第168話 修学旅行前日
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。」
沙羅さんの作ってくれた晩御飯を食べ終わってしまった。
明日から沙羅さんは修学旅行に行ってしまうので、今後一週間は沙羅さんの食事も、お弁当も食べることができない…つまり暫く食べ納めということだ。
だからなのか、今日のご飯は俺の大好きなハンバーグだった。
いや、食事どころの話ではない。
わかっていたことだけど、沙羅さんと一週間も会うことができないのだ。
そんな日々が明日から始まるかと思うと、急激に寂しさが込み上げてくる。
「………お茶を淹れましょうか。」
「…そうですね。」
沙羅さんも俺と同じ気持ちであろうことは当然わかっているので、やはりどこか元気がない。
別に今生の別れと言うわけでもないのだが、一度似たような寂しさを経験をしているだけに、あれをまた味わうのかと思うと…
ベッドに腰掛け、充電中のスマホで意味もなくカレンダーを見る。一週間…七日間、以前のときより二日も長いんだよな
そんなことを考えていると、いつの間にか側に来ていた沙羅さんが隣にポスンと座り、そのまま身体を預けてくる。
そうだよな、寂しいのは沙羅さんも一緒だよな…
いつもならそろそろ帰る時間なのだが、沙羅さんは動こうとしないし、俺もそれを言い出さなかった。
お互い同じことを考えているのは何となくわかっているので、意を決して今回は俺から誘うことにする。
「……沙羅さん、今日は泊まっていきませんか?」
「え?」
今までも泊まったことはあるが、基本的には沙羅さんが俺を気遣ってくれて、泊まる必要があると判断したときに泊まってくれていたと思う。
それを今回は俺から言い出したのだから、驚くのは当然だろう。
でも沙羅さんは直ぐに笑顔を浮かべると、スマホを取りだして電話をかけ始めた。
「お母さん、今日は一成さんのお家にお泊まり…え、はい、わかりました、お願いします」
真由美さんから何か言われたんだろうか?
少し不安になったのだが…
「その、お母さんは、今日私が一成さんのお家にお泊まりすることを予想していたようで、直ぐに荷物を持ってくると…」
は、恥ずかしい…
それってつまり、明日から暫く会えなくて寂しいから、今日泊まって欲しい&泊まりたいと俺達が考えることを見越していたということだよな…
でも沙羅さんは、それよりも寧ろ泊まることの方が嬉しいらしくニコニコしながら俺を見つめていた。
しかし不意に何か思い付いたようで
「あ、そうです! せっかく一成さんからお誘い頂いたのですから、久しぶりにお背中をお流し致しますね。」
名案が思い浮かんだと言わんばかりに、パンと両手を叩いて嬉しがる沙羅さん。
妙にはしゃいでいる様子なのだが、余程嬉しかったのだろうか?
しかし…これが初めてではないが「一緒にお風呂に入りましょう」と言われているのと同義な訳で…いや、俺が気を付ければいいだけなんだよ。
大丈夫、沙羅さんの為なら俺は頑張れる男だ。
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「高梨さん、いつもすみませんが、宜しくお願いしますね………(結婚まで我慢ですよ?)」
信用して貰えているんだろうが、独り暮らしの男の家にこうも簡単にお泊まりの許可が出るのは本当にいいのだろうか…
というか、聞こえなかったが最後何かを呟いたような?
「はい。と言いますか今回は俺からお願いしてしまいましたので…」
「あら、そうでしたか。それであんなに嬉しそうなんですね。」
どうやら真由美さんの話では、俺から泊まりをお願いしたことが沙羅さんのご機嫌に繋がっているらしい。
「一成さん、お話は終わりましたか?」
最後の荷物だった旅行鞄を家に入れた沙羅さんが戻ってくると、自然な動作で俺の腕に自身の腕を絡ませて横に並んだ。
「もう、沙羅ちゃんたら。仲が良いのはわかるけど、お母さんにも高梨さんとお話させてよ」
「別に邪魔をしている訳ではありません。私が居たら言い難いことでもあるのですか?」
ちょっと厳しいことを言いながらも、沙羅さんの顔はやはり少し嬉しそうだ。真由美さんの言う通り、俺からお願いしたことが理由なのだろうか…
「もう…さてさて、お邪魔虫は退散しますか。それでは高梨さん、宜しくお願いします。沙羅ちゃんも、明日会えないから今言っておくわね。いってらっしゃい。気をつけて行ってくるのよ。」
「はい、行ってきます。」
「真由美さん、ありがとうございました」
笑顔で手を振りながら車に乗り込むと、そのまま車を走らせて遠ざかっていく。
それを二人で見送り、お互い顔を見合わせるとどちらともなく玄関に向かい歩き始めた…
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落ち着け…もう何度も経験しているだろう
風呂場で低い椅子に座り、シャワーも何もせずに待機するという、端から見れば少し間抜けにも思える自分の状況。
そして脱衣所から、衣服の擦れる音が微かに聞こえており、それはつまり沙羅さんが服を脱いでいるという訳だ。
そのまま暫く待つと
「一成さん、失礼致しますね」
という声と共に浴室のドアが開く。なるべく直視しないように気を付けつつ、沙羅さんの様子を伺うと…今日は湯着ではなくバスタオルを身体に巻いているだけだ!?
