第170話 お父さん

「一成!」


「こんにちは〜、高梨くん」


昼休みに入り、昼食をどこで食べようか考えていた俺に声がかかる。

声のした方向を見ると、教室の入り口には小さく手を振っている藤堂さんと、並んで立っている速人が目に入った。


二人がそのまま教室に入ってくると、いつもなら速人にかけられる女子の声が少ない。

何となく周囲を見ると、どうやら速人が藤堂さんを連れていることで何者なのか様子見をしているような、それとなく品定めしているような、そんな感じが伺えた。


「高梨くん、お昼ご飯一緒に食べよ!」


もっとも藤堂さんはそれが気にならないようで、癒しとも言えるいつもの純粋な笑顔で挨拶をしてくれる

速人もそんな藤堂さんの笑顔を嬉しそうに見ていた。


「一成、良かったらどうだい?」


「そうだな、それじゃ移動するか」


さすがに教室で食べるのは目立ちすぎるだろう、場所を変えた方が良さそうだ。

ここはやはり花壇だろうと考えた俺は、二人を引き連れながら教室を出ると、毎日のように歩くコースをたどりながら花壇に向かう。

どうせ水やりをしなければならなかったからちょうどいいか。

花壇に近付くにつれて人気も段々少なくなっていき、そして全く感じなくなった頃にいつもの風景が視界に入る。


「うわぁ、学校にこんなところあったんだぁ!」


藤堂さんが少し感動したような声をあげた。

そういえば、誰かをここに連れてくるのは始めてだったろうか?

秘密の場所などと言うつもりはないが、ここは沙羅さんとの思い出が多いので、あまり広めたくない場所だ。


「よくこんな場所知ってたね?」


「ここは西川さんの残した花壇なんだよ」


「あ、前にそんなこと言ってたよね!! そっかぁ、ここで高梨くんと薩川先輩が仲良くしてるんだよね。」


仲良くしてる…間違ってはいないんだけど、何かが違うような


「あ、ごめんね。早くお昼ご飯食べよっか。」


今日の藤堂さんはご機嫌というか、いつもより少しテンションが高い感じがするな。


「そうだね。一成、あのベンチ使ってもいいかい?」


速人が指をさしたのは、もちろんいつも使っているベンチだ。


「ああ、三人なら座れるかな」


普段はレジャーシートを敷いて三人で食べているが、ベンチでも大丈夫だろう。

という訳で藤堂さんを挟んで三人で座る。

深い意味はないが、女性を端に座らせるのもどうかと思い先に座ったら、速人も反対側に座った結果というだけ。


「お邪魔しま〜す。えへへ」


そんなことを言いながら俺達の間に座る藤堂さんが、あまりにも楽しそうな様子を見せていることが気になり理由を聞いてみることにした。


「藤堂さん楽しそうだね?」


「うん、男子と一緒に学校でご飯食べるの初めてっていうのもあるんだけど、二人とこんなに仲良くなれたんだ〜って思ったら嬉しくて」


なるほど、そういうことか。

実に藤堂さんらしい理由でほっこりしてしまった。

でも俺だって嬉しさは感じている。

こうして二人が来てくれたのは、俺のことを気にかけてくれたからだろう。

友達がいるということは幸せだな…


三人それぞれお弁当を広げると、二人が俺のお弁当を覗き込もうとする。ちなみに今日はいつもより少し多いようだ。そして、このお弁当を食べ終わると、これから一週間は沙羅さんのご飯が食べられない。


「うわ〜、凄いお弁当だねぇ…これが噂の薩川先輩の愛妻弁当なんだね」


愛妻…

何だろう、からかわれているのではなく、素直に言われてしまうと逆に照れ臭い。


「薩川先輩は修学旅行の準備もあっただろうに、そうやって一成のお弁当までしっかり用意したのか…素直に凄いと思うよ」


「うん、高梨くん愛されてるよね! でも凄いなぁ、私も少しはお料理の勉強した方がいいのかなぁ」


照れ臭い!

