第5話 噂と真実
今日も最悪の気分だった。
クラスのバカ共が幅をきかせて、それに加わるやつらも増えた為に、もはや高校生とは思えない程度の低いクラスになってしまい嫌気がさす。
無視を決め込み、昼休みになれば一人になりたくて俺は早々に花壇へ向かう。
花壇で気を落ち着けようと思いながら、そろそろ暑くなってきたので、水やりの回数を増やすことも考えた方が良さそうかな…などとつい考えてしまった。
俺は別に園芸部でもない、責任がある訳でもないのになぜそんなことを考えているのだろうか…思わず自分で自分を笑いそうだった。
ただ…この前逃げるように別れてしまった薩川先輩に会えるかも…と少し思っていた。失礼なことをした自覚もあるので、謝りたい気持ちもある。
「こんにちは」
花壇では、既に薩川先輩が水やりをしていた。
散った水が太陽光を反射してキラキラしていて、その光を受ける先輩は本当に女神様なのかと思えるような光景だった。
俺はつい見とれてしまい言葉を失っていた。
「………」
「高梨さん? どうかしましたか?」
先輩が俺の名前を呼んでくれた。
まさか名前を覚えてくれていたとは…
素直に嬉しかった。
その衝撃で我に返った
「すみません、ちょっとぼーっとしてしました。改めまして、こんにちは先輩」
「こんにちは、今日はどうしましたか?」
今日は話をしていても特に怖い感じや冷たい感じがしない。
この前のあれは何だったのか…
とにかく、これなら話もできると思う。
ついでだから、さっき気になったことを伝えることにした。
「暑くなってきたので、水やりを増やす必要があるかなと思って見に来たんですよ。」
「そうでしたか、確かに、私もそれは考えていました。」
先輩はホースのグリップを握る指を離し、水を止めてからこちらを見た。
そして、俺が手に持っている袋に気付いたようだ。
「ところで、お昼のお食事はもう終わったのですか?」
「あ、いや、まだです。」
「でしたら、この子達のお世話は私にお任せ下さい。お食事をどうぞ」
「すみません、失礼します」
いつものベンチに腰掛け、袋の中身を出す。
今日の先輩は機嫌がいいのだろうか?
最初に出会ったときや、前回のキツさを見ていると、随分差があるような気がする。
「もし飲み物が足りないようでしたら、そのペットボトルを飲んで頂いても大丈夫ですよ。使い捨てのコップもそこにありますので…」
「え? すみませんありがとうございます!?」
「いえ、ごゆっくり…」
そんなことを言って貰えるとは考えていなかったので驚いてしまった。
先輩の顔を見ると笑ってはいない…相変わらず無表情というか、でも不機嫌な感じでもない。
どうであれ親切にしてくれているのは確かだと思うと、それは素直に嬉しかった。
先輩は食べ終わりを見計らってくれたように、俺が落ち着くと話しかけてきた。
「今までは何となく交代制のような水やりをしていましたが、今後暑くなることを考えるとしっかり決めた方が良いかもしれませんね。」
「そうですね、確かにそうした方がいいかもしれません。」
やはり先輩も同じように考えていたようだ。
続きを話そうとしたようだが、先輩が不意に何かに気付き、少し焦ったような表情を見せた…ような気がする。
「申し訳ございません、これは先に確認させて頂くべきだったのですが…そもそも高梨さんはこの子達のお世話をご厚意でして下さっているのですよね? このままこの先もお手伝いして頂けると思って宜しいのでしょうか?」
なるほど、そこに気付いたのか。
確かに決められている訳じゃないし、やるやらないは俺の自由だ。
でも、既にここは俺の数少ない居場所だと思っているし、何となく始めたことでも中途半端で止めるのは嫌な気がする。
それに…先輩が気になるという理由も正直あった。
「勿論です。もともと俺が自分から始めたことなので、ここで止める理由なんかないですよ。」
「ありがとうございます。それでしたら今後も宜しくお願い致します。」
先輩は少しお辞儀をしてくれた。
今まで他の人と話をしているときに見せた厳しさや、「孤高の女神様」に関する噂も色々聞いていたから、もっとキツくて厳しくて接するのが難しい人だと思っていた。
でもやっぱ噂は噂だと思う。
そんな風には見えないし物腰も丁寧だ。
俺が話しかければしっかり返してくれるし、向こうからも話をしてくれる。
「ではお話を続けさせて頂きますが、基本的に私と高梨さんで交互に…という形で宜しいでしょうか?」
「俺は大丈夫ですが…もしお邪魔でなければ今後も昼休みにここに来てもいいでしょうか?」
「私は構いませんが…宜しいのですか?」
俺は教室になるべく居たくないからここに来た訳で、できれば今後もそうしたかった。
特に変な言い方をしたつもりはなかったのだが、先輩が少し戸惑った様子を見せた。
何故だろうか?
