第351話 打ち上げ

「それでは皆さん、改めまして…お疲れ様でした」


「「お疲れ様でした!!」」


 放課後になり、生徒会室にはいつもの顔ぶれ…勿論、元会長を始めとした三年生も含め、全員が勢揃いした。

 凛華祭の準備期間が開始してから約一ヶ月、俺達は様々な準備を行い、会議を重ね、合間に巡回をしたり、はたまた手伝ったりと、結構忙しい毎日を送っていた。

 そして学祭が無事に終わった今、ささやかではあるものの、ご苦労様の意味を込めて打ち上げの席を設けようということになった訳だ。


 なので、今日はいつもより豪華に…テーブルの上にはお菓子やらジュースやら、後は、沙羅さんが昨日の夜に焼いた紅茶のシフォンケーキまでもが並んでいて…


「長かったようで、終わってみれば、あっと言う間だったような気もする凛華祭でしたが…最後まで予定通り、恙無く無事に終了を迎えることが出来ました。これも皆さんの努力と協力があってこそであり…特に諸先輩方に至っては、完全に厚意で協力して頂きましたから。重ねて感謝の言葉を述べさせて頂きます。ありがとうございました」


 沙羅さんがペコリと頭を下げて、それを追いかけるように、俺達も揃って頭を下げる。

 先輩達には本当にお世話になりっぱなしで…特に俺達が一緒に行動出来たのは、全て先輩達が代わりを勤めてくれたからこそであり、それを思えばもう感謝の言葉しか出てこない。


「あはは、くすぐったいから止めてよ!」

「そうそう。引退した三年生が凛華祭を手伝うのは、通例みたいなもんだからね。寧ろ当たり前って感じだし。ねぇ、上坂くん?」

「あぁ。それに今年の凛華祭は、色々な意味で本当に楽しかったからね。いい思い出になったよ」


「それでも、ありがとうございました」


 例えそうだとしても、特に俺達が、完全に個人的な理由でお世話になってしまったことは事実。

 だから俺は、それに対するお礼の意味も込めて、もう一度深く頭を下げておく。


「うん。それじゃ、どういたしまして…と言っておくよ」

「あはは、高梨くんもそういうところ真面目だよねぇ」

「でも薩川さん、よく高梨くんを止めなかったね?」

「だね。一成さんがそこまでしなくても~とか言いそうなのに」


「当然です。一成さんは、私達を代表してお礼を伝えて下さったのですから」


「一成の面子を潰すような真似を、嫁がする筈がない」


「成る程ねぇ。いい奥さんを持って、旦那さんは幸せだ」

「良かったね、旦那さん!」


「ちょっ!?」


 な、何でその呼び方を先輩達が!?

 まさか…沙羅さん達のクラスに来ていたのは、二年生だけじゃなくて…


「むふふ、薩川さんのクラスが大変なことになってたのは、私達の耳にもしっかり届いてるよ?」

「直接行った訳じゃないけど、今日は朝から、薩川さんと高梨くんのことで三年の教室も、大騒ぎになってたからねぇ」

「ちなみに、私のクラスもその話で持ちきりだったよ。二人のことを結構聞かれたから、生徒会では二人が親密であったことをとっくに認識していた…とだけ答えておいたけど」


 うーん…

 認知度が増えること自体は、わざわざミスコンの舞台を狙ってプロポーズをした甲斐があるってもんだけど…敵が増えることの想定はあっても、こんな全校をあげたお祭り騒ぎみたいになるとは、ちょっとだけ予想外だったかも。


