第129話 お泊まり

「沙羅さん…俺の話を聞いてくれますか? 今まで誰も信じてくれなくて、俺はこれを言う意味を失っていました。でも沙羅さんにはしっかり話しておきたいんです」


俺は話をする覚悟を決めた。

沙羅さんの決意を聞いた以上、俺もそれに答えたい。


「ただ、話が少し長くなります。時間のこともそうですし、もし沙羅さんが疲れているようなら明日でも…」


俺がそこまで言うと、突然スマホを取り出して電話をかけ始めた


「お母さん、突然ですみませんが私は今晩帰りませんので…ええ、このまま一成さんのお家に泊まります。…はい、わかりました。」


通話が終わったようで、再びスマホをバッグに戻した。

え…泊まるって言ったか?


「これでゆっくりお話ができます。それに、どちらにしても今の一成さんをお一人にして帰るなど私にはできませんので。」


泊まる…沙羅さんが家に泊まる…!?


「え、え、でも着替えとか?」


焦りで微妙に的外れなことを言ってしまった。言うべきことはそこじゃないだろう


「着替えはこの後母が持ってきてくれるそうなので…あ、それと、一成さんに少しだけお話があるとのことでした。」


お話…何だ…何を言われるのか?

これ以上俺にプレッシャーを与えないで欲しいのだが…


「では、お話の前に…一成さんのご飯をお作りしますね」


沙羅さん冷蔵庫を開けると、何やらゴソゴソとやり始めた。そして冷凍庫も開けると…どうやら使えそうな物を取り出しているようだ。

俺が晩飯を食べていないと確信しているのだろう…実際に食べてないけど。


「何かのときに、すぐご飯の用意ができるように冷凍しておいたものがあるんですよ。」


…自分で作ることを諦めていた俺には、そもそも冷凍庫にそんな食材が入っていることも気付かなかった。


そして冷凍してあった物を解凍しながらキッチンに立つと、沙羅さんの視線がゴミ袋に…


カップラーメンの残骸が、あの袋には大量にあるのだ

しまった、今日片付けておくつもりだったのに…


「もうっ、一成さんったら。インスタントラーメンはダメですと、あれほど言ったではありませんか」


「す、すみません…つい癖で」


もともと沙羅さんと出会う前は、下手をすると三食ラーメンというときもあったくらいで、一人だとその癖が抜けなかった。


「めっ、ですよ?」


ゆっくりと近付いてくると、軽く人指し指で俺のおでこをつついた。


いつもの何気ない日常が戻ってきてくれた。

沙羅さんが戻ってきてくれた。

ずっとずっと会いたかった沙羅さんが目の前で笑っている

それが嬉しくて、いつの間にか不安な気持ちは忘れていた…


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ご飯を食べ終わり、一息ついた頃に沙羅さんの電話が鳴った。


「はい、では取りに行きますので。…一成さん、表に母が着いたようなので、荷物を取りに行ってきますね。」


「あ、俺も手伝いますよ。何か話があるようなことも言ってたんですよね?」


ついでに話を聞けばいいだろうし、俺は手伝うことにして一緒に外に出た。


車が止まっていて、真由美さんは車の外で待っていてくれたようだ。


「ありがとうございます、お母さん」


「もう〜、沙羅ちゃんたら急に泊まるなんて言うんだから。はい、これ。」


旅行用のスーツケースと…衣装カバーの方は制服だった。

そうだよ、色々考えることがあって忘れていたけど、明日から学校なんだ


「高梨さん、急に泊まるなんてごめんなさいね。はい、沙羅ちゃんはこれ持って行って。私は高梨さんにご挨拶するから。」


「わかりました、では高梨さん、先にお家に入っていますね。」


話があると聞いていたからか、沙羅さんは荷物を受け取ると素直に先に戻った。


「さて、話なんて言っても大したことじゃないのよ。高梨さんは男の子だから、多分私が言いたいことをわかってると思うの。」


…そんな遠回しな言い方をされれば、何となく予想はついてくる。

でもそれは心配無用だ。


「大丈夫です。ちゃんとわかってますから。」


「うん、だから話はすぐ済むって言ったの。沙羅ちゃんはまだ自分の行動がわかっていない部分があるから、申し訳ないんだけど高梨さんの方で宜しくね。」


やはり親としては、男の家に娘を泊めるなんて心配だろう。

それでも信用してくれたのだから、俺はそれを裏切るような真似は絶対にしない。


「はい。」


「それじゃ、お休みなさい」


真由美さんはそのまま車に乗ると、こちらに手を振ってから車を走らせた。


それを見送り家に入ると、沙羅さんが制服や荷物を確認していた。


「おかえりなさい、母が何か変なことを言ったりしませんでしたか?」


「いえ、急な話だったから申し訳ないけど宜しくと言われました。」


嘘は言ってないからな。

大丈夫だろう。


「そうでしたか…確かに、勢いとはいえ一成さんに確認もせずに決めてしまいました。申し訳ございません、今更ですが大丈夫でしたでしょうか…」


少し不安そうな表情で聞いてくる沙羅さんだったが、俺はもちろん問題ない。


「大丈夫ですよ。こんなことで断るようなら、鍵を渡したりしませんから。それより俺は今からコンビニに行ってきます。シャワーと着替えは30分くらいで大丈夫でしょうか?」


さすがにこういう部分は俺が気を使うべきであり、着替えが届いたら言うつもりだったことを伝える。本当は一時間くらいを言いたかったのだが…


沙羅さんは、俺がそれを先に言ってくるとは思わなかったようで、少し驚いた表情をした


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせて頂きます。ですが、お部屋に居て頂いて大丈夫ですよ? 以前、一成さんのお背中を流したではありませんか?」


確かにそう言われてみれば…

それなら大丈夫…なのか?


「では、お風呂をお借りしますね。申し訳ございませんが、暫くお待ち下さい」


そう言うと、沙羅さんはあっさりと風呂に向かった。

これは俺が全面的に信用されていると思えばいいのだろうか…


さて、今の内に。


沙羅さんが風呂に入っている間に、俺は雄二にRAINを送ることにした。


今回の経緯の報告と、話をする決心がついたことを報告する為に…

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