第7話 お礼

「お茶の用意をしてきますので…座ってお待ち下さい」


先輩はそう言って、おそらく台所へ向かったようだ。

お婆さんと二人きりになってしまったので、何か喋らなければという心理が働いている。

何を話せば…


「それで…高梨さんでよろしかったですかね?」


「はい、高梨一成といいます」


お婆さんが先に切り出してくれたので、向かい合いしっかりと挨拶を交わすことにする。


改めてお婆さんを見ると、おっとりしていて優しそうな雰囲気だった。

逆に先輩はいつもキリっとしていて、ちょっと正反対な感じがする。


あくまで俺の印象だけど。


「ご丁寧に。私は薩川幸枝といいます」


「では幸枝さんで宜しいでしょうか?」


「はい。それにしても、あなたが沙羅ちゃんのお友達だったなんて世間は狭いねぇ」


幸枝さんが楽しそうに話し始めた。

世間が狭いとは、俺も同じ事を考えていたのだ。


「俺も驚きました。こんなこともあるんですね…」


「あの日は夜に集まりがあって、いつもより買い物が多かったのよ。今までもあのくらいの買い物はしたことがあるから、そういうときは階段で一休みして一気に持っていくんだけどねぇ」


この話を聞くに、どうやらよくあることだったらしい。

ひょっとして俺は、差し出がましいことをしたのだろうか…それはつまり恩着せがましいということにもなる訳で。


「ひょっとして余計なことをしましたか?」


「いえいえ、まさか。大変なのは間違いないから、本当に助かりましたよ。」


そこまで話をしたところで先輩がお盆を手に戻ってきた。

お盆にはお茶と、恐らくはお茶菓子であろう物も持ってきてくれたようだった。


「お待たせしました。高梨さん、こちらをどうぞ…お祖母ちゃんはこれ」


「ありがとうございます。」


「ありがとね」


お茶とお菓子をテーブルに置くと、先輩は幸枝さんの隣に座った。


「改めまして、お祖母ちゃんがお世話になりました。ありがとうございます」


「ありがとうございます」


先輩が丁寧な物腰でお礼を言ってくれると、続いて幸枝さんもお礼を言ってくれた。

何かむず痒い感じかするけど、俺もしっかり返さないとな。


「いえ、ちょっとした気まぐれというか、素通りはできなかったというか…とにかく、もう気にしないで下さい。」


「…はい、高梨さんがそうおっしゃるのでしたら…ではお礼は後日改めて。」


「いや、お礼はもう充分頂きましたから」


「申し訳ございません、こちらの我儘なのですが、せめて何か一つお返しをさせて頂きたいのです。」


先輩はどこか申し訳なさそうな様子で、でも退く気もないようで、俺にハッキリと伝えてきた。

そしてそれに合わせるように幸枝さんが


「高梨さん、この娘は一度決めたら引かないのよ…私としても何かお礼をさせて頂きたいところだけど、高梨さんのご迷惑になっても何だから…沙羅ちゃん、私の分までお願いできる?」


「わかりました。そういうことですので高梨さん、こうなった以上私は何としてもあなたにお礼を受け取って頂きます」


こんな真面目な表情で言われてしまうと…


別に無理に断る理由もないし、それで先輩達が納得するのであれば受け取らせて貰おう。

謎の強迫観念で動いただけだということに、何となく引け目を感じているだけなのだ。

これ以上遠慮するのも失礼だし


「…わかりました。ではせめて、手軽に用意できるようなものでお願いします」


こちらが折れると、先輩は少し安心したような表情を見せた。


「はい、では何かご迷惑にならないものを考えてお返しさせて頂きますね」


「ありがとうございます」


「お礼を申し上げるのはこちらですよ。」


どこかほんわりとした感じで、先輩が返してきた。


「それにしても、あの沙羅ちゃんが男の子のお友達を見せてくれるなんて」


「お祖母ちゃん、私は別に友人がいない訳じゃ…それに友達だなんて高梨さんに申し訳ない…」


どこか戸惑った様子で先輩が言う。

だけど、言い方から察するに、先輩自身は俺が友達だと思われることに対して、悪い気はしていないということなんだろうか。


「あら?どうなの高梨さん?」


「いや、先輩がそう思ってくれるのなら俺は…どちらにしても、俺からすれば尊敬する先輩ですから」


俺は本音で答えてみると、先輩は困ったような、でも嬉しさをも感じるような表情を見せてくれた。


「よろしいのですか?高梨さん」


「はい。先輩さえ宜しければ俺は」


「……本当に?」


「はい!」


「……ありがとうございます」


そして少しだけ…笑顔が見れた。

俺も、先輩から悪く思われてはいないとわかったのが嬉しかった

でも友達というより、やっぱり「先輩」のイメージなんだが


しかし…お婆ちゃんが相手だと先輩はかなり砕けた口調になるんだな

正直、かなりレアな光景を見れているんだろうと思う


「高梨さん、この子とはどんなきっかけでお友達に?」


「そうですね、かなり偶然だったんですが」


花壇での出会いから今日に至るまで、大まかに話をした。


嬉しかったのは、所々補足したり同意したりと、先輩が一緒に説明してくれたことだった。

そして、気付いたらかなり時間が経っていた。


「すみません、思ったより長居してしまいました。ご迷惑になってしまいますから、これで失礼します」


「あら、ゆっくりして頂いて大丈夫よ?」


幸枝さんがそう言ってくれたが、そろそろ晩飯を考える時間だ。

邪魔になってしまう前に退散するべきだろう


「いえ、俺も買い物がありますから…失礼しますね。」


「そうですか、また、お茶でも飲みにきて下さいな」


「ありがとうございます」


玄関で靴を履き、さよならを伝えると、先輩が階段の辺りまで一緒についてきてくれた


「高梨さん、また明日」


「はい、失礼します先輩」


神社の階段を降りながら、何となく途中で振り返ると、まだこちらを見ていた先輩が小さく手を振ってくれた


無表情とも言えるようなその表情の奥に、本当は存在している先輩の色々な顔。


なぜ先輩は他人に厳しいのだろう…冷たいのだろう

なぜ俺には普通に接してくれるのだろう…

俺は先輩のことを全然知らないのだと、改めて気付かされた。


でも、神社に来る前の嫌な気持ちはすっかり忘れていた。

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