第142話 皆で持ち合えば

「それで、そんなことを聞いてきたってことは何かあったの?」


さて、西川さんにどうやって伝えよう。

ありのままでもいいんだけど、事情を全く知らない人に説明するとなると、俺のことを含めて一から話す必要がある訳で。


「うーん…簡単に説明するには…そうだ! 沙羅スマホ貸して。高梨くん、ちょっと来て」


やはり俺と山崎のことを説明する必要があるだろうな。

沙羅さんに任せず俺が直接言うべきだろう。


夏海先輩が沙羅さんからスマホを受け取り横から退いたので、入れ替わりで俺が沙羅さんの隣に行こうとすると、一瞬、夏海先輩がニヤリと笑ったような気がした


…と思ったら、座ろうとしたところで夏海先輩が後ろから俺を軽く押した。


「うわっ!」


バランスを崩して、沙羅さんに抱きつくような格好になってしまう。


「あ! …一成さん、大丈夫ですか?」


沙羅さんが、両手を広げて俺を受け止めるように抱き抱えると、そのままぎゅっとしてきた


「夏海!! 一成さんがお怪我をしたらどうするのです……か」


沙羅さんが夏海先輩を怒ったが尻切れな感じだった。

どうしたんだろう?


「えりりん見えてる?」


「は…? え、え、え、えええええ!!!」


西川さんの絶叫というか、衝撃を受けたような叫びが響いた


「さ、沙羅、あなた男嫌いは!? いや、そもそも今自分から抱きしめた!? え? え? ちょっと夏海、説明しなさい!」


「見てわかるでしょ? あんたも、私も、先を越されたのよ」


紹介するにしても、こんな紹介のやり方はないだろう…

俺はこの後どんな顔をして西川さんに挨拶すればいいのか考えると、頭を抱えたかった…まぁ実際に抱えてくれてるのは沙羅さんだけど。


「そ、そんな…まさか沙羅が…絶対に一番最後だと思ったのに…むしろ当面は無理だと思ってたのに」


西川さんが動揺しているのがよくわかる声が耳に聞こえてくる。

いきなり友達のこんなシーンを見せられれば驚きも大きいだろう。

というか、沙羅さんそろそろ離してくれませんか?

俺が少し離れようと身動きすると、沙羅さんが少し力を込めて俺をぎゅっとしてくる

あ、まだ離れるのダメなんですね…


「ご覧の通り、沙羅はすっかり彼氏とイチャラブラブラブラブよ。もう別人みたいに甘々だから。」


「夏海、一成さんを押した件は後で話があります。絵里、報告が遅くなってすみません、実は…その、私は一成さんと…」


いや、これは挨拶も兼ねて俺がしっかりと言うべきだろう。

これから協力して貰わなければならないし、いつまでもこんな情けない姿を見せている訳にいかない。


「沙羅さん、その先は俺から言わせて下さい。あと…離して貰えると…」


俺の声を聞き、沙羅さんが俺を離してくれた。名残惜しそうな表情を見ると、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまうが、とにかく西川さんに話をしないと。


夏海先輩がこちらにスマホを向けたままでいるということは、このまま話せということか。

俺はスマホの画面に映る西川さんとしっかり向き合う


「初めまして西川さん、高梨一成と言います。沙羅さんとは、先月から正式にお付き合いさせて頂いてます。」


俺がそう言うと、沙羅さんは俺の腕に手を当てて寄り添うようにしてくれた。


「絵里、遅くなってごめんなさいね。今は他の話を優先したいから、今度ゆっくりと話しましょう。」


「……わかったわ。でもそれは今晩にして。早く聞かないと気になって眠れなくなりそうだから。」


少し軽い口調でそんな返事を沙羅さんに返してきた。

どうやら本題を優先してくれるみたいだな。

西川さんは表情を引き締め、真面目な表情になった。


「高梨さんでしたね。初めまして、西川絵里です。あなたにも色々聞きたいことがあるけど、それは次の機会にお願いします。それで、あなたが顔を出したということは、山崎と関わりがあるのはあなたかしら?」


「はい、正確には俺だけでなく、山崎から遊びだと言われ軽々しく扱われた女性も複数います。」


そして俺は、過去に山崎と柚葉からされたこと、今の状況、立川さんと花子さんのこと、写真やRAIN履歴を掻い摘んで説明した。


「……へぇ、彼女がいるのに私に言い寄ってきてたんだ。随分と見くびられたものね。」


西川さんが薄ら笑いを浮かべた。

ちょっと雰囲気が怖くて、何となく怒ったときの沙羅さんに似ているような気がする。


でも、どうやら俺の言ったことを信じてもらえたようだ。

こんなに簡単に信じてくれるとは思っていなかったけど。


「聞いた限りだと女の敵って感じね。他にも細かいことが色々ありそうだけど。それで、高梨さんは私に何を望む…いえ、山崎をどうしたいのかしら?」


「えりりん、そんなにあっさりと信用して大丈夫? 実は山崎に騙されたりしてなかった?」


夏海先輩が軽い口調で突っ込みを入れた。

それは俺も感じていたことだけど、わざわざやぶ蛇になりそうなことを言わなくても…


「沙羅の大切な人の話なんだから信じるに決まってるでしょう? あの沙羅が選んだ男性が、信用できない訳がないわ。」


「ありがとうございます、絵里。一成さんは私と知り合う前から、自主的にあなたの残した花壇をお一人でお世話して下さっていたんですよ? 誰にも感謝されずとも、それでも黙々と。」


