第6話 桶屋が…

あれから暫くが経った


クラスの程度は低いまま、バカ共は幅を利かせ、小学生のクラスだと言われても不思議はないような惨状だった。

休み時間には日本語とは思えない言語が飛び交い、不快な大声は廊下まで響いている。


俺は授業以外では一秒たりとも教室にいたくなかった。

俺の居場所は花壇になっていた。


先輩が来た日は先輩が水やり、俺が雑草の片付けや肥料などを撒く。

先輩が来ない日は俺が水やりをする。

特に決めた訳ではないが、俺が毎日居るので何となくそんな感じになっていた。


恐らく先輩は、俺がクラスに溶け込めていないことを気付いているだろう。

俺は毎日来ているし、そもそも屋上での一件も知ってるから。

それでも何も言わずにいてくれるのがありがたい。


お互いに、何か意味のある会話をする訳でもなく軽い世間話をする程度だった。

でも気まずい感じではない…と俺は思っている


そんな中、少し驚いたのが放課後に廊下でたまたま先輩を見かけたときだ。

何人かと一緒に歩ていたので声をかけるべきか悩んでいたのだが、会話が聞こえてきた。


「そのくらい自分で判断して行動しなさい。いつまで中学生のつもりですか?」

「は、はい、すみません」


「この書類はまとめ方が雑すぎます。作業自体は何度もやっているのでしょう?少しは効率のいいまとめ方を考えなさい」

「気を付けます…他の資料を参考にしてみます」


間違ったことは言っていないのだろうが、とにかく厳しい…特に口調が。

単に注意するというよりは、もう一段何か理由があるような厳しさだ


俺は今までこんな言い方をされていないが、もし言われたら俺はどうするだろうか…


極めつけは、歩いてきた先輩にチャラ男が道を塞いだときだ


「薩川さん、ち〜っす」

「…………」

「あれ?どったの?」

「…子供の相手をしている暇はないのですが?」

「へ?」


あの冷たい視線は…凄いな

言葉使いもそうだが、あれは完全に見下しているというか、相手にする価値がないと本気で考えていそうな気がする。


「馴れ馴れしいですよ? そもそも私はあなたを知らないのですが?」


ハッキリ言われてチャラ男が固まった。


実際に面識かあったかどうかは知らないが、少なくともあの男は自分を知っている前提で話しかけただろう。


…さすが孤高の女神様

…相変わらすキツいねぇ。

…あれでよく皆ついてくるよね

…実績があるからね。口だけの人じゃないから慕ってる人も多いよ。

…美人であの冷たさがいいんじゃないか

…あの人が副会長になってから、自販機とか校則とか、色々良くなってるよ?


周りの連中がコソコソ言っている声が聞こえた。

正直あれでは敵を作るだけだと思うのだが…

でも、一緒にいる人達は怒られながらもそこまで嫌な顔はしていない。


何か理由でもあるのか?

本人達がいいならいいのか?


俺がそんな事を考えている内に、いつの間にか先輩達が近くまで来ていた。

壁に寄りかかり、ぼーっと考えていたので先輩がこちらを見ていたことに気付かなかった。


「こんにちは、高梨さん」


「!? こんにちは、先輩」


まさかここで声をかけてくるとは思わなかった。

雰囲気的に、俺はスルーして行ってしまうのではないかと考えていたのだが。

しかし、さっきまでの厳しさを全く感じない、俺にしてみればいつもの話し声だった。


なぜか、周りの声が消えた気がした


「はい。高梨さんはもうお帰りですか?」


「ええ、その、教室には…」


「ああ、そうでしたね。……迷惑なことに幼稚な人はどこにでもいますからね」


途中から小声だったので上手く聞こえなかった


「申し訳ございません、行くところがありますのでこれで失礼しますね。ではまた明日…」


「は、はい。では」


恐らくは生徒会役員であろう面子を引き連れて、颯爽と行ってしまった。

通り過ぎ様に「こいつ誰なんだ?」みたいに見られた。


…誰あれ?

