第350話 苦労人な夏海先輩

「はい、あーん…」


「あーん…」


 ぱくっ

 もぐもぐ…


「はぁ…もう滅茶苦茶だよ…」


「夏海先輩、疲れてる?」


 色々と騒がしかった午前中を何とか乗り切り、いつも通りに花壇でのんびりとランチタイム。朝は居なかった面子も合流して、皆で和気藹々…という感じにはならず、特に夏海先輩が疲れ果てた様子で…


「夏海は部活の朝練で疲れているのでしょう。あ、一成さん、動かないで下さいね?」


「ふぁい」


 沙羅さんはポケットからハンカチを取り出し、俺の口周りを拭き拭きと。たまに俺の目を見つめて、ニコリと微笑みを浮かべ…うーん、嬉しいやら照れ臭いやら。


「半分はあんたのせいでしょーが!!」


「そうでしたか? でも半分は自分のせいですよね?」


「うぐっ…って言うか、私と話をしてるんだから、こっちを向きなさいよ!!」


「はい…これで綺麗になりましたよ♪」


「ありがとうございます」


「無視すんなぁ!!」


「落ち着きなさい、夏海。女性が無闇に大声をあげるものではありませんよ。はしたない」


「くぅぅぅぅ、だ、誰のせいだと…」


 もの凄く悔しそうに顔をしかめ、沙羅さん越しに俺まで纏めて睨んでくる夏海先輩。教室で何があったのか分からないが、ここまでエキサイトするとは余程のことが…まぁ沙羅さんに関する話であれば、十中八九、俺も絡んでいるんだろうけど。


「夏海先輩、嫁に突っ込みを入れるのは時間の無駄。取り敢えず話から察するに、そっちのクラスでもひと悶着あった?」


「その言い方をするってことは、花子さんの方でも何かあった?」


「ミスコンであれだけ騒ぎを起こして、何もない方がおかしい」


「はぁ…そりゃそうだ」


「あ、あはは…やっぱりそうだよね。学校に来たら、玄関が凄いことになってたし」


「うん。俺の方も凄かったよ」


 花子さんの一言に、夏海先輩だけでなく速人や藤堂さんまで苦笑を浮かべ、こちらに意味深な視線を寄越す。

 どうやら…という言い方は違うか。

 俺の方も、自分のプロポーズに関する問い合わせが多かったが、勿論それだけでは済まなかった訳で。

 もちろん、夏海先輩と雄二に関する話を聞かれたり、速人と藤堂さんのことも聞かれたりと、ワリと忙しい一幕もあった。となれば、夏海先輩の愚痴も察して有り余るものがある…と言うか、ありすぎるかも。


「朝から教室が大変なことになってたのよ。沙羅は質問攻めにされるし、私もクラスの連中から雄二のことで散々冷やかされたし…しかも休み時間の度に、他のクラスの連中まで押し掛けて来てさ」


「あー…」


「そ、それは…」


「しかもテニス部繋がりだからって、私は横川くん達のことまで聞かれてるんだよ!? オマケに高梨くん個人のことまで…先生に何度割り込んで貰ったと!!」


 うわぁ…やっぱりか。

 しかも俺の方より数段凄そうで、夏海先輩の苦労が偲ばれてしまうかも。

 これは流石に申し訳ない…


「すみません、夏海先輩…俺のことまで」


 速人も同じように思ったらしく、謝罪の言葉を口にしながらペコリと頭を下げる。

 これは俺も謝っておいた方がいいか。


「夏海先輩、俺の方もすみません…」


「一成さんが謝る必要などございませんよ。これは私の…」


「あんたが言うな!!」


「おかしなことを言いますね? 夏海は実質、橘さんの件を根掘り葉掘り質問されて困っていただけでしょう? 横川さんに関する話は確かにそうかもしれませんが、一成さんについての話は、大半が私の方へ来ていた筈です」


「…ぐっ」


 沙羅さんの一言に、夏海先輩が苦虫を噛み潰したような表情を見せる。或いは沙羅さんの言っている通りなのかもしれないが、あの様子では、俺のことも少なからず聞かれているのは間違なさそうで…


「そんなに色々と聞かれたんですか?」


「ふふ…確かに質問は多かったですが、基本的に内容は似通っておりましたから。大したことはございませんよ」


「なるほど。まぁ俺も色々聞かれたんで、同じようなもんですかね?」


「はい。殆どが普段の生活についての質問でした」


「…へ?」


 普段の生活について?

 婚約した話ではなく、普段の生活?

