第406話 束の間の安らぎ
「ところで、真由美達は何でここへ来たんだ? 向こうで待っているように言った筈だが」
常務さん達が立ち去り、雰囲気的に一息ついたところで、普段の調子に戻った政臣さんが真由美さんにそう問い掛け…確かに言われてみれば、何で沙羅さんと真由美さんがここにいるんだろう?
「んー、私は沙羅ちゃんがいきなり動いたから取り敢えず後を追ってきただけなんだけど…何か嫌な予感がしたし」
「私は一成さんに良からぬ企みを考える不届き者の気配がしたので、取り急ぎ来てみただけです」
「良からぬ企みって…今の常務のことかい?」
「いえ、それとはまた別ですね」
「…まさか」
「あら、政臣さんは何か心当たりでもあるのかしら?」
「え!?」
沙羅さんと真由美さんから、問い詰めるようなジト目の視線をモロに向けられ、サッと視線を反らした政臣さんの行動は…残念ながら、完全に逆効果じゃないですかね、それ。
でも、今の話ってまさか…
「ん? 何だ妙に騒々しいと思ったら真由美と…おぉ、沙羅もいるじゃないか!」
そこにまたしても扉が開き、先程の政臣さんと同じようにひょっこりと姿を現したのは、勿論言うまでもなく…佐波グループ会長、昭二さん、もとい、大叔父さん。
どうやら想定外に沙羅さんが居たことで喜びを隠せないようだが、今はちょっとタイミングがですね…
「お久しぶり、昭二叔父さん」
「ご無沙汰しています、大叔父さん」
「うんうん、久しぶりだな二人共。いやぁ…それにしても、沙羅は暫く見ない内にますます綺麗になったんじゃないか? これはもう、若い頃の真由美を上回る…」
「あら叔父さん、私の"若い頃"って一体どういう意味かしら?」
「うっ…い、いや、今のは言葉のあやと言うか、お前は今でも十分若…すまん」
凄まじい謎圧力を放つ真由美さんのニコニコ笑顔を前に、大叔父さんは早々と白旗を上げ頭を下へ…うん、やっぱり女性に年齢の話はNGだよな。触らぬ神に何とやらだ。
「ところで、ちょっと叔父さんに聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「ん? どうした、そんな難しい顔をして」
「今更ながら気になったことが幾つかあるんだけどね。でもそれは後回しにするとして…」
「一成さんに妙な企てを考えた不届き者に、父は心当たりがあるそうなんですが…大叔父さんは如何ですか?」
「み、妙な企て?」
「ええ。私の大切な一成さんを困らせるような不届き者は、断固とした対応を取らせて頂きたいと思いまして」
「こ、困らせる…?」
真由美さんに勝るとも劣らない沙羅さんの圧力(しかも真顔)に、大叔父さんは思うところがあるのかないのか…思い当たる節があり過ぎるようで、もはや図星だと言わんばかりの表情ですね、それ。
「あらら…まさかとは思うけど、私の可愛い息子を試したとか言わないわよね叔父さん? 例えば沙羅ちゃんにどこまで本気なのか…とか?」
「試す…それは聞き捨てなりませんね。まさか一成さんを疑っていたなどど巫山戯たことを言ったりしませんよね、大叔父さん?」
「い、いや、そのだな…さ、沙羅? お前、いつからそんな、怖…」
「いいから質問に答えて下さい」
「は、はいぃ!!」
沙羅さんと真由美さん、薩川家が誇る二大女傑に正面から詰め寄られてしまい、流石の佐波会長もタジタジの防戦一方。オマケに政臣さんや俺に救いの眼差しが飛んできているので…
と言いますか…
沙羅さん、それ本当だったらマジで凄いんですけど!?
