第169話 行ってらっしゃい
沙羅さんがお風呂に入っている間に、押入れを開けて中から予備の布団を出すと、俺のベッドの下(横?)に敷く。
本当は俺が下で寝て、沙羅さんがベッドで寝て欲しいと思っているのだが…それを言ったら絶対に断られるだろうな
「お待たせ致しました」
脱衣所から出てきた沙羅さんは、少し驚いた様子を見せていた。
音は聞こえていたので、しっかり使ってくれたみたいだな。
「あの…一成さん、あのドライヤーは…」
沙羅さんがお風呂に入る前に、買っておいた女性用のカールドライヤーを洗面台に用意しておいたのだが、しっかりと気付いてくれたらしい。
「沙羅さんがいつ泊まってもいいように、用意しておいたんですよ。」
こっそり買っておいたのだが、自分が全くドライヤーを使わない上に女性用となれば、どれがいいのか全くわからなかったのでネットの評判を見て決めた物だった。
「ありがとうございます。それでは、今後お泊まりする際に使用させて頂きますね。……これは、いつでも泊まってよいという、一成さんからのアピールだと受け止めて宜しいのでしょうか?」
「え!?」
そこまで大胆なことを考えた訳ではないのだが、とても嬉しそうにそんなことを言う沙羅さんを見ると、そう思われてもいいのかなと思えた。
「ふふ…冗談ですよ。ですが、一成さんさえ宜しいようでしたら、私はいつお泊まりしても大丈夫ですからね」
今日は本当にご機嫌なようで、普段はあまり言わない冗談まで言ってくる。
そんなことになったら、俺は本当に沙羅さんに甘えきってしまいそうで恐い…今更かもしれないけど
「あ、お布団ありがとうございます。ですが…」
既に敷かれていた布団を見て沙羅さんがお礼を言ってくれたのだが、そのまま俺のベッドに向かうと布団一式を折り畳み、そのまま持ち上げて自分の横に並べた。
俺も布団を敷きながらそうするべきなのか悩んだのだが、自分が自意識過剰だと思われたらショックなのでやらなかった…でもやはりそうなるのか。
「これで大丈夫です。さて、申し訳ございません、明日は早いのでそろそろ…」
明日、二年生の集合時間は通常の登校時間より早いそうで、起きる時間も当然早くなる。
「あ、そうですね。というか、明日は流石に朝食は作らなくても…」
「それはダメです。一成さんのお食事を用意することは、私にとってとても大切なことなんですから」
集合時間を考えると、朝食の準備をさせる訳にはいかないと思っていたのだが…
有無を言わせないとばかりの笑顔で俺の言葉を遮った沙羅さんは、絶対に譲れませんと言わんばかりの様子だ。
「すみません、宜しくお願いします」
「はい、お任せ下さいね。では、少し早いですがお休みしましょう。」
俺の返事に満足した沙羅さんは、リモコンで照明を暗くすると先に布団に入り、横になるとしっかりとスペースを空けて俺を待っている。
正直なところ、布団を二つ並べてあるのでスペースに余裕はあるのだが…枕が並んでいるのでそのスペースに入るしかない。
部屋の明かりを完全に消してそのスペースに潜り込むと、待っていましたと言わんばかりに俺の頭を胸に抱きよせる。
二人で寝るときは、沙羅さんは必ずこうして俺を抱きしてめてくれるのだ。
「…寂しいですけど、一週間ですから。毎日お電話しますね。」
そう言いながら、俺の頭をゆっくり撫でてくる。
「大丈夫です。もうこの前のようにはなりませんから。沙羅さんが帰ってくるのをしっかり待っていますよ。だから、沙羅さんは絶対に修学旅行を楽しんできて下さいね。お土産話を楽しみにしています」
沙羅さんが心配せずに修学旅行を楽しんでこれるように、精一杯明るく勤めて言えたはずた。
「…はい、お約束します。目一杯楽しんで参りますね。」
こうして、他愛ない話をしている内にいつの間にか二人とも寝てしまい、修学旅行前の最後の夜が終わるのだった。
ちなみに、翌朝目を覚ますと何故か逆に俺が沙羅さんを抱きしめていて、先に目を覚ましていたらしい沙羅さんは幸せそうに俺の胸で微笑んでいた。
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朝食を食べ終わり全ての準備を終わらせると、いつもより早く家を出る。
ガラガラと、沙羅さんが旅行用のトランクケースを引きずる音を響かせながら二人で歩いていると、いつものコンビニで同じようにトランクケースを転がしている夏海先輩と合流する。
「はぁ…今日くらいお休みすればいいのに」
俺が一緒にいることで、忙しいであろう修学旅行当日の朝まで俺の世話をしてきたということを把握したようだ。
夏海先輩が思いきり呆れた様子で溜息をついたのだが…実際には泊まったのだと知られたら、果たして何と言われるのだろうか?