 それってまさか…ひょっとして…


「ご安心下さい。プライベートに関するお話ですから、当たり障りのないことしか答えておりません」


「ソダネ~。沙羅が普段の生活で、如何に主婦をしているのか公開しただけだね。あまりの主婦っぷりに、最後は皆から奥さんって呼ばれてたけど」


「え…っと?」


「あぁ、高梨くんも旦那さんって呼ばれてたから、今後は色んな人からそうやって呼ばれるかもね?」


「ええぇぇ!?」


 夏海先輩の言っていることが本当だとすれば、沙羅さんが嬉々として普段の生活について…つまり、家でのことを赤裸々に語ってしまった可能性が高い。

 恐らく、最重要機密については守秘されていると思うが、果たしてどこまで公表されたのか…しかもあのクラスには、俺の天敵(悠里先輩)が居るというのに!!


「…って言うか、高梨くんも隅に置けないよねぇ。紹介して欲しいって言ってきた女子が何人か…」


「…はい?」


「っ!?」


「ひぃぃぃぃ!?」


 突如、鋭い反応を見せた沙羅さんの笑顔に、得体の知れない何かが宿った…ような気がしたその瞬間。

 夏海先輩が慌てたように口をつぐみ、藤堂さんが短い悲鳴をあげる。

 うん…俺もちょっとだけ怖かった。ちょっとだけだぞ?


「あ、あんたね…威圧で相手を黙らせるの止めなさいよ。今日はそれで、何人黙らせたと…」


「ふふ…冗談ですよ」


「嫁のそれは冗談になってない。ところで夏海先輩、そのふざけた連中の名前を…」


「あんたもかい」


「冗談」


「…へぇぇ、冗談ねぇぇ」


 そして夏海先輩の、苦情に塗れた非難的視線は、ひたすら真っ直ぐ俺の方へ…と言うか、そもそも何で、俺の話が夏海先輩に行くんだ?


 うーん?


「ところで…横川さんはともかく、藤堂さんの方は如何でしたか?」


「あ、そうそう。私もそれは気になったんだよね。一応、脅は…もとい、圧力を掛けたから大丈夫だとは思うんだけど」


 今、脅迫って言おうとしたか?

 まぁ強ち間違っていないのが何とも言えないところだが…


 それはさて置き、俺も正直、藤堂さんのことは気掛かりだったからな。

 学校が違う雄二と、周囲から敵視されることに慣れている(?)俺は大丈夫だけど、藤堂さんは本当にごく普通の女の子だから…もし速人の件で、陰から何かされるようなら、早急に対策を考える必要がある訳で。


「あ、私なら大丈夫です! 羨ましいって皆から一杯言われましたけど、今のところ、それ以上のことは言われてません」


「そっか、それなら良かった。何かあったら直ぐに言いなよ?」


「遠慮してはいけませんよ? 人の幸せを邪魔する愚か者など、さっさと排除するに限りますから」


「あ、あはは…ありがとうございます」


「この件への対策は、イケメンが率先して行うべき」


「うん、分かってるよ。大切な満里奈さんの為にも、俺が積極的に動くさ」


「速人くん…えへへ」


 お互いに見つめあいながら、目で言葉以上の会話をしているようにも見える様子のお二人さん。今のところ問題もないようなので、取り敢えずはひと安心…と言ったところか?

 まぁこの学校の生徒で、沙羅さんと夏海先輩を敵に回すようなバカはそうそう居ないと思うが。


「はぁ…バカップルが増えたかも」


「確かに。三組になった」


「ちょっ、私達は違うでしょ!?」


「自覚がない時点で既に末期」


「なぁっ!?」


 本当に自覚がなかったらしく、花子さんの一言にガックリと項垂れる夏海先輩。

 俺が言うのも何なので突っ込むことはしないが、二人も十分バカップルの領域に入っていると思います。


「バカップルという表現はともかく、仲が良い証拠なんですから、何故そこにショックを受けるのか私には理解できませんね? はい、一成さん、あーん♪」


「あーん…」


 ぱくっ

 もぐもぐ…


「ふふ…如何ですか?」


「毎回同じことしか言えませんけど、美味いって言葉以外の表現が見つからないです!!」


「ありがとうございます♪ あ、一成さん、"おべんと"が付いていますよ?」


「へ?」


 ちゅ…


 スッと沙羅さんが顔を寄せてきて、そのまま俺の唇…の直ぐ真横に、軽いキスをする。

 "おべんと"と言われた時点でこうなる予想はあったが、沙羅さんの嬉しそうな笑顔が見れるなら何であろうと問題なし!


