第210話 みんなの思い

「…そう。沙羅ちゃんが…」


「あぁ、だからさ」


「わかった。この先大変かもしれないけど、何かあったらいつでも沙羅ちゃんを連れて帰ってきなさい。その後のご両親の説得は私達がやるから」


オカンならそう言ってくれると思っていた。

でもそこを任せるつもりなど全くないのだ。これは俺がやらなければならないことであり、そもそも政臣さんと真由美さんならきっと分かってくれる。だから、俺が両親に頼るときは、最後の手段を使うときだと自分では考えていた。


「まだ早いなんて言うつもりはないわよ。沙羅ちゃんと一緒にいる為に必要だっていうなら年齢なんて関係ない、だから覚悟を決めなさい。私達にはわからない世界だけど、あんたはそこに飛び込むんでしょ?」


「ああ。」


「…あんなにいい子を、自分達の利益競争に巻き込むような奴等に負けるんじゃないよ。必要なら直ぐに電話しなさい。向こうのご両親ともお話しするから。」


…これで俺の親は大丈夫だろう。

そもそも今回の話で親に頼るつもりは無かったので、どちらかと言えば報告のつもりだったのだ。


「そうそう、柚葉ちゃんの話は聞いたわよ…これについては私達も悪かった。異変に気付いてたのに、あんたを殴り倒してでも強制的に事情を吐かせなかった私が甘かったわ。」


「ちょっ!?」


突然物騒なことを言い出したオカンに焦る。

そう言えば、色々有りすぎて実家に報告するのを忘れてた。この話を知っているということは…


「お母さんと二人で謝罪に来たよ。正直、柚葉ちゃんが脱け殻みたいに見えて戸惑ったんだけどね…しかも慰謝料なんて言われて何の話かと思ったけど。これは残しておくから、結納金…には使いたくないお金かしらね?」


「ゆいのうきん?」


って何だろう…


「とにかく今は、沙羅ちゃんのことに集中しなさい。絶対に泣かせるんじゃないわよ? 漢を見せてきなさい!」


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side 藤堂 満里奈


「藤堂さん、お参りしていくのかな?」


鳥居を潜った私達は、二人で小さなお社を眺めていた。確かにそれもしておこうかな。神頼みでも、やれることがあるならやっておきたいから。

でも本当の目的はそれじゃない。横川くんは知らないだろうから、不思議がるのも無理はないけどね。


これは余計なお世話かもしれない…後で怒られるかもしれない。


悔しいけれど、薩川先輩のお父さんが勤めてる会社でのお話は、私達ではどうすることもできない。全て西川さんにお願いするしかなかったけど、それ以外に私でも出来ることがあるとすれば…


「あら、満里奈ちゃんいらっしゃい。今日は未央ちゃんと一緒じゃないのね?」


「こんにちは、幸枝さん。」


幸枝さんは、今回の話を知っているのだろうか? もし知っているなら余計なお世話だろう。でも知らないなら…


「あらあら! 随分と格好いい男の子を連れているじゃない。そうなのね、沙羅ちゃんに続いて満里奈ちゃんも恋人さんが出来たのね?」


「ふええええ!?」


こ、恋人!?

横川くんが!?


「ち、違います、横川くんは……」


………横川くんは?

私は今、何を言おうとしたの?


隣を見ると、同じく驚いた表情の横川くんと目が合う。心なし、顔が朱くなっているような…


「あらそうなの? お似合いだと思うけど?」


幸枝さんがニッコリと笑顔浮かべて、私と横川くんを並べて見ている。

お似合い? 私なんかが横川くんと?


「えーと、初めまして、横川速人と申します。」


気を取り直して横川くんが挨拶を口にした。

でも私はそれどころではない


横川くんは?

私にとって横川くんは何?

ただのお友達? 親友?

幸枝さんからすれば恋人に見えたってことだよね?


