第167話 side 沙羅パパ&ママ

「それじゃあ、今日は付き合ってくれてありがとう。また連絡するよ。」


「はい、こちらこそありがとうございました。宜しくお願いします。」


車は駅前に着いており、ここで俺は降りることになっている。

自宅まで送ると言われたのだが、もちろん遠慮しておいた。万が一にも沙羅さんに見られる訳にはいかないからだ。


結局、俺は薩川さんの好意に甘えることにした。選択の余地がなかったということもあるけど、書類整理であれば体力的にも助かるだろうし、それはつまり、電話越しとはいえ俺の体調の変化に鋭い沙羅さんにも気付かれにくくなるということ。

正直、全く気付かれずに完遂させることは難しいと思っているが、多少怪しく思われるくらいは覚悟の上だ。


薩川さんと別れの挨拶を済ませ車を降りると、短いクラクションの音を残して車は走り出した。

それが見えなくなるまで見送って、俺は家に向かい歩き出す。


狐に摘ままれたような…というのはこういう感じなのだろうか。

まさかあの財布を拾ったという事柄が、巡り巡ってこうして自らの助けになるとは思わなかった。

仮にあのとき、安易にお礼を要求していたらどうなっていたのだろうか?

いや、そもそも届けないでそのまま手元に残してしまっていたら?

物事の繋がりというのは、本当にどうなるかわからない


だが、それよりもこうして繋がりを体験すると、改めて思うことがある。


俺と沙羅さんの出会いは、どれだけの偶然…事柄を繰り返して起きたことなのだろう。何か一つでも足りなければ、起きなければ出会えなかったのかもしれない。そして出会ってからも、やはり一つでも足りなければこうして恋人になれなかったかもしれない。


沙羅さんは以前、形が違っても俺達は必ず出会って結ばれると言った。

もちろん俺もそう思っているが、でもやはり俺達の出会いは運命だったのだと、改めてそう感じさせる…そんな出来事だった。


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「ただいま」


「おかえりなさい、あなた。」


今日はスケジュールに余裕があったお陰で、帰り時間もいつもより早かった。

運よく高梨くんと会えた上に、話をする時間も取れたし、タイミングが良くて助かった。


「あら、何かあったのかしら?」


私の妻は相変わらず鋭い。

これは昔からそうなんだが、私が上手く言えないことや黙っていようと思ったことまで気付かれてしまうことも多くて、なかなか隠し事ができない。

沙羅はどうなのかわからないが、もしこれが遺伝しているようであれば、将来の夫は大変な思いをするかもしれないな…私のような男であれば大丈夫だろうが。


「いや、取引先との会議の帰り道に、以前部下の財布を拾ってくれた高校生に会ったんだよ。彼と二人でお茶をしてきたんだ。」


「えーと…ごめんなさい、そこまでハッキリと覚えていないのだけれど。」


「いや、それは別にいいんだ。まだお礼をしていなかったから、何かないかと思っていたんだけどね…」


そこまで言って思わずニヤけてしまった。

妻がますます不思議そうな顔になる。


「欲しいものを買うためにアルバイトを探していたようだったから、財布の収得分として金一封か、もしくはその現物を代わりに購入してあげようと言ったんだ」


「あら、それは喜んだでしょう?」


やはりそう思うのが普通だろう。

棚ぼたなのは間違いないし、余程の高額でなければ遠慮する必要はないはずだ。


「いや、断られたよ」


妻が意外そうな顔をすると思ったのだが、予想に反して笑顔を浮かべた…おや?


「そんな不思議そうにしなくても、貴方が笑顔を浮かべているのだから、その理由が良いことだったのでしょう?」


やはり妻には敵わないな…いや、これは私が顔に出しすぎただけか。


「あぁ。恋人に初めて渡すプレゼントだから、絶対に自分で働いたお金で買いたいんだそうだ。」


「……あら。」


「その恋人の女性も、恐らく高校生だろうに随分と彼の世話を焼いているそうなんだが…自分の好きでしていることだから、礼も遠慮もしないで欲しいと言われているそうだ。誰かに似ていないかい?」


