第176話 ガールズトーク
三人の唖然とした様子など知りもしない沙羅は、いつも通りの様子で高梨くんとの会話を進めていく。
「一成さん、ご飯はしっかり食べましたか? カップラーメンは、めっですよ。」
ドタドタドタ!!
ベッドに座っていた三人が見事に転けて床に落ちた。
どっかのお笑いトリオみたいなリアクションで、見ていて面白い。
「ちょ、ちょ、ちょ…」
「めって言った…今、めって言ったよね? 嘘でしょ…薩川さんだよ」
「ね、ねぇ、私は夢を見てる?」
「薩川さんすっごく優しいんだけど…何あれ…」
もの凄い勢いでヒソヒソと話し始めた。
まぁそうなるよねぇ。
「それは良かったです。申し訳ございませんが、一週間だけ我慢して下さいね。帰ったら、一成さんのお好きなものをいっぱいお作りしますので」
こちらのことなど全く気にしていない沙羅は、本性を隠そうともせず爆弾を投下していく。
それはつまり、今まで沙羅が築き上げた(?)イメージを粉々に砕く程のインパクトだろう。
「……あのさ、今とんでもないこと言わなかった?」
「うん。ねぇ夏海、私達の聞き間違いかな? あの言い方だと薩川さんって高梨くんのご飯作ってることになるんだけど?」
「…ノーコメントで」
「うそでしょ!? 薩川さんが男子にご飯作るとか…これ他の男子が知ったら涙目どころじゃないでしょ!!」
「何かさ…この話かなりヤバいような気がしてきたよ」
「こ、この話が漏れたらどれだけの男子が絶望するの…」
どうやらこれが現実だと認識が追い付いてきたのか、三人はお菓子に手を伸ばすことも忘れて会話を再開する。
そして遂に気付いたようだが、知れば知る程この話は危険なのだ。
もしこれが広まれば男子が絶望どころの話ではない。恐らく学校が大騒動になるのは間違いない。
少なくとも、高梨くんから学校中の男子を敵に回す決意表明を聞くまでは出来る限り秘密にしてあげようと思っているのに…当の本人達が隠すつもりがないようなので、最近自分がバカらしくなってきたというのが本音なんだけど。
「私も神社で御守りを見るのは久しぶりでしたが、とても可愛い御守りがあって、思わず色々買いたくなってしまいました。」
事の重大さに焦る三人と、白ける私を尻目に話題は神社のことになったようだ。
つまり御守りの話になっている。
ちなみに沙羅にあの御守りを選んだのは、もちろん橘くんの名前を出してくれたお礼なのよ。
あれを高梨くんが見たら何て言うか面白そうね。
「わ、わかりました。とっても気になりますけど、沙羅さんが嫌なら聞かないことにします。」
「嫌? あ!? そ、それは誤解です! 私は嫌などと思っておりません! まだ先のことですから気が早いと言いますか、でもゆくゆくはそうなりたいと思う気持ちも……はっ!? も、もう一成さんったら、恥ずかしいです…」
沙羅がパニックを起こしたように一人で騒いで、そして再び真っ赤になって俯いてしまった。
「ひぃぃぃぃぃ」
沙羅の様子を見ていた悠里が突然悲鳴を上げて床に倒れ込むと、顔を隠しながらゴロゴロとのたうち回る。
何してんのこの子?