今までそんなの考えたことがなかった…


「一成は親友なんですよ。」


「高梨さんは友達に恵まれているんだねぇ…あら、満里奈ちゃん大丈夫?」


「えっ!?」


名前を呼ばれて戻ってこれた。

いけない、重要な話をする為に来たのに。

横川くんのことを考えるのは一旦保留して、先に高梨くんと薩川先輩のことを…


「幸枝さん、もし知っているようならすみません、お話が…」


少しでも、何か少しでも力になれれば…


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「一成さん、本日の晩御飯は何かご希望がございますか?」


俺の腕に手を添えながら、不意に沙羅さんが問いかけてくる。

家に泊まるようになってから、だいぶ落ち着いてきたような気はする。こうして普通に見る分には違和感を感じない。

でも……


「うーん…難しい質問ですね。」


「一成さんのご希望でしたら、即興でもお作りしますよ?」


「いえ、沙羅さんのご飯なら全部美味しいから、一つを選ぶのが難しいんですよ。」


実際、今まで沙羅さんの料理で美味しい以外の感想を持った試しがない。

まぁ本当は、元々の自分の好物(ハンバーグとか)を選べばいいのかもしれないが、沙羅さんの料理はそんな単純に選べる話ではないのだ。


「お世辞を言っても何も出ませんよ?」


「それは残念……でもお世辞じゃないですからね?」


「あ、もう一成さんったら…」


苦笑を浮かべた沙羅さんが、スッと俺に近寄ってくる。そのまま少し背伸びするように身体を伸ばすと


ちゅ…


と、軽く頬に触れる唇の感触がした。

そのまま俺の腕に両腕を絡ませて、少し上目遣いをする。


「ふふ…嬉しい気持ちのお返しです。」


「沙羅さん…」


「では、一成さんに決めて頂けないようなので、私が決めさせて頂きます。ですから、帰りにスーパーへ寄りましょうね?」


……やはり、細部で違和感が残っている。


一見いつも通りに見えても、スキンシップというか身体的な接触が多い。というより、こうして顔を合わせているときは、常に俺の肩や腕などに触れている、もしくは触れるくらい近くにいる。

そしてスーパーもそうだ。

沙羅さんは普段家事についてだけは、基本的に俺に手伝わせようとしない。だから買い物も、俺から手伝いを言い出さなければ一人で率先して行ってしまうし、帰りに寄ろうと自分から言ってくるのは珍しい。


つまり…どこかで俺から離れたくないという心理が働いているのではないかと思う。そう思ってくれることは本来であれば嬉しい筈だが、理由を考えると素直に喜ぶことはできない…


「…ねぇ、あの二人ここが生徒会室だってわかってる?」

「…自宅にいるつもりじゃないか?」

「…それじゃ自宅はいつもあれってことなんだな?」 

「…いやー、ここまで周りを無視してイチャつけるって凄いよねぇ。」

「…普通にキスしたよね? 薩川さんのイメージ壊れすぎて何がなんだか…」


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電気を消して布団に向かうと、沙羅さんは直ぐに俺に手を伸ばしてくる。それを掴みながら隣に座りそのまま横になると、直ぐに抱きついてきた。


「一成さん…」


俺の名前を呟く沙羅さんを抱きしめてあげると、絶対に離さないとばかりにしがみついてくる。

この家に泊まるようになってから、眠るときはいつもこんな感じだった。不安が少しでも和らぐようにこうして抱きしめながら頭を撫でて、沙羅さんが安心して眠りに落ちるまでそれを続けるのだ。


「明日は、夏海と絵里の三人でお出かけになってしまいました。」


「ゆっくり楽しんで下さい。たまには息抜きも必要だと思いますよ。」


もちろんこれは予定通りである。正確には西川さんが同行する予定はなかったはずだが、その辺りは特に問題ないだろう。


「一成さん…申し訳ございません…私は…」


言いたいことがあるのに言い出せない、それが本当に辛い。沙羅さんの様子はそれを如実に物語っている。

だから俺もこの言葉を返す。


「沙羅さん…無理はしなくていいですよ。話せるようになるまで、俺はいつまでも待ちますから。」


ただの引き延ばしにしかならないこの台詞。

だけど俺からすれば、これは引き延ばしではなく時間稼ぎだ。

「もう大丈夫です、安心して下さい」と言えるように。


いよいよ明日だ…


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翌日。


西川さんが車を出したようで、夏海先輩と二人で迎えに来てくれていた。

予定より少し早かったので、今は家の中で沙羅さんが支度をしており、夏海先輩が付き添っている。もちろん俺と西川さんに話をさせる為だろう。


「沙羅の様子は如何ですか?」


「最初の頃よりは大分落ち着いたと思いますよ。でも、お見合いの件については触れることができませんでした。」


言おうとしてくれていたのは分かっている。だが俺も、無理に言わせようと思わなかったからな。俺が心配を取り除いてあげればいいのだと考えていたから…自信がある訳ではないが…