「そ、そのだな、沙羅のことは勿論だが、彼が将来のことを何処まで本気で考えているのか直接聞いておきたくてだな…」
「そんなことは確認するまでもなく、一成さんはこの先の進路に向けて早々に努力を始めていますが?」
「それはこっちからも報告してあった筈なのに、まさか信用して無かったの?」
「い、いや、それはそれとして、やはり自分でも確認しておきたくてな」
「…なるほど。それで、一成さんを試そうとしてどんなことを言ったのでしょうか?」
「どうやらこれは、本格的に問い詰める必要がありそうね? 話の内容如何では、お母さんにも報告を…」
「なっ!? ゆ、幸枝さんは勘弁してくれ!?」
真由美さんがポツリ漏らした「お母さん」というキーワードに、大叔父さんがここまでで最大の激しい狼狽えを顕にして…これはどうやら、本気で慌てている…いや、怖がっているのか?
「大叔父さん?」
「叔父さん?」
「さ、沙羅? ま、真由美?」
もはや真顔というより無表情とも言えるくらい、完全に目が座ったまま、凄まじい迫力で大叔父さんを追い込んで行く沙羅さんと、ニコニコ笑顔なのに目が全く笑ってない謎圧力を放つ真由美さんに追い詰められ…もはや威厳の欠片すら見えない、大叔父さんの姿が何とも。
うーん…ちょっとこれは可哀想か。
「沙羅、真由美さん、大叔父さんは俺のことを本気で心配してくれてて、だから本音を聞こうとして試すようなことを言っただけなんです。俺は困ったとか迷惑とか全然思ってないし、寧ろ感謝してるくらいですから…」
これは助け舟でも何でもなく、俺が感じている本音の話であり…確かに試されたという事実はあるかもしれないけど、でも大叔父さんは自分が確認したかったと言いながら、結局は俺のことを心配してくれていたという側面もあったは思うので…多分。
だからこれくらいは。
「あなた…ふふ、畏まりました」
「沙羅?」
「あなたにそこまで言われてしまいましたら、私としてもこれ以上口出しをする訳にも参りませんし…それに」
「…それに?」
「ふふ…ナイショ…です♪」
「へ?」
大叔父さんを問い詰めていた様相と打って変わり、妙にご機嫌な…とても嬉しそうで、どこかイタズラっぽい表情を見せながら俺に笑い掛ける沙羅さんの仕草は…
ぶっちゃけ可愛い過ぎて困るっす。
「…な、なん…だと」
「…叔父さん、どうかしたの?」
「…い、いや、あの状態の沙羅を、まさか一瞬で…」
「…んふふ、沙羅ちゃんは一成くんにゾッコンだしね」
「…そ、そうか。しかし、まだ結婚した訳でもないのにあなた呼びとは…」
「…別にいいんじゃない? 本人達の好き好きで」
「…お前も変わったな」
「…かもね、んふふ」
「と、とにかく、大叔父さんのことについては…」
「はい。あなたのご意思に従います」
「いや、そこまで大袈裟に言わなくても…」
「ふふ♪」
何やらあまりにもご機嫌過ぎるというか、なぜか沙羅さんの様子がいつもと違うので、俺も少しだけ困惑気味であるものの…取り敢えず、機嫌が悪いとかではないので良しとしておけばいいか。
イマイチ理由がよく分からないけど…
「よ、よし、それでは話が纏まったところで…」
「あら、一成くんの件については保留にしておくけど、それとは別にまだ聞きたいことがあるのよ? 政臣さんも気になっているでしょ?」
「そ、そうだな。確かに確認しておきたいことはあるが」
「な、なんだ…?」
どうやら政臣さんと真由美さんは、まだ何か別件で気になっていることがあるらしいが…でも俺の方にはこれ以上思い当たる節がないので、ちょっと意味深で気になるかも。
「そうですか、ではそちらの件はお任せしておくとして…大叔父さん、どこか部屋を貸して頂けませんか?」
「ん? 部屋? それならこの部屋を使ってくれても構わないが…どうかしたのか?」
「いえ、一成さんを少しお休みさせて頂こうかと思いまして」
「えっ? 沙羅?」
今、沙羅さんは俺を休ませるって言ったか?
