第209話 side 絵里

沙羅と高梨さん…二人が婚約者となる事実は素直に祝福してあげたい。


先を越されたなどと思ってしまうときもあるが、私だって大切な二人が結ばれるのであれば、それを素直にお祝いしてあげたいと感じているのだ。


だけどあの二人は今、未来の私と素敵な旦那様(切望)が直面する可能性のある騒動に巻き込まれている。


私も沙羅も、チープな言い方をすれば「お嬢様」ということになる。それも、お互いの会社を背負う可能性のある(沙羅はそうなってしまっただけだが)…つまり、単純な恋愛が難しい立場だ。

相手にもそれなりの覚悟を求めなければならない、重い恋愛観が必要になる。


高梨さんはそれをまだ理解していないだろうけど、沙羅の為なら迷わないという揺るぎない決意を持った彼は、きっとこの先も順応していくのだと思う。そしてそんな相手を純粋な恋愛で見つけた沙羅は本当に幸せだと思うし、ちょっと羨ましい…私にもそんな相手が現れて…っと、今は自分のことはいいのです。


今回の話は、不確定要素の多い問題なのは間違いない。まだそこまで大袈裟に考える必要はないのかもしれない。このまま二人の進展を見守り、佐波の社長がゆくゆく二人を認めれば、それで済む話かもしれない。


でもこれは相手があること。

二人がそれを望んで家族がそれを許したとしても、会社という舞台上である以上は、周囲がそれを許すとは限らない。

現にお見合い話が出たということは、いよいよ動き出す輩が増える可能性は十分に考えられるということだ。


個人的で済む恋愛であれば、外野の声など聞く必要はない。そういう意味では、最後の手段として沙羅が薩川という家を捨てる選択肢もあるだろう。

でも高梨さんがそれを良しとしないなら、私も親友としてやれることはやってあげたい。


でもどうやって…


何か出来ることがないかと引き受けたものの、考えれば考えるほど、どうにか出来る話しとは思えなかった。

まだ学生であり、会社の運営に僅かな関わりしか持たない私が、こんな大きな話に横槍を入れるなど身の程知らずと言われても仕方ないだろう。


コンコン…


ドアをノックする音で、思考に沈んでいた意識が現実に戻る。


「はい。」


「絵里さん、お呼びですか?」


「どうぞ」


「失礼します。」


静かにドアを開け、スッと姿勢良く入ってくる彼女は、いつも私の話し相手になってくれる秘書さん。様々なことに精通していて、相談相手としても私が最も頼りにしている人物だ。


「すみません由紀さん。また相談したいことが…」


「はい、それは伺っておりますので、遠慮なくどうぞ。」


目線で椅子に座るように勧めたのだが、このまま話を進めるつもりのようだ。

それなら先ずは現状の説明を…


「実は、私の親友が婚約を…」


「それは薩川沙羅さんということで宜しいですか?」


親友というだけで沙羅の名前を出した由紀さん。

もっとも、私の親友で、しかも婚約などという特殊な状況になる可能性のある人物は、沙羅しかいないと判断したのかもしれないが。


「はい。」


「ちなみそれは、政略…」


由紀さんの目が細く鋭くなる。この人は、女性を軽視するような事柄に対して厳しくなるのだ。


「いいえ、恋愛ですよ。」


「そうでしたか。それはおめでたいお話ですね。」


フッと表情が元に戻る。

ちょっと怖いと感じてしまったのは黙っておこう。


ここから私は、現状の説明を始めた。

経験があるのか知識があるのか、冷静に何かを分析するように、質問を混ぜながら話をしていく。

一通りの話が終わると、直ぐに私の相談に対する話が返ってくる。


「成る程、なかなか好感の持てる青年ですね。ところで、高梨さんというお名前は以前伺った覚えがあるのですが…」


思い出そうとする素振りを見せながら、その確認を口にする由紀さん。

以前、由紀さんが関わったことで高梨さんの名前…


「あぁ、山崎の一件ですね。あのときに、私達の中心として動いていたのが…」


「そうでしたか。あの方が今回の…沙羅さんも良い方と縁を結ばれたようで何よりです。それでしたら、私も西川グループの一社員として、社長とお嬢様がお世話になった方にお礼をしなければ。このお話は全力でサポートさせて頂きます。」


良かった…

由紀さんが協力してくれるというのは本当にありがたい。正直、私一人では持て余す問題だったので、やはり大人の協力が欲しかったのだ。


「ありがとうございます。それで、今後の対応なんですけど…」


「はい。実際のところ、私はこの手の話を何度か見てきましたので、今回の話の問題点は理解しているつもりです。」


由紀さんから本当に頼もしい一言が聞けた。

やはり経験に勝るものはないと思うので、あとはそれに基づいた何かいいアドバイスが貰えれば…


「ただ、今回は残念ながら他企業の話であり、そこを理由にされてしまうと介入することは困難を極めますし、要らぬ反発を招く恐れもあります。なので、介入するという選択肢は捨てて、むしろ外堀を狙う方が現実的です。」


介入することが難しいということは、私も分かっていたことだ。他所が口を挟むなと言われてしまえば、そこで全てが終わってしまうからである。

だが、介入せずに外堀を狙う?

