第166話 再会
沙羅さんが修学旅行に行くまで二週間を切り、俺も焦りが生まれてきた頃…それは突然に訪れた。
今日は新しい求人誌が出る日であり、放課後に早速コンビニへ寄りそれを手にする。
「ありがとうございました〜」
何も買わないでそれを言われるのも、相変わらず申し訳ないという気持ちはあったが…それよりも求人誌だ。
今までダメ元で数件問い合わせしたのだが、やはり条件や年齢で面接まで行かずに電話で断られていた。
今回こそはいい求人があれば…と考えながら公園に向かうと、横を一台の車がゆっくりと通りすぎた。
特に気にしていなかったが、その車は少し先で停車すると後部座席から一人の男性が降りてきた。
目の前に居るので流石に目に入ったのだが、スーツ姿でピシッとした風貌。年齢は俺の親父と同じくらいかな?
何故かこちらを見ているので、不思議な…あれ、どこかで見たような?
「やぁ、高梨くんだったよね?」
やはり俺を見ていると感じたのは間違いではなかったらしく、俺と目が合うと笑顔を浮かべて話しかけてきた。
俺の名前を呼んだのだから、人違いではないはずだ。
しかし…誰だっただろう?
どこかで会ったような覚えはあるのだが。
「は、はい、そうですけど…」
取りあえず応対して、何とか思い出す努力をしてみよう……などと考えてみたが、どうやら向こうには俺の動揺が伝わってしまったらしい。
「ははは、ちょっと思い出せないかな? 君には私の部下の財布を」
「あ、思い出しました! そうだ、確か薩川さんでしたよね?」
財布と言われてピンときた。
あのとき、名刺を見て沙羅さんと同じ苗字であったことが妙に印象に残っていたのだ。
良かった思い出せて。
「そうそう。でも名前まで覚えていてくれたとは嬉しいね。しかし久しぶりだねぇ。どうだい、あれから連絡はなかったけど何か思い付いたことはあったかい?」
「あ…すみません。でもさすがに…」
特に何も考えていなかったというのが本音だ。それに、もう会うこともないだろうと連絡もしなかったのだ。
「ごめんね、変なつもりで言った訳じゃないんだよ。よく考えたら、わざわざ電話してお礼をしてくれなんて言い出し難いよね。これは私から連絡をするべきだったのに申し訳ない。」
俺が申し訳なさそうに言ったせいか、少し焦った様子でフォローしてくれる薩川さん。
「コンビニから出てくるのを見かけたんだけど…ふむ、せっかく会えたのだし、ここでは何だから私に少し付き合ってくれないかい? 近くのお店でお茶でも飲みながら話でもどうだろうか?」
少し何かを考えた後に、突然俺を誘ってきた。
どうしようか…遅くならないのであれば別に断る理由もないし、俺が連絡しなかったのも事実だしなぁ
「遅くはなれないですけど、少しなら大丈夫ですよ。」
俺が了承すると、笑顔でうんうんと頷きながら車に乗るように勧めてくる
後部座席に並んで座ると、薩川さんは運転手さんに「あの喫茶店に向かってくれ」と指示を出し、車は直ぐに動き出す。
どうやら行きつけか何かのお店があるようだ。
「いや、いきなりですまないね。あのときは詳しく説明しなかったけど、君が拾ってくれた財布に入っていたものにはプレゼン資料のデータが色々入っていてね。あれを無くすと色々大変なことになっていたんだよ。だから、きっと君が考えているより遥かに私は感謝しているんだ。」
お店に向かう道中、薩川さんがあのときの顛末を教えてくれた。
プレゼン…何かの漫画であったが、確か商品とかの発表をする会議みたいなものだったような?
とにかく重要なデータがあって、それのお陰で助かったと。
そんな話をしている内に、車は駐車場に入ったようだ。どうやら本当に近かったらしい。
車を降りて店を改めて見ると、それほど大きいお店ではないようだが、窓の外側を滝のように水が流れていたり、どこかお洒落な雰囲気のある建物だった。
「さぁ、入ろうか」
薩川さんに続いて店に入ると、最初に目に入ったのはピアノと、その横に並べられたトランペットのような楽器がいくつか。
そしてコーヒーの良い香りが店内に充満している。
何となく窓を見ると、やはり水が流れていて外が見えない。不思議な感じだな…
何となく大人の喫茶店といった雰囲気のあるお店で、自分が場違いのような気がしてきた。
「あぁ薩川さん、いらっしゃい」
「やぁマスター、今日は二人だ」
マスターと呼ばれた店長さん(?)は、俺を見ると少し驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔を浮かべるて「いらっしゃい」と俺にも挨拶してくれた。
「いつも私はここに一人でくるからね。珍しいんだよ」
薩川さんは、店長さんが驚いたことの説明をしてくれる。
ということはつまり、誰も連れてきたことがないお店に俺を連れて来てくれたのか…そこまでしてもらっていいのだろうか?
席について少し待つと、店長さんがお水とメニューを持ってきてくれる。
「薩川さんはいつものでいいかい?」
「あぁ、宜しく」
大人のやりとりだ…いつもので済んでしまうくらい常連ということなのだろうが、ちょっと格好いい…
「高梨くんも、好きなものを頼んでくれていいからね。」
「は、はい。」
取りあえずメニューを見ると、コーヒーの銘柄がズラリと並んでいてわからない。
普段コーヒーはあまり飲まないけど、どうしようかな…
名前を眺めていると、よく聞くブルーマウンテンという銘柄があったので、それにしてみようかと思ったが…高!?