何故にいきなり…
「休ませる? まぁベッドもあるしそれは構わんが…ま、まさか二人でか?」
「あん、沙羅ちゃんそれはズルいわ! そういうことならお母さんも…」
「お母さんは大叔父さんと話があるのでしょう? こちらのことは気にせず、どうぞ存分に話をしてきて下さい。と言いますか、一成さんのお世話は全て私の役目だといつも言っている筈です」
「うー…沙羅ちゃんのいけず」
「知りませんね」
「はは…」
またしてもいつも通りすぎる二人のやり取りに、俺も思わず笑いが溢れてしまい…でもそれはともかく、沙羅さんは何でいきなりそんなこと…
あ…
まさか…
「…ま、政臣くん、真由美と沙羅はいつもこんな感じなのか?」
「…お恥ずかしい話ですが」
「…うーむ、これはまた別の意味で大物を見つけてきたようだな」
「…はは、確かに」
「さ、沙羅? 俺は別に疲れてなんか…」
「あなた、私が気付いていないとでもお思いですか?」
「う…」
どうやらこれは予想通り、やっぱりアレに気付かれてたらしい。
流石は沙羅さん、俺のことなら何でもお見通しだ…
「…よく分からんが、とにかく休みたいならその部屋を使うといい。私達は打ち合わせ用の別部屋で話をするから…それでいいか、二人共?」
「ええ。落ち着いて話が出来る場所ならどこでも構わないわ」
「はい。宜しくお願いします」
大叔父さんのありがたい提案に、政臣さん達がコクリと頷き…一方の沙羅さんは、早くも俺を部屋に引き摺り込もうと…もとい俺を休ませようと、手を握りしめ、少し引き寄せるように力を込めてくる。
「まだ少し時間はあるからゆっくりで構わんぞ? 最悪、次のゲストが登場するまでに戻ってくればいいからな」
「はい。それでは失礼致します」
「すみません大叔父さん」
朗らかな笑顔で俺達に気を利かせてくれた大叔父さんに軽く頭を下げ、特別室のドアを開けてくれた沙羅さんに従い俺は部屋の中へ。
そして先ずやるべきことは…
あまり酷くならない内に、薬を飲むとしますかね。
………………
………
…
「あなた、どうぞ」
「ありがとうございます」
沙羅さんが用意してくれたグラスを受け取り、携帯用のピルケースから取り出した薬…片頭痛用の薬を一粒、口に含んで流し込む。
正直に言うと、まだ「痛む」というレベルではないんだが…この手の薬は痛みが強くなる前に飲む方がいいそうなので、早いに越したことはないからな。
ただ、それはそれとして、相変わらず…
「ふぅ…」
「痛みの方はどうですか?」
「まだ大丈夫ですよ。軽く痛みが出始めてるかな〜くらいなんで。と言いますか…よく分かりましたね?」
「ふふ…あなたのことなら、私は何だってお見通しです♪」
「はは、確かにそうですね。お陰様で助かってます」
「はい♪」
俺がペコリと頭を下げると、沙羅さんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ…
「さて、それでは…」
何か思いついたのか、不意にキョロキョロと周囲を見回すと、先程まで大叔父さんと話し合いをしていたソファーに向かい歩き出し…しっかりと俺を連れて。
「はい、あなた…どうぞ?」
ちょうど俺が先程まで座っていた位置にポスンと腰を下ろし、沙羅さんは自分の太腿の上を軽くポンポンと。
勿論それが意味するところは分かっていますが…ただ、今日はですね。
「沙羅、そのままだとシワに…」
