第208話 限界
午後の授業が始まる前にスマホを確認すると、全員から了解の返信が届いていた。
花子さんとの話の後で、報告と相談がある旨をRAINで一斉送信しておいたのだ。
後は昨日と同じになるが、沙羅さんがお風呂に入るタイミングを使って話をするしかない。
…正直に言えば、今回の件に関しては俺達でどうにかできるような話ではないと、漠然とだが感じているのだ。
何故なら、佐波エレクトロニクスという大企業の中で行われている話であり、外野が口を出すことは勿論のこと、ましてや単なる高校生である俺達ができることなど何もないのではないか、そんな気さえしていた。
そして同じ外野である以上、ウチの両親を引っ張り出したとしても、やはり結果は変わらないだろうと思う。
だから今日の連絡は、どちらかと言えば報告という側面の方が大きい。
この件に関しては、政臣さんとの話が重要であり、悔しいけど最終的にも政臣さんに頼るしかないと思う。
そんな他力本願とも言えるこの状況がとても歯痒く、せめて何かできることはないのか…文殊の知恵という訳ではないが、皆に相談できるとすればそのくらいだろうと感じていた。
そして時間は瞬く間に過ぎて行き、沙羅さんがお風呂に入ったタイミングでグループRAINを開始する時間となる。
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俺「こんばんは。みんな今日はありがとう」
西「こんばんは、高梨さん。重大なお話しと相談があるとか?」
花「お疲れ。時間がないだろうし早く始めよう」
藤「薩川先輩のことなんだよね?」
夏「今日は沙羅の様子がおかしかったんだよね。その辺りが絡んでるんでしょ?」
立「薩川先輩に何かあったの?」
速「俺も気になったよ。二人の様子がどことなく変に見えたからね」
雄「みんな、先ずは一成の話を聞こう。とりあえず切りのいいところまで話をしてくれ。」
雄二がまとめてくれたタイミングで、皆が聞く体勢に入ってくれたのがわかったので、とりあえず必要な情報を一通り話すことにした。
俺「まず先に言うと、沙羅さんが家出した。」
全「「「 ええええ!? 」」」
予想通り、全員から一斉に驚きの声が上がる。まぁ当然だろう。
夏「ちょ、ちょっと何それ!?」
西「夏海、今は話を聞きなさい。高梨さん、続けて下さい」
俺「はい。説明に割く時間が惜しいから要点だけ言うけど、沙羅さんが家出したのは、お父さんが会社からお見合いの話を持ってきたからなんだ。」
全「「「 お見合い!? 」」」
やはり衝撃の強い話なので、どうしても反応してしまうのは仕方ないだろう。多分色々聞きたいことがあるだろうけど、そこは黙ってくれているようだ。
俺「今は俺の家にいるんだけど、沙羅さんがお見合いの話をしたくないみたいで、まだ直接話はしてないんだよ。だから俺は、沙羅さんのお母さんから状況を聞いて、今週末にお父さんと話をすることに決めた。そこで何としても俺達の交際を認めて貰って、お見合いの話を寄越した社長さんに話をつけて貰おうと思ってるんだ。後は、今後もお見合いの話を持ち出そうとしている役員連中にも説明して貰う」
一応、これで一通りの状況説明はできたはずた。あとは相談したいことを皆に伝えるだけなんだが…
西「皆さん、聞きたいことは色々あるでしょうけど、代表して私に任せて頂けますか? 時間もないようなので、効率を考えてもその方がいいかと。」
西川さんの提案に、全員から了承の声が上がった。ということは、主に西川さんと話をすればいいのか。
西「高梨さん、状況は何となくわかりました。ですが、実はこういった話は珍しくないのです。私も二回程、お見合いの話が出たことがありますので」
!?