でもよく見れば、あとの二人も赤面して顔を隠しながら、まるで子供がいやいやをするように頭を振り回している。
「き、聞いてる方が恥ずかちぃぃぃ」
「薩川さんが萌えキャラに!?」
「ダ、ダメだぁぁ、沙羅たん可愛いぃぃぃ!!」
「ねぇ、あれ誰ですか!? 薩川さんじゃないよあれ!?」
「私の知っている薩川さんは、男子にあんな声を出さない!!」
「いや、それよりもあの御守りだよ! あれ本気じゃないのあの人!?」
「ちょっ!? 私達まだ高校生!!」
あー、遂に耐えられなくなってきたか。
三人が違う意味でパニックを起こしたようだ。お互いでタオルや枕などを顔に当てて、大声を出しても響かないように苦労しながらそれでも大騒ぎしている。
この二人の会話は、聞いている方が恥ずかしくなるのよねぇ。
私だって、耐性が出来ているとはいえ毎回これを見せられるとうんざりするから。
最初は二人が恋人になって嬉しかったんだけどなぁ…
「私もです。触れることができないのは残念ですが…。そちらに帰ったら、今会えない分までいっぱい抱っこしましょうね。」
「カハァ!?」
悠里が目に見えない何かを吐き出したかと思うと、床にパタリと倒れ込んで痙攣を始めた。
いやー、道連れができて嬉しいわ。ここまで来たら私も開き直ってやる。
「ゆ、悠里ぃぃぃ」
「しっかりしろぉ、というか一人だけ逃げるなぁ!」
「私もう無理ぃ…何なのあの会話、あんなの薩川さんじゃないよ…」
「私も楽しみにしております。では一成さん、お休みなさい…大好き…ちゅ…」
「「「カハァ!?」」」
床に倒れてた悠里が再び何かを吐き出すと、それに合わせるかのように、残された二人も同じように目に見えない何かを吐き出す。
そして折り重なるようにバタバタと床へ倒れ込んで痙攣を始め……やがて静かになった。
何このコント?
「はぁ…一成さんにお会いしたいです。あら、皆さんどうしました?」
電話の余韻から戻った沙羅が、部屋の惨状に気付いて疑問を投げかける。
「いや、あんたのせいだから」
「??」
無自覚なのは相変わらすのようで、私の一言にも不思議そうに首を傾げる沙羅。
やっぱ凄いわあんたは…
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暫くして復活した三人は、力なくヨロヨロと立ち上がると、お互いを支え合って一旦部屋へ戻った。
そして先生の巡回をやり過ごすと再び戻ってきたのだった。
「砂糖の吐きすぎで死ぬかと思った…」
「さっきのは幻だよね…そうだよね?」
「薩川さんキャラ変わりすぎでしょ…」
「? よくわかりませんが、私は普通に一成さんとお話をしただけなんですが…」
あれは沙羅にとっては普段のやり取りであり、特段変わったことをしていない。
だから、自分達の会話の様子を指摘されていることに心底不思議そうに反応した。
「……ぇ、普通って、いつもあんな感じなの?」
「はい、特別変えたつもりはありませんよ?」
「い、いつも…あれを」
「めっ、とか、抱っこしましょうねとか…」
「抱っこって、あの抱っこ?」
「はぁ、もちろん一成さんを抱きしめて差し上げるという意味ですが。」
「ち、ちなみにそれはどんな感じなんでございましょうか?」
何故か急に敬語になった悠里が、私達でも避けて通る話題に首を突っ込んだ。
命知らずな…
「どんなと言われましても、こう…腕を回して、ぎゅって…ふふ、男性は胸に興味があると伺ったのですが、一成さんはこれをして差し上げると、とても嬉しそうにして下さるんですよ? ただ、この前は少しおいたされてしまいましたが…」
そこまで言うと、沙羅が恥ずかしそうに頬を朱く染めて照れ臭そうにモジモジした。
「おいた? ……イタズラ!?」
「ええええ、ちょ、薩川さん、何照れてるの!? おっぱいに何されたの!?」
「いやああああああ、男子におっぱい触られて照れるとか、私達の薩川さんが崩れるぅぅ!?」
「ちょ、ちょっと沙羅!? 私も知らないわよそれ!!」
聞き捨てならない発言に、思わず私まで突っ込みを入れてしまった。
た、高梨くんが沙羅の胸にイタズラしたってこと!? イタズラ…な、何をされたの!?