今日の沙羅さんは、普段着ではなく華やかな紫のロングドレスを纏っているので、俺を膝枕なんかしたらそれが皺に…
「あなた…めっ、ですよ?」
「う…」
でも沙羅さんは案の定、遠慮した俺を優しく嗜め…「めっ」をされてしまうと、俺としては逆らえないどころか本当に弱い限りでして、つまり。
「…分かりました」
「はい、良い子てすね♪」
俺がアッサリと白旗を上げると、沙羅さんは嬉しそうにもう一度自分の太腿をポンポンと叩き…そうだよな、俺の為ならそんなことを気にする沙羅さんじゃないもんあ。
「それじゃ、失礼します…」
「ふふ…どうぞ」
俺が毎度お決まりの一言を呟いてからソファーに横たわると、直ぐに沙羅さんは両手を俺の頭に添えて、自分の太腿まで優しく誘導してくれる。
そしてそのまま、意を決して力を抜けば、ふにゅ…と、極上なまでに反則な、心地良い柔らかな感触が俺の頬にバッチリ伝わってきて…
「痛みが消えるまで暫く横になっていて下さいね? もし眠くなってしまうようでしたら、そのままおねむさんでも構いませんから」
「はい、ありがとうございます」
ナデナデと俺の頭を優しく撫でながら、早くもゆらぎ効果を発生させている甘い声音で耳まで擽り…はふぅと、俺は一気に力やその他諸々の感覚が抜けてしまう。
「…あなた、ご苦労様でした」
「いや、俺はまだ別に」
「いいえ。私がここへ着いたときもそうですし、大叔父さんとの話し合いも、先程のことも、立て続けに色々あってお疲れでしょう?」
「あはは…確かにそう言われちゃうと、精神的には少し疲れたかもしれませんけど」
このパーティーそのものに参加することへの不安に加え、ここまで怒涛の連続だった諸々の出来事…大叔父さんとの話し合いも特に最初は緊張しっぱなしだったし、そういう意味では片頭痛の一つ二つが出てしまうことくらい、仕方ないように思えるかも。
「ここには私達二人きりですから、今の内にゆっくりと気を休めて下さいね?」
「そうですね…んじゃ、お言葉に甘えて」
「はい♪ あなた、こちらを向いて下さい」
「えっと…」
俺は今、沙羅さんの反対側…ソファーの背もたれ側を背にして横になっているので、「こちらを向く」ということは、つまり沙羅さんの側を向くことになり…
しかも決して広くないソファーでは、落ちないように密着具合も高い訳でして…とは言え。
「よっと…」
もはやここまでくれば、俺が沙羅さんの指示に従わないという選択肢は存在しないので…なるべく勢いをつけないように、位置取りを気をつけながらゆっくりと振り返り…
「えい♪」
「んむっ!?」
最後に頭の位置を確定させたところで、沙羅さんが俺の頭をぎゅっと引き寄せてしまい、直後にむにゅっと、今度は顔面前方の方にも柔らかい何か…焦りを覚えるくらい柔らかい感覚が、主に前方と左右(?)から怒涛の如く押し寄せてくる!?
「暗いほうが、痛みは和らぐのですよね?」
「ほ、ほうでふね」
確かに、どちらかと言えば暗い方が、何となく痛みが落ち着くという実感はあるが…なるほど、沙羅さんはそれが目的でこれを…いやいや、そうじゃなくてもやるだろ、いつも。
「…あなた♪」
「なんでふか?」
「ふふ…呼んでみただけです♪」
「えっと…」
どうしよう、沙羅さんが物凄く楽しそう…幸せそうなので、俺しても嬉しい気持ちは多分にあるが…このいつも以上に上機嫌と言うか、それでいて照れ臭い感覚は何だ?