早く話題を変えてしまうに限ると判断した俺は、今の藤堂さんの発言に乗ることにした。


「藤堂さんのお弁当はお母さんが?」


「うん、料理とか全然したことないんだ…やっぱり男子って料理の上手な女の子の方がいいよね?」


これは答え辛い

それに、俺には沙羅さんがいるから、何を言ってもフォローにならない気がする。

という訳で速人の出番だろう。


「どうかな。確かにご飯を作って貰えたら嬉しいだろうけど、そこを理由にどうこうってことはないと思う…少なくとも俺はね。」


「そっかぁ…でも作れないよりは作れた方がいいよね。薩川先輩みたいにはなれないけど、少しくらいは勉強しようかな。」


速人がさりげなく「自分は」という部分をアピールする。俺はノーコメントとしておこう。


「もし作ったら食べさせて欲しいかな? ね、一成?」


「あぁ。ただ俺は沙羅さんのお弁当があるから、メインは速人だな」


「そっか。じゃあ横川くん、そのときは宜しくね!」


よしよし、上手い流れになってくれた。

そしてお弁当を食べ終えた俺は、いつも通りにホースの準備を行うと水やりを開始する。

速人と藤堂さんも手伝ってくれたこともあり、予定より早く終わった。


「高梨くん今日からアルバイト増やすんだよね? お祖父ちゃんのお店も毎日手伝うみたいだし、本当に無理しないでね。何かあったら薩川先輩が大変だよ?」


色々な意味に取れる「大変」という言葉を使った藤堂さんは、ある意味正しいのかもしれない。

だから無茶はしない、でもこの一週間に限っては多少の無理は覚悟の上だ。


「大丈夫、沙羅さんに迷惑をかけるようなことはしないよ」


速人は俺の心境がわかっているのか、何か言いた気ではあったが結局何も言わなかった。


そして放課後を迎える…


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生徒会は、沙羅さんを始め二年生がいないので、少なくとも修学旅行が終わるまでは休みになっている。

仮にあった場合、俺は休む理由をでっち上げなければならない上に、休んだことが後日沙羅さんの耳に入る可能性もあったので正直助かった。


学校を出て少し早足気味に家へ向かうと、途中で薩川さんから電話があり、家まで迎えに来てくれるとのことだった。

家に着いた俺はさっさと着替えて、直ぐに家の外で待機していると黒の高級車がこちらに向かい走ってくる姿が見えた。

だが、この前の車とは車種が違うような…


やがて目の前まで来ると停車して助手席の窓が開き、今日は運転席にいる薩川さんが「乗ってくれ」と俺に声をかけた。

薩川さんが運転しているということは、この車は自家用車なのだろう。

助手席のドアを開け、車に乗り込みシートベルトをつける。それを確認した薩川さんが車を走らせ始めると、薩川さんから話しかけてくる。


「改めて、今日から宜しくね、高梨くん」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


お互い挨拶を交わすと、薩川さんから少し細かい説明があった。


今回、給料については正式な雇用という形ではなく、個人的な手伝いのお礼という形になるということ。

時間については無理のない範囲で、実際に働いた時間を奥さんに報告するだけでいいということ。

仕事内容については、基本的にその奥さんが教えてくれるということ。

あとは薩川さんが居るときは、別の手伝いを依頼する可能性もあるということ。


大きく分けてこの四点の説明があった。

特に難しくないという話だったが、俺はバイト自体が初心者な上に、書類整理など生徒会でしかやったことがない作業なので不安はある。

あとは薩川さんは気さくな人だけど、奥さんの人となりがわからないので、気難しい人でないことを願いたい…かな。


車は駅前を通りすぎて住宅街に入る。

確かこのエリアには沙羅さんの自宅があったはずだ。以前、真由美さんに呼ばれて一度行ったことがあるが、あのときは沙羅さんの先導で歩いていただけなので、ハッキリとした道順を覚えていない。


そんなことを考えていると車がシャッターの前で止まった。どうやら薩川さんの家に到着したようで、目の前はガレージになっているのか電動シャッターが開きはじめる。その様を眺めつつ、何となく俺は家の方にも目を向けた。そして視界に飛び込んで来たのは当然薩川さんの自宅だ…が


…………あれ?

