!」

「…う~、何だか私まで泣けてきちゃったぁ…」

「…あの薩川さんが泣くなんて、よっぽと嬉しかったんだろうね…」

「…返事は!? 薩川さん返事は!!??」

「…だから、薩川さんも愛してるって言ってたじゃん!!!」

「…いいや、それはまだ答えじゃないね!!」


 ここからパッと見ただけで、客席の野郎共が阿鼻叫喚している光景が一目瞭然。

 ガックリと肩を下し、泣き叫び、喚き散らしている…ような光景がハッキリと見える。

 そして後ろの方には女性陣(結構いる…)の姿もあり、恐らく違う意味で大騒ぎしているように見える。ちょうど、ステージ上の女性陣と似たような感じかも。


「…一成、よくやった」

「…花子さん、嬉しそうだね?」

「…当たり前。弟の勇姿を見れて、喜ばない姉はいない」

「…そっか」

「…いやぁ…この光景は見ていて爽快だわ」

「…夏海、不謹慎なことを言うのは止めなさい。気持ちは分かるけど」

「…えりりん、それ追い討ちだからね?」

「…ぐすっ…ひっく…」

「…満里奈さん…」

「…うぅ…良かったぁ…良かったよぅ…」

「…あらら、満里奈は貰い泣きしちゃったか…」


 そのまま視線を最前列に向けてみれば、花子さん達が満面の笑みで拍手を贈ってくれる。雄二は大きく手を挙げてサムズアップを寄越し、夏海先輩は周囲を見回しながら妙に楽しげな様子。

 でも気になるのは速人の状況で、誰がが抱きついている…いや、あれは藤堂さんしかいないんだが、いったい何があったのか?


「あ~あ…大騒ぎになっちゃったねぇ」


「え?」


「お二人さんがやらかしてくれたお陰で、さっきからずっと客席がカオスだよ。帰っちゃった男性陣も結構いるし…まさか気づいてなかった?」


「…あ」


 そう言われてみれば、あれだけの密集状態だった筈の客席に、いつの間にか空席が散見できる。色々な意味で夢中だったから、全然気付かなかったな…別にいいけど。


「えーと…高梨くん、ちょっと確認したいんだけどさ?」


「は、はい?」


「さっき薩川さんに…結婚して欲しいって言ったよね?」


「…ええ、言いましたよ。今直ぐの話じゃないですけど」


「いや、勿論そうなんだろうけどさ。でも、その、ゴメンね…私も何て言えばいいのか分からないんだけど…それは、ちょぉぉっとだけ話が行き過ぎてると言うか、話がぶっ飛びすぎなんじゃないかなぁ…って、ねぇ?」


 確かに…俺達の関係を知らない人達からしてみれば、いち高校生が突然「結婚して欲しい」だなんて告白するのは有り得ないと思うだろう。

 でも、それは前提条件が…


「いや、それは…」


「…一成さん、それについては私の口からお話をさせて下さい。既に計画していたことの大部分は終わってしまいましたが…せめて最後の最後くらい、私にも見せ場を頂きたいのです」


「沙羅さん?」


「みなみんさん、予定がだいぶ変わってしまいましたが、今から…」


「え? この流れで例の"重大発表"とやらをするの?」


「あの…先程も言いましたが、別に重大発表という訳では…いえ、もうそれでいいです。それよりも申し訳ございません、せっかくみなみんさんが…」


「うおぉぉっと、それ以上はNGだからね!? 大丈夫、大丈夫、私のことなら気にしなくていいよ。今回は薩川さんが出てくれたお陰で凄く盛り上がったし、本当に楽しかったから!! それに、今回のミスコンは色んな意味で歴史に残りそうだから、私はその司会者ってことで…これはこれで十分に旨みがあるんだよね! うへへ…」


「ふふ…そうでしたか。それではせめて、私から"もうひと山"見せて差し上げますよ?」


「おっとぉぉぉ、それは期待しちゃうな」


 妙に意気投合している沙羅さんとみなみんに、何か密約的なものがあるだろうとは予想していた。でもこの話を聞くに、どうやら俺が動いてしまったことで、予定していた計画が狂ってしまったらしい。

 しかも、さっき沙羅さんが「私の番」と言ったことを合わせて考えてみれば…恐らく俺達は、似たようなことを計画していたのではないかな…と。

 そう思うと、少しだけ沙羅さんに申し訳ないことをしてしまったかもしれない。勿論、後悔はしていないんだが…


「一成さん、少々お待ち下さい」


「りょ、了解です」


 俺に一言、断りを入れ、落ち着いた様子でどこかへ向かい始める沙羅さん。取り敢えず後ろ姿を見守っていると、沙羅さんはそのままゆっくりとステージ袖の向こうに消え…たと思えば、数秒であっさりと戻ってくる。


 そしてその手には、何か細長い箱のような物が握られていて…


 何だろ、あれは?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 本当はここで切る予定ではなかったのですが、仕事の方で精神的にゆとりがなく、落ち着いて執筆する時間が取れないので一旦切らせていただきました。

 色々と直したい部分もあるのですが、それもまたいつも通りということで・・申し訳ないです。

 ちなみに執筆再開は週明けになるので、今月の更新はこれでラストです。

 

 今回は余裕がなくてコメントにお返事できませんでした・・・可能であれば、次回合わせてお返事致します。

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