…あいつまともに会話してたぜ

…なんか、女神様いつもと違わなかった?

…あいつ誰に断って女神様と近づいてんだ


考え事をしていたので、そんな周りの反応もあまり気にならなかった。


あの厳しい対応はある程度知っていたとはいえ、実際に目の当たりにすると驚きだった。


もしあれが先輩にとって普通の対応なのだとしたら、何かあれば俺もあんな風に扱われてしまうときがくるのだろうか…


そうなったら、今までのように話せなくなってしまいそうで怖い。


何で俺に対しては丁寧な話し方なのだろうか…

聞いてた限り、他の人はそうでもないみたいだ。


下校しながら色々なことが頭に浮かび、気がついたらいつの間にか家に着いていた。


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今日はいつもの神社へお参りにきた。

お参りなんて言うと仰々しいが…ただ手を合わせて願うだけだ。


…俺の状況は、もはや神頼みでもしないと解決しないかもしれない。


今日もお参りを終えて振り返ると、いつの間にいたのかお婆さんが立っていた。


「まぁまぁ! よかった、やっと会えたねぇ」


以前、荷物を持ってあげたお婆さんだった。


「あぁこんにちは。お元気ですか?」

「お陰様でね。この前は御礼ができなくてごめんなさいね」

「いえ、あれは俺も急いでたので」


荷物をちょっと持ったくらいだし、わざわざお礼を貰うようなことはしていない。

勝手に覚えた気まずさで手伝っただけだ。


「何か御礼を…」


「いえ、荷物を持っただけだしそんな気にしないで下さい」


「でもねぇ」


ジャリジャリ…


誰かが砂利の上を歩いてくる音が聞こえる。


「お祖母ちゃん、ここに居たんだね」


この声は…


「沙羅ちゃん、いらっしゃい」

「うん。あ、申し訳ありません、お話に割り込んでしまいまして…」


途中から声が俺の背中に向いたようなので、多分俺に謝っているのだろう


「沙羅ちゃん。このお兄さんが、この前私の荷物を持って運んでくれた人なのよ」


「そうでしたか。すみませんその節は祖母がお世話になりました…本当にありがとうございます。」


俺が振り向くと、先輩はちょうどお辞儀をしていて下を向いていた


「あの、先輩…」


俺の声を聞いた先輩が、勢いよく体を上げた


「え! 高梨さん!?」


先輩の、こんなハッキリと驚いた表情は初めて見た。

でも、正直俺もかなり驚いていた。

こんな偶然あるのか?


「はい…あの、お婆さんって先輩の?」


「はい、私の祖母なんです。以前、若いお兄さんのお世話になったと聞いてはいたのですが、まさか高梨さんだとは…」


俺も驚きだ。

在り来たりだが、世間は狭いなぁとか呑気なことを考えてしまった。

その時、ここまで話を聞いていたお婆さんが反応した。


「おや? 沙羅ちゃんのお友達なのかい?」


「高梨さんにはお世話になっていまして」

「先輩にはお世話になっていまして」


…台詞もタイミングも被ってしまった。

お婆さんはちょっと笑っている。


「そうかいそうかい。初めて沙羅ちゃんのボーイフレンドが見れたんだ、良かったらお茶くらい飲んでいって下さいな」


ボーイフレンド…正直そんな風に言ってもらえるような間柄ではないと思う。


それに、俺はまだしも先輩は気まずいだろうと思うし。


「えーと…」


「すみません高梨さん、ちゃんと御礼もお伝えしたいので、少しだけお時間を宜しいでしょうか?」


あまり気にした様子のない先輩が、いつも通りの声色と表情で俺に問いかけてきた。


先輩からもそう言われてしまうと、無下に断ることもできないよな…


「わかりました、では少しだけ…」


「ありがとうございます。ではこちらへ…」


先輩に誘導され、神社の横の母屋へ入ることになった

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