「分かりました。沙羅のことは一旦任せて下さい。いつもの沙羅に戻れるように、私達も少し話をしてみますので。」


「ありがとうございます。でもあまり無理は…」


「大丈夫ですよ。高梨さんは、沙羅のお父様との話に集中して下さい。それと……一応ですが、この先の佐波エレクトロニクスでの件について、援護の目処が立ちました。」


!?

援護の目処が立った!?

正直なところ、そこまでは無理だろうと考えていたし、当てにするべきではないとも思っていた。だからこそ、この報告は本当に嬉しい誤算だ。


「但し、それもこれも今日の話に懸かっています。ですから…」


「わかりました、それを聞いたら尚更気合いが入りましたよ。絶対に認めて貰ってきます!」


俺の答えを聞いて、笑顔を浮かべながらコクリと頷いた西川さん。

全部が終わったら、何かお礼をしないとな…


「お待たせ致しました。…あら、一成さん、どうかなさいましたか? 何か嬉しいことが…」


支度を終えて、家から出てきた沙羅さんは、俺の顔を見て何かを感じたらしい。相変わらずの鋭さだ。


「いえ、大丈夫ですよ。それじゃ、いってらっしゃい。」


「はい、夕方には帰りますから、晩御飯は

ご安心下さい。では…」


出掛ける挨拶を交わすと、スッと自然な動作で俺に近寄り、少し背伸びをする。


ちゅ……


頬に少し触れるくらいの軽いキスをした沙羅さんは「行って参ります」と、囁くように告げてから身体を離す。


「はぁ…いつも通りにしか見えないけどねぇ。どう思う、えりりん?」


「…………」


「あ、こっちもいつも通りと…」


夏海先輩の呟きに視線を向けると、目のハイライトが消えた、最近よく見る「ダーク西川さん」の姿があった。


三人が車に乗る姿を見届けて、手を振る沙羅さんが見えなくなるまで、俺も手を振り返し…


さあ、決戦の支度を始ようか。


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!?


家を出ると、いきなり目の前に見知った顔が立っていた。ちょっと驚いたぞ…


「そろそろ行く?」


「え、花子さん?」


俺は大まかな予定しか報告していないので、正確な時間は分からなかったはずだ。

ひょっとして、沙羅さん達が出発してから、ずっとここで待っていたのか?


「途中まで付き合ってあげる」


言葉は少ないが、心配して来てくれたのだろうということはわかる。

だから厚意は素直に受け取ろう。


「…ありがとう。嬉しいよ。」


「別に…私はお姉ちゃんだから」


言葉は相変わらずのぶっきらぼうだけど、滅多に見れない眩しい笑顔を返してくれた。そして俺を先導するかのように、先を歩き始める。


「大丈夫、今日は絶対に上手くいく。心配することなんて何もない。それはこの先も同じ…だから余計なことは考えないで。」


先を歩く花子さんは、こちらを振り向かずに励ましの言葉をくれる。

この先…それは今日の先を意味しているのだろう。ひょっとしたら西川さんから何か聞いているのかもしれない。


そして駅前に差し掛かったときのこと。


薩川家に向かい、先を歩く花子さんを後ろから眺めながら、今日何を話すべきか頭の中でおさらいをしていた。考え込んでいた俺は、周囲を見ているようで見ていない。だから声をかけられるまで、駅前に居た親友に気付くことが出来なかった。