「それはできません。一成さんのお世話は私の最優先事項ですから」
「はいはい、朝っぱらからご馳走様。それじゃ行こうか」
上手く流した夏海先輩と三人で学校に向かう。
夏海先輩はよほど楽しみなのか、旅行先でやりたいことを力説していて、沙羅さんも微笑ましそうにそれに相槌を打っていた。
そうして歩いていると、学校の正門前にバスが並んでいるのが遠くからでも見えてきた。
よく見ると、女生徒が数人こちらに向かって大きく手を振っている。クラスの友人であろうか?
「沙羅、呼んでるみたいだから行こっか!」
「はい。それでは一成さん、行って参ります。」
「いってらっしゃい、沙羅さん! 夏海先輩!」
俺が声をかけて小さく手を振ると、沙羅さんも笑顔を浮かべて小さく手を振り返してくれる
そしてバスに向かい、旅行用トランクを転がしながら歩き始めた…と思うと、沙羅さんがいきなり振り向いてトランクを手放した。
そのまま俺に駆け寄ると、軽く抱き付くように身体を寄せて、その勢いで顔を近付ける
ちゅ…
「行ってきます、一成さん」
頬に柔らかいものを感じて、その不意打ちに固まっている俺に、満面の笑みを浮かべてもう一度挨拶してから再び歩き出す。
「はぁ……もうどうなっても知らないわよ」
夏海先輩が深い溜息をついてから、歩き出した沙羅さんのあとについて歩き出す。
そして俺の視界に入ったのは、その向かう先で先程まで手を振っていた女生徒達が全員固まっている姿だった…
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「皆さん、おはようございます」
沙羅が挨拶をしても返事が返ってこない。
四人とも固まっているからだ。
他にあれを見ていたやつがいないか一通り見渡して確認するが、どうやら大丈夫だったようだ。
「あの、皆さん?」
「「「「はっ!?」」」」
どうやら全員戻ってきたようね。
「おはようございます」
「お、おはよう薩川さん」
「薩川さんおはよう。そ、それよりもさっきの…」
「まさかあれって…ちゅーを」
「はいストップ。あんたたちは何も見なかった…いいね?」
私が話を途切ると、全員ピタっと黙る。
本当は聞きたくてうずうずしているのが見てとれるが、この話しは危険だから。
「ねぇ薩川さん、夜の恋バナ楽しみにしてるからね?」
さすがにあれを見てしまったら、うら若き乙女としては興味を完全に止めきれないか
「恋バナですか?」
「そうそう、皆で自分の好きな人のこととか話したり…さっきのことも絶対に教えてよ!」
「さっきの?…それは一成さんのことでしょうか?」
「「「「きゃああああ!!!」」」」
「名前、名前で呼んでる!」
「ヤバイヤバイ、女神様に恋人とか特ダネ過ぎる!」
あーあ、このままだと高梨くん大変ねぇ。
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バスが順番に走り出す。
俺は邪魔にならないように、離れたところで待っていた。
幸いにも出発時間が早かったので、何とか見送りまで出来そうだ。
一台、また一台とクラス順にバスが走り出し、次は沙羅さんのクラスのバスだ。
座席の位置まではわからないので、俺の立っている側だといいなと思いつつ眺めていると…沙羅さんが窓際にいてこちらを見ていたので目が合う。
「行ってらっしゃい!!」
大きく手を振って、聞こえないとわかっていても声をあげる。
沙羅さんはお互いが見えなくなる限界まで窓に張りつき、俺に何か言っているようだったが…それも通りすぎて見えなくなる。
行ってらっしゃい、沙羅さん
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