「あなた…先程の話、私、嬉しかったです」
「沙羅?」
「あなたがあの人にしっかりと言って下さって…私を名前で呼んでいいのは自分だけだと、ハッキリ言って下さいましたから」
「…すみません、あれはちょっと、独占欲が強く出過ぎたと言いますか…」
あれは単に、あの人が沙羅さんを"沙羅さん"と呼ぶことに嫉妬してしまい、独占欲がモロに出てしまっただけの話であり…そもそも沙羅さんを"沙羅"と呼び捨てに出来ることの上乗せアピールは、もう完全に独占欲の現れでしかない訳で。
「謝らないで下さい。私はあなたが独占欲を感じて下さって本当に嬉しいのですよ? だって、私も同じですから…」
「沙羅…」
「私だってあなたの一番であることを周囲に誇りたい気持ちはありますし、ついそれが行動に現れてしまうことだって多々あります。でもそれは、一重にあなたが愛しいから…あなたが愛しくてたまらないから、私は…」
ぎゅっと…
少し前屈みになった沙羅さんが、俺の頭を抱き締めるように腕を回し、包み込むように…全身で想いを伝えてくれるかのように、深く深く…
「あなたが私を独占したいと思うのでしたら、どうぞ我慢なさらずにそう仰って下さい。私はそれを望んでおりますし、間違っても謝るようなことではありませんよ? 寧ろ私にとっては喜びでしかありませんから…ふふ」
「沙羅…ありがとう」
「はい、良くできました♪」
俺の恥ずかしい独占欲を丸ごと受け止めてくれた沙羅さんは、素直にお礼を伝えると「それが正解です」と言わんばかりに頭をナデナデとしてくれて…
そのまま少し持ち上げるように、俺の顔の位置を動かすと…
「ん…」
ちゅ…と、俺の額に、優しいキスをして…
「あなた…大好きです」
お互いの目が合わさると、どこか熱を帯びたような眼差しと、聞いているだけで蕩けそうな甘い甘い声音でそう囁かれ…
俺は意識ごと、奪われそうになってしまい…
「俺も…むぐっ」
無意識にでも沙羅さんへの愛しさに突き動かされ、堪らず上体を起こそうと動いたその瞬間…俺は唇ごと、沙羅さんに抑え込まれてしまう。
「ん…」
「ぅ…」
唇に感じる柔らかい感触と、押し付けられるような沙羅さんの身体の温もりに、俺はただ為すがまま、みるみる力が抜けてしまい…
「ふふ…まだ起き上がるのは、めっ、ですよ?」
「うぐっ…」
そんな俺を極上の微笑みで見つめ、額をちょんと、人差し指でつつく沙羅さんの仕草がまた、俺の心を激しく擽り…ダメだ、これはもう勝てない。
いや、勝てなくて別に…
「あなた…このまま少しだけ眠ってしまいましょう?」
「え?」
「少しでも眠ればスッキリする筈ですから…このまま良い子にしていて下さいね?」
「さ、沙羅…わぷっ」
沙羅さんはもう一度俺を自分のお腹に収めると、今度は少しだけ身体を揺らすようにゆっくりと動きをつけながら、優しく一定のリズムで背中を「ポン…ポン」と軽く叩き始める。
「♪〜♪〜」
そして子守唄のような、穏やかで安らぎを感じる鼻歌を口ずさみ始め…
トクン…トクン…と、沙羅さんのアレに密着している俺の右耳からも、心臓の鼓動が伝わってきて…
「ぅ…」
俺はその心地よさに身を委ねていると、急速に心と身体が落ち着きを取り戻し…
寧ろ通り越し、薬が効いてきたことによる痛みからの開放感も手伝い、このまま全てを丸ごと任せてしまいたくなるような…
「沙羅…」
「いい子、いい子…いい子ですね…ふふ」
「ぅ…」
頭の上で何度も何度も繰り返される愛情たっぷりのナデナデと、心を擽る沙羅さんの甘い甘い声音が俺の身体の芯まで伝わってくるようで…
心の中が沙羅さんへの愛しさと安らぎで満たされ、それ以外何も考えられなくなり…
段々と…
俺は…
「さ…ら…」
「お休みなさい…あなた」
「ぅ…」
そして最後に、何か言おうとした俺の声は…
声にならずに…
「ん…」
最後にちゅ…と、幸せな感触を残し…
俺の意識は、ゆっくりと…
…………………
…………
……
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side 沙羅
「すー…すー…」
「ふふ…眠ってしまいましたね」
安らかな寝息を立てる一成さんの頭と背中を撫でながら、この一時の幸せを余すところなく噛みしめ…ふふ、本当に幸せです。
思えば私がこの会場に着いて以降、一成さんは苦労の連続でしたから…申し訳ない気持ちが多々と、私の為に奮闘して下さる一成さんの姿が嬉しくて、頼もしくて…不謹慎だと思いつつも、ついつい喜んでしまう私は、やはり女なんだと改めて再確認してしまいます。
まぁ、自分が女であることの喜びを感じることが出来るのも、全ては一成さんという最愛のお方がいるからではありますが…やはり幸せ以外の何物でもありませんね、これは。
本当ならこのままずっと、一成さんを包み込む幸せに浸っていたいところではりますけど、残念ながらこの先もまだまだ山場が控えておりますし…いよいよ大詰めいっても過言ではない状況が待っておりますから、せめてこのひと時だけでも、一成さんには休んで頂きませんと。
「あなた…」
「んぅ…」
「ふふ…」
一成さんは気付いているのかいないのか分かりませんが、あの話からこちら、私のことをずっと「沙羅」と呼び捨てにして下さっています。それがまた嬉しくて、私もついそのまま「あなた」とお呼びしている訳ですが…これについても、一成さんは違和感なく受け入れて下さっているようですね。
もしこのまま、一成さんが私を呼び捨てにして下さるのなら…私はどうしましょうか?