驚いて取りあえず次のページをめくれば、ブレンドがあった。
そして紅茶もあったので、ダージリンにしよう。これなら安心して飲める。
「あの、俺はダージリンで。」
「おや、コーヒーじゃなくてもいいのかい? ブルーマウンテンとかお勧めだけど」
俺がブンブンと顔を横に振ると、それを面白そうに見ながらダージリンを注文してくれた。
「何か食べるかい?」
俺がケーキのページを見ていたからか、薩川さんがそんなことを聞いてきた。
「いえ、晩御飯が減ると、余計な心配をかけてしまうかもしれないので…」
「ははは、そういう理由は予想外だったな。いや、いいんだよ。そういう気づかいができるのは良いことだからね。」
俺の答えは薩川さんの予想の斜め上だったようだが、素直に受け入れて貰えたようだ。
正直、美味しそうなケーキの写真があったのだけれど、沙羅さんが家でご飯を作ってくれているのにここで食べてしまう訳にはいかない。
「さて、話しと言っても先日の件に関する話は車の中で済ませてしまったから、保留になっていたお礼の件にしようか。」
薩川さんが俺をここに連れてきてくれたのは、やはりその話しがメインだったようだ。
「ところで、求人誌を持っていたみたいだけど、高校生なのは知っているからアルバイトでも探しているのかな?」
どうやら俺が手に持っていた物に気付いていたらしい。まぁこれは特に隠すような話しでもないので、俺は正直に打ち明けることにした。
「はい。近い内にどうしても欲しい物があって…ただ、理由があって働くのは再来週の一週間に限定したいんです。時間も平日は放課後しか使えないし、俺が高校生ということもあってなかなか…」
「なるほど、確かにその条件だと少し厳しいかもしれないね。そこでどうだろう? あの財布にはそれなりの金額が入っていたし、それ以上の物を届けて貰ったのだから、お礼は現金か、もしくはその欲しい物を私の方で購入するというのは?」
俺の話を聞いて思い付いたようで、薩川さんがありがたい提言をしてくれた。
それが俺自身の物であれば…だけど。
心が揺れないかと言えば嘘になる。
代わりに買って貰うというのはもちろん論外だが、ここで臨時収入があれば正直助かるのは事実なのだから。
でも、沙羅さんの笑顔を思い浮かべれば……ダメだ。これは俺が自力で用意してこそ意味があるんだ。
「すみません、そのお話はありがたいんですが、これはどうしても自分で働いて用意したいんです。」
俺が軽く頭を下げて断りを入れると、薩川さんは少し驚いた様子だったが、予想外の満面の笑みを浮かべた。
「用意したいということは、自分の物を買いたくてお金が必要という理由じゃなさそうだね。」
「……はい。」
俺は素直に答えると、薩川さんは少しニヤリと笑って俺を覗き込んだ
「スバリ、女性かな? 恋人?」
ここまできたら隠す必要もないか。
どうせ接点の殆どない相手なのだから、話のネタと言うか、この場の話題提供も兼ねてその辺りも話してしまうことにする。
「…いつも俺ばかりお世話になっているんです。自分がしたいだけだから遠慮もお礼も要らないって本人は言うんですけど、だからこそ誕生日プレゼントは俺が頑張りたいんです。それに恋人になって初めてのプレゼントなんで…何としても自分で働いたお金で買って渡したいんです。」
俺が話始めたときの薩川さんはニヤニヤとしていたのだが、やがて真面目な表情になって俺をしっかりと見つめるように話を聞いてくれていた。
話終わると何かを考えているかのように暫く黙っていたが、やがてぽつりと「似ているな…」と呟いた。
「お待たせしました」
そう言えば、飲み物の注文をしていたことをすっかり忘れていた。
店長さんがトレイに乗せていた物をテーブルに並べていく。
薩川さんの前にコーヒカップを置くと、俺の方にはティーポットとティーカップ。
「今日のブルマンは一味違うよ。なんせこの少年の良い話を聞けたからね。」
薩川さんに話しているだろうに、目線は俺の方を向いている。どうやら話が聞こえていたようだ。からかわれている訳ではなさそうなので、一応褒められているのだろうか?
ところで…今持ってきたコーヒーをブルマンと呼んだが、まさかこれブルーマウンテンか?
これ一杯で食事できる金額なんだが…
俺がコーヒーに目を奪われていると、店長さんは「ごゆっくり」と一言残し、テーブルから離れていった。
薩川さんはまだ言葉を発しておらず、そのままコーヒーカップに手をかけると一口飲んで「美味い」と呟いた。
やはり美味いのだろうか? 俺は普段コーヒーを飲まないけど、そんなに美味いのなら興味がある。
やはり紅茶ではなく俺も頼むべきだったろうか…
そんなどうでもいいことを真面目に悩んでいた俺に伝えられた言葉は、あまりにも予想外の提案だった。
「なら、例えばなんだが、アルバイトで私の仕事を手伝ってみないかい? 場所は会社じゃないから安心してくれ。自宅の庭にある私のオフィスだし、書類整理だからそんなに難しくないよ。今ちょうど人手が欲しいタイミングなんだ。」
……え?
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約160話ぶりにパパさんと再会です
都合良すぎだと思われたら許して下さい・・・
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