「…こ、これと私達が…同類!?」

「…五十歩百歩」

「…なん…だと」


「…いいなぁ」


「満里奈さん?」


「ふぇっ!? な、何でもないよ!?」


「満里奈もやりたいならやればいい。キス…」


「そ、そっちじゃないもん!!」


「それならもっと簡単な話」


「うぅ…でも…」


 速人の顔をチラリと見て、何を考えたのか恥ずかしそうに俯く藤堂さん。

 でもそんな可愛らしい仕草を見せられたら、男…特に速人は洒落にならないだろうな。

 藤堂さんって、何気に男殺しかも。


「…満里奈さん、俺は…」


「は、速人くん、ちょ、ちょっと待って! あの…薩川先輩、折り入ってご相談が…」


「私は別に構いませんが、学祭で貴女が作ってきたお弁当を見るに、気にする必要は全くないと思いますよ?」


 沙羅さんのストレートな発言に、速人が率先して大きく顔を縦に振り、俺達も同意の意味で頷いておく。恐らく自分のお弁当…料理に自信がなくて、それを何とかしてから速人に…という思いがあるのだろうが。

 でもそれは気にしすぎだと思うし、言ってあげたい気持ちもあるけど、最終的に納得出来るかどうかは本人次第だから何とも…


「あ、ありがとうございます。でも…でも、せめてもう少しくらいは上手くなりたいんです。身の程知らずなことは言いませんけど、それでもせめて…」


「ふふ…まぁ、向上心があるのは良いことです。でも、本当に私で良いのですか? 個人的には、お母様に教えて頂くことをお奨めしますが」


「その、薩川先輩の方が圧倒的に上手なので…」


「まぁ、沙羅と比較するのは流石に厳しいかもね。この子は言うなれば、プロの主婦だから」


「嫁の嫁力は反則級だから、一般的なそれと比較するのは無意味」


「反則と言われるのは心外ですね。私だって、全ては努力の上で成り立っているのですよ」


 沙羅さんの家庭的な技術は、真由美さんによる幼少期からの英才教育に加え、俺の為に毎日頑張ってくれていることの賜物であり…それらは全て、間違いなく沙羅さんの努力によるものだ。

 後は、天才的な部分も確かにあるとは思うけどね。


「私が手空きの時間であれば、料理を見るくらい構いませんよ? 但し、一成さんのご予定を踏まえた上での話ですが」


「あんたねぇ、そのくらい高梨くんの許可を貰わなくても…」


「勘違いしないで下さい。私は一成さんの婚約者であり、一切の生活を共にしているのです。これは個人で勝手に決めていい話ではありません」


「あ…そ、そっか。確かに」


「沙羅さん、俺の方は大丈夫ですから!」


 多少大袈裟に聞こえなくもないが、逆に俺の個人的な予定を決める場合にも、やっぱり沙羅さんの予定を確認するのは確かな訳で。

 そういう意味では、これも強ち間違っているとは言えない…かな?


「あ、あの、そんな無理にという訳じゃ…」


「藤堂さん、大丈夫だから遠慮しないで」


「ええ。個人的に応援したい気持ちもありますので、遠慮なさらず」


「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」


 藤堂さんがペコリと頭を下げると、その向こう側で速人も同じように頭を下げる。

 本当は速人としても、今のままで十分だと言いたい気持ちはあるんだろうけどな…でもそれを言ってしまったら、本人の想いに水を指す結果になってしまう。

 俺もその気持ちはよく分かるから、ここは本人が納得する形を取らせてあげて、後で思いきり誉めるのが正解だと思うぞ。


「ごめんね、速人くん。でも私は…」


「ううん、俺の為にそこまで考えて貰えて本当に嬉しいよ。頑張ってね、満里奈さん」


「うんっ!!」


 この二人のやり取りは、本当に微笑ましくて…

 親友だからという点を除いたとしても、思わず応援してあげたい気持ちになってしまう。

 だからきっと、他の人達も…クラスの人達や、正直、速人との交際を快く思っていなかった人達も、この姿を見れば納得せざるを得ないんじゃないかって。


 そんな風に思えるんだけどな…


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放課後まで行こうと思いましたが、キリが良かったので今回はここまでです。


流れで藤堂さんが料理を教わる話になりましたが、果たしてそれが「あった」ということで終わらせるべきか、多少でも書くべきか(ぉ


ではまた次回~


P.S ノートにも書きましたが、ミスコンで眠ってしまった未央ちゃんがどうなったのかを書き忘れていたようです・・・申し訳ありません

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