第128話 再会、決心

早く…早く一成さんのお家へ…


やっと家に着いたのも束の間、私は取るものも取らず家を出ようとしてお母さんに止められました。


「私が送っていくわよ。」

「なんだ、どこか行くのか?」

「夏海ちゃんの家ですって。」

「ははは、早速か。相変わらず仲がいいな。私は今から仮眠して、仕事に取りかかるからな。」


何故か私が何も言わない間に勝手に話が進んで…まぁあっさりと家を出ることが出来ましたので良しとしましょう。


「それで、高梨くんのお家でいいの?」


お母さんは当然気付いていますよね。


「…はい。どうしても今日の内にお会いしておきたいので。」


「わかったわ。沙羅ちゃんを送ったら私は一度帰るから、用事が済んだらまた連絡してね」


あるいは明日にするよう止められる可能性も考えましたが、どうやら大丈夫のようです。

もっとも、そう言われたとしても私は止めるつもりなど微塵もありませんでしたが。


ということで、ここまでお母さんに送って貰えた訳なのですけど…


明かりが消えていますね?


この時間で一成さんが外出されるとは思えないのですが…

念のため家を出る前にRAINでメッセージを送ってみても、既読はつきませんでした。

一応、既にお休みになっている可能性も考えて電話は控えたのですが…


ここで考えていても始まりませんね。

とりあえずは家に入ってから考えましょう。


コンコン…ガチャ…


玄関のドアを開けると…靴がありますね。

ということは、やはり寝ていらっしゃるのでしょうか。

であれば残念ですけど、明日の朝改めて…


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玄関の開く音で目が覚めた

沙羅さん!?


灯りがついていないことに気付いたが、そんなことはどうでもよかった。

今はただ、沙羅さんに…


俺が近付いたことで沙羅さんも気付いたようだ。


「一成さん? いらっしゃるのですよね?」


あぁ…沙羅さんの声だ。

五日ぶりに聞く沙羅さんの声がとても心に響く。柚葉のことで悩んでいた自分が洗われるようだった。


「……沙羅さん」


俺は普通に声を出したつもりだったのだが、出た声はなぜか弱々しいものだった。


「一成さん!!」


その直後に身体に衝撃が走った。

何のことはない、沙羅さんが勢いよく当たってきただけだ。

そしてその勢いのまま、俺の背中まで腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。


俺も同じように、沙羅さんの肩の後ろへ腕を回し、お互いに抱きしめるような体勢になった。


「沙羅さん…沙羅さん…」


この数日、ずっと待ち望んでいた沙羅さんが腕の中にいる。

幸せだった、本当に幸せなんだ。


「一成さん、お会いしたかったです!」


「俺もです…沙羅さん」


俺は上手く笑えているだろうか?

上手く振る舞えているだろうか?


寂しさに加えて、柚葉のことが頭にチラついてしまい、自分でも少し情緒不安定になっている自覚があった。


「ふふ…まずはお約束したことをさせて下さいね」


そういうと、俺の頭の後ろに腕を回し、そのまま自分の胸元に引き寄せた。

ああ…これは沙羅さんがの匂いだ…俺の大好きな沙羅さんの…


「一成さん、私がいない間、いっぱい頑張りましたね。いい子いい子です」


ゆっくりと、丁寧に、俺の頭を抱きしめながら撫でてくれる。

沙羅さんの優しさが身に染みる…ダメだ、泣くなよ俺

少し力を抜くと、沙羅さんが抱きしめる力を強めてくる。


「…この五日間、次にお会いしたらずっとこうして差し上げることを考えておりました。だからでしょうか、とても安心します…」


「俺も、沙羅さんが帰ってきてくれることだけを考えて生活していたような気がします。他が手につかないくらい…」


情けない本音が飛び出す。

この五日間、本当に沙羅さんが帰って来てくれることを考えていた。

それだけに、今この瞬間が嬉しい


そして…こんな嬉しい気持ちに割り込み余計なことを考えさせる柚葉が憎い


「灯りををつけましょうか。このままではお互いに見えませんし。大丈夫ですよ、またすぐにいい子いい子して差し上げますからね。」


電気をつける…顔を見る…

俺は本当に上手く笑えているのか?