「薩川さんが婚約指輪をしてることも、かなりのインパクトだったみたいだしね」

「普通はアクセサリー禁止だから、余計に目立ってるでしょ。て言うか、今もしてるってことは、やっぱり学校的にOKなんだ?」


「ええ。これは単なるファッションリングではなく、正式な婚約指輪ですからね。もし指摘されたとしても、厳重に抗議するつもりでしたが」


「その辺りの根回しは、嫁の親が抜かりなくしてるはず。仮にしてないとしても、学校側は怖くて見逃すだろうけど」


 確かに、先生達のあからさまなフォローは、どう考えても政臣さん達が裏で手を回しているからに決まっているし…そうであれば、このくらいの話は当然だろうな。


「まぁ、過去にも婚約指輪を身に付けていた生徒は居たからね。これは根回しに関係なく、どちらにしても大丈夫だったと思うよ?」


「そう言えば、絵里がそんなことを言ってましたね」


「に、西川さんが…そ、そうか…」


 今の流れで果たして何が嬉しかったのか、突然ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる上坂さん。

 まさか、西川さんと同じ事を言ったというだけで喜んでいるとか、そんなこと…ありそうだな。


「上坂くん、キモいよ?」

「うっ…す、済まない」

「別にいいけど…急にどしたの?」

「い、いや、何でもない。それより、そろそろ始めないかい?」


「そうですね。仕事という訳でもありませんし、あまり遅くなるのもなんですから」


「はいはい、みんなグラス…は無いから紙コップだけど、持った?」


 ざっと周囲を見回してみると、既に全員が紙コップを片手に準備万端で…特に男性陣が、妙にソワソワとテーブルに視線を送っている。

 まるで"おあずけ"されてるみたいに見えるぞ、あれは。


「それでは皆さん…凛華祭の成功を祝して…」


「「かんぱーい!!」」


 キン、キンと、お互いのグラスが"あの音"を立てている様子が目に浮かぶようで…

 こうして、ささやかな打ち上げが始まった。


……………


………



「ちょっ、キッチリ人数分だからね!!」

「あ、それ私が貰い!!」

「せ、先輩、それは俺が狙ってた!?」

「うおおおお、生きてて良かったぁぁぁぁ!!」


 打ち上げ開始早々に大混戦…ならぬ、争奪戦が始まっているのは、大方の予想通り、沙羅さんの手作りシフォンケーキ。

 我が家のオーブンで焼けるギリギリのサイズではあるが、この人数では流石に小さいので、少しでも大きいものを取ろうと皆さん必死。


「はぅぅぅ…美味しいよぉぉ」


「満里奈が蕩けてる」


「だって、こんなに美味しいんだもん。だから仕方ないよね? 今日だけは大丈夫だよね?」


「誰に何を聞いてる?」


 頬に手を当て、身体をくねらせながら、とても幸せそうな様子の藤堂さん。彼女は甘いものが大好きなので、沙羅さんのケーキでそうなってしまう気持ちはよく分かる。

 本当に、専門店の味にも負けない極上のケーキなんだよ、あれは。


「うまっ!? 美味すぎぃ!!」

「はぁ…家庭科全般が得意で、料理に加えてお菓子作りもプロ級とか…薩川さん、マジで女子力高すぎでしょ」

「薩川先輩の場合、女子力と言うより嫁力になるんじゃないですか?」


「はい、一成さん、あーん♪」


「あーん」


 ぱくっ…もぐもぐ

 はぁぁぁぁ…幸せすぎるぅぅぅ


「ふふ…」


「沙羅さん?」


「申し訳ございません、甘いものを食べているときの一成さんは、とても可愛らしくて…つい」


「いや、これは沙羅さんのケーキが美味すぎるのが悪いんですよ?」


 俺は別に甘党という訳ではないので、これは単に、沙羅さんのケーキが美味しすぎることによる衝動というべきか。

 だから、藤堂さんがああなってしまう気持ちが余計によく分かるんだよね。


「ふふ…でしたら、喜んで責任を取らせて頂きますね?」


「責任…ですか?」


「はい。今後はお菓子作りの方でも、一成さんのお好みを追求させて頂きます。ですから、お召し上がりの方で是非ともご協力下さいね♪」


「はは、そんな嬉しい協力ならいつでも大歓迎ですよ」