「ご存知だと思いますが…私はお世辞にも人当たりがいいとは言えませんし」
なるほど、そういう理由か。
でもそれは俺的に問題はない。
そもそも俺はそんな風に感じていない。
「いえ、実は教室に居たくないといいますか…何度か来ている内に、ここが何となく自分の居場所になってくれているような気がして」
本音を伝えてみると、先輩が少し納得したように頷いた。
こうしてしっかり見ていると、無表情に見えて表情も少しだが動いているんだな…
「そうでしたか…私もそのお気持ちが少しわかります。」
「そうなんですか?」
その答えは意外だったが、そうであれば受け入れて貰えるのではないだろうか。
「はい。では私もこれまで同様、基本的に来れそうであればお昼に来ます。ただ、私も高梨さんも両方来れない場合この子達が困ってしますので、念の為に連絡先を交換させて頂いて宜しいでしょうか?」
これは予想外だった。
確かにそういう可能性もあるが、まさか先輩と連絡先を交換することになるとは…
「は、はい。では先輩、RAINでいいでしょうか?」
ここは無難に、最も使われている無料通話アプリを選んだ。
俺はスマホをズボンのポケットから取りだしRAINを立ち上げる。
俺のバーコードを表示して、先輩がスマホで読み込む。
「……こちらは登録できましたが、高梨さんは如何でしょうか?」
「はい、俺も登録できてます」
この高校に入って初めての連絡先交換をしたのだが、それがまさかあの女神様とは正直信じられない気持ちだった。
先輩が自分のスマホを見ながら
「そういえば、私のRAINに男性の連絡先を登録したのは初めてです…少し…不思議な感じですね」
どうやら先輩も似たようなことを考えていたようだ。
一応、先輩の表情を見る限りマイナスの印象はないと思うが…
「あ、何か不味かったですか?」
「いえ、違うのですよ。同級生や生徒会役員など一応周りには男性もいるのですが、その誰とでもなく、あなたが最初の男性になったことが…少し不思議な感じがしただけなのです。」
成る程。
確かに普通であれば、RAINの交換くらいはしても不思議ではない人も居たはずだ。
でもその誰とも交換せずに、一番よくわからないポジションの俺が最初の相手となれば…不思議な感じはあるだろうな。
「実は俺も似たような感じでした。この高校に入って同級生とはまだ誰一人交換してないのに…生徒会副会長が最初なんて不思議な感じです。」
先輩が俺の発言を受けて、少し不安そうな表情をした…ような気がする。
「それは…悪い意味ではないのですよね?」
「勿論です。素直に嬉しいです。思わず連絡以外のメッセージを送ってしまいそうです」
少し冗談を言ってみたが、実際に送ってみたい気もする。
「もともとそういうアプリですから…何かお話があればどうぞ」
一応、先輩の社交辞令的な返しを受けたところで、昼休みがもうすぐ終わるという予鈴が聞こえた
「あ、急いで片付けないと…」
「俺も手伝いますよ。 」
「すみません宜しくお願いします。」
散水パーツを外し、ホースのリールを巻く。
今日は水やりだけだったから、片付けもすぐに終わった。
だから時間的には充分間に合うはずだ。
「では、また明日。」
「はい、お疲れ様でした。」
会話の流れとはいえ、先輩とRAIN交換ができてしまった。
それが少し嬉しくて、今日の嫌な午後を乗り切れる気がしてきた俺だった。
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