沙羅さんに余計な心配をかけたくない


これも全部柚葉のせいだ

あいつがあの場に現れなければ…あいつの顔を見なければ…

せっかく忘れていたのに、忘れられると思ったのに


そんなことを考えている内に、沙羅さんが

灯りをつけた。


「はい、これで大丈夫です。ふふ…さぁ、私に一成さんのお顔を見せ…」


沙羅さんの表情が少し曇ってしまった。


「…一成さん、どうかなさいましたか?」


やはり沙羅さんには気付かれてしまったようだ。

俺は何と言えば…


「一成さん…何か不安に感じているのであれば、私に話して下さい。大丈夫です…私は何があろうともあなたから離れませんから」


とても心配してくれているのがよくわかる沙羅さんの様子に、俺はつい甘えたくなってしまった。


…どうせここで隠し事をしても見抜かれてしまうのであれば、少しでも話してしまった方がいいのではないか…


精神的に疲れていたこともあり、沙羅さんに会えた安心感と優しさに気が緩んでしまった。


「…すみません、実は今日…幼馴染みに会ってしまいまして」


「!?」


沙羅さんがかなり驚いた様子を見せた

まさかここでそんな話になるとは思わないだろうしな。


「会いたくない奴に会って、話したくもない奴と話してしまって…切り抜けられたと思うんですけど、まだ不安がの…」


俺は話を最後まですることまでできなかった。

沙羅さんが俺をきつく抱き締めてくれたからだ。


「…大丈夫です。もう大丈夫…私が側におりますから。その幼馴染みと会ったことで、一成さんの中に不安が生まれてしまったのですよね?」


俺を深く抱き締めながら、沙羅さんはゆっくりと俺に話を始めた。


「ごめんなさい、そんな不安なときに一緒にいて差し上げられなかったなんて。」


沙羅さんは何度も丁寧に俺の頭を撫でてくれる。

それに甘えている内に、柚葉のことで渦巻いていた不安が消えていくような気がした。

俺が少し落ち着いたと判断したのか、沙羅さんが俺の耳元に口を寄せ、話を始めた。


「一成さん、あなたの過去に何があったのか、まだ話をするのは怖いですか? 私なら何を聞こうと大丈夫ですよ。」


そう言うと、俺の頭を離し目をしっかりと見つめてくる。

真剣で、揺るぎない目線だった。


「一成さんが何を怖れているのか、私にはわかりません。ですが、あなたが救われるのであれば、私は今の学校を…生活を捨てて二人でこの街を出ることだってできます。そのくらいの思いがあって、私はあなたの側にいる、それを覚えておいて下さいね」


衝撃だった。

もちろん沙羅さんのことは誰よりも信じていたし、俺に何かあっても側にいてくれると思っていた。

でもそんなに深く考えていてくれるとは思っていなかった。

沙羅さんは俺の為ならそこまでできると…だから安心してくれと…そう言っている。


ここまで俺を想ってくれている沙羅さんの気持ちに、俺は甘えるだけでいいのか? 情けないと思わないのか?


自分の過去のことだろう、それくらいは自分で乗り越えろ


自分でも気持ちが切り替わった気がした。


まずは沙羅さんに全てを話す。

そして速人にも全て話をしよう。柚葉の狙いはわからないけど、きっと俺のときと同じで速人を何かしら利用するつもりではないかと予想できるからな。

そんな程度で阻止できるなら御の字だ


あとは…向こうの出方次第だろう。

これで終わりならそれでもいい。

まだ何かしてくるならそのときは…


気持ちが切り替わったお蔭なのか、そんな考えがポンポン出てくる自分に思わず笑ってしまった…

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