 とは言うものの、既に現時点で、俺の好みにベストマッチと言ってもいいくらいに美味いので…本当に、沙羅さんの料理を毎日食べていると、舌が肥えすぎてしまいそう。


「…あの二人、マジでナチュラルにイチャつくよね」

「…びっくりするくらい、自然な"あーん"でしたよ」


「でも、こんなケーキまで焼けるってことは、結構しっかりした機材が揃ってるんだね?」


「はい。以前、家具を揃えた際に、一成さんが大きめのコンベクションオーブンを購入して下さいまして」


「家具を揃えた?」


「二人で生活をするには、色々と足りないものがありましたからね。正式に同居を開始するに当たり、家具家電の新調や追加購入をしたんですよ」


「うわっ、もう新婚さんみたいなことしてるじゃん!?」

「でも、しっかり薩川さんのことを考えて買うもの選んでるのは流石だね」


「いや、そのくらいは当然じゃないかと」


 そもそも家具を新しく揃えたのは、沙羅さんが少しでも快適になるようにという理由であり…もう一つ言えば、購入費用は薩川家から出ているので、俺が買ったという認識自体が違うかなと思わないでもないんだけど。

 それに沙羅さんの言い回しでは、完全に「俺が購入してあげた」みたいな感じになってしまうし。


「しっかし…私はいまだに、この光景が信じられないんだけどねぇ」

「何よ、急に?」

「いや、だってさ、あの薩川さんだよ? あんただって、同じ生徒会でずっと見てきたでしょ?」

「ま、まぁ…改めて思い返しちゃうと、確かに信じられない気持ちは大きいけどさ」

「見てるこっちが怖くなるくらい、男子に冷たい対応してた薩川さんが、今は婚約して相手の男子に"あーん"ってしてるんだよ!? しかも幸せ一杯って感じで…この驚きが分かる!?」


「うぇっ!? い、いや、沙羅さんは最初から優しかったですけど…」


 俺にそんなことを言われても、容易に想像がつくとはいえ、分かる分からないの話で言えば"分からない"となってしまう訳で。

 確かに…特に最初の頃は、沙羅さんから冷たい態度を取られた経験も無くはないが…それでも、沙羅さんが本当の意味で優しい人だということは、出会った頃から感じていたから。


「んー、やっぱそこだよねぇ。何で薩川さんが、最初から高梨くんに"だけ"優しかったのか」

「もしかして…薩川さん、一目惚れだったりする?」


「そうですね。一目惚れと言われてしまえば、それに近しいかもしれません」


「あ、やっぱり! でもそうなると、何だかんだ言って薩川さんも男子の好みが…」


「違いますよ。一目惚れと言っても、私は一成さんの優しさに一目惚れをしたのです。それに、私と接する態度が他の男性とは全く違うので、安心してお側に居ることができたという理由もありますが」


「おっと、思ったよりも理由が深い」

「それって、ミスコンのときにも言ってた話だよね? 確か、高梨くんが抱っこしてた女の子を…」


「ええ。一成さんと知り合う前に、私はそのお姿を拝見していたので…」


「あぁ…だから高梨くんが、上辺じゃなくて根っこの部分で優しい人だって思ったんだね?」


「はい。それに、一成さんが未央ちゃんに向ける笑顔があまりにも素敵で…そういう意味では、やはり一目惚れと言えるのかもしれませんね」


 そんなことを言いつつ、沙羅さんは俺の目を見つめ、優しい微笑みを浮かべる。

 あの日のことは、俺だってもちろん覚えているが…未央ちゃんがなかなか泣き止んでくれず、あたふたしていた記憶しかない。なので周囲から見れば、寧ろ滑稽にすら見えていたんじゃないかと思ったりもしたんだけど…


「成る程ねぇ。子供に優しくしてる姿を見て、惚れちゃったってことか」


「ふふ…勿論それだけが理由ではありませんよ? ですが…もしあのお姿を見ていなければ、初対面で自分からお近づきになりたいと思うことはなかったかもしれません」


「うーん、正にターニングポイントってやつだね」


「そうですね。ただ、仮にあそこで一成さんのお姿を拝見することがなかったとしても…遅かれ早かれ、私達は出会い、結ばれ、将来を誓い合い、婚約をしたと、私は確信しております」


