第130話 過去 その1

「私も五日間お会いできなくて寂しかったです…せっかくお泊まりさせて頂けるのですから、一成さんをお側で感じたいのですが…ダメでしょうか」


甘え顔の沙羅さんから、殺し文句が飛び出した。

そんなことを言われてしまえば、俺は断ることなどできない。

だって俺も甘えたい気持ちはあるから…


つまり沙羅さんが何を言っているのかというと、一緒に寝ませんかというお誘い? お願い? そういうことなのだ。


お話をするなら横になってお話ししましょうという、沙羅さんのお泊まり会のようなノリの提案から始まった。


大丈夫だよな、真面目な話をするだけだし…。

沙羅さんは純粋にそう言ってるだけだから、俺が自制心を常に持てば問題ないはずだ。


「わ、わかりました、でも俺の話しも寝ながらするんですか?」


「はい、お話が長くなるのであれば、横になった方がお互い楽ですよ?」


他意は無いとばかりに言われてしまうと、それもそうかと素直に思えてしまった。


ベッドでは狭いということで、予備の布団を出してカーペットの上に敷く


…納得したはずなのに、敷かれた布団を見ると…本当に良いのだろうか?

何か間違っているような気がするのは気のせいだろうか


沙羅さんは先に横になると、自分の隣のスペースをポンポンと叩いた。


「さぁ、一成さんも横になって下さいね。」


沙羅さんはとても嬉しそうにしている。

もしこれで俺が日和れば、沙羅さんはきっとガッカリするだろう…俺はそれを望まないし、つまり選択肢はない。


だから思いきって甘えてしまうことにした。


「し、失礼します。」


なぜかそんな言葉が口をついたが、おずおずと横になると、待ってましたと言わんばかりに沙羅さんが俺を抱きしめてくる。


お風呂上がりだからか、沙羅さんからとてもいい香りがする。

これは俺の使っているボディソープやシャンプーの香りではない。恐らく荷物のなかに、普段使っている物が入っていたのだろう。


そして普段と違い薄手のパジャマだから、抱きしめられると沙羅さんの柔らかい感触が…


俺が決心したことを沙羅さんは知らないから、きっと少しでも話しやすくしようと努めてくれているのではないか?

何となくそんな気もした。


俺は自分の決心が少しでも鈍らない内に、一気に話をしてしまうことにした。


「沙羅さん、まずは俺の話を聞いてください。これは俺が中学三年になったころからの話です。」


そして俺はいよいよ、ずっと避けていた過去の話を開始する。

俺の言葉を聞き、沙羅さんが俺の身体を抱きしめる力を少し緩めた。


「はい、お聞きします」


そして俺の頭の中は、あの頃を鮮明に思い出していくのだった…


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「かずちゃん…」


小さい頃の柚葉は内気で泣き虫で、いつも俺の側から離れなかった。

俺は子供心に、こいつを守るのは俺だと思っていた。


「かずちゃん、だいすき!」


小学校に入っても変わらなかった。

柚葉は俺から離れようとせず、そのせいで友達が出来なかった。

女子同士で遊んでいる姿を羨ましそうに見ているが、そこに入って行くことができなかった。俺が知らないところで苛められていたことも原因だったなんて、当時の俺は気付いていなかった。



ピピピ…ピピピ…


ガチャ


懐かしい夢を見た。

あの頃の柚葉はもういない。

今のあいつは…


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「おはよう一成」

「おはよう雄二」


中学三年になって約一ヶ月

やっと今のクラスメイトにも馴染んできたが、やはり親友の雄二が同じクラスでないのは残念だ。

一応今まで同じクラスだった面子もいるし、友達もいるんだけどな。

でも雄二は別格ということで。


雄二と別れ、教室に向かう途中で柚葉と鉢合わせした。

相変わらず派手な化粧だ。

茶髪にわざと着崩した制服、ギャルそのもので、はっきり言って似合わない。


こいつは普通にしていた方が100倍可愛いのに…


俺が顔を見ていることに何か感じたのか、表情を更に歪め、嫌な物を見るような目つきになった。


「なに? 何か文句あんの?」


小学校の頃は本当に可愛かったんだけどな。何でこんな風になったのか…


「文句というより、その頭も化粧も違反だろうが。いい加減止めろ」


「皆やってんのに何で私だけ止めなきゃならないのよ。それよかその顔で話しかけないでよね。ダサいのが伝染るし〜」


これがあの大人しくて可愛らしかった柚葉だとはいまだに信じられない。


周りにのせられてこうなったのは知ってるが、あいつらは柚葉を半分からかっているだけだ。

でも柚葉は相手をして貰えるのが嬉しくて受け入れてしまっている。

ずっと同性の友達が欲しかったのだろうから、気持ちがわからないでもないんだが…


「キモいからさっさと消えてくんない?」


「あー、わかったよ」


悪態をつきつつも、俺はいつか柚葉が自分を取り戻してくれると信じていた。

こんな風になってしまっても幼馴染みだから。

それに…こいつのことが好きだった気持ちも引きずっているからだ…


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「山崎くんおはよー」

「山崎くんおは〜」

「ねぇねぇ山崎くん」


山崎山崎うるさいな…

このクラスになってから毎朝こんな感じだ。


山崎和馬


俺は知らないが、女子の話だとモデルか何かをやったことがあるらしい。それを感じさせる容姿をしていると思う。

そしてこいつの親は会社の社長らしく、そのせいなのか妙にブランド物の私物が多い。


俺から言わせて貰えば、激しくいけ好かないチャラすぎるくらいのチャラ男…そんな男だった。


ちなみに女絡みの宜しくない噂もしょっちゅう聞くが、それを口に出すと女子から非モテのやっかみだとバカにされるので誰も言わない。


「山崎くん、今度さ」


今突撃したのは柚葉だ。

あいつは山崎に本気らしく、いつもあからさまに接近している。

告白したとは聞いていないが、他の女子と牽制しあってるのは間違いないだろう。


山崎と俺では顔面偏差値に差がありすぎるし、柚葉はいつの頃からか俺を嫌っているのだと思う。

だからもう柚葉は諦めた方がいいと薄々感じていた。


でも俺だって、自分の交遊関係を後回しにして昔からあいつを見守ってきたつもりだ。

その結末が理由もわからず柚葉に嫌われて、あんな男に取られるというのであれば…

これでは救いがないというか、自分が報われなさすぎる。


でもだからといって、どうにかなるものではないんだよな…

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