見覚えがあるような……え、嘘だろ?


俺が無言でいる間にもシャッターは開き続け、完全に開いたガレージに車を入れる。そして車から降りたが、呆然としている俺を引き連れて、激しく見覚えのある玄関に向かう薩川さん……いや


お と う さ ん!!??


俺は予想していなかったか!?

薩川という名字は珍しいだろう!?

何で気付かなかった!?


…いや、よくよく思い出してみると、初めて名刺を見たときに沙羅さんと関係があるのではないかと思ったのだ。

だけどそれではあまりにも出来すぎているし、偶然にも程があると考えた俺は「違う」と判断し勝手にそう思い込んだ。

その上で、どうせ二度と会うことはないと忘れてしまい、思い込みを残したまま再会してしまった訳だ。


などと冷静に考えている場合ではない!

目の前にいるのが沙羅さんのお父さんだとわかった以上、俺はどうすればいい!?


改めて挨拶をするのか?

何て挨拶をするのか?

娘さんを僕に下さい?

いや、それは結婚の許可を貰う台詞…


パニックになっている俺に気付かないお父さんは、そのまま玄関を開けて入ると、ドアを開けたまま家の中に向かい声をかけた。


「帰ったぞ〜。真由美、紹介するからこっちに来てくれ!」


!?

その一言は、パニックになっている俺に追い討ちをかける一言だった。

そうだ、ここは沙羅さんの家なんだ

ということは、当然出てくる奥さんとは…


「はーい。お待たせしました。どうもはじめ………」


俺はこのときの真由美さんの笑顔を生涯忘れないだろう。

最初は驚きだった表情が、真顔で口だけニヤけるという意味深な表情に変わり、最後はとびきりの…本当にとびきりの笑顔を浮かべて俺を見た


「あら、あらあらあらあら…まぁまぁまぁ、これはこれは…うふふふ、は じ め ま し て! 薩川真由美と申します〜」


あからさまに「初めまして」を強調した真由美さん。

きっとそれは、あくまで初対面というスタンスで対応しろと暗に要求しているのだろう


「は、初めまして、高梨一成です…」


俺が初対面を装ったことに満足したのか、真由美さんは相槌を打ちながら会話を続ける。


「はい、初めまして。お会いできて嬉しいですよ、高梨さん。何でも大切な恋人さんにプレゼントをするために、アルバイトを頑張っているとか…本当に幸せ者ですね、沙…恋人さんは」


ちょ!?

今、沙羅って言いかけただろ!?

しかも絶対にわざとだろ!!

バレていいの? ダメなの?


一人でパニックを起こしていると、俺のリアクションが真由美さんの妙なノリで困っているからだと判断したらしいお父さん…いや、政臣さんと呼ぼう、心の中では…は、真由美さんを嗜めるように声をかけた。


「こらこら、初対面でそんな対応をされたら高梨くんが困るだろう。すまんね高梨くん、私が君のことを話したら興味を持ったようで、会えるのを楽しみにしていたんだよ。」


「い、いえ、俺は別に」


「ごめんなさいねぇ…とっても好感の持てる子だって主人から聞いていたから。うふふふ…今日から楽しみだわ…いっぱいたの…じゃなくてお仕事頑張りましょうね」


何だろうこの不吉な予感は…

まだ仕事が始まってもいないのに、早くも精神的に疲れ始めていた。


でも…実際俺は政臣さんにどうするべきなのか。こうなった以上真由美さんと相談したいのだが、あのニヤけた笑顔には不安しか感じなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


仕事開始まで辿り着きませんでした…

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