何か、そういう風に言われると美化されているというか美談になってしまって照れ臭いんだが…

確かに誰かに褒められたいとか下心があった訳じゃないけど、美談になるような心意気があった訳でもないんだ


「まぁ、それはあの子達がお世話になりました。お礼を申し上げます。となれば尚更あなたに協力したいと思いますが、私にできることはありますか?」


「ありがとうございます。であれば、まずはどんなことが可能なのかを考える為に、相談に加わって下さい。」


ということで、ここからは西川さんを加えての第一回作戦会議となった。

特に山崎に関しては、一番ダメージを与えられるのは現状で西川さんだけなので、お願いすることが多くなる。


「なるほど、犯罪に関わった証拠としては弱いけど、婦女暴行犯に被害者を紹介したのは間違いなさそうですね。わかりました、私としても渡りに船なので、この件を足掛かりにできるようお父様からも色々聞いてみます。」


これが上手くいけば、西川さんが山崎との個人的な関係を絶てるというだけでなく、場合によっては山崎の親、会社を巻き込むことになる。

そうなれば文字通り破滅に向かうのかもしれない。


でも本当にそこまでしていいのか?

もう個人的なレベルの話ではない。かなりの大事になる可能性があるのに、簡単に「やってください」なんて、俺は…


そっと横から俺を抱き寄せた沙羅さんの表情は、複雑な思いが滲んでいた。

俺の葛藤に気付いているようで、沙羅さんは何か言いた気ではあった。

でもそれよりも西川さんが先に話を始めた。


「……高梨さん、事が大きくなりすぎて、尻込みしてしまうのは当然の話です。寧ろ、ここで平然と全部やってしまおうなんて軽々しく言える人は、大物かもしれませんがいつかしっぺ返しがくるでしょう。だから、あなたは今のままでいいのですよ。それに、これはあなただけの問題ではないのです。西川グループとして、不安要素どころか危険要素の高い相手を優遇するなど有り得ないことなんです。あなたのお陰で、私達はそんな不利益を未然に防ぐことができるのですから。」


西川さんは、俺が全責任を負う必要はないと言ってくれている。

話が個人を越えて、大きくなりすぎて戸惑ってしまったが、大切なことは変わらない。

沙羅さんを守ること。

沙羅さんに危険を寄せ付けないこと。


「高梨くん、私はあなたの話に乗った。だから、もし責任があるならそれは私も半分持つ」


「私だって山崎に復讐したい気持ちは同じだよ。だから、半分じゃなくて三分の一ね。」


「高梨くんを、洋子達に会わせたのは私だからね! 当然私も参加するから四分の一だよ」


花子さんと立川さん、藤堂さんがそれぞれ立ち上がって名乗りを上げてくれた


「あら、私も参加するんだから仲間外れにしないでよ。五分の一ね。」


「俺は笹川柚葉に狙われている以上、山崎も絶対に関係してくるだろうからね。当事者を外さないでくれ。六分の一。」


夏海先輩と速人が続けて名乗りを上げてくれる。


「私が実行するんだから、本当は私が一番大きいはずなのよ。とりあえずは七分の一にしてあげるけど」


西川さんが少し不満げに名乗りを上げた


「おいおい、俺を忘れるのはないだろう。というか、電話でもいいから参加させろよな。後で細かい説明をして貰うが、八分の一だ」


いつの間に電話をかけたのか、夏海先輩のスマホに雄二が映っていた


「全く、一成さんの荷物を共に背負うのは私の役目だというのに、好き勝手に配分しないで下さい。とは言え、一成さんの負担が減るのであれば問題はないでしょう。大いに妥協して、九分の一ですか。」


そして沙羅さんが 、俺を抱きしめたままそう宣言する。

九分の一…約11%

一人一人で割り振れば、一割ちょっとしかない責任だ。

そんなに少なくなるんだな…


「一成さん、あなたが全てを背負い込む必要などないのです。私が…皆さんがついています。だから、あなたの思うように…私はどこまでもお供致しますので」


ちゅ…


沙羅さんが俺の頬にキスをすると、眩しい笑顔で微笑んだ


「頑張って下さい。一成さんなら大丈夫です。」


俺はこの笑顔を守るんだ

沙羅さんの為なら俺はきっとやれる。


山崎の件については、西川さんが一旦預かってくれることになったので、その結果を待って次回の会合をしようということになった。

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