私がそこまで言うと、妻は照れ臭そうにそっぽを向いた。まぁここまで言えば私が誰のことを言っているかなど直ぐわかるだろう。


「あの頃から君は、事あるごとに私の身の回りのことをしてくれていたからね。私はいつも申し訳ないと思いながらも、君は遠慮したら許さないって…」


「も、もう! そんなこと言うなら、あなただって私のプレゼントを買うってアルバイトまでして、挙げ句に怪我までして、あのとき私がどんな気持ちだったと……あぁ、そういうことなのね。」


どうやら私の考えていたことを理解したようで、納得とばかりに頷いた。

私の妻には敵わないだろうが、それでもあの言葉を言えるような素敵な女性はそうそういないだろう。

だからこそ、自らの労働で得たお金でプレゼントをしたいという彼の気持ちは、私には痛い程よくわかる。


「ふふ、私の知っている子もそのくらいはしそうだけど、今時の高校生でもまだそんな子達がちゃんといるのね。」


ほう?

まだ他にもそんな子がいるのか。


「私としては、沙羅にはそういう子が側にいてくれるといいなって思うんだけれど」


「んー、まぁ沙羅は少し男嫌いを拗らせてしまったからな。あれを突破して、沙羅に気に入られるのは容易ではないだろう。」


沙羅は妻によく似て、親の私から見ても容姿が優れているからな。

その為に男から言い寄られることが多かったようで、特に同年代の男を嫌うようになってしまった。

まぁ私としても、そんなチャラついたガキを沙羅に近付けたくはないからちょうど良かったりしたのだが…


「あら、その言い方ですと、沙羅が認めた男性であれば問題ないと考えているということで宜しいのでしょうか?」


「む…まぁ、今の沙羅が心を開くような男が万が一にでも現れたら、会ってみるのも悪くはないが」


とはいえ、実際あそこまで拗れた沙羅に近づくのは至難の技だろう。

正直なところ、私にですら多少厳しい沙羅が、男と仲良くしている姿は想像できないからな。


「なるほど…その言葉、確かに聞きましたよ?」


「あ、あぁ。」


私は何か変なことでも言ったか?


「と、とにかく、私としても彼を応援してあげたいから、今度アルバイトとして、オフィスの書類整理を手伝って貰うことにした。私が居ないときの方が多いだろうから、すまないが色々教えてあげてくれ。」


まぁ、ちょうど沙羅のいないタイミングだから、鉢合わせしてトラブルになることもないだろう。


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「あぁ。恋人に初めて渡すプレゼントだから、絶対に自分で働いたお金で買いたいんだそうだ。」


あら、なかなか良い子みたいね。

お財布をちゃんと届けてくれただけでも、優しい子だと思うし。


「その恋人の女性も、恐らく高校生だろうに随分と彼の世話を焼いているそうなんだが…自分の好きでしていることだから、礼も遠慮もしないで欲しいと言われているそうだ。誰かに似ていないかい?」


…なるほど、この人のニヤついた顔はこれを言いたかったのね。

全く…確かに私もそんなことを言った覚えはあるけど、やっぱり覚えていたのね。


でもそれを言うなら、高梨さんは昔のあなたによく似ているのよ。

普段はちょっと頼りなさそうで、でも肝心なところでの思い切りの良さは驚くくらいで。

色々考えていても、悩んでいても、沙羅のことを第一に考えて行動できる。沙羅を本当に大切にしてくれる。

きっと高梨さんなら、沙羅へのプレゼントは自分で働いて買うって言いそうね。そういうロマンチストなところもありそうだし、あなたもそうだしね。

沙羅は私に似ているから、高梨さんのような男性に惚れてしまったのは仕方ないことかもしれない。血は争えないってことかしら。


「む…まぁ、今の沙羅が心を開くような男が万が一にでも現れたら、会ってみるのも悪くはないが」


あらあら、言質を取れてしまったわ。

そのときが来たら、絶対に高梨さんに会って貰いましょうか。


「と、とにかく、私としても彼を応援してあげたいから、今度アルバイトとして、オフィスの書類整理を手伝って貰うことにした。私が居ないときの方が多いだろうから、すまないが色々教えてあげてくれ。」


この人もお人好しねぇ。

まあ、ここで手助けをしないような薄情な人ではないし、きっと自分を少し重ねているのでしょうね。

どんな子かしら…今からちょっと楽しみだわ

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