勿論お許し頂けるのであれば、約束通り学校であろうと何処であろうと、私は「あなた」とお呼びさせて頂く所存ではありますけど…ふふ♪
「むー」
「ひゃん!?」
一成さんが私のお腹でモゾモゾと急に動いたので、思わず声が出てしまい…良かった、どうやら起きてはいないようです。
何分この体勢は、一成さんをお休みさせるのに効率はいいのですが、少々擽ったいときがあるという欠点がありまして…特別弱点という訳ではないにしても、どうやら私は、お腹が多少弱いようなので。
まさか膝枕からその事実に気付くとは、夢にも思いませんでした…
「もう、あなた…おいたはめっ、ですよ?」
「すー…すー…」
私が小声で話しかけると、一成さんはそれに返事をするかのように小さな寝息を立て始め…そんなに可愛らしい姿を見せられてしまうと、先ほどせっかく我慢したのに、またキスをしたくなるではありませんか、全く…ふふ。
「あと10分くらいですか…」
深い眠りに入ってしまうと、この後に支障を来す可能性がありますから、ぐっすり寝かせてしまう訳にはまいりません。
だから勉強時の休憩と同じように、あくまでも短時間…それだけでもリフレッシュ出来る筈ですし、私も英気を養うことが出来るという正に一石、これは実に効率が良い私達にとって理想の休息タイム…って、私は誰に言っているんでしょうか、いけませんね。
「♪〜♪〜」
これは昔、まだ私が小さかった頃、お祖母ちゃんが歌ってくれた子守唄…
一成さんはこの歌を大変気に入って下さったようで、私がこれを口ずさむと、幸せそうに、可愛らしい笑顔で聞き入って下さいます。
そして暫く続けていると、いつの間にか眠ってしまうという…あまりにも可愛らしいその姿が堪らなくて、私はこっそり何度も何度もキスを繰り返してしまうのですが…
だって…
そんなに可愛らしい一成さんがいけないんですよ?
「♪〜♪〜」
そんなことを考えている内に、また一分、貴重な時間が過ぎていき…もう残り時間は決して短くないですけど、せめてギリギリ、最後の一秒を迎えるその時までは…
一成さんの安らぎになれるよう、癒やしになれるよう、私もこの幸せを享受しつつ…
「お慕いしております…愛しております…あなた…んっ…」
今は子守唄を口ずさみながら、愛しい一成さんの温もりを…
あと8分と少し…
ゆっくりとお休み下さいね…
あなた♪
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
はい。
今回は急遽挟んだこともあり、話の本題が中断されてしまうことも考えて、多少短めにはなってしまいましたが久しぶりに二人きりの時間を書いてみました。しかも沙羅さん視点は書いている途中まで完全に予定外だったので、書き終わった後の余韻で何となく追加したくなってしまった次第です。
最近砂糖不足というお声もあったので、これで少しでも補給になっていただければ嬉しいのですが…最近書いてなかったせいか、かなり鈍ってるような気がして正直全く自信がないです(^^;
さて次回の更新ですが、ギリギリ年内に間に合えばいいのですが、流石にクリスマスを超えてしまうので、少し早いですがこの場を借りて。
メリークリスマス。
P.S コメントのお返事はまた時間のある時にさせて頂きます!
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