第143話 ついでのカラオケ

「ねぇ沙羅。せっかくの空気に水を差すようで悪いけど、何ちゃっかりキスしてんの?」


「そ、そうです、何を自然にしてくれてるんですか! 人前で恥ずかしくないんですか!?」


夏海先輩と西川さんが声を上げた。

自然すぎて俺は嬉しさしかなかったけど、確かに皆見てるし…

花子さんと立川さんは、藤堂さんに何かヒソヒソやってるし、速人は相変わらず苦笑してるな。


「? 私は一成さんが喜んで下さるなら、恥ずかしさなどありませんが?」


何を当然のことを聞いているのか?

沙羅さんの表情はそう物語っていて、声を上げた二人が逆に言い詰まるという状況になった。


「なるほど、沙羅はもう私の知ってる沙羅じゃないのね…随分先に行かれてしまったわ。何で私には…」


そう呟く西川さんの声が、電話のスピーカー越しとはいえ妙に響いて聞こえた。

まぁ…今言い寄られてる男が山崎だと考えると余計にそう思いたくなるかも。


------------------------------------------


「さて、今できる話しは終わったよね! そしたらやることは一つ!!」


夏海先輩が意気揚々と宣言すると、端末を持ち出した。

これはカラオケを始めるつもりなのだろう。

確かに、カラオケ屋に来ていて全く歌わずに帰るというのも妙な話ではあるが…


それよりも俺は、花子さんや立川さんと、もう少し話をしておいた方がいいだろう。

特に花子さんが謎すぎる


「花子さん、立川さん、少し話をしないか? まぁお互いあまり思い出したくない過去の話だけどさ」


俺が声をかけると、二人が顔を見合わせてから、コクリと頷いた


「そうだね、高梨くんは噂で知ってたけど、全然違うみたいだし。」


「私も聞きたいことがあるからちょうどいい。」


「あ、それなら私も混ぜてよ」


という訳で、俺達四人で話をすることになった。

話をしてくると他の面子に伝えると、沙羅さんが一緒に来ようとしたが、それを遮るように夏海先輩が沙羅さんの腕を掴み捕獲されてしまった


「あんたはこっちよ。いつも高梨くんにべったりなんだから、たまには付き合いなさい」


沙羅さんは困ったような表情を浮かべた。

俺としては、沙羅さんにたまには息抜きして欲しいと思う。

そういう意味ではいい機会かもしれない


「沙羅さん、話をしてくるだけなんで、たまには夏海先輩の相手をして上げて下さい。きっと寂しいんですよ」


「がぁぁぁ、さっさと行けーー!!」


俺がからかうように言うと、夏海先輩から追い出されてしまった。


「速人、悪いけど夏海先輩が沙羅さんに無茶しないように見張りを頼むよ」


「オッケー。一応なんかあったら後で報告してくれ。それと、さっき夏海先輩が電話をかけた相手なんだが…それも教えてくれ」


あー、速人はまだ雄二を知らないからな。

速人にしては珍しく真面目なトーンで話してきた。

誤解したか?


「わかった。それも後で話すよ」


とりあえず速人を夏海先輩にくっ付けておけば大丈夫だろう。


という訳で、部屋を出てフリースペースへ移動して、お互いの不幸自慢のような話し合いになる。


立川さんは藤堂さんから聞いてたことと殆ど変わらないが、山崎から宣告されたときに同席していた柚葉のイヤらしい顔が今でも忘れられないという恨み言が締めの言葉だった。

どんな感じだったのか何となく予想できるな


そして花子さんだが…

うん、思ってたのと違った。


山崎が花子さんの好きな小説を買ってるのを見て、思わず話しかけたのが切っ掛けらしい。

同士が出来たと勘違いして、一人で盛り上がって話かけていたのだが、ある日「突然お前は所詮遊びなのに勘違いするな」といきなり罵倒され、趣味のことまで馬鹿にされたらしい。それをクラスメイトに見られていて、教室に戻ると笑い者にされてしまったとのことだ。

それからずっと馬鹿にされて、不登校になっていたらしい。


あいつは言い寄られていると勝手に勘違いしていたのかもしれないが…

ひょっとしたら、立川さんと一緒で柚葉が山崎をクラスで糾弾した時期と同じくらいかもしれない。

であれば、いきなりという部分も納得できる。


ちなみに偽名なのは、過去の自分は封印しているから…とか、山崎に復讐を果たしたら解放される…とか?