今度は皆に続いて俺まで驚いてしまった。西川さんにもお見合い話があったのか
西「私は西川グループ社長の一人娘ですから、そういう話はどうしても出てしまうのですよ…と、私の話は置いておくとして、つまりそれは沙羅にも同じことが言えるのです。現時点ではまだ確定していないお話ですが、沙羅のお父様が次期社長になるのではという話は、既に業界で噂になっています。
そうでなくとも佐波という大企業の専務という重役ですから、やはり狙って動く輩が少なからず現れても不思議はないでしょう。」
色々と衝撃はあったが、それよりも今日の西川さんが非常に頼もしく見えている。
こんな一面もあったんだな…
西「話を続けます。この状況を、根本的ではないにしろ一時的な形で抑えるのであれば、手っ取り早い方法が一つあります。ですがそれはまだ流石に…」
これはどうやら西川さんも、真由美さんと同じことを考えているのではないだろうか? となれば、これはまだ確定した話ではないので報告すべきか悩んだが、話をした方が良さそうだ。
俺「実は……まだ確定ではないですが、沙羅さんのお母さんから、その、今後は婚約者として結婚を前提にお付き…」
全「「「 ええええええ!!?? 」」」
これまで聞いたことのない驚愕の叫びがスマホのスピーカー部分から飛び出した。おいおい、大丈夫だと思うけど、沙羅さんに聞こえたらどうするんだ…
夏「こ、こ、こ、婚約者ぁ!!??」
藤「凄い凄い凄い!!! 高梨くんおめでとう!!!!」
花「さ、流石にそこまで話が進んでいたとは予想できなかった…これじゃ本当に嫁…」
立「うそっ、もう友達が結婚なんて…でもおめでとう!」
速「いやいやいや、これは流石に驚いたよ…もう身を固める決心までするなんて…」
雄「……あ…と、何て言えばいいんだ…おめでとうでいいのか?」
みんな口々に感想やお祝いの言葉をくれるのだが、「確定していない」という部分を思いきりすっ飛ばしてくれているようだ。
俺「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ決まった訳じゃないんだよ!! それに、まだ沙羅さんにはこのことが伝わってないから、沙羅さんが何て言うか…」
夏「はぁ? 沙羅が断る訳ないでしょ? 婚約なんて言ったら、泣いて喜んで二つ返事よ。」
藤「私もそう思うよ。薩川先輩なら喜んで受けてくれると思うけどな」
正直なところ、俺も沙羅さんに伝えればその場でOKを貰えるのではないかと思ってはいるのだ。でもそれを皆から、まるで確信されているかのように言われてしまうと、何と言って返答すればいいのか困ってしまう。
…とりあえず時間が勿体ないから、今は西川さんと話を進めさせて貰おう。流石に社長令嬢いうだけのことはあり、こういうことに慣れているのか、動揺を全く見せない姿は非常に頼もしいと思う。
俺「という訳で西川さん、さっきの話の続きですけど…」
一時的に向こうを抑える手段というのが、恐らくこれだったのではないかと思うのだが…って、返事がないな
俺「西川さん?」
西「……………」
夏「えりり~ん、いつまでも旅に出てないで、早く戻ってきなさ~い!!」
西「はっ!?」
前言撤回。
動揺どころか一番衝撃を受けて旅行中だったらしい…
俺「あの、大丈夫ですか?」
西「だだだだだ大丈夫ですじょ?」
どうやら大丈夫ではないらしい。
先程までの、本当に頼もしい限りだった西川さんはどこへ…
西「ゴホン! そ、その、おめでとうございます…大変おめでたいお話で…」
俺「いや、だからまだ確定した訳ではないって言ってるじゃないですか。沙羅さんにはまだ話もしてな…」
西「そんなの受けるに決まってるじゃないですか即答即断二つ返事でゴールイン待った無しじゃないですか羨ましい!!!!!」
まるで早口言葉のように捲し立てて喋る西川さん。今日はもうダメかもしれない…
夏「えりりん!!!!!」
西「はっ!?」
これで正気を取り戻すの二回目だけど、今度は大丈夫だろうか?