「す、凄い自信だね?」


「はい。私達は、お互いに求め合っていた存在ですから…例え切っ掛けが違ったとしても、出会ってしまえば惹かれ合う運命だったのです」


「え、えっと?」

「う、うん?」


 先輩達が不思議そうに首を傾げ…沙羅さんではなく、今度は俺の方に視線を向ける。

 多分、話の意味がイマイチ理解出来なかったんだろうが…これを説明するには色々と話を掘り下げる必要があるので、俺も、恐らくは沙羅さんも、これ以上言うつもりはない。


「…えへへ、ロマンチックだよねっ」

「…まぁ、究極の惚気だと言えなくもない」

「…君達は、今の言葉の意味が分かっているのかい?」

「…無論。でも二人がそれを言わないなら、私達も言うつもりはない」

「…ご、ごめんなさい、上坂先輩」

「…いや。実に君達らしいね」


「と、とにかく、薩川さんが高梨くんにベタ惚れだってのは良く分かったよ」

「普通は逆だと思うんだけど…でも"だからこそ"と思えば納得…かな?」


 先輩達も、一応は何らかの答えに辿り着いたらしく…うんうんと頷きながら、話を締めくくる。

 でも、一つだけ訂正するとすれば…


「俺も十二分にベタ惚れですからね?」


「ふふ…いくら一成さんでも、こればかりは譲れませんよ? より惚れているのは私の方です」


「いやいや、俺だって最低でも沙羅さんに負けないくらい惚れてますから」


「私はもう数え切れないくらい、一成さんに恋をしておりますので」


「それは俺も同じ…あ…むぐっ!?」


 ちゅ…


 このパターンになったらどういう結果を迎えるのか、それに気付いたその瞬間…

 やはり予想通り、イタズラっぽい表情を見せた沙羅さんが突然顔を寄せてきて、あっと言う間に唇を塞がれてしまう。


 つい最近も、同じことがあったような…って、だから沙羅さん、これは卑怯ですって!!


「私の勝ち…で、宜しいですね?」


「…はぃ」


「ふふ…いい子です♪」


 ちゅ…


 俺の返事に満面の笑みを浮かべ、もう一度…今度は頬に、唇が少し触れるくらいの軽いキスをして、沙羅さんがスッと身体を離す。


 うう…また負けた…


「…な、な、何してんの…このバカップル!?」

「…恋人の反論を塞ぐ手段がキスとか…もう私の知ってる薩川さんが、この世にいないことだけは良く分かった」

「…さ、薩川先輩、凄すぎですぅ…」


「…うぅ、こんなの見せつけるとかあんまりだぁ…」

「…しくしく」


「…う、うーん、相変わらず、あの二人は仲がいいねぇ」

「…無理に上手く纏めようとしなくてもいい」

「…は、花子さん、そんな言い方したら身も蓋も…」


「えーと…そ、そういや、結局何の話をして…」


「私が一成さんに、どれ程ぞっこんであるのか…」


「いやいや、違うから!!」


「ふふ、冗談ですよ?」


「「絶対、嘘だっ!!」」


 皆が総ツッコミをする姿に、沙羅さんはクスクスと可愛らしい笑いを溢し…皆もそれに釣られたように、大きな笑い声を漏らし始める。

 さっき先輩が言っていた話じゃないが、こんな光景は、俺がこの生徒会に来たばかりの頃は決して見られなかったものであり…


 何となくだけど、政臣さんや真由美さんに見せてあげたら、きっと嬉しがるだろうな…なんて。

 そんな風にも思えた、和やかな午後のひと時だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今回はマッタリ回(?)な感じでしたw

次回は・・候補がいくつかあるので、その中からチョイスします(ぉ・

それと、ブクマ8000オーバーしました。

いつもありがとうございます&今後とも宜しくお願い致します!!

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