「いえ、一成さんが、私の胸にお顔をすりすりと…その、私も少し恥ずかしかったのですよ? ですから、おいたするのはめって注意したんですけど…ですが一成さんがそれを求めて下さるなら私もして差し上げたいので。それに抱っこして差し上げると、お顔は恥ずかしそうにしながらも私に身体を預けるようにぎゅって甘えて下さるんです! それが本当に可愛らしくて、ですから私はそのままいい子いい子って……」
「「「カハァ!?」」」
沙羅が幸せそうに高梨くんとのことを語る様で限界を超えたらしく、三人はまたしても見えない何かを盛大に吐き出して、そのまま崩れ落ちた。
あれは何を吐き出してるのかしら…
って、それはどうでもいいのよ!
こ、これはマズいわ。二人は絶対にプラトニックな関係だと思っていたのに、身体的接触が増えてない!? 沙羅は基本的に許してしまうスタンスだから…これは高梨くんに釘を刺さないと!!
「一成さんは、私が膝枕をして差し上げると直ぐに眠ってしまうんです。あどけない寝顔がとても愛らしくて……その、キスをして差し上げたくなってしまうんです。ファーストキスがまだなので、頬にですけど…ちゅって」
沙羅の高梨くん大好きトークが止まらなくなってしまった。
三人は崩れ落ちたまま追い討ちをかけられている状況で、沙羅の口撃を受けてたまに痙攣している。
「ご、こめんなさい、もう勘弁…」
「た、高梨くんは、とってもしあわせ者ですね…」
「薩川さんがどれだけ高梨くんを想っているのかよくわかりました…」
「え? そ、そんな、想っているなんて改めて聞かれてしまいますと、私も恥ずかしいと言いますか……でも…大好きなんです♥」
「「「くぼぁ!?」」」
三度何かを吐き出した三人がぐったりと倒れ込む。
「よ、余計なことを聞かないでよ…」
「私は…別に聞いた訳じゃ…薩川さんが勝手に…」
「ま、まさか薩川さんがここまで変わるとは」
「絶対違う!! こんなの私達の知ってる薩川さんじゃない!!」
ぐったりしながら自分の頬をつまんだり、目を擦ったりしているが、残念ながら夢でも幻でもない。
信じられない気持ちはよくわかるが、あれが沙羅の本性だ。
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「はぁ…はぁ…」
「き、キツい…聞いててこんなにキツい恋バナは始めてだよ…」
「恋バナじゃないよこれ、薩川さんがのろけてるだけだから」
「そこよ、薩川さんがのろけるとか、天変地異が起きるレベルよ…」
既にグロッキー状態の三人を尻目に、高梨くん自慢の済んだ沙羅はご機嫌で烏龍茶を飲んでいた。
そして少し落ち着いてきた私達も、お菓子に手を出したりジュースを飲んだりして、やっと復活の兆しを見せる雰囲気になってきた頃に悠里が立ち上がる。
「よし、気を取り直して恋バナを始めよう」
「ええええ、まだ聞くのぉ」
「お腹いっぱいというか、破裂しそうなんですけど…」
「バカタレ!! まだ夏海の尋問が終わってない」
ええええ!?
わ、忘れてなかったの? 沙羅の話で今日は終わると思ったのに…
でも私の話と言われても、正直そこまでのことはないと思うんだけど
「そうだぁ! まだそれがあった!」
「薩川さんの衝撃が大きすぎて危うく忘れるところだった」
三人が盛り上がっている内に逃げることを選択した私は、全員がこちらを向いていないことを確認するとゆっくりベッドから降りて移動を…あれ? 三人?
ガシッ
私の腕をガッチリと掴む何かに引っ張られ、移動ができない。
わかってる、こんなことができるのは沙羅しかいない。
い、いつの間に接近されて…
「夏海、皆さんが夏海にも話を聞きたいそうですよ? あと、いい機会なので私も聞きたいのです。橘さんとはどのような感じになっているのでしょうか?」
だから直球で名前を出すなぁぁぁ!!