「一成!」


「雄二…なんでここに。」


聞くまでもなく、雄二がここにいるなど俺達の件であることに決まっているのだが、そう聞かずにはいられなかった。


「いや、気になって来ただけだ。俺のことはいいから一発ぶちかましてこい。山崎のことを乗り越えたお前なら、今回は余裕だろう?」


ニヤリと笑いながら、まるで俺に気合いを入れるかのように、背中を大きく叩いた。

心配してわざわざここまで来てくれたんだろう。本当にありがたい。


「そうだな! 今晩のグループRAINは、沙羅さんと婚約者になったって報告してやるから楽しみにしててくれ。」


「言ったな? 確かに聞いたからな。よし、行ってこい、何か動きがあったら、必ず連絡をくれ。何時でも電話に出れるようにしておく。」


「? あ、ああ、わかった。それじゃ行ってくる!」


皆も応援してくれている。真由美さんも同席してくれる。政臣さんとは打ち解けられていると自分では思っている。

だから大丈夫だ…きっと大丈夫だ。


「私もここまで。報告を楽しみにしてる。最後に耳を貸して。」


「? わかった。」


こんなタイミングで何だろうか?

少し不思議に思いながらも、膝を曲げて花子さんの顔の高さに合わせる。身長差があるので、少し大きく下がらなければならない。


「待機してるから、何かあったら連絡しなさい。」


「わ、わかった」


雄二も同じようなことを言ったが、ひょっとして話し合いが終わるまで待っているつもりなのだろうか?


「上手くいく、おまじない」


ちゅ……


!?

いつも沙羅さんがキスをしてくれる右側ではなく、左側に柔らかく温かい感触…


「頑張って」


そして花子さんは、先程と同じように眩しい笑顔で俺を送り出してくれたのだ。


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side 橘 雄二


一成の気合いが入った顔を見るのは久しぶりだ。


もっとも、自分の恋人の為、そして女の子からここまで応援されて気合いが入らない訳がない。俺の気合注入も少しは効果があったと思いたいが、花子さんに全部持っていかれたようだ。あれはズルいだろう…


「花子さん…やっぱり一成のことを?」


どうしても気になっていたことだ。

一成と薩川さんが別れるようなことは有り得ないだろう。であれば、報われない恋ということになる。


「違う。そんな簡単な話じゃないから、勝手に邪推しないで。」


先程まで一成に見せていた雰囲気を消し去り、俺からすればいつも通りな様子の花子さんに戻る。薩川さんといい、一成はこういうタイプの女性に好かれるのだろうか?


「橘、もう来ていたのかい?」


「こんにちは、二人とも」


後ろから声をかけられたが、それが誰なのは

直ぐにわかった。

だが、二人がここに来るという話はしていなかったのだが…どうやら見送りに来たようだ。


「まぁな。ひょっとしたら一成に会えるかもと思って早めに待機していたが、案外上手くいくもんだな。」


「その言い方だと、一成はもう行ったようだね。少し遅かったか。」


「お前達の分まで、俺と花子さんが気合いを入れてやったさ。」


「そっか、ありがとう橘くん。」


「ねぇ、それは私の分まで入れてくれた?」


これまた予想外の声だ。

夏海さんと西川さんは、薩川さんについているし…なんだ、結局全員集まったのか。


「ああ、立川さんの分までしっかり入れたよ。」


「それはよかった。さて、これからどうしようか?」


俺は自分だけのつもりでいたから、適当な場所で待機しているつもりだった。

そして、もし難しいとなった場合、薩川さんの家に乗り込んで土下座でもなんでもして、友人として見てきた二人の話を聞いて貰うつもりでいた。それで考えを変えてくれるかわからないが、座して待つよりは…ということだ。


「橘…いや、雄二。乗り込むときは、俺も一緒に行くから。」


横川が小声で俺にそれを伝えてくる。どうやらこいつも同じことを考えていたようだ。


「そうだな、男二人で土下座も面白いかもしれない。そのときは付き合ってくれ、速人。」


だが、そんなことにはならないだろう。相思相愛であるあの二人を認めない親なんていないだろうからな…


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入れたいシーンが残っていたので、沙羅パパとの対話は次回となります。

引っ張ってしまう形になってすみません(汗)

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