第165話 世界に一点だけの物

アクセサリーをメインに取り扱っている店に入った俺は、今一つの物を手に取り眺めていた。


ロケットペンダント……


あまりアクセサリーに馴染みがない俺だけど、ロケットくらいは知っている。


速人の話を聞いて思い付いた選択肢としては、このロケットペンダントか、もしくはオルゴールだった。

身に付けることができる分ロケットの方が良さそうだとは考えたのだが、もう一息何かが欲しいと思いながらロケットを眺めていると店員が近寄ってきた。

正直、今買う訳ではないので放っておいて欲しいというのが本音なんだが。


「こんにちは〜。ロケットをお探しなんですか?」


当然そんな空気を読んでくれない店員が、営業スマイルを浮かべて俺に話しかけてくる。

うーん…正直ちょっと面倒臭い


「え、ええ…ただ、もう一息何か欲しいかなって」


「失礼ですけど、恋人さんにプレゼントですか?」


「……はい」


何気なく答えた一言だったが、実は内心で驚きがあった。

俺は恋人がいることを肯定した…かつてあれだけ孤独を体験してきた俺が、恋人へのプレゼントを探しに来ているのだ。

俺には沙羅さんという大切な恋人がいて、喜んで欲しくてプレゼントを探しにきたのだという事実を改めて実感したというか…


何故か無性に沙羅さんに会いたくなった。

急いで帰りたいという衝動に駆られて、妙にそわそわしてくる。


!?

自分の世界に入っていたので目の前に店員がいることを忘れていたのだが、明らかに微妙な表情を浮かべている。


「…ロケットにしてもいいかなとは思うんですけど、もう少し何かないかなって」


まるで何事もなかったかのように話を再開させた俺に、店員も気を取り直して話を合わせてくる。


「でしたら、オーダーメイドのロケットというのは如何でしょうか? こういった感じで、サイズや形、デザイン彫りも指定できますし、名前などを彫ることもできます。宝石を入れることもできますから」


店員が、ロケットペンダントのコーナーにあったカタログを開いて俺に見せてくれた。

そこにはオーダーメイドで製作できるロケットの見本があり、指定できる項目や装飾の凡例が載っていた。


値段はもちろんここに並んでいる物よりかなり高いけど、俺のオーダーメイドという意味では世界に一点しかない物だと言えるだろう。

決めた、これを目標にしよう。

迷っていたのが何だったのかと言えるくらいあっさりと決断した俺は、製作にかかる日数を確認してカタログを一冊貰っておく。


これで後は…お金の問題だ。


今のバイトではもちろん間に合わない。

沙羅さんに迷惑をかけないことも考えて、毎日ではなく週三日しか入れていないからだ。

沙羅さんが修学旅行から帰ってきた後で注文しても間に合うということは、やはり勝負は修学旅行中の一週間。

何としてもここで仕事をしなければ…


二人と合流して、俺はロケットのカタログを見せながら報告する。

ただ、やはり気になるのは値段のようで


「高梨くん、素敵だとは思うんだけど、予算は大丈夫なの?」


「そうだね、一般的な高校生のプレゼントとしては、少し高いとは思うかな。」


二人から指摘を受けるが、そもそも俺はその高校生のプレゼント相場というものを知らない。

別に五万も十万もする訳じゃないし、そんな高額な物をいきなり渡せば、逆に沙羅さんが引いてしまう可能性もあることくらい俺だってわかっている。

だから、ちゃんとバイトの範囲で現実的に十分買える物で決めたつもりだ。


「その為だけにバイトをしてるんだから、大丈夫だよ。」


「でも、お祖父ちゃんのお店だけじゃ…」


藤堂さんはもちろん状況をわかっているから、このままでは難しいということも気付いているだろう。


「沙羅さんが修学旅行に行くタイミングに合わせて他のバイトをするからさ。」


「一成、応援するけど無理だけはしないようにね。」


無理をするつもりはないけど、俺だって譲れないことがある。

いつも沙羅さんに甘えっぱなしの俺だけど、だからこそこんな重要な場面で自分を妥協させるつもりはないんだ。


「わかったよ。フォローとか何か困ったことがあったら絶対に相談してね。」


「ありがとう、二人とも。」


こういうときに、友達の存在が身に染みるというか、本当にありがたいな…


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漠然と「プレゼント」ではなく、目標を決めた高梨くんは見るからに張り切っていた。

薩川先輩の為に頑張る高梨くんは、心配だけど素敵だと思う。

私はまだ男性とお付き合いしたことないけど、好きな人が自分の為に頑張ってくれるのは絶対に嬉しいだろうし。


だから、薩川先輩の為にも無理だけはしないで欲しいな…


「まぁ俺達の方でも様子を見ておこうよ。一成も薩川先輩にサプライズを仕掛ける以上、無茶をしてバレるのは控えたいだろうし。」


明るく勤めているけど、きっと本心では心配しているのが見てわかる横川くん。

高梨くんから色々聞いたし、友達になってからわかったんだけど、実際の横川くんは友達思いで女性にも簡単に声をかけたりしない、とっても真面目な人だ。


今日もそうだけど、最近になって話をしたり一緒になる機会が急に増えたんだけど、横川くんは恋人とかいないのかな……?


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「ただいま〜」


「お帰りなさい、一成さん」


家に帰ると、沙羅さんが出迎えてくれた。どうやら俺より先に帰っていたようだ。

エプロン姿なので、ご飯の支度をしているのだろう。

アクセサリーショップで沙羅さんに会いたいと感じた気持ちがまだ残っていて、その沙羅さんが目の前にいてくれるという事実が嬉しい。

エプロンを外していそいそと側にやってきた沙羅さんを、俺はいきなり抱きしめてみた。


「ひゃっ、か、一成さん、どうなさったのですか?」


「いえ、自分でもよくわからないんですけど、今日は無性にこうしたいというか、沙羅さんが側に居てくれることが凄く嬉しいというか…」


自分でも上手く言えないのだが、沙羅さんが一緒にいてくれるということが俺にとってどれほど大切なことなのか、改めて考えたら愛しさが溢れるというか…


少し驚いた様子の沙羅さんだったが


「一成さん、少しだけ身体を離して頂けますか?」


と、優しい声色で俺に伝えてくるので、言われた通りに少し身体を離すと、直ぐに腕の位置を入れ換えられて、逆に頭を抱き寄せられてしまう形になってしまった。


「私はいつでもあなたの側におります。こうしてあなたを抱きしめているこの時間が本当に幸せなんです。自分が一成さんの恋人なんだと実感もできますし、あなたを愛しいと思う気持ちが止まらなくなってしまうんです。」


この前イタズラをしてしまったので、少しぎこちなくなってしまうかも…と思っていたのだが、予想に反して沙羅さんはこの前以上に俺を胸に抱きしめてくる。

そして不思議なことに、それに覚える気持ちは安心感だった。


「ふふ…甘えたさんは落ち着きましたか?」


どうやら、俺が甘えたい気持ちも持っていたことにしっかり気付いていたらしい

うう…ちょっと恥ずかしい。


でもこうしていることで尚更に、沙羅さんに喜んで欲しいという気持ちがどんどん強くなる。

買うものが決まったことで色々定まった。

心配をかけたくないから無茶はしないけど、それでも可能な限りは頑張りたい。

その為にも…

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