「ねぇねぇ薩川さん、その橘さんというのは?」
「一成さんの親友なんですよ。とても友達思いな方で、中学生時代の一成さんを支えて下さった方です。」
ここで私は重大な事実に気付いた。
逃げても沙羅の口を塞がない限り、変な形で暴露されてしまう可能性が高い
つまり私には…選択の余地がない。
「へぇ…それで、二人はどんな関係なの?」
「それがよくわかっていないのです。仲が良いことは事実なので、私としても気になっているのですが。」
「ほほぅ…夏海…」
「いや、えっと…」
どうしようか…正直なところ、橘くんとは学校が違うからRAINでのやりとりがメインで、実際に会ったことは数えるほどしかない。
でも、恐らく私と一番親しい男子は橘くんだと思う。
話題を逸らすネタすら思い浮かばずに焦っていたが、結局当たり障りのない答えでやり過ごすのが最善策だと気付いた…ところまでは良かったんだけど
「私もよくわからないのよ」
「ですがこの前、橘さんにあーんをしていたではないですか? 夏海が、男性にあそこまで親しげにした姿を見たのは初めてですよ? それに、気付くと二人きりで話をしていたようですし」
危惧していた通り、沙羅の無自覚暴露が早くも始まってしまった。
なんで私はあんなことを…っていうかその後まで気付かれていたのが驚き!
「あ、あれはその場のノリというか…あんたなんか、あーんどころかその後に口まで拭いてあげてたでしょうが!?」
「私はいつもして差し上げていますよ? ですが私と一成さんは恋人ですからね?」
「恋人になる前からやってたでしょうが!」
「それは私が気付いていなかっただけで、出会った頃から私は一成さんをお慕いしておりましたから。そういえば今思い返すと、プールへ行ったときから橘さんと親しげでしたね? 仲良く手を繋いで二人きりで遊び回っていましたし」
「あれはあんたたちを二人にしてあげようと思って、橘くんを引っ張っただけ!!」
「そうでしょうか? しっかり手を握っていたようですし、橘さんをからかったり、実に生き生きしていましたよ?」
「ぐ…」
「夏海も、好きなら好きと素直に堂々としていればいいのですよ? 恥ずかしいことではありませんし、これはとても素敵なことなんですから。橘さんのことが好きなんでしょう?」
「だ、だからわからないのよ!! 確かに橘くんは気になるし、一番仲のいい男子だと思う……あ!?」
三人のニヤニヤしている表情が視界に入り、急に冷静さが戻ってくる。
そうすると、私は自分たちが暴露合戦をしていたことに気付いてしまったのだ。
沙羅のペースに乗せられて、適当にやり過ごそうと決めていたことを忘れてヒートアップしてしまった。
「…うひょー、夏海青春してるぅ」
「…あーんだって。ちょっと奥様、夏海さんたら水着で手を繋いでデートですって」
「…夏海までイチャらぶの波動を会得しているのかよ」
うう……結局全て話してしまった
完璧に沙羅に負けたことを自覚した私は、恥ずかしさもありこの場をどう乗り切るか必死に考え始めた。
だけどそれよりも先に、悠里のスマホが突然鳴り響き、先生達の消灯見回り警報が入った為に急遽お開きになったのだ。
急に沙羅と二人になってしまい、それまでの騒ぎが嘘のような静けさになる
「ふふ…私は一成さんのことで夏海にはたくさんお世話になりましたから、いつでも相談して下さいね?」
寝る前に沙羅が伝えてきた一言は、今の私には照れ臭すぎて返事に困ってしまうものだった。
こうして、初日からいきなり迎えた山場を乗り越えた私は、大人しく眠りにつく…前に、こっそり橘くんとRAINをしてから眠りにつくのだった。
はぁ…疲れた
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