そんな手段はどこに…


「極端な話、高梨さんが認められてしまえば一気に全て解決してしまうのは絵里さんも理解されていると思います。なので、この場合の外堀を埋めるという意味は…」


「向こうが認めるしかない状況を作るという話なんですね? でもそれは難しいのでは」


由紀さんの話は理解できる。

確かにそれが可能であれば、問題は一気に解決するだろう。でも、何の実績もなければ会社との繋がりも全く持たない高梨さんを、いきなり認めさせることなど不可能だと思う。昨日の話し合いでも、そこが一番難しいということがわかっていたからだ。


「普通であればそうですね。でも今回は本当に運がいいと思います。逆にこの要素がなければ、私も今回の対処方法を見つけられたかわかりません。何故なら、高梨さんは山崎の件で、社長と絵里さんに借しを作っているのですから。」


「借し…ですか? 確かにお世話になったのは事実ですが…」


私とお父様が、高梨さんのお世話になったことは事実だと思います。実際あれは、高梨さんがいなければ気付くことすらできなかったでしょうし、しかもその結果が私個人への助けともなり、更には西川グループ全体へのダメージを未然に防ぐことになったのですから。


「社長は薩川専務と直接お会いになって、沙羅さん…薩川専務側から提供された扱いの情報と証拠を使い、共同で山崎社長を排除する形となりました。そして後に席を設けて、薩川専務に多大な感謝を伝えておりましたので…それが全て薩川専務の娘婿である高梨さんの主導であるとわかれば、社長も必ず話を聞いて下さるはずです。もちろん他にも必要な話はありますが、そこは私も同席して協力しますので、絵里さんは高梨さんが良い人であり親友であることを、とにかく社長に伝えて下さい。それがあれば、私の話が通りやすくなるはずです。」


凄い!

完全に手詰まりだと思っていた状況が動き出したことが良くわかる。

光明とはこういうことを言うのだろう。

由紀さんの有能さは以前からわかっていたが、やはり将来は私の専属として働いて欲しい…


「この話を成功させる鍵は大きく分けて二つです。まず高梨さんが正式に薩川専務からお嬢さんの婚約者として認められること、これが大前提ですね。次に私も協力しますので、絵里さんが社長に山崎の一件を詳細に報告しましょう。そして協力を得ることができれば…」


「できれば、それが最終的に外堀を埋めるという話に繋がるのですね!?」


「はい。直接介入さえしなければ、佐波側からの反発は抑えられるでしょう。計画の詳細は私の方で一旦詰めますので、形が出来次第報告します。」


良かった、まだこちらでも手を打てる可能性が残されていた!

山崎の件は忌々しい一件であったが、その存在が結果的に二人を助ける要素に化けるとは皮肉な話である。

何はともあれ、これが確実に二人の助けとなってくれればいいのだが…


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その日の夜、私は夏海と花子さんの三人でグループRAINによる会話を行っていた。

夏海は沙羅のフォロー、花子さんは高梨さんのフォローに付いて貰う為という理由である。特に花子さんは、今の高梨さんに必要な存在だと思う。


「しかし…今の沙羅は少し情けないですね。」


思わず本音が漏れてしまった。

実は少しだけ思っていたことなのだが…


「まぁそう言わないであげてよ、えりりん。沙羅が今の立場になったのは最近の話なんだしさ。心構えもできてなかったろうし。」


「それを考慮しても少し情けない。高梨くんが必死に自分を奮い立たせているのだから、それを支えるのが嫁の役目。なのに怖がって高梨くんに甘えてる。」


正に花子さんの言う通りである。本来の沙羅であれば、寧ろ自ら父親と交渉して、強引にでも高梨さんとの仲を認めさせてから二度と話を持ってくるなと怒鳴るくらいはしただろう。

でも今は、そんな強さが全く見えないので、だからこそ情けないと思ってしまうのだが。


「多分だけどさ、今まで好きって気持ちだけで脇目も振らずに突っ走ってきたから、高梨くんと別れる可能性なんて微塵も考えてなかったと思うんだよね。でも今回の件で、自分達の意思と関係ないところで引き裂かれる可能性が存在することに初めて気付いて、急に怖くなったんじゃないかなぁ」


確かに、夏海の言っていることはあり得るかもしれない。

力が及ばない相手の存在で、自分達の関係が100%絶対ではないかもしれないと初めて意識してしまったとすれば…

なまじ想いが強すぎるせいて、恐怖のあまり高梨さんの側から物理的に離れられなくなったとしても不思議はない。


「…そうかもしれない。でも今のままでは高梨くんが頑張りきれない。やはり発破をかけるべきだと思う。」


「そうですね。夏海、週末に沙羅を連れ出すときは私も一緒に行きますよ。」


「わかった!」


純粋な想いの二人に、汚い思惑を混ぜた横槍を入れる大人達。私もいつか、それを実感する日が来るのでしょうか…


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重い話が続いていましたが、この先からは明るくなっていく予定です。


今の展開は、次の段階に進むために必要な話と位置付けており、今まで一成がやってきたことが結果として実を結ぶお話です。財布を拾ったことから繋がった縁も、あの幼馴染み編も…ということです。


お名前は出しませんがお見合い話からこの展開をいきなり予想した方々…驚きました(脱帽)


やはり普段と違い、勢いでは書けない部分で難しいのですが、今回は最初からしっかりと見通しが立っていたので、迷わずに書けていると思っています。


ひたすら甘々な展開をお求めの方は苦痛を感じてしまうこともあるかもしれませんが、お読み頂けますと嬉しいです。

そもそもの話として、沙羅は一成以外を相手にしないし、駆け落ちまで覚悟できる女性ですからね。そこはご安心(?)頂けるかと。


では引き続き宜しくお願い致します。


つがん

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