そうか、湯着が必要になる状況なんて流石に真由美さんでも想定していないだろうから、当然用意されている訳がないよな。
「一成さん、その…あまり注目されますと、私も恥ずかしいと申しますか…」
直視しないようにと自分で言いながら、いつの間にか思いきり見ていたようだ。
それに気付き、俺は急いで身体の向きを変えて、沙羅さんに背中を見せる体勢になる
「す、すみません」
「い、いえ、大丈夫ですよ。申し訳ございません、お待たせしてしまいました。では早速、お背中をお流し致しますね」
シャワーを出して俺の身体を流すと、しゃかしゃかと擦る音が聞こえてくる。ボディーソープをボディータオルにつけて泡立てているのだろう。
「それでは洗いますね。何かありましたら仰って下さい」
その一言と共に俺の背中にボディータオル当てられた感触がして、ゆっくりとそれが動き出す。
はぁ…気持ちいい…
いつも使うボディータオルと同じなのだから、当然肌に当たる感触も同じはずなのに、なぜこうも自分で洗うときと全然違うのだろうか…
背中を洗い終わってシャワーで流される。
これで終わりか…あっという間に終わってしまったように思えて少し残念に思っていると、背中を流し終わったはずの沙羅さんがまだ動かない。
「せっかくですから、もう少し洗わせて下さいね。」
そんな宣言と共に脇の下から、ボディータオルを持った手が伸びてきたと思うと、そのまま俺の胸や腹を擦り出した。
うおっ!?
少し驚いたが、声を出さずにされるがままになる。
沙羅さんは真面目に洗ってくれているようで、「思ったより難しいですね…こうでしょうか」などと呟きながら手を動かしてくれる。
……だが、実は俺には試練が迫っていたりする。
真面目な沙羅さんは、洗い方を考えながら試行錯誤していて他のことまで気が回っていないのだろう。
そしてこの体勢は、言ってみれば背中から抱きつかれているような状況な訳で、背中に当たる感触が…その…落ち着け…
「あ、これなら洗いやすいですね」
コツを掴んだらしく、洗う手の動きがスムーズになり腕の動きも大きくなる。
体勢にも余裕ができたようで、俺から少し身体を離してくれたと思った瞬間
「きゃっ!?」
沙羅さんが小さく悲鳴のようなものをあげて、腕を急に引っ込めた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。少々お待ち下さい。タオルが…」
「タオルが!?」
その一言で状況が何となく想像できてしまう。
「いえ、何でもございません!」
背中からごそごそと動く気配が伝わってきており、恐らくバスタオルを直しているであろう様子が伺える。
ダメだと思いつつも、頭の中にその様子が浮かんできてしまい…
「お待たせ致しました。」
「…………」
「一成さん?」
「…………」
ぎゅい!
「痛っ!?」
軽くだが頬をつねられて、想像の世界から自分の意識が戻ってくる
「さ、沙羅さん?」
「………一成さんのえっち」
どうやら俺が何を想像していたのかしっかりとバレていたようで、久しぶりに言われてしまった…
結局、沙羅さんはまだ納得していなかったようで、気を取り直してからもう少し俺の身体を洗ってくれた後、達成感のようなもの滲ませて風呂場を出ていった。
…今日も頑張ったよ俺は。
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バイト編をご期待して下さっている皆様、お待たせしております。
どうしても出発前エピソードを書きたかったので、もう少々お待ち下さい。
決してお風呂シーンがメインだった訳ではありません(ぉ
もう一話挟んで、バイト初日になります!
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