西「申し訳ありません高梨さん、話を続けますね。」
花「無かったことにした」
藤「花子さん、しー」
取り敢えず時間がないので、このまま突っ込まずに話を進めてくれることを期待して黙っていると、何とか説明を再開してくれるようだ。
西「二人がこ、婚約者であり、しょ、将来を、ち、ち、誓った仲であるとなれば、一旦は様子見も兼ねて下火になるかと思います。その後については、そこからまた対処なり、対策を考えていくしかないでしょう。」
俺「なるほど、やっぱりそうですよね…」
西「はい。ですが、何よりもまず前提条件として、高梨さんが沙羅のお父様に認められることが必須です。ここをクリアしなければ、そもそも先がないのですから、今はそこに全力を傾けて下さい。」
やはり現状では、まずは俺が政臣さんから認められないとダメってことだよな。その先を話すのはまだ早いということだ。
俺「わかりました。ありがとうございます! すみません、沙羅さんがそろそろお風呂から出てくると思うので、先に終わります」
西「おおおおおお風呂!?」
夏「あーもう。高梨くん、こっちはいいから沙羅のこと宜しくね!」
皆が口々に頑張れと励ましの言葉をくれて、俺は通話を終了したのだった。
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「お風呂…独り暮らしの男性の家で、お風呂…沙羅はどこまで…」
「えりりん、あの二人はもう婚約者みたいなもんだし、いい加減慣れなさいよ。」
また旅立ってしまったえりりんを宥めながら、肝心の高梨くんが退室したので私達も通話を終了するのかと思っていんだけど。
でもそんな中、花子さんはまだ何かあるようで、絵里に向かい再び会話を始めた。
花「西川さん、実際のところどう思ってる? 敢えて言わなかったみたいだけど」
西「………さすがですね、気付いていましたか。」
あ、復活した…
二人の意味深な会話に余計な口を挟むべきではないと感じたのか、他の面子は黙って話を聞くつもりのようだ。
花「…正直、今回の話はレベルが違いすぎる。話を聞いて予想した限り、今のままでは…」
どうやら花子さんは、状況を的確に見抜いているようだ。私も何となくではあるが、難しいということだけは気付いていた。
西「そうですね、皆さんにはお話しておきましょうか。まず今回の件ですが、あの二人が婚約者になったとしても、抑えられるのは恐らく一時的です。何故なら、この話は個人的な恋愛だけで済むお話しではないからです。会社という舞台があり、様々な思惑があってのお見合いですから、それを黙らせるというのであれば単なる婚約者ではとても足りない。もっと言えば、最終的に会社にとって必要な人物であると認められなければこの話は終わらないのです。まだ高校生であり就職という言葉すら遠い高梨さんが、これほど大きい壁を知ってしまえば、自力では何もできない現実に折れてしまいかねないでしょうね…」
花「そうね。高梨くんは、嫁の実家がどういう家であるか本当の意味で理解してない。嫁と付き合っていくことが、結婚することがどういう意味なのか、それで自分がどういう立場になるのかまだわかっていない。でも、わかっていないということを本人が理解しているから、せめて気持ちだけは揺るがないように頑張ってる」
重い…とてつもなく重い話だ。
私達の考える恋愛のように、好き、嫌いで済む次元の話ではないということはよくわかった。
えりりんを「お嬢様」などと軽く呼んでいたが、ここまで深く重い恋愛を考えなければならないなんて、私ではとても無理だ。
そう…無理なのだ。それはつまり、私達では力になってあげられることが何一つないということ。
漠然とでもそれを認識したのか、みんな絶句したかのように黙ってしまった。
西「最後の手段として、沙羅が家を出るという選択肢があります。薩川という家を出て、佐波という企業に関わらないというのであれば、あの二人はこのまま普通の恋愛をして、普通の結婚をすることもできるでしょう。沙羅も迷わないと思いますし、ご両親も必要とあればそれを選ぶと思います。ですが、高梨さんがそれを良しとしないでしょうね…」
花「簡単にそれを選ぶことができるなら、ここまで悩んでいないはず。」
こんなの、単なる高校生である私達で解決できる話じゃない。でもそれを高梨くんに伝えてしまえば、本当に折れてしまうかもしれない。
だからえりりんはそれを言わないで、政臣さんに認めさせるという、高梨くんが自力で頑張れる目下の目標を示したのだ。
花「悔しいけど、これはもう私達でどうにかできる話じゃない。時間稼ぎにしかならないかもしれないけど、今は嫁の実家の動きに任せるしかない。あとは、可能性があるとすれば西川さん…あなたに」
「……ええ。わかっています。西川グループとして、横から援護できる何かがあれば…あるいは…」
凄い…本当に私達と同年代の会話なのこれ?
えりりんは昔から西川グループの令嬢として勉強しているだろうし、わからないでもないけど、花子さんには驚きを禁じ得ない。
独特の雰囲気がある不思議な後輩ってイメージだったけど、ここまで精神年齢が高い子だとは思わなかった。
結局この話はここでお開きになった。
このまま私達だけで考えても、本当の意味での解決策など出る訳がないのだから。
えりりんに全てを託して、当の本人たちには今の会話を絶対に伝えないとお互い念押しして、通話を終了したのだった。
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