何かわかるような、わからないような理由だった。


そして最後は俺だ。

俺は話が長いから、適当に搔い摘んで説明していた……のだが

所々で花子さんに「それでどうしたの?」とか色々質問されている内に、俺が孤立してからの日々と、卒業したその日に家を出たことまで話すはめになってしまった。


お陰で空気が重い…藤堂さんなんか少し涙ぐんでるし

そして何故か俺の頭を撫でている花子さんも謎だ。


「よしよし、高梨くんは頑張った。私よりずっと酷い目にあっていたのに、最後まで逃げなかった。褒めてあげる」


小学…もとい、中学生くらいに見える花子さんに頭を撫でられるというのは、何と言うか傍目から見てあまり宜しくない光景ではなかろうか…


「途中までは、あの人に甘えっぱなしの頼りない坊やだと思ってたけど、しっかり先導してるし辛くても逃げない気骨があることがわかった。だから気に入った」


どうやら花子さんに気に入られたらしい。

ただ相変わらず淡々と喋るので、本当に気に入られたのかよくわからないが。


「しっかり協力してあげるから、山崎を倒して。そしたらお姉さんがご褒美をあげる」


お姉さん…花子さんが言うと微笑ましい

いや、俺には沙羅さんという大切な人がいるので、ご褒美は間に合っています。


「あ、あの、花子さん。高梨くんに近寄りすぎると、かなり危険だから…」


藤堂さんが、恐怖感を滲ませて花子さんにおずおずと忠告した。


「? 私が魅力的だから高梨くんが狼になるの?」


「そ、そうじゃなくて、見つからない内に…」


藤堂さんは、通路の方をチラチラと確認しながら恐々と花子さんに伝えている。


いや、俺が襲うとかは絶対にないから。

というか沙羅さんのことだろうな…

そうだよ、今の姿を見られていたらどうなるかわかったものじゃない。


------------------------------------------


「一成さん…」


部屋に戻ると、俺を待っていたかのように沙羅さんが駆け寄ってきて、そのまま俺に抱きついた。

少し甘えたような、珍しい声色の沙羅さんに驚いたけど、何かあったのか?


「夏海が酷いのです。私はカラオケをしたことがないし、歌も殆ど知らないのに、勝手に色々選曲して歌えとマイクを強引に…」


どうやら俺が相手をしてあげてくれと言ったので、真面目な沙羅さんは投げ出さずに夏海先輩に付き合ってあげたのだろう。

それを良いことに無茶ぶりをした…と


「夏海先輩?」


「うっ…」


夏海先輩を睨むと、少し怯んだように後ずさった。

そういえば、こういうときの為に速人を付けたのに…


「速人」


「すまん一成、その、夏海先輩にねだられてしまって…」


何があったのかよくわからないが、どうやら速人は封じられていたみたいだな。

まぁ好きな人に強く出れないのは俺もよくわかるけどさ。


どうしようかな…折角だから、沙羅さんと歌ってみたいという気持ちはある。

でも俺も歌に全然興味がないから、特に最近の歌とか全然知らないし…昔のアニソンの方がまだマシだけど引かれそう


「ちなみに、沙羅さんが歌えそうな曲って何がありますか?」


沙羅さんが歌える曲を確認した方が早いと判断したので、まずは聞いてみることにした。


「えっと…その、笑いませんか?」


少し恥ずかしそうにしている沙羅さんが、どんな曲を告げてくるのか緊張していたら…アニソンではあるかな。

かなり有名な老若男女問わず人気のアニメで、歌も名曲だ。

ある意味沙羅さんらしい、可愛いチョイスが微笑ましい。


「あ、笑っていますね…一成さんのいじわる」


久々にお姉さんモードからスイッチが切り替わったらしい。

こっちの沙羅さんも可愛いな。


「沙羅さん、俺もカラオケは全然ダメですけど、その歌は知ってます。だから、一緒に歌いませんか?」


俺がそう言うと、とても嬉しそうな笑顔で頷いてくれた


「はい! 一成さんと一緒なら頑張って歌います」


という訳で、結局歌い始めたら全員で歌っているという状況になり、横を見れば楽しそうにマイクを握る沙羅さんが印象的だった。


しかし、沙羅さんの歌は特別上手い訳ではないが…とても可愛い

だから歌のイメージとぴったりで、もっと聞いていたかった。

やっぱ◯トロはみんな知ってるんだなぁ


沙羅さんも楽しかったようで、結局このあとフリータイムが終わるギリギリまで、皆